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//July 4//

試験もいよいよ最終日。

最後の課目は保健体育だ。

問題は簡単で、終了12分前にもかかわらず、ほとんどの生徒が解答を終えている。

俺も数分前から筆記用具を置いて、窓の外を眺めていた。

【孝平】「……」

今回の試験勉強は楽しかった。

試験が終わってしまうのが残念に思えるくらいだ。

副会長と同じ場所で勉強する、ただそれだけのことなのに──

ほんと、変わるものだ。

副会長の存在は、俺の中で日に日に大きくなってきている。

彼女は吸血鬼で、人間と違うところもある。

俺の知らない過去だって、きっとまだあるだろう。

それでも、俺は副会長が好きだ。

付き合いたいとも思うが、向こうは俺をどう思っているのだろう?

人間とは恋愛しないとか言ってるし、どうしたら上手くいくのか……。

//Another view : Erika//

シャーペンを置いてもう10分。

試験終了までは、あと15分もある。

どうにも手持ちぶさたになり、窓の外を眺める。

【瑛里華】「……」

もう試験も終わりか。

なんだか、お祭りみたいな時間だった。

そう思えるのはきっと、彼、支倉くんのおかげだ。

彼の存在だけで、いつもの試験勉強がまったく別物

になった。

ほんと、変わるものだ。

彼への気持ちを言葉にすることは難しくない。

それほど明確な形をとりつつある。

……。

まただ。

渇いてきた。

彼のことを考えると、いつもそうだ。

喉がカラカラになる。

初めて会ったときから、私は彼の血を欲してきた。

だから怖くなる。

私の心は、血への欲求に隷属しているのではないか──

この気持ちが、身体から生まれているのではないか──

そんな疑念をぬぐい去ることができない。

せめて、心だけは自由でありたいのに。

時間の流れが止まったかのような空間。

お香の煙だけが流れるともなく流れている。

この短期間に、またここに来るなんて思わなかった。

【??】「その後、どうだ?」

【瑛里華】「ようやく期末試験が終わりました」

【??】「そのようなことは聞いておらぬ」

【??】「例の男のことだ」

【??】「気に入っているようではないか」

【瑛里華】「……はい」

【??】「ならば、ためらうことはないであろう」

【瑛里華】「お言葉ですが」

【瑛里華】「輸血用血液がある今、どうしてそこまでする必要があるのです」

彼女への反論など無意味だ。

彼女の機嫌を損ねれば、むしろ状況は悪くなる。

にもかかわらず反論してしまう。

もしかしたら自分は、彼へ思いを伝えられない鬱屈を、いまここで晴らしているのかもしれない。

【??】「お前、誰のおかげで輸血用血液を飲めていると思っているのだ」

【瑛里華】「……それは」

【??】「自分の力では生きてもいけぬくせに、口ばかり達者になりおって」

【??】「出来損いめ」

氷柱のような言葉が突き刺さる。

何度聞いても慣れることはない。

少しのあいだ目を閉じ、凍てつく胸に熱が戻るのを待つ。

これほどの言葉を、どうして彼女は簡単に口にできてしまうのか。

【??】「ふん、まあ好きにするとよい」

【??】「自らが立てた誓約を反故にするのなら、それ相応の覚悟があるのだろうな」

奥歯を噛みしめた。

そう。

自分から立てた誓約だ。

初めから守るつもりなどなかったし、その覚悟はできている。

ただ今は、それが少しだけ悔やまれる。

【??】「下がれ」

【瑛里華】「はい」

//Another view ends//

//July 14//

朝っぱらから人だかりができていた。

【陽菜】「あ、孝平くん、おはよう」

【孝平】「おはよう。これって試験結果の発表?」

【陽菜】「そうみたい」

【孝平】「みたいってのは?」

【陽菜】「混んでて、まだ見れてないの」

陽菜がちょっと背伸びをする。

だが、彼女の身長では人垣の奥までは見通せない。

【瑛里華】「あら、支倉くん」

【孝平】「おはよう」

【陽菜】「おはよう、千堂さん」

【瑛里華】「おはよう」

副会長は、まだ鞄を持っている。

俺より登校が遅いなんて珍しい。

【孝平】「寝坊でもしたのか?」

【瑛里華】「ちょっとね。最近、寝つきが悪くて」

【孝平】「へえ、悩みでもあるとか?」

【瑛里華】「特にはないんだけど、ね」

気まずそうに笑う。

【陽菜】「リラックス効果がある入浴剤なんて使ってみたらどうかな?」

【瑛里華】「リラックス効果だと……ラベンダーかしら」

【瑛里華】「ありがとう。さっそく試してみるわ」

【孝平】「……風呂」

大浴場で、副会長に遭遇したときのことを思い出してしまった。

【瑛里華】「支倉くん?」

【孝平】「え? なに?」

【瑛里華】「前に忘れてって言わなかった?」

二の腕をつねられる。

【孝平】「あだだだっ、すまんすまんっ」

【瑛里華】「ホント、やーね」

大げさにため息をつく副会長。

【陽菜】「ふふ、仲良くてうらやましい」

【瑛里華】「ちょ、ちょっと、悠木さん、なに言いだすのよ」

【孝平】「まったくだ」

【陽菜】「だから、それが仲いいってことだよ」

【陽菜】「じゃ、私は教室行くからね」

陽菜はくすくす笑いながら立ち去った。

【瑛里華】「支倉くんが、変な想像するからよ」

【孝平】「俺のせいかよ」

【瑛里華】「でしょ?」

【孝平】「違うね」

【孝平】「副会長が反応するからだろ」

【瑛里華】「ば、馬鹿言わないでよ」

【桐葉】「通して」

【孝平】「おっと」

【瑛里華】「あ、ごめんなさい」

廊下を塞ぎかけていたらしい。

【瑛里華】「……って、紅瀬さんじゃない」

【桐葉】「私が廊下を歩いているのが不思議?」

【瑛里華】「いいえ」

いきなり笑顔になる副会長。

目が笑っていないが。

【瑛里華】「こちらこそ、廊下をふさいでごめんなさい」

【桐葉】「どいてくれればそれでいいわ」

紅瀬さんが立ち去ろうとする。

【瑛里華】「ちょっと待って」

【桐葉】「なに?」

【瑛里華】「結果、もう見たの?」

【桐葉】「なんの結果?」

ほんのわずか、紅瀬さんの口の端が吊上がった。

『どうせ勝ってるから、興味なんてないわ』といった表情だ。

【瑛里華】「期末試験の結果」

【桐葉】「見ていないわ」

【瑛里華】「一緒に見ない?」

【桐葉】「どうして?」

【瑛里華】「もしかして、見るのが怖い?」

【桐葉】「まさか」

夏だというのに、超クールな会話が展開されている。

【瑛里華】「それじゃ、見てみましょ」

【桐葉】「いいわ」

二人が掲示板に近づいていく。

人垣が自然に割れ、道ができた。

【瑛里華】「せーの、で見るわよ」

【桐葉】「いちいち仕切らないで」

【瑛里華】「せーのっ」

なんのかんの言って、紅瀬さんも合わせていた。

【瑛里華】「あ……」

【桐葉】「……」

掲示板に目を走らす。

総合得点

1位、千堂瑛里華。

まあ、これは順当だ。

問題は数学だが……。

【孝平】「おおっ!」

数学、

1位・紅瀬桐葉・100点。

1位・千堂瑛里華・100点。

【孝平】「副会長、やったな」

【瑛里華】「あー、五十音順で負けたかっ」

初めて聞く敗因だ。

【瑛里華】「紅瀬さん、次は勝つわよっ」

びしっと紅瀬さんを指さす。

【桐葉】「せいぜい頑張って、『あ行』の旦那様でも見つけることね」

こんな憎まれ口も初めて聞いた。

【桐葉】「それじゃ」

紅瀬さんは去っていった。

【孝平】「やったじゃないか」

【瑛里華】「ええ、そうね」

意外に冷静な声だった。

さっきまでのテンションはどこへ行ったのか。

【孝平】「あまり嬉しくないとか?」

【瑛里華】「嬉しいわよ、100点だし」

やはり冷静だ。

なんか訳ありなんだろうか。

【瑛里華】「それより、自分の点数は見たの?」

【孝平】「お、忘れてた」

【瑛里華】「30位までに入ってなかったら監督生棟の掃除ね」

【孝平】「試験終わってから決めるなよ」

支倉、支倉……と。

……。

【孝平】「お」

あった。

総合で28位。

【孝平】「副会長、あったぞ」

【瑛里華】「え?」

なぜか、副会長は目をつむっていた。

【瑛里華】「あ、ほ、ホント!?」

【孝平】「28位だ」

【瑛里華】「やったじゃない!」

手を握られて、ぶんぶん振られる。

嬉しい

のだが……

【孝平】「みんな見てるから」

【瑛里華】「!?」

慌てて手を離すが、しっかり注目が集まっていた。

【孝平】「えーと、細かいことは放課後ってことで」

【瑛里華】「え、ええ、そうね」

真っ赤な顔で、カクカク笑う副会長。

これは、世界的にも貴重な映像だ。

【孝平】「じゃ、じゃあ」

【瑛里華】「ま、また」

そそくさと別れ、自分の教室に向かう。

背中には、激しく視線が突き刺さっていた。

放課後。

監督生室へ向かう俺を、すれ違う生徒がチラチラと見てくる。

朝の件が広まったようで、今日は一日この調子だ。

【瑛里華】「あら」

【孝平】「おっす」

【瑛里華】「朝は悪かったわね」

【孝平】「気にするなって」

副会長が靴箱を開ける。

【瑛里華】「……」

【孝平】「……」

手紙が三通。

見慣れた光景だが、一瞬どきりとした。

副会長がモテることも、彼女が人間と付き合う気がないことも知っているのに。

【瑛里華】「ええと」

副会長は、手早くラブレターを鞄にしまう。

【瑛里華】「行きましょっか」

【孝平】「そ、そうだな」

何人ライバルがいたって関係ない。

勝負はどうせ一対一だ。

二人並んで監督生棟に向かう。

【孝平】「そういや、まだちゃんとお祝いを言ってなかったな」

【瑛里華】「なんのこと?」

【孝平】「試験結果。朝はゴタゴタしてたから」

【瑛里華】「ああ、そのこと」

副会長は、ちょっと恥ずかしそうに毛先を指に絡める。

【孝平】「学年トップおめでとう」

【瑛里華】「ありがとう」

【瑛里華】「戦友に言われると、嬉しいわね」

【孝平】「戦友?」

【瑛里華】「一緒に勉強したでしょ」

【孝平】「ああ、たしかに戦友だな」

【瑛里華】「支倉くんも、28位、おめでとう」

【孝平】「ありがと、戦友」

軽く手を上げると、副会長がハイタッチしてきた。

不意の柔らかい感触に、ちょっと驚く。

【孝平】「あと、もう一つお祝い」

【孝平】「紅瀬さんと引き分け、おめでとう」

【瑛里華】「あはは、学年トップより嬉しいわ」

【孝平】「しかし、今朝は豪快にいがみ合ってたな」

【孝平】「周りの人、びびってたぞ」

【瑛里華】「いがみ合ってたとか言わないで、喧嘩してるみたいじゃない」

【孝平】「違うのか?」

【瑛里華】「私は紅瀬さん嫌いじゃないもの。どっちかって言えば好きよ」

【孝平】「絶対、そうは見えないぞ」

【瑛里華】「紅瀬さんは、挑発的に話さないと食いついてこないの」

【瑛里華】「あんなにしゃべってる紅瀬さん見たことないでしょ?」

【孝平】「言われてみれば、そうか」

【瑛里華】「けんか腰に話すのは、そうしないと会話できないから」

【瑛里華】「去年、一年かけて見つけ出した画期的方法よ」

【孝平】「そういや、紅瀬さんと同じクラスか」

【瑛里華】「ええ」

【瑛里華】「私もほら、初めての学院だったから、いろんな人と話してみたくて」

【瑛里華】「でも、紅瀬さんって、話しかけてもレスポンスがないでしょ?」

【孝平】「恐ろしいくらいにな」

【瑛里華】「だから、絶対この人と話せるようになろうって決めたの」

【瑛里華】「結果的にはライバルみたいになったけど、ま、それもつながりのうちよね」

そうだ。

去年は、副会長にとって初めての学院生活だったのだ。

初めての学院、授業、行事、クラスメイト。

副会長の目には、この学院のすべてが輝いて見えていたのだろう。

きっと、それは今も変わらない。

だからこそ、学院を少しでも楽しくしようと努力できるのだと思う。

彼女にとって、学院生活はかけがえのないものなんだ。

ふと、監督生室で記憶を消されかけた時のことを思い出す。

副会長は怒っていた。

転校してからの2週間を、チャラにしようとした俺に。

きっと悔しかったのだと思う。

同じ学院の生徒が、日々の生活に価値を見いだしていなかったことが。

生徒会役員として生徒の生活を楽しいものにできない、自身の無力さが。

副会長と揃って監督生室に入る。

【伊織】「あー、やっと来た」

【伊織】「今日は朝から盛り上がってたらしいね」

いきなりこの話題か。

【瑛里華】「大したことはしてないわ」

【孝平】「もちろんです」

【伊織】「本気を出せばもっとすごいってことかあ」

腕組みをして、うんうんうなずく会長。

【瑛里華】「変な想像しないでよね」

【征一郎】「ともかく、好き合っていたとしても人前では控えることだな」

【瑛里華】「ちょっと征一郎さん、私は別に」

副会長が慌てて否定した。

一抹の寂しさがある。

【孝平】「両想いかどうかは置いといて、とにかく注意します」

【白】「支倉先輩は瑛里華先輩と……」

【孝平】「いや、だから」

高速でツッコもうとするが……、

白ちゃんは、ぼんやりと床を見ていた。

【孝平】「白ちゃん、どうした?」

【白】「あ、いえ……なんでもないです」

【白】「そういえば、支倉先輩。今回は順位がずいぶん上がったのですね」

【白】「すごいです」

【孝平】「ありがとう」

【孝平】「副会長にいろいろ教えてもらえたから、そのおかげだ」

【瑛里華】「白はどうだったの?」

【白】「わたしは……83番でした」

まあ、中の上くらいか。

【征一郎】「白はもう少し努力が必要だ」

【白】「はい、頑張ります」

充分だと思うが、東儀家の目標は高いらしい。

【瑛里華】「征一郎さんはトップでしょ?」

【征一郎】「そうだな」

【孝平】「会長は?」

【伊織】「何番だった?」

【征一郎】「3位だ」

【伊織】「だって」

自分で見てねえのかよ。

しかし、本当に勉強しなくても成績がいいとは。

【孝平】「そう言えば、東儀先輩は進学するんですか?」

【征一郎】「そのつもりだ」

【孝平】「やっぱり、医学部ですか?」

【征一郎】「『やっぱり』というのは?」

【孝平】「イメージです」

【白】「……兄さまが白衣を」

何かを想像している白ちゃん。

【伊織】「ぜひ、俺の主治医になってくれ」

【征一郎】「お前に医者は必要ない」

【孝平】「そういえば、会長は進路決めてるんですか?」

【伊織】「北北西」

【孝平】「いや、小ネタはいいですから」

【伊織】「進路なんて決めてないよ。好きにするだけさ」

【伊織】「征にくっついていくもよし、留年して孝平くんと遊ぶもよし」

【孝平】「適当ですね」

【伊織】「どうせ終わらない人生なんだ」

【伊織】「好きなときに好きなことをするだけさ」

言われてみればそうだが、共感するのは難しそうだ。

【孝平】「副会長も会長と同じ考えなのか?」

副会長を見る。

考え事をしているのか、返事がない。

【孝平】「副会長」

【瑛里華】「え? なに?」

【孝平】「副会長は進路とか考えてるのか?」

【瑛里華】「私は……」

【瑛里華】「まだ考えてないわね」

【孝平】「そっか。なんか決めてると思ってた」

【瑛里華】「そういう支倉くんはどうなのよ?」

【孝平】「考えてない」

【瑛里華】「なーんだ、一緒じゃない」

【孝平】「まだ1年以上あるし、のんびり考えるさ」

【瑛里華】「そうね」

笑う副会長。

細められた目には、たしかに何か別の感情がこもっていた。

でも、それも一瞬のうちに消えてしまう。

【伊織】「ま、来年のことを言っても鬼に笑われるし、もう少し近い将来の話をしよう」

【孝平】「というと?」

【伊織】「文化祭さっ」

【白】「ぶっ、ぶんかさいーっ!?」

白ちゃんが、突然大きな声を出した。

【孝平】「は?」

【瑛里華】「白、どうしたの?」

【白】「あの、いえ、大きな声を出せと……伊織先輩に指示されましたので」

尻すぼみに声が小さくなる白ちゃん。

体も縮こまっていくようだ。

【征一郎】「つまらないことを白にやらせるな」

【伊織】「俺は面白かった」

【瑛里華】「それはよかったわね」

【孝平】「でも、文化祭って9月ですよね?」

【伊織】「そうだね。9月の13と14、土日に開催される予定だ」

【征一郎】「だが、全体の企画は一学期から始めないと間に合わなくなる」

【征一郎】「各クラスでも、今週中には文化祭実行委員を選出してもらうことになるだろう」

【孝平】「なるほど」

【孝平】「どういう仕事があるんですか?」

【伊織】「支倉君と瑛里華には、事務仕事をお願いするよ」

【征一郎】「俺は渉外や広報を担当する」

【伊織】「俺はもちろん実行委員長だ」

【伊織】「白ちゃんは、みんなのサポートをしながら大まかな仕事の流れを覚えてね」

【征一郎】「来年には、後輩も入ってくる。しっかりとな」

【白】「わ、わかりました」

【瑛里華】「6年生は、これが最後の仕事になるのね」

【伊織】「ああ、これで最後かと思うと胸が張り裂けそうだ」

【伊織】「いやまてよ、留年すればもう一回……」

【瑛里華】「それは選択肢から外して」

【伊織】「ともかく、所狭しと暴れまわる予定さ」

【征一郎】「今年は、ほどほどにしてくれ」

眉根をひそめる東儀先輩。

いったい、会長は今までどんなことをしてきたんだ。

【伊織】「あ、そうそう」

【伊織】「予算をあげるから、支倉君はなんか面白いことやってくれる?」

【孝平】「軽く言ってくれますね」

【伊織】「やりたくないならいいけど」

【瑛里華】「どうする、支倉くん」

試すような笑顔を見せる副会長。

またこのパターンか。

無茶な注文もいいとこだが……

彼女に試されては、やるしかない。

【孝平】「もちろんやる」

【瑛里華】「あら、気合い入ってるじゃない」

【孝平】「なんでも挑戦することにしてるんだ」

【瑛里華】「よーし。なら、精一杯やってみせて」

【征一郎】「文化祭が終われば、すぐに役員の信任選挙だ」

【征一郎】「文化祭での働きいかんでは、不信任もあり得るからな」

【伊織】「ま、役員見習いの卒業試験みたいなもんだと思ってよ」

【孝平】「わかりました」

来期は、きっと副会長が会長になるだろう。

なら俺は、副会長として一緒にやっていきたい。

副会長として信任されるには、知名度と実績が必要だ。

文化祭は、その試練であり最後のチャンスでもある。

気合いを入れていこう。

【孝平】「あ~、いい風呂だった」

【司】「まったくだ」

一風呂浴びて談話室へ来た。

時間が遅いせいか、俺たちの他には誰もいない。

扇風機のスイッチを入れ、ソファへ腰を下ろした。

【司】「今日のバイトはきつかった」

【孝平】「暑かっただろ」

【司】「メットが蒸れた」

【孝平】「お疲れさん」

【孝平】「同い歳で働いてるんだから、司はすげえな」

【司】「必要に迫られてるだけだ」

【司】「同じ状況なら誰だって働く」

【孝平】「そんなもんか」

【司】「バイト先じゃ、年下が寿司握る練習してる」

【司】「家庭持ちもいるぞ」

【孝平】「結婚はさすがに実感わかないな」

【司】「俺もだ」

【司】「そういや、副会長とはどうだ?」

【孝平】「ああ……」

【孝平】「ぼちぼち、な」

曖昧に答える。

【司】「気持ちは否定しなくなったか」

【孝平】「隠すもんでもないさ」

【司】「そのほうがいい」

【司】「自分の気持ちに鈍感なヤツはモテない」

【司】「あと、変に隠すヤツな」

【孝平】「経験談か?」

【司】「どうだか」

にっと笑う。

【司】「お」

【孝平】「どうした?」

【司】「10秒目を閉じろ」

【孝平】「なんで?」

【司】「いいから」

【孝平】「わかった」

……。

…………。

【孝平】「おわっ」

目を開けると、副会長が立っていた。

【瑛里華】「なによ、失礼ね」

【孝平】「あーいや、すまん」

【孝平】「ていうか、司どこ行った」

【瑛里華】「出ていったけど」

【孝平】「逃げやがったな」

【瑛里華】「人徳ないのね」

副会長が、30センチほど間を空けて、隣に座った。

髪が少し濡れている。

【孝平】「風呂入ったのか?」

【瑛里華】「ええ」

【孝平】「で、なんでここに?」

【瑛里華】「涼みに来ただけ」

【瑛里華】「……あ、お財布忘れちゃった」

【孝平】「なんか買うのか?」

【瑛里華】「飲み物買おうかと思って」

【孝平】「おごるよ。何がいい?」

【瑛里華】「ありがと。じゃあアイスティーで」

【孝平】「よしっ」

【孝平】「ほい」

【瑛里華】「さんきゅ」

飲み物を副会長に渡し、再びソファに座る。

ちなみに、さっきより少し近くに座ってみた。

【孝平】「そう言や、文化祭の仕事だけど」

【孝平】「俺の企画って、予算いくらもらえるんだ?」

【瑛里華】「正確に決まってないけど、多くはないわ」

【瑛里華】「豪華さで驚かすのは難しいでしょうね」

【孝平】「なら、アイデア勝負だな」

【孝平】「低予算でできて、派手なやつか」

【瑛里華】「難しいと思うけど考えてみて」

【瑛里華】「成功すれば、信任選挙も心配ないわ」

【孝平】「ああ、精一杯やるよ」

【孝平】「来期も生徒会役員として活動したいからな」

【瑛里華】「支倉くんが会長やってみる?」

【孝平】「俺は副会長で充分さ」

【孝平】「副会長が会長になるなら、サポートする」

【孝平】「……なんかややこしいな」

【瑛里華】「そうね」

【瑛里華】「支倉くんだったら、瑛里華って呼んでくれてもいいわよ」

【孝平】「……」

『支倉くんだったら』……か。

好意的に解釈してしまっていいのか?

副会長はうつむき加減に、手のアイスティーを見つめている。

【瑛里華】「試しに、呼んでみる?」

うつむいたまま言う。

【孝平】「そ、そうだな。えーと……」

けっこう恥ずかしいな。

俺はあさっての方向を向く。

【孝平】「……瑛里華」

談話室に声が響く。

……。

…………。

余韻が消える。

【瑛里華】「……悪く、ないわね」

【孝平】「そうか」

副会長を見る。

彼女もこっちを向いた。

【孝平】「じゃ、これから瑛里華って呼ぶよ」

【瑛里華】「よろしくね」

【孝平】「ああ、それと……」

【孝平】「俺のことも、孝平って呼んでくれないか?」

【瑛里華】「え? どうして?」

【孝平】「俺だけ呼び捨てなのも、なんかバランス悪いし」

【瑛里華】「それは、そうかもしれないけど」

【孝平】「試しに呼んでくれよ」

【孝平】「それで嫌なら、やめてくれてもいいから」

【瑛里華】「でも……」

【孝平】「遠慮するなって」

【瑛里華】「え、ええと……」

……。

…………。

【瑛里華】「こ、孝平?」

【孝平】「それでOK」

【孝平】「どうする、支倉くんに戻す?」

【瑛里華】「いいわ、孝平で」

【孝平】「よし、決まり」

【孝平】「これからもよろしく」

【瑛里華】「ええ、こちらこそ」

【孝平】「来期も、一緒に仕事ができるといいな」

【瑛里華】「ええ、孝平がいてくれれば頼もしいわ」

【孝平】「少しでも仕事わかってるヤツがいた方がいいし」

【瑛里華】「ま、まあ、そうね」

歯切れ悪い返事。

瑛里華の気持ちはだいたいわかっていた。

でも、なんとなく気恥ずかしくて、仕事の話にしてしまったのだ。

【瑛里華】「あーあ」

【孝平】「なに?」

【瑛里華】「なんでもない」

【孝平】「俺の答えがいまいちだった?」

【瑛里華】「ち、違うから」

ぷいとそっぽを向かれた。

【瑛里華】「けっこう意地が悪いのね」

【孝平】「どうかな」

【瑛里華】「こら」

肘でつつかれた。

【孝平】「怒るなって」

【瑛里華】「もう」

笑ったまま、副会長の表情が固まった。

そして、

額に汗がにじむ。

【孝平】「……」

【孝平】「もしかして、例のヤツか?」

【瑛里華】「え、ええ」

瑛里華の肩が小刻みに震えている。

【瑛里華】「ごめんなさい、部屋に戻るわ」

瑛里華が立ち上がる。

【孝平】「送る」

【瑛里華】「いいの、大丈夫だから……」

そう言う足がふらつき、持っていた紙コップが手を離れた。

【孝平】「瑛里華っ」

崩れ落ちる瑛里華を抱き留める。

【孝平】「しっかりしろ」

身体が熱い。

額には玉のような汗が浮かんでいる。

耳元で何度も名を呼ぶ。

うっすらと、瑛里華の目が開かれる。

【孝平】「瑛里華、大丈夫か?」

【瑛里華】「……」

返事はない。

ぼんやりと、俺の顔を見ている。

大丈夫……なのか?

そう思った瞬間、

しなやかな腕が俺の首にからみついた。

【孝平】「っっ」

なんだ?

何をするつもりだ?

距離を取ろうとするが、腕の力が想像以上に強い。

逃げられそうもない。

と、瑛里華の顔がゆっくりと近づいてきた。

ま、まさか……

キス!?

いや、ちょっと待て。

瑛里華の眼は、俺の顔を見ていない。

顔の少し下、

首だ。

【孝平】「瑛里華っ」

俺の声に、瑛里華は反応しない。

まずい。

このままじゃ血を吸われる。

俺の血を吸ったら、瑛里華は……。

血を吸うのを嫌っている彼女はどう思う?

吸わせるわけにはいかない。

少なくとも、彼女が理性を失ってるときには。

【孝平】「くっ」

だが、彼女の腕は解けない。

なすすべなく、瑛里華の顔が近づいてくる。

迷っている時間はない。

一か八かだ。

【瑛里華】「……」

瑛里華の首筋に顔をうずめた。

離れられないなら、距離を縮めてしまえばいい。

この位置なら、瑛里華も俺の首にかみつけないだろう。

【孝平】「……」

身体が発する熱が、顔に伝わってくる。

初めて口をつけた女の子の肌は、男のそれとはまったく違った。

柔らかくしっとりとした、白玉のような質感。

汗すら、桃のような香りがした。

【瑛里華】「……ん」

瑛里華の口から、ため息が漏れる。

巻きついていた腕から力が抜けた。

【孝平】「……」

おそるおそる顔を起こす。

……。

瑛里華と目が合った。

先ほどとは違い、俺の目をしっかりと見ている。

【孝平】「大丈夫か?」

【瑛里華】「……ええ」

自分の身に何が起こったかわかっているのだろう。

言葉は意外としっかりしていた。

【瑛里華】「ごめんなさい」

【孝平】「いいんだ、仕方のないことだろう?」

瑛里華はぎゅっと唇をかみしめる。

彼女の中を、感情が渦巻いているのがわかる。

【孝平】「気にするな」

【孝平】「俺も、気にしてない」

諭すように言う。

でも、言葉が彼女に届いた実感がない。

【瑛里華】「ありがとう」

ぽつりと言って、身体を起こす。

【孝平】「立って平気か」

【瑛里華】「大丈夫よ」

自分の足で立った瑛里華は、思ったよりしっかりしてた。

でも、表情は暗い。

【瑛里華】「お茶こぼしちゃった」

床には、紙コップが二つ転がり、残っていた氷が散乱していた。

【孝平】「俺が掃除しておくよ」

【孝平】「瑛里華は、部屋で休んでくれ」

【瑛里華】「いいの?」

【孝平】「ああ」

【瑛里華】「じゃあ、悪いけどよろしくね」

その表情に力はない。

不安がかき立てられる。

【孝平】「なあ、瑛里華」

【瑛里華】「ん?」

俺は、両手のひらを瑛里華の頬に当てる。

驚きもせず、俺を見た。

【孝平】「笑えるか?」

無言で笑顔を作る瑛里華。

【孝平】「よし」

【孝平】「また明日、元気で会おう」

【瑛里華】「うん」

【孝平】「難しいことは考えないで、とりあえず寝ちまえ」

【瑛里華】「わかったわ」

【瑛里華】「ごめんなさい」

【孝平】「もういいよ」

瑛里華の頬を軽くなでて、手を離す。

【孝平】「おやすみ」

【瑛里華】「おやすみなさい」

瑛里華が談話室を出てゆく。

なんとか、元気になってくれればいいのだが。

//Another view : Erika//

ベッドに横たわり、天井を見つめる。

眠気はまったくなかった。

身体は長距離走を終えた後のように熱を持っている。

そして、胸の底からわき上がる欲求。

自分の身体なのに、何一つコントロールできていない。

いや、今はまだいい。

制御できている。

あのとき。

ソファから立ち上がり、気が遠くなったあのとき。

私は理性を失っていた。

状況から見るに――

私は倒れ、抱き起こした孝平の血を吸おうとしたのだ。

自分はこの身体を甘く見ていた。

欲求は、理性で抑え込めると思っていた。

でもダメだった。

孝平と親しくなればなるほど、欲求は強くなる一方。

このままでは、遠からず彼の血を吸ってしまう。

彼は私に血を吸わせてくれるだろう。

そういう人だ。

でも、私はそれを望んではいない。

血を吸ってしまえば、私は負ける。

自分にも、あの人にも。

負けたくない。

そしてなにより、彼を傷つけたくない。

【瑛里華】「孝平」

ぽつりと、涙のように言葉がこぼれ出た。

耳の奥で、彼の声が蘇る。

胸の高鳴りが、やや遅れて、満ち潮のように押し寄せる。

私は呼び捨てにされて嬉しかった。

「副会長」と、役職で呼ばれるより、彼に近づけた気がしたからだ。

それは、明らかに好意だ。

だからこそ、怖い。

彼の首筋に牙を突き立てる。

溢れ出る血液が、私の体を満たす。

想像するだけで身の毛がよだつ。

同時に、その果てに待っているであろう快感に、体の奥が熱くなる。

彼の血を快感へと変換する「仕組み」が、自分の中に存在するという浅ましさ。

そして、もしかしたら──

好意すら「仕組み」に支配されているのかもしれない。

欲求を満たすべく、「仕組み」は私が好意を持つよう操ったのではないか?

くすぶっていた恐怖が、体を包む。

違う。

断じて違う。

私は自分の意志で彼を好きになったのだ。

証明しなくてはならない。

この心だけは、忌まわしい血には支配されていないと。

なら、どうしたら良い?

答えは、わかっている。

辛いけれど、そうするしかない。

……。

耐えられるだろうか?

いや、耐えなくちゃいけない。

耐えなければ、また同じことを繰り返すだけだ。

//Another view ends//

//Possibly a date change here//

翌朝。

前を歩く瑛里華を見つけた。

たくさんの生徒が歩く中でも、彼女の姿はすぐにわかってしまう。

無意識に彼女を探してるんだろうな。

【孝平】「おはよう」

【瑛里華】「おはよう、支倉くん」

支倉くん?

昨日のこと忘れてるのか?

ま、昨日の今日だし、まだ慣れてないだけかもしれない。

【孝平】「調子はどうだ?」

【瑛里華】「もう大丈夫よ。心配かけてごめんなさい」

瑛里華の表情は明るい。

だが、どこか堅い。

【瑛里華】「あ、そうそう」

【瑛里華】「昨日、瑛里華って呼んでって話したでしょ?」

【孝平】「ああ」

【瑛里華】「あれ、やっぱりナシにしない? 恥ずかしいし」

【瑛里華】「私も、支倉くんって呼ぶから」

あっさりと言う。

【孝平】「どうしたいきなり?」

【瑛里華】「ごめんね、私の都合ばっかりで」

【瑛里華】「じゃ、私、急ぐから」

【孝平】「え? おいっ」

俺の言葉も待たず、瑛里華……副会長は走り去った。

【孝平】「……」

俺は呆然と立ちつくす。

おかしい……よな。

昨夜は瑛里華と呼ばれて喜んでた気がした。

なのに、一夜明けたらこの態度。

いったい、何があったんだ?

【かなで】「こーへー、おはよーっ」

突然、元気な声が響いた。

【孝平】「あ、かなでさん」

【かなで】「なに突っ立ってんの?」

【孝平】「あーいや、なんでもないです」

【かなで】「もー、しっかりしなさいっ」

ばしっと背中を叩かれる。

【孝平】「うすっ」

【かなで】「んじゃねっ」

手を振って、かなでさんはバタバタ走っていった。

俺も、気を取り直して歩きだす。

昼休み。

俺は副会長の教室に向かった。

少しでも話ができればいいんだが。

ちょうど、副会長が廊下に出てきた。

【孝平】「副会長」

【瑛里華】「っ!?」

しまった、という顔をされた。

【孝平】「今からメシ?」

【瑛里華】「そ、そうよ」

【孝平】「じゃあ……」

【瑛里華】「ごめんなさい。友達待たせてるから」

言うなり早足で立ち去った。

【孝平】「……」

まだ誘ってないわけだが。

放課後。

ホームルーム終了直後に、副会長の教室へ向かった。

副会長のクラスは、まだホームルームが終わっていないようだ。

出てくるのを待つ。

教室が騒がしくなると同時に、ドアが開いた。

すぐに副会長が出てきた。

【孝平】「おう」

【瑛里華】「あ、支倉くん」

伏し目がちになる副会長。

通りすぎていく生徒たちが、不思議そうに彼女を見る。

【孝平】「監督生室、行くんだろ?」

【瑛里華】「ええ」

【孝平】「じゃ、一緒に行こう」

【瑛里華】「そうね」

笑顔で応じたが、作り笑いだとわかった。

副会長と並んで歩く。

俺たちの距離は、昨日より倍くらい開いている。

【孝平】「あ、そうだ、副会長」

【瑛里華】「なに?」

【孝平】「梅雨、明けたらしいな。テレビで言ってたよ」

【瑛里華】「よかった」

【瑛里華】「もう梅雨はうんざり。髪も広がるし」

【孝平】「俺も、頭の鉢のとこが立っちゃって困るんだ」

【瑛里華】「いっそ、全部立てちゃえば?」

【孝平】「司みたいになるぞ。似合うと思うか?」

【瑛里華】「どうかしら」

まじまじと俺の顔を見る。

が、すぐに目を逸らした。

しまったと、あからさまに態度に出して。

【瑛里華】「見てみないと、なんとも言えないわね」

【孝平】「んじゃ、やってみるかな」

【瑛里華】「お、お好きにどうぞ」

【孝平】「ああ」

会話が途切れた。

彼女がこっちを気にしているのが雰囲気でわかる。

でも、目は決して合わせてくれない。

【瑛里華】「あ、そうだ」

副会長が立ち止まる。

【孝平】「どうした?」

【瑛里華】「教室に忘れ物してた」

【孝平】「え?」

【瑛里華】「取ってくるから、先に行ってて」

【孝平】「お、おう」

じゃっと手を上げて走っていく。

この場の空気に耐えられなくなった、といった感じだ。

どうせ監督生室で顔を合わせるってのに。

なんというか──

避けられてるよな。

しかも、中途半端に。

軽くため息をついて、歩を進める。

仮にだ。

副会長が俺を避けてるとして、その原因はなんだ?

昨夜の状況と合わせて考えるに、欲求の件が絡んでいるのは間違いなさそうだ。

このまま一緒にいると、いつか血を吸ってしまう。

だから、離れる。

もしかしたら、そんな考え方をしたのかもしれない。

……いまさらかよ。

前から話題に上っていたんだから、わかっててしかるべきじゃないか?

それをいまさら気づいたみたいに態度を変えるなんて。

いや、もしかしたら副会長もわかってたのかもしれない。

わかっていたのに、実際に正気を失ったら自信がなくなった──

そんなところだろうか。

だとしたらどうする?

近づいては離れる逃げ水みたいな彼女に、どうやったら追いつける?

どうしたら元気づけられる?

逃げるより速く追いかけるか、逃げ道をなくしてしまうか。

どっちにせよ、行動しないことには始まらない。