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//September 13//

俺たちの願いが通じたのか、文化祭1日目は好天に恵まれた。

今日は、生徒や教師、役所や島のお偉いさん向けの日だ。

【征一郎】「二人は伊織と行動して、しっかり勉強しておくといい」

【征一郎】「お偉方への挨拶も、生徒会役員の大切な仕事だ」

【孝平】「わかりました」

【瑛里華】「征一郎さんは来ないんですか?」

【征一郎】「ここを空けるのはまずいだろう?」

【征一郎】「それに、俺はもう引退する身だ、新しいことを覚える必要はない」

【伊織】「次代を担う若者に、仕事を覚えてもらわなくちゃね」

それはわかる。

不安なのは、暴れる会長を俺たちで抑えられるかなのだが……。

【瑛里華】「兄さん、変なことしないでよね」

【伊織】「俺は、面白いことなら進んでやるが変なことはしない」

【孝平】「朝の挨拶を見ちゃうと、説得力皆無です」

登場は、屋上からのパラシュート降下。

着地と同時に特撮さながらの爆炎が上がる。

着ていた軍服が左右に割れ、タキシードに早着替え。

お偉方や先生が唖然とする中、華麗に挨拶を決めた。

もはやわけがわからない。

【伊織】「まあ、つかみはしっかりやるに越したことはない」

【伊織】「これも覚えておいてくれよ、来年は君らがやるんだから」

【瑛里華】「真似できるわけないでしょ」

【伊織】「同じことをしろとは言わない」

【伊織】「瑛里華には瑛里華の武器がある」

【伊織】「例えば、支倉君を骨抜きにしたその蠱惑的な肉体……」

どごんっ!

瑛里華の見事なハイキックが、会長を戸外に吹き飛ばした。

今日のパンツは水色。

間違いない。

【征一郎】「では、行ってこい」

【瑛里華】「行ってきます」

【孝平】「じゃ、また」

【伊織】「待ちくたびれたぞ、二人とも」

ピンピンしていた。

【瑛里華】「階段下りる手間を省いてあげたんだから、感謝してよね」

【伊織】「少々手荒かったが、まあいい」

【伊織】「さ、張り切っていこう!」

挨拶回りは延々と続いた。

副理事長、学院長、PTA会長、島の商工会会長……などなど。

たいそうな肩書きをもったおっさんに、次々と紹介され、挨拶していく。

そんな人たちと口を利いている自分にも驚いたが、一番驚いたのは──

会長の振る舞いだった。

少しも気取らぬ態度で敬語を操り、笑いを取り、相手を立て、場をきれいに収めていく。

目立つ仕事を会長に任せていた、東儀先輩の気持ちがわかった。

会長って人は、やっぱり並じゃない。

監督生室に戻った頃には、日が傾いていた。

文化祭1日目は無事終了し、生徒たちは設備の修繕や、明日の練習に取りかかっている。

【伊織】「なんだい君たち、シケた顔して」

【孝平】「化け物ですね、会長」

【伊織】「しみじみと言われるとショックなんだが」

【孝平】「いや、そういう意味じゃなくて」

【瑛里華】「兄さんの話術を侮っていたわ」

【孝平】「お偉いさん相手に、互角以上だったし」

【伊織】「お偉いさん? ああ、彼らね」

【伊織】「せいぜい5、60年しか生きていないんじゃ、ヒヨッコだよヒヨッコ」

【伊織】「ね、人類みな年下!」

そうだった。

【瑛里華】「言われてみれば、落ち着いてるのも当然ね」

【孝平】「だな」

【征一郎】「そう言うな」

【征一郎】「話術は、伊織のパーソナリティによるところが多分にある」

【伊織】「なんでもいいさ」

【伊織】「来年は君たちが同じことをするんだ。頑張ってくれ」

【孝平】「はい」

【伊織】「ま、俺はしばらくしたら、またこの学院に戻ってくるから」

【伊織】「そのときはまた一緒にやろう」

【孝平】「普通の人間には無理ですから」

【伊織】「精進あるのみだね」

そういう問題じゃねえ。

【伊織】「あ、白ちゃんお茶頼むよ、3つ」

【白】「はい、わかりました」

なんだかんだ言って、会長も東儀先輩も俺たちを心配してくれている。

二人の引退が近づいているせいか、そんなことを妙に実感した。

シャワーを浴び、一日目の疲れを洗い流した。

明日は、俺の企画を実行に移す。

しっかり眠らないとな。

【孝平】「お」

携帯のダイオードが光っている。

着信があったらしい。

履歴を残した相手に、さっそくかけ直す。

プルルルル……

【瑛里華】「はい、もしもしっ」

ワンコールで取った。

【孝平】「あ、俺。すまん、風呂入ってた」

【瑛里華】「あ、そうだったんだ」

【孝平】「どうした? また寂しくなったか?」

【瑛里華】「あはは、ちょっとね」

声には、なんとなくいつもの元気がない。

【孝平】「部屋、来るか?」

【瑛里華】「あ、えーと……」

【瑛里華】「今日は、遠慮しとく」

【瑛里華】「声を聞ければ大丈夫だから」

【孝平】「そっか」

【孝平】「もう、風呂入ったのか?」

【瑛里華】「まだ。これから入ろうかと思って」

【孝平】「ゆっくり入れよ、明日も大変だろうから」

【瑛里華】「わかってる」

【孝平】「あれ?」

……部屋の外に人がいるような。

【瑛里華】「どうしたの?」

【孝平】「誰か来たかもしれない、司かな」

【瑛里華】「え? あ、じゃあ切るね」

【孝平】「いいって、ちょっと待っててくれ」

【瑛里華】「邪魔しちゃ悪いでしょ」

【孝平】「そんなことないって」

【瑛里華】「私もお風呂入るから」

【瑛里華】「また明日ね」

【孝平】「わかった、おやすみ」

【瑛里華】「おやすみなさい」

せっかく電話してたのに、どこのどいつだ。

彼女との楽しい時間を奪った罪は重い。

ドアに向かう。

……。

誰もいない。

おまけに気のせいかよ。

しかし、いまさらかけ直すってのもちょっとアレだ。

風呂入るって言ってたしな。

メールにしとこう。

//Switch to Erika's POV//

【瑛里華】「はぁ、はぁ……」

危なかった。

孝平は、変なところで勘がいい。

まったく。

……まった、く。

こんな夜に顔なんか見たら、おかしくなってしまう。

胸の内を全部さらけ出してしまう。

それは、絶対に避けなくてはならない。

ちゃらちゃちゃーちゃらちゃちゃー♪

【瑛里華】「きゃっ」

孝平からのメールだった。

『せっかく電話してくれたのにごめん』

『さっきのは気のせいだった』

『明日は頑張ろうな。おやすみ』

【瑛里華】「バカ……」

携帯を閉じ、握りしめた。

眠れるだろうか?

……眠れるわけがない。

ベランダへの窓を開く。

風はない。

ねっとりとした空気がまとわりついた。

空気の読めない天気。

風に当たりたい。

風に……。

全力の跳躍は久しぶりだ。

風を切る音が心地よい。

頬を伝うものが一瞬で後方へ流れ、夏の夜空で気化していく。

履いていたスリッパが壊れた。

さすがにもたないか。

まあいい。

【瑛里華】「ふぅ……」

大きく息を吐く。

校舎の屋上は、少しだけ風があった。

涼しくはなかったが、クーラーの乾いた風よりはいい。

かちゃ

携帯を開く。

さっきのメールをもう一度見る。

【瑛里華】「孝平……」

一文字一文字から、彼の声が聞こえてくるようだ。

受信ボックスには、孝平からのメールが山のようにたまっている。

これだけあれば……

【瑛里華】「っっ!」

着地音。

反射的に距離を取る。

【瑛里華】「誰っ」

【伊織】「逃げるなよ、俺だ」

【瑛里華】「……兄さん」

//September 14//

【瑛里華】「視察行ってくるわね」

【孝平】「あとは、よろしくお願いします」

【伊織】「ここは俺に任せて、ゆっくり回ってきたらいい」

【孝平】「妙に親切ですね」

【伊織】「人の善意を疑うようになったらおしまいだよ」

【伊織】「ほら、さっさと行った行った」

笑顔で手を振る会長。

【孝平】「じゃ、失礼します」

開場後しばらくして、俺たちは視察に出た。

ま、視察という名の自由時間だ。

本敷地からは新敷地が一望できる。

校門から校舎まで、たくさんの人で埋まっていた。

昨日とは違い、お客さんの服装もカラフルだ。

【瑛里華】「2日目は、一般のお客さんが多いの」

瑛里華がお客で溢れる敷地を、満足そうに眺める。

例によって、その視線には、手が届かないものへの羨望も込められていた。

【孝平】「瑛里華」

【瑛里華】「ん? なに?」

【孝平】「そういう顔、するなよ」

瑛里華の頭をくしゃっと撫でる。

【瑛里華】「あ、ごめんなさい」

【孝平】「瑛里華もみんなと一緒だ」

【孝平】「さ、順に視察しよう」

頭を撫でた手で、そのまま瑛里華の手を握る。

【瑛里華】「ちょっと、まずいわよ」

【孝平】「いいだろ、バカップルなんだから」

恥ずかしがる瑛里華。

そんなのは気にしない。

校舎前は、たくさんの出店でにぎわっていた。

食べものを焼く、香ばしい匂いが漂ってくる。

【??】「よっ、そこいく彼氏彼女ぉっ!」

【瑛里華】「え?」

まっさきに反応してる。

【孝平】「……つーか、かなでさん、何やってるんですか?」

【かなで】「ヤキソバ売ってるんだけど?」

不思議そうに首をひねった。

【孝平】「いや、そこ、野球部の屋台ですよね」

【かなで】「うん」

【かなで】「ああ! なんではっぴ着てないかってこと?」

【孝平】「んなわけないです」

【孝平】「かなでさん、野球部じゃないでしょ」

【かなで】「細かいなぁ、隣の彼女以外にモテないよ」

【孝平】「瑛里華だけで十分です」

【瑛里華】「ちょっとそれは恥ずかしいかも、嬉しいけど」

【かなで】「あつーーーーいっ!」

【かなで】「ストップ温暖化っ!」

【かなで】「君も、300円で環境保護に貢献したまえっっ!」

鉄のヘラでビシッと指される。

【孝平】「わ、わかりました」

お金を払い、ヤキソバを2つもらう。

【かなで】「ありがとーっ!」

【かなで】「紅生姜、大盛りにしといたからっ」

【孝平】「わかってやってますよね」

【かなで】「紅生姜も食べないと、大きくなれないぞっ」

【かなで】「あーーー、そこ行く熱々カップル!!」

すぐに他の客に声をかけ始めた。

【孝平】「エコロジック・アニマルめ」

【瑛里華】「環境に貢献しちゃったわね」

おかしそうに笑う。

【孝平】「んで、ヤキソバどうする、食べる?」

【瑛里華】「そうね、せっかくだから」

と、手近なベンチに座ったところで……

【女子生徒A】「千堂センパーイっ!」

女の子が走ってきた。

【瑛里華】「あら、何かあった?」

【女子生徒A】「こ、これ、食べてくださいっ!」

差し出されたのはお好み焼き2パック。

【瑛里華】「ありがとう」

【女子生徒A】「そ、そ、それじゃっ」

がばっと頭を下げ、速攻で消えていった。

顔真っ赤だった。

【孝平】「ファンの人?」

【瑛里華】「そうだと思う」

ヤキソバの上に、お好み焼きが重なった。

嫌な予感がする。

【孝平】「一つ聞いていいか?」

【孝平】「これは想定してたこと?」

【瑛里華】「ある程度は」

【孝平】「去年の実績は?」

【瑛里華】「20個くらい?」

笑顔で言われた。

【孝平】「とりあえず、校舎に入ろう」

【瑛里華】「いいじゃない、記念よ、記念」

【瑛里華】「それにもう遅いし」

【孝平】「!?」

周囲を見る。

人垣ができていた。

【孝平】「ぐ、ぬ」

両手に買い物袋。

5月ごろ、同じようなことしたような……。

【孝平】「20個どころじゃないだろ?」

【瑛里華】「私はそのくらいよ」

【瑛里華】「半分は、支倉センパイ♪ のでしょ」

【孝平】「……まあ」

驚くことに、

というほど驚いていない自分も怖いが──

俺にくれる人もいた。

どうやら、そこそこの人気はあったらしい。

【瑛里華】「モテモテで良かったわね」

【孝平】「怒ってる?」

【瑛里華】「ぜーんぜん」

【孝平】「妬くなって、恋愛がどうこうじゃないんだから」

【瑛里華】「それは別にいいの」

【瑛里華】「ただ、あーんまり、嬉しそうだったから」

すねたような口調で言う。

もちろん、演技なのはわかっている。

【孝平】「んなことないぞ」

【瑛里華】「どうかしら」

そう言って腕を組んでくる。

そして、体重をかけられた。

【孝平】「ぐあっ、それはマジ辛い」

【瑛里華】「罰として、監督生室までこのままね」

【孝平】「鬼」

【瑛里華】「吸血鬼ですから」

【瑛里華】「さ、ちゃきちゃき歩くっ」

屈託のない笑顔で言う瑛里華。

その表情は本当に楽しそうで、思わず嬉しくなる。

【孝平】「よし、一気に行くぞっ」

【瑛里華】「きゃっ、引っ張らないでっ」

大量の食料を監督生室に預け、俺たちは校舎に入った。

喫茶店、お化け屋敷、射的、研究発表……などなど。

さまざまな企画が目白押しだ。

その一つひとつに顔を出し、声をかけていく。

全部回るには、相当時間がかかりそうだ。

【孝平】「よう、陽菜」

【陽菜】「あ、孝平くん、千堂さんも」

【瑛里華】「こんにちは」

【孝平】「どうだ、激辛喫茶は?」

【陽菜】「それがね……」

と、教室の前の廊下を見る。

椅子が10脚ほど並んでおり、人が座っている。

【瑛里華】「もしかして、空席待ち?」

【陽菜】「そうなの」

【孝平】「すごいな」

【陽菜】「ロシアン・タコヤキとか、グループで盛り上がれるメニューが受けたみたい」

【瑛里華】「たいていのお客さんはグループだしね」

【孝平】「じゃ、ちょっと入れそうもないな」

ちらりと教室の中を見る。

見事に満員だ。

【孝平】「おっ」

【瑛里華】「どうしたの?」

【孝平】「紅瀬さんと目が合った」

【瑛里華】「あら、ちゃんと働いてくれるなんて」

【孝平】「そして、こっちへ向かってくる」

【桐葉】「味見、どうぞ」

丸い紙皿を差し出された。

上にはタコヤキが4個、並べられている。

【孝平】「これが?」

【陽菜】「ロシアン・タコヤキだよ」

【桐葉】「紅瀬仕様の」

なんだその仕様。

【桐葉】「どうぞ」

紅瀬さんは、瑛里華を見て言った。

【瑛里華】「ありがとう、紅瀬さん」

【瑛里華】「クラス行事に積極的に参加するなんて、意外ね」

【桐葉】「そうかしら」

【桐葉】「さ、食べて」

【瑛里華】「……わかったわ」

【孝平】「この中に、ハズレが一個ってわけか」

【瑛里華】「そうみたいね」

じっとタコヤキを観察する。

見た目に区別はつかない。

【瑛里華】「じゃあ、私はこれ」

【孝平】「俺はこれ」

【桐葉】「悠木さんは?」

【陽菜】「わ、わたしも?」

【孝平】「そういう流れだ」

【陽菜】「なんか、だまされてるよね……」

とか言いながら、ちゃんと付き合ってくれるらしい。

三人が取った。

【瑛里華】「私からいくわよ」

瑛里華が、そいつを口に放り込んだ。

【瑛里華】「むぐむぐむぐ……」

【孝平】「どうだ?」

【陽菜】「どう、千堂さん」

【瑛里華】「……」

瑛里華が、目をくわっと見開いた。

【瑛里華】「う……か、から……」

口を押さえる。

【孝平】「陽菜、水っ」

【陽菜】「あ、うんっ」

陽菜が教室へ走り込む。

【孝平】「大丈夫か!?」

【瑛里華】「だ、だめ……う……く」

足をジタバタさせながら、くるくる回っている。

【陽菜】「千堂さん、お水っ」

【瑛里華】「あ、ありが……と」

【瑛里華】「こくっ、こくっ、こくっ」

一気に飲み干した。

【瑛里華】「はぁ、はぁ、はぁ……」

【瑛里華】「死ぬかと……思った……」

瑛里華は涙目になっていた。

【瑛里華】「いきなりハズレ引くなんて、ついてないわ」

【桐葉】「残念」

【瑛里華】「うっさいわね」

【孝平】「ま、運がなかったな」

【陽菜】「ごめんね、千堂さん」

俺と陽菜は、普通のタコヤキを口に入れた。

【孝平】「……」

【陽菜】「……」

【陽菜】「んんん~っ! んっ、んっ!」

【孝平】「ぐほっ、がっ、やばっ、これっ」

辛いなんてもんじゃない。

痛い!

激しく痛い!

【瑛里華】「あら?」

【孝平】「水っ、死ぬっ」

【陽菜】「むー、むー、むー」

【桐葉】「仕方ないわね」

紅瀬さんが教室に入る。

水を飲んで、ようやく落ち着いた。

【陽菜】「はぁ、はぁ……なにこれ……」

【陽菜】「辛いっていうか……もう」

【孝平】「痛いぞこれ」

口の中の感覚が、まだ戻らない。

【瑛里華】「全部ハズレってズルいんじゃない?」

【桐葉】「あら、違うわよ」

【桐葉】「貴女が食べたのは『激辛』、悠木さんが『メガ辛』、支倉君が『ギガ辛』」

【孝平】「あと一個は?」

【桐葉】「『テラ辛』」

【瑛里華】「じゃあ、私のが一番辛くなかったのね」

紅瀬さんが呟いた「残念」ってのはそういうことか。

【孝平】「つーか、ロシアンでもなんでもないだろ」

【桐葉】「紅瀬仕様よ」

【陽菜】「わたし、完全に被害者な気がしてきたんだけど」

【孝平】「すまん、巻き込んだ」

【瑛里華】「紅瀬さんには、残ったのを食べて欲しいわよね」

【桐葉】「私、テラ辛くらいがちょうどいいの」

ばけもんだ。

【桐葉】「それじゃ、よい文化祭を」

【瑛里華】「あ、こらっ」

紅瀬さんは、口の端で笑い教室へ入った。

【瑛里華】「ほんと、相変わらずね」

苦笑する瑛里華。

その目には、優しさがにじんでいた。

あれ?

一瞬だけ胸が痛くなった。

【陽菜】「じゃ、わたしも戻るね」

【孝平】「ああ悪かったな」

【陽菜】「ううん、いいよ。楽しかったから」

【陽菜】「千堂さんもまたね」

【瑛里華】「ええ、さよなら」

陽菜は手を振って教室へ戻っていった。

【孝平】「しかし、ひどい目にあったな」

【瑛里華】「まあまあ、お祭りだしいいじゃない」

にっこりと笑う瑛里華。

今日は本当にご機嫌だ。

【孝平】「よし、次に行くか」

【瑛里華】「ええ」

自然に手をつなぐ。

すべての企画を回り外に出る。

日がわずかに傾いていた。

お客もかなり減っている。

【瑛里華】「そろそろ、文化祭も終わりね」

【孝平】「あっと言う間だ」

瑛里華が看板やポスターで飾られた校舎を見上げる。

つないだ瑛里華の手に力が込められた。

やっぱり――

何かおかしい。

だが、おかしさの正体がわからない。

のどに骨が引っかかったみたいな気分だ。

【孝平】「なあ瑛里華」

【瑛里華】「ん?」

【孝平】「なんか言えないこと抱えてないか?」

【瑛里華】「いいえ、ないわよ」

【孝平】「……」

瑛里華の手を強く握る。

【瑛里華】「大丈夫よ」

【孝平】「何かあったら言ってくれよ」

【瑛里華】「もちろん」

そう言って笑う。

【瑛里華】「そういえば、孝平の企画はどうなったの?」

【孝平】「ああ、これからだ」

【孝平】「打ち合わせもしたいし一回戻ろう」

【瑛里華】「了解」

【瑛里華】「ただいま」

【孝平】「戻りました」

【伊織】「お帰り」

【伊織】「あんまり遅いから、駆け落ちでもしたかと思ったよ」

【瑛里華】「そんなことしません」

【伊織】「わかってる、わかってる」

【伊織】「ま、お茶でも飲んで」

そう言いながら、会長は俺たちに座るよう促す。

お茶を手に、瑛里華と並んで席に着く。

【伊織】「さて、文化祭もそろそろ終わりだが……」

【伊織】「支倉君の企画はどうなったんだ?」

【孝平】「はい」

【孝平】「俺の企画は、後夜祭が終わった後にやります」

【瑛里華】「何するつもり?」

【孝平】「そのときまでは秘密だ」

後夜祭は、文化祭が終了して1時間後に行われる。

基本は定番のファイアストーム。

各企画で使用した装飾品などを、このときに燃やす。

フォークダンスを踊って、めでたく文化祭は終了だ。

【孝平】「後夜祭が終わったら、みんなを教室棟の前に誘導してくれませんか?」

【伊織】「わかった、支倉君の言う通りにしよう」

【孝平】「あと、準備があるんで、文化祭が終わりしだい抜けさせてほしいんですが」

【瑛里華】「え?」

【孝平】「ん?」

【瑛里華】「な、なんでもないわ」

【孝平】「すみません突然で」

【伊織】「ま、仕方ない」

【伊織】「後夜祭は俺と瑛里華でやっておく」

【瑛里華】「実行委員もたくさんいるし、問題ないわ」

【孝平】「ありがとう。しっかりやるよ」

【伊織】「さて、どんなものを見せてくれるか楽しみだね」

【孝平】「二人とも見に来てください」

【瑛里華】「もちろん」

時計を見る。

午後4時55分。

あと5分で、文化祭も終わりだ。

【孝平】「さて、そろそろ行きます」

お茶を飲み干し、立ち上がる。

【伊織】「頑張ってくれよ」

【孝平】「はい」

【瑛里華】「孝平」

瑛里華が俺の手に触れた。

じっと俺を見る。

【瑛里華】「楽しみにしてるわ」

【孝平】「ああ」

瑛里華の手を軽く握り、

放す。

【孝平】「またな」

【瑛里華】「ええ、またね」

//Another view : Erika//

【伊織】「天井に面白いことでも書いてあるのか?」

【瑛里華】「うるさいわね」

……。

【伊織】「馬鹿な女だ」

【瑛里華】「知ってる」

……。

【瑛里華】「ねえ兄さん」

【瑛里華】「私は間違っているかしら」

【伊織】「それは、時間をかけて自分で考えることさ」

……。

…………。

………………。

【伊織】「俺は後夜祭の準備に行く。お前は好きにしろ」

【瑛里華】「え?」

【伊織】「好きに時間を使えと言ったんだ」

【伊織】「じゃあな」

//Another view ends//

倉庫にしまっておいたダンボールを持ち、昇降口まで来た。

【司】「おう」

【孝平】「お待たせ」

【孝平】「手伝わせて悪いな」

【司】「かまわんさ」

【孝平】「行くか」

屋上では、垂れ幕を片づける人たちがいた。

二言三言挨拶をかわし、彼らがいなくなるのを待つ。

屋上には、俺と司だけが残された。

周囲はいい感じに暗くなってきている。

まずは扉の鍵をしめる。

【司】「なぜ鍵を」

【孝平】「見つかった場合の時間稼ぎだ」

【司】「まさか、無許可か!?」

【孝平】「そのまさかだ」

司が天を仰いだ。

【司】「昼飯5回だな」

【孝平】「恩に着る」

ダンボールを開く。

中には、長さ30センチ、太さ4センチほどの円柱がたくさん入っている。

10メートルほどのヒモに、円柱20本が干物みたいにぶら下がっている。

これで1セット。

合計5セットある。

【孝平】「じゃ、端からいこう」

//Another view : Erika//

フォークダンスの陽気な曲が流れてくる。

この音楽が終われば、後夜祭も終わりだ。

兄さんは時間をくれたけど、私はまだ部屋から動けなかった。

【瑛里華】「ぅ……く……」

一人になったとたんに、堰を切ったように溢れ出した涙。

天井を眺めたまま、流れるに任せていた。

今の私は、ひどい顔をしているに違いない。

そろそろ、行かなくては。

大ざっぱに涙をぬぐう。

脱力した体に力を入れ、立ち上がる。

ドアの前に立ち、部屋の中を見回す。

……。

監督生室。

自分の学院生活の象徴であり、結局は、ここ以外に居場所はなかったのかもしれない。

孝平に言われるまでは、自分でも、ちゃんとわかっていなかった。

私は、自分で自分を学院の外に置いていたのだ。

所詮は吸血鬼だと、

人間と共には過ごせないと、

いずれは館に戻される運命だと、

自分の周囲に、諦めの壁を張り巡らせていたのだ。

それでも、完全には諦めきれなくて──

みんなに貢献することで、自分がこの学院の一員であるという証を立てようとした。

不純だ。

屈折してる。

私に救われたと言った孝平。

だが、彼を救ったという言葉でさえ、私の屈折から生まれたものだ。

……。

転校ばかりの日々を送ってきた孝平。

その中で彼は、日常に価値を置かない生き方を身につけた。

学院生活を捨てることができる生徒がいること、

学院での日々を無価値に思う生徒がいること、

それは、私の存在意義を否定する。

転校してきたときの孝平は、私の天敵だったのだ。

救われたと彼は言ったが、私は孝平を屈折した欲求を満たす道具にしただけだ。

にもかかわらず、彼は私を受け入れてくれた。

なんという幸運だろう。

彼に会わなければ、きっと私は屈折したままこの学院を去ることになっていた。

そして、人を好きになる喜びを知ることもなかっただろう。

これだけのものをもらっておきながら、私は──

学院から去る。

感謝の言葉すら伝えることなく。

学院の敷地を見下ろす。

孝平が生徒会に入った時も、ここから夜景を見た。

あのときとは違い、寮にはほとんど明かりがない。

その代わり、グラウンドでは赤々とファイアストームが燃え、周囲を生徒たちが回っている。

最後に孝平と踊ろうと思っていたが、それもほろ苦く消えた。

自業自得だ。

フォークダンスが終わり、歓声と拍手が巻き起こる。

文化祭が終わった。

もうすぐ生徒たちが校舎前に移動する。

私も行こう。

どんな企画が行われるかはわからないが──

これが孝平を見る最後の機会だ。

人が集まってきた。

みるみるうちに、校舎前の広場が人で埋まっていく。

これから何が起こるのか……。

みんな期待に満ちた表情をしている。

【孝平】「えー、みなさーーーんっ!」

突然、メガホン越しの声が降ってきた。

屋上だ。

フェンスのところに、人影が見えた。

【瑛里華】「孝平」

思わず口にする。

理性のたがを粉々に破壊する、その名を。

【瑛里華】「孝平……」

【孝平】「文化祭お疲れ様でしたっ!」

彼を眷属にはできない。

だから屋敷に戻る。

覚悟したはずなのに──

【瑛里華】「こうへい……」

【孝平】「文化祭の、最後の最後に……」

そばに行きたい。

その手を握りたい。

抱きついて、彼のすべてを手に入れたい。

【瑛里華】「こう……へい……」

【孝平】「生徒会からプレゼントがありますっ!」

【瑛里華】「……」

光の滝だった。

言葉も……ない。

ただ呆然と、光の粒が流れ落ちていく様を見上げる。

大歓声が上がった。だがなぜだろう。

私の心は、光の流れとともに透き通ってゆく。

孝平。

私の好きな人。

私の大好きな人。

それ以外に何もない。

【瑛里華】「孝平、かっこいいよ」

その瞬間、

ただ一瞬だけ──

孝平との距離がゼロになった気がした。

【孝平】「……」

【司】「どうした?」

【孝平】「あ、いや……ちょっとな」

【孝平】「なんでもない、気のせいだ」

【司】「??」

【孝平】「最後のヤツいこうぜ」

【孝平】「それじゃ、最後の最後の最後のプレゼントですっ!」

ぱんっ!

ぱぱぱんっ!

花火の音が響く。

何かの打ち上げ花火だ。

【孝平】「いま、落下傘を打ち上げましたっ!」

【孝平】「こいつをゲットした人は、絶対幸せになるっ」

【孝平】「生徒会が保証しますっっっ!!!!」

【瑛里華】「バカなんだから……」

花火に照らされて落下傘が降ってくる。

ふわふわ、

ふわふわ、

夢のように。

そう、思えば夢のような毎日だった。

目をつむれば、他愛のない日々がまぶたの裏に蘇る。

クラスメイトの笑顔。

生徒会役員の笑顔。

孝平の笑顔。

これだけの宝物があれば、これから永遠に続く生活も明るく生きていける。

風のいたずらか、落下傘の一つが私の上に降ってきていた。

【瑛里華】「幸せになる、か」

ならば、私ではなく誰か他の生徒に取ってほしい。

私はもう屋敷に帰るだけなのだから。

【瑛里華】「……」

ふと、かつて孝平に言われた言葉が頭をよぎる。

「副会長自身が楽しまなきゃウソだ」

必死な顔で、そんなこと言ってたっけ。

【瑛里華】「バカね……本当に」

でも……

バカだから好きになってくれたのかもしれない。

少しでも後先を考えたら、吸血鬼と付き合おうなんて思わないだろう。

それを、こっちの話なんか聞いてないみたいに迫ってきて。

強引にキスして……。

【瑛里華】「孝平……」

そういえば、自分はそんな人の彼女だったんだ。

なら──

最後に一つくらい、

わがままをしてもいいかな。

//Another view ends//

//September 15//

文化祭翌日。

今日は後片づけの日だ。

ほぼ昨日のうちに片づけを終えていた俺は、ぐったりしていた。

【孝平】「あたたた」

体の節々が痛い。

といっても、昨日の大暴れのせいじゃない。

昨夜──

花火が終わりに近づいたころ、シスターが屋上に怒鳴り込んできた。

まあ、当然といえば当然だ。

校舎の主成分はコンクリとガラスだから火事にはならないが、火遊びは火遊び。

現行犯逮捕と相成った俺と司は、日付が変わるまでシスターのお説教。

今朝は今朝で、早朝から礼拝堂の奉仕。

こいつがダメージ大だった。

とりあえずゆっくり体を休めよう。

目を覚ますと、すでに日が傾いていた。

とりあえず、瑛里華に昨夜からのことを報告しておこう。

携帯を取る。

プルルルル……

プルルルル……プルルルル……

プルルルル……プルルルル……プルルルル……

【孝平】「……」

電波が届かない(以下省略)……というアナウンスが聞こえた。

電源切って爆睡してるのか?

だったら、会長か。

プルルルル……

プルルルル……プルルルル……

【伊織】「お客様のおかけになった電話番号は」

【孝平】「いや、男の声ってないですから」

【伊織】「ノリが悪いな、支倉君は」

【伊織】「で、どうしたんだい?」

【孝平】「昨日からのことを報告しとこうかと思って」

【伊織】「ああ、聞いてるよ」

【伊織】「志津子ちゃんと、深夜まで盛り上がったんだって?」

【孝平】「はい」

【孝平】「ついでに、今日はお昼近くまで奉仕活動でした」

【伊織】「お疲れさん」

【伊織】「でもまあ、昨日の花火はよかったよ。この俺が合格点をあげよう」

【孝平】「ありがとうございます」

【伊織】「瑛里華には連絡した?」

【孝平】「いや、電話に出なくて」

【孝平】「もう少ししたら、また電話してみます」

【伊織】「何度電話しても出ないぞ」

【孝平】「は? 携帯なくしたとか?」

【伊織】「今から時間あるか?」

【孝平】「はい」

【伊織】「監督生室においで」

【孝平】「……」

【伊織】「待ってるよ」

【孝平】「……はい」

何度電話しても出ない?

どういうことだ?

なんだか胸騒ぎがする。

とにかく、監督生室へ急ごう。

【孝平】「はぁ、はぁ、はぁ……」

【伊織】「走ってきたか」

【孝平】「瑛里華、どうしたんですか?」

【伊織】「ま、座って茶でも飲んでくれ」

【孝平】「会長っ」

【伊織】「いいから」

と、紙コップにお茶を注いでくれた。

椅子に座り、ぬるいお茶を飲む。

会長の雰囲気がいつもと違うところから見ても、何かあったに違いない。

まずは冷静にならなくては。

【孝平】「もう大丈夫です」

【伊織】「OK」

会長が俺の向かい側に座る。

【伊織】「先に言っておくが、いい内容じゃない」

【孝平】「はい」

腹に力を入れて聞く。

【伊織】「瑛里華は館に帰ったよ」

【孝平】「っっ!」

帰った?

【孝平】「帰ったって、どういう意味ですか?」

【伊織】「もう館からは出ない。今週中には学院をやめる手続きが取られるだろう」

【孝平】「そんな……卒業までは大丈夫だって……」

衝撃で頭がぼんやりする。

【伊織】「それが早まったということだろう」

【孝平】「どうして」

【伊織】「細かい経緯はわからない」

【伊織】「ただ、文化祭が終わったら館に戻る覚悟だったようだ」

【孝平】「会長、知ってたんですか?」

会長がうなずく。

【孝平】「どうして教えてくれなかったんです」

【伊織】「瑛里華がそれを望んでいなかったからだ」

はっきりとした口調で言う会長。

【孝平】「……」

昨日のことを思い出す。

いつにも増して楽しそうにしていた瑛里華。

そして同時に、寂しそうな顔も見せていた。

瑛里華にとって、昨日が学院生活最後の日だったからだ。

【孝平】「瑛里華」

【瑛里華】「ん? なに?」

【孝平】「そういう顔、するなよ」

瑛里華の頭をくしゃっと撫でる。

【瑛里華】「あ、ごめんなさい」

【孝平】「瑛里華もみんなと一緒だ」

【瑛里華】「ほんと、相変わらずね」

【瑛里華】「ええ、さよなら」

【瑛里華】「まあまあ、お祭りだしいいじゃない」

【孝平】「またな」

【瑛里華】「ええ、またね」

最後の言葉が「またね」かよ。

【孝平】「くそ」

どことなく瑛里華の様子がおかしいことには気づいたのに……。

もっと深く事情を聞いておくんだった。

【伊織】「ま、瑛里華のことは諦めた方がいい」

そう簡単に諦められるわけがない。

こっちは、伊達や酔狂で付き合ってたわけじゃないんだ。

【孝平】「会長」

【孝平】「瑛里華は、この学院に来るまで、館に閉じこめられてたんですよね」

【伊織】「おや、知ってたのか」

【伊織】「フィーリングだけで付き合ってたわけじゃなさそうだね」

【孝平】「あと過去形にしないでください。別れてもいないのに」

【伊織】「おまけに諦めが悪い」

ニッと笑う会長。

【伊織】「それで?」

【孝平】「瑛里華は、人の血を吸わないから館から出してもらえなかったって話でした」

【孝平】「結局は、人間の血を吸えば出してもらえるってことですか?」

【伊織】「そうかもな」

【孝平】「かもっていうのは?」

【伊織】「俺にもわからないのさ。あの人の機嫌しだいだからな」

【孝平】「お母さんですか」

【伊織】「ああそうだ」

【伊織】「しかし、血を吸えば出してもらえるとして、支倉君はどうする?」

【孝平】「俺の血を吸わせます」

【伊織】「そこだよ、何もわかっていない」

【伊織】「君にそうさせたくないから、瑛里華は黙って消えたわけだ」

それはわかってる。

瑛里華は血を吸うのを嫌がっていた。

【孝平】「瑛里華の気持ちはわかります」

【孝平】「でも、館に閉じこめられるくらいなら、少しくらい吸ってもいいじゃないですか」

【伊織】「瑛里華もよくよく考えたはずだ」

【伊織】「血を吸わない代償として、彼女は君を失うばかりか今後一切外に出られない」

【伊織】「永遠にだ」

それだけの代償を背負って、俺から血を吸わないことを選んだ。

血を吸わないのは瑛里華のポリシーだ。

でももしかしたら、もっと俺の知らない事情があるのかもしれない。

【孝平】「俺が血を吸わせれば、瑛里華の覚悟を台無しにすることになりますね」

【伊織】「そういうこと」

【孝平】「……」

彼女の意志を尊重するなら黙って諦める。

それが大人の選択だと思う。

だが俺は──

瑛里華を救いたい。

【伊織】「君が悪いわけじゃない。もちろん瑛里華が悪いわけでもない」

【伊織】「悪いものがあるとすれば、運か星の巡り合わせだ」

【孝平】「それで諦められれば、俺も大人ってことなのかもしれませんね」

【伊織】「なに?」

会長がにらんできた。

負けじとにらみ返す。

【孝平】「誰も悪くないのはわかってます」

【孝平】「でも、それで状況が変わらないなら誰かが悪役になるしかないでしょう」

【伊織】「支倉君が悪役になるのかい?」

【孝平】「はい。一生、屋敷から出られないなんておかしいですよ」

【孝平】「俺は、好きな人にそういう人生を送って欲しくない」

【孝平】「瑛里華を自由にしたいんです。瑛里華の意に沿わなくても」

【伊織】「瑛里華の気持ちはお構いなしか」

呆れたように会長が言う。

【孝平】「……すみません」

【孝平】「それでも、彼女を助けたいんです」

【伊織】「君は状況を軽く考えてる」

【孝平】「どういうことですか?」

【伊織】「相手はあの人だ。場合によっては死ぬかもしれないよ」

【伊織】「例えば、瑛里華と逃げようなんてしたら十中八九殺されるだろうね」

【孝平】「あっさり言いますね」

【伊織】「あの人は、人間なんて餌としか思っていない」

会長は真剣そのものだった。

考えていたほど話は簡単ではないようだ。

【伊織】「迷いがあるならやめたほうがいい」

とはいえ、死ぬとか殺すとか言われても実感は湧かない。

実感が湧かないことより、瑛里華が閉じこめられているという現実の方が重要だ。

【孝平】「行きます」

【孝平】「お姫様を助けに行くのは、男のロマンですよ」

会長がため息をつく。

【伊織】「冗談で言ってるわけじゃないんだけどね」

【伊織】「まったく、最近の若いのはこれだから」

会長が自分の机に向かう。

【伊織】「言い忘れたけど、行くなら一人で行ってもらうことになる」

紙に何かを書きながら会長が言う。

【孝平】「一人で?」

【伊織】「俺はあの人に嫌われてるからな」

【伊織】「一緒に行くと状況がこじれる可能性がある」

一人か。

ま、いまさら退けるわけがない。

【孝平】「わかりました」

【伊織】「やっぱり行くの?」

【孝平】「行きます」

【伊織】「ふう、しょうがないね」

と、コピー紙を渡してきた。

紙には地図が2つ書かれていた。

【伊織】「大きい地図が館までの道のり」

【伊織】「小さいのは敷地内の地図だ」

【孝平】「屋敷に地図が必要って……」

【伊織】「今から行けば夜になるし、無駄に広いからね」

【孝平】「はあ」

【伊織】「あの人は、奥の純和風の建物にいる」

【孝平】「瑛里華は?」

【伊織】「手前の洋館だ」

【伊織】「あの人には先に会っておいたほうがいい。機嫌を損ねたら終わりだ」

【伊織】「あと、小細工は絶対にするな」

【孝平】「了解です」

【孝平】「会長、ありがとうございます」

【伊織】「礼を言われることなんか何もしてない」

【伊織】「気をつけてな」

【孝平】「行ってきます」

今頃、瑛里華は何をしているだろう。

自分の部屋にいるのだろうか。

もしかしたら、もっとひどいところに入れられてるかもしれない。

寂しがり屋の彼女だ。

きっと、いろいろとネガティブなことを考えているに違いない。

早く会いたい。

……瑛里華が望んでいないとしても。

地図に従い山道に入る。

頭上には木々が生い茂り、月の光は届かない。

人通りはなく、聞こえるのは自分の足音とガラついた鳥の声だけだ。

道は緩やかな登り坂になった。

どうやら、山の奥へ向かっているようだ。

シャツは汗に濡れ、べったりと体に張りついている。

本当に屋敷があるのだろうか?

//Another view : Erika//

見慣れた空の形だった。

少し縦長の四角形。

幼い頃から見上げ続けた窓の形だ。

また、この部屋に戻ってきてしまった。

【瑛里華】「……」

昨夜から私を苛み続けていた不安。

孝平と離れたとき、いつも襲ってくる不安。

体の中身が砂になり風に散っていくような、あの感覚。

人はなんと呼ぶのだろうか。

ベッドの下には、20を越える輸血用血液の空パック。

こんなに飲んだのは初めてだ。

砂となった自分が風に飛ばされぬよう血で湿らせた──

そういうことなのかもしれない。

孝平のいない生活の中で、あとどれだけ同じような夜を過ごすのだろう。

……。

この部屋には時間がない。

なすべきこともなく、話すこともなく、規則もなく──

気が向いたときに血を飲み、好きなときに好きなだけ寝る。

羊水に浮かんだような生活に、生きていることすら忘れてしまう。

そのうち、彼への想いさえ失ってしまうのかもしれない。

ベッドボードの落下傘を手に取る。

生徒会が幸せを保証してくれる逸品だ。

【瑛里華】「孝平」

ボール紙の重りに傘をつけただけの安っぽい造り。

少し引っ張れば、すぐに壊れてしまいそうだ。

でも……。

薄く残った火薬の匂いが、昨夜の光景と孝平の姿を思い起こさせてくれる。

それだけで、胸の中が温かくなる。

やっぱり、わがままを通して良かった。

落下傘を抱きしめる。

孝平。

生徒会の保証は確かみたいね。

少なくともここに一人、幸せを感じている人がいるよ

//Another view ends//