FANDOM


//Another view : Shiro//

家に帰ってくると、いつも思う。

ここは、空気が違う。

寮のような、雑多でにぎやかな雰囲気とは正反対。

穏やかで、

静かで、

整っていて、

そしてちょっと重い。

だから、普段は忘れてしまっていることも思い出す。

古くから続いている、いろんなこと。

多くの人が守ってきたこと。

そして、わたしも守ろうと思っていること。

支倉先輩。

一緒にいると楽しい人。

一緒にいると穏やかな気持ちにもなれる人。

歩幅を合わせてくれる人。

一緒に歩いていける人。

一緒に歩いていきたい人。

でも。

支倉先輩のことを……

好きになってはいけない。

わたしは東儀家の人間だから。

東儀家の人間には、大切な役目があるのだから。

//Another view ends//

//May 28//
目覚ましよりも早く目が覚めると、損したような得したような複雑な気分だ。

二度寝するほど眠くはない。

早起きは三文の得らしいし、起きてみることにしよう。

昨晩、久しぶりに雨が降った。

今日は傘はいらないかなーなどと思いつつ、寮の玄関まで来ると……。

【かなで】「しっ」

【かなで】「伏せて、支倉隊員!」

かなでさんが物陰に隠れている。

【孝平】「何やってんですか、かなでさん」

【かなで】「今、このあたりには誰もいない」

【かなで】「その中を、しろちゃんが……」

【孝平】「白ちゃんが?」

【かなで】「歌いながら出ていった!」

【孝平】「別にいいじゃないですか歌くらい」

などと言いつつ、二人でそっと様子を覗く。

【白】「雨上がりの虹~♪」

くるくると傘を回しながら、軽いステップを踏む白ちゃん。

雨はすっかり上がっている。

日差しが、木の葉の水滴をきらきらと輝かせる。

雨上がりの朝の清浄な空気の中に、白ちゃんの髪が跳ねている。

【白】「きらきら光る緑~♪」

あちこちにある水たまりを、その軽いステップで避けていく。

傘がまたくるりと回る。

【かなで】「支倉隊員、どう思う?」

【孝平】「隊員て」

【かなで】「しろちゃん、かわいいねえ」

【孝平】「オヤジですか」

【孝平】「それよりかなでさん、制服に着替えなくていいんですか?」

【かなで】「わ、まずいまずい」

【かなで】「あとは任せた。アディオス!」

たったかたーと階段に消えていくかなでさん。

何してたんだろう。

外を見ると、白ちゃんはくるくると並木道を歩いていく。

俺も、一緒に登校しよう。

青い空と、それを映す水たまり。

その間で回る白ちゃんと水色の傘。

【白】「るららら~♪ たったるらら~♪」

こうして見ていると、白ちゃんはまだ4年生になったばかりなんだと思い出す。

楽しげにステップを踏み、片手に傘、片手に鞄。

くるりくるり。

【白】「あっ」

【孝平】「あ」

【白】「は、支倉先輩……」

【孝平】「白ちゃん、おはよう」

【孝平】「えーと、なんか楽しそうだったから、声かけられなくてさ」

【白】「み、見てましたか?」

【孝平】「見てました」

【孝平】「歌も聞いてました。雨上がりのにじぃ~♪」

【白】「や、やめてくださいよう」

ぽかぽかと叩かれた。

【瑛里華】「ふうん、白が歌を」

【孝平】「ああ」

【瑛里華】「誰にも見られてないと、案外そういう子なのよ」

【瑛里華】「人見知りをしているだけ」

【孝平】「そうだったのか。知らなかった」

【瑛里華】「生徒会で一緒に活動する仲間なんだから、それくらい知っておいた方がいいわ」

【瑛里華】「……で、なんで突然白の話?」

【孝平】「え、あ、いや。たまたま」

【瑛里華】「そう」

【瑛里華】「ま、いいけど」

副会長は、下手くそな大道芸人を見るような目で俺を見た。

【伊織】「たまたまだって」

【征一郎】「たまたまだろう」

……午後の監督生室。

今日はそんなに仕事もない。

みんな、ここにはお茶を飲みに来たようなものだ。

【白】「きゃっ」

給湯室から白ちゃんの声。

【孝平】「どうした?」

俺が立ち上がろうとしたとき。

【征一郎】「大丈夫か、白」

既に、東儀先輩が白ちゃんの傍らに立っていた。

【白】「あ、は、はい。少しお湯がはねてしまって……」

【征一郎】「そこを水で流すんだ」

【白】「はい」

【征一郎】「流水で冷えたら、少し様子を見よう」

【征一郎】「水ぶくれになるようなら、もう少し手当をする」

【白】「たぶん、そこまでは大丈夫だと思います」

【征一郎】「ならよかった」

【征一郎】「が、まずは冷やしてからだ」

【白】「はい、兄さま」

……どうやら、白ちゃんがお湯をこぼして手にかけてしまったようだ。

それにしても。

【瑛里華】「征一郎さん、素早い動きだったわね」

【孝平】「ああ。俺なんか立ち上がる暇もなかった」

そして、その後はつきっきり。

東儀先輩は、白ちゃんがしばらく流水で手を冷やし続ける間、一緒にいてあげるようだ。

【瑛里華】「二人が気になる?」

【孝平】「気になるっていうか……」

【孝平】「すごく仲がいいなと思ってさ」

【孝平】「俺らくらいの歳になると、兄弟とあまり一緒にいないだろ?」

【瑛里華】「そうね」

【瑛里華】「でも、あの二人は、前からあんな感じよ」

【孝平】「そうなんだ」

【瑛里華】「でもまあ、やっぱり特別に見えるわ」

【伊織】「うちが普通だよなあ」

【瑛里華】「うちもある意味普通じゃないでしょ」

いつから話を聞いてたのか、会長が話に入ってきた。

【伊織】「あの二人のことは昔から見てたけど」

【伊織】「まあ、昔からあんな感じだねえ」

【孝平】「ほんとに子供の頃からってことですか」

【伊織】「ああ」

【伊織】「二歳しか離れてないけど、征はあのとおり面倒見がいいし、白ちゃんを大事にしてる」

【伊織】「白ちゃんも構われて嬉しそうだし、よく懐いてるだろ?」

【孝平】「ええ。そうですね」

【伊織】「……瑛里華も、あんなふうに懐いてくれてた時期もあったんだがね」

【瑛里華】「知らんわっ!」

【白】「お茶が入りましたよ」

白ちゃんが、お盆にカップを載せて持ってくる。

【孝平】「さっきの、大丈夫だった?」

【白】「ええ、兄さまも見てくれましたし、大丈夫でした」

【白】「お気遣い、ありがとうございます」

……俺の出る幕なんて、まったくなかったな。

なんて言うか。

ほんのちょっとだけ、悔しい気がした。

//June 2//

【かなで】「ちぇー、みんなちゃんと夏服着てくるんだもんなー」

【陽菜】「それが普通だよ、お姉ちゃん」

【孝平】「もう暑いですし」

【司】「いや待て」

……そんな話をしてるそばから、冬服をかっちり着込んだ紅瀬さんが脇を通る。

しかも、何やら真っ赤なカレーを持っていた。

【かなで】「こら、きりきり!」

【桐葉】「なんですか」

別に校則違反じゃなかったはずだが。

【かなで】「暑くない?」

【桐葉】「いえ別に」

【孝平】「しかしまた辛そうなもん食ってるな」

【桐葉】「新しい調味料を仕入れたそうよ」

【桐葉】「頼んでみたら?」

【司】「なんて調味料だ?」

【桐葉】「デスなんとかと言っていたわ」

【陽菜】「私は遠慮します……」

【かなで】「よし、チャレンジ!」

【孝平】「やめといた方が」

……15分後。

かなでさんは、水を何十杯も飲んでいた。

【かなで】「はひ~はひ~」

【孝平】「だからやめとけと」

【司】「チャレンジ精神はすげえ」

そんな俺たちの横を、汗一つかかずに出ていく紅瀬さん。

【桐葉】「お先に」

【かなで】「ひりひり!」

【桐葉】「呼んだかしら」

【かなで】「舌がひりひり~」

【孝平】「駄洒落かよ!」

【桐葉】「では失礼」

食器を返却口に返し、学食をあとにする。

渾身のギャグを飛ばしたかなでさんは、テーブルにぱたりと突っ伏した。

【陽菜】「わ、お姉ちゃんすごい汗」

【司】「息も絶え絶えだ」

【かなで】「はひ~」

【孝平】「なんか、甘い飲みものの方がいいのかな」

かなでさんが激しく首を振る。たぶん肯定だろう。

……それにしても紅瀬さんが食べてたもの、いったいなんだったんだろう。

さらに時間を経て、やっとかなでさんもマトモにしゃべれるようになってきた。

【かなで】「む、むー」

【かなで】「今日はお茶会だ!」

【孝平】「流れが見えませんが」

【かなで】「だって口の中が辛いんだよ」

【陽菜】「辛いのが夜まで残るわけないでしょ、お姉ちゃん」

【かなで】「じゃあ辛さの訓練のためにキムチ鍋パーティ」

【孝平】「我慢大会はやめましょうよ」

【司】「普通の鍋なら」

【陽菜】「でも、食材が手に入るかなぁ」

【陽菜】「あと鍋にも使えるホットプレートかコンロがほしいよね」

【かなで】「まとめてなんとかするっ」

【白】「わっ、すごいです」

【瑛里華】「まさか……本当に鍋パーティなんだ」

俺のテーブルの上には、カセット式のガスコンロと土鍋、それに食材が並んでいた。

【孝平】「かなでさん、どうやって揃えたんですか?」

【かなで】「ふっふっふー♪」

【陽菜】「お姉ちゃん、学食の鉄人にデスなんとかって調味料の危険性を訴えたの」

【かなで】「だってあれは危険なものだよ」

【かなで】「素人が食べたら危ない!」

【孝平】「それで、そのひりひりの舌と引き換えに、食材やら何やらをもらってきたと」

【司】「人体実験だな」

【白】「お、お疲れさまでした」

【かなで】「貴い犠牲。そして引き換えに手に入れた食材と食器だから、心して食べてね」

【かなで】「むっ、そろそろ食材投入しちゃっていいよ」

野菜やら肉やらの中から、煮えるのに時間がかかりそうなものから鍋に投入。

鍋の中には、白いスープが張ってあった。

【孝平】「キムチ鍋じゃないんですね」

【陽菜】「お姉ちゃんは今、辛いもの駄目だと思うの」

【陽菜】「だから、今日は豆乳鍋だよ」

【孝平】「なるほどね」

【司】「健康に良さそうだ」

【かなで】「じゃあフタ閉めるよー」

かぽ

【瑛里華】「でも、鉄人は味見しなかったのかしらね」

【陽菜】「鉄人は、知識としてそのデスなんとかがとても辛いことは知っていたみたい」

【陽菜】「なのにさっそく使った紅瀬さんが平気そうだったから、不思議に思ってたんだって」

【瑛里華】「ああ……紅瀬さんね……」

以前、副会長は痛い目に遭ってたんだっけ。

【かなで】「そこで一般人のわたしが登場して、危険性を身をもって実証したってわけ」

【かなで】「大活躍だよねー♪」

【孝平】「まあ、ある意味」

【白】「学院のみんなを救ったんですね」

【瑛里華】「言われてみればたしかにそうかも」

ぐつぐつという音が、フタの周りと湯気抜きの穴から聞こえてきた。

【司】「お、そろそろか」

【白】「楽しみです」

【陽菜】「お箸と取り皿を回すね」

そうして、鍋パーティが始まった。

【かなで】「ほら! その辺煮えてきた!」

【陽菜】「キノコ投入しますよー」

【瑛里華】「はちっ、はふはふっ」

時に慌ただしく、時にまったりと。

食材を少しずつ胃に収めながら話に花が咲く。

【孝平】「俺が初めてこの寮に入った日、かなでさんの誕生日だったんですよね」

【かなで】「そうだっけ?」

【陽菜】「お姉ちゃん、階段でぶつかったじゃない」

【かなで】「おー……、おーおー!」

【孝平】「その晩、荷物がなかったから司の部屋に泊めてもらったんですが」

【孝平】「前にも言いましたが、そっちのお祝いの声が夜中まで聞こえてたんですよ」

【かなで】「盛り上がったもんねー」

【司】「まだあれから二ヶ月か」

【瑛里華】「ずいぶん溶け込んでるわね、支倉くん」

【白】「とても編入生とは思えません」

【孝平】「あー、いや、そういう話じゃなくてさ」

褒められればいい気分だが。

【瑛里華】「違うの?」

【孝平】「今の俺たちはうるさくないのか、ってのが気になって」

【陽菜】「な、なるほど」

【孝平】「これまで引っ越しが多かったから、賃貸マンションとかアパートも多かったんだけど」

【孝平】「けっこう上や下の部屋の音って聞こえるんだよね」

【瑛里華】「うちは一戸建てだから、あまりそういう感覚はないわ」

【陽菜】「うちも小さな一戸建てだけど……」

【陽菜】「お姉ちゃんの部屋の音はよく聞こえてたかな」

【かなで】「え」

【かなで】「えーっ! どんな音!」

【陽菜】「こ、ここではちょっと……」

【司】「その言い方はむしろ気になる」

【瑛里華】「ええ、そうね」

【陽菜】「例えば……」

【陽菜】「寝てるお姉ちゃんが、ベッドから落ちる音とか」

【孝平】「落ちるんですか」

【かなで】「え? 落ちたことなんかないよ?」

【陽菜】「寝ぼけたまま戻ってるの」

【白】「起きないんですか?」

【陽菜】「そうみたいだよ」

【白】「それは特技ですね」

【瑛里華】「特技って言うか……」

【司】「俺も似たようなもんだ」

【孝平】「そういやそうだったな」

【かなで】「ほら、フツーフツー」

俺の周りに二人もそういう人がいる状況が、普通じゃないと思う。

【孝平】「……つか、話を戻そう」

【孝平】「俺たちがうるさいんじゃないかって話だ」

【司】「俺の田舎が北国だって話はしたか」

【孝平】「聞いた」

【瑛里華】「私は初耳だけど」

【司】「ああ。隣の家は40キロ先だ」

【司】「そしてうちは丸太小屋」

【司】「冬はすきま風で鼻水がつららになる」

【司】「毛皮からはみ出たところはすぐ凍傷だ」

【白】「と、とても寒そうです……」

白ちゃんは、どんな想像をしたのかぷるぷる震えている。

【孝平】「純真な白ちゃんをだますな」

【司】「ああすまん。まあ普通の家だ」

【司】「床暖房はあるけどな」

【陽菜】「床暖房って暖かそうだね」

【かなで】「足下がぽかぽかしたら寝ちゃいそうだよ」

【かなで】「しかも、床で転がって!」

【瑛里華】「楽しそうね」

【孝平】「ああっ、また話がずれてる」

【陽菜】「じゃあ、白ちゃんのお家はどう?」

【白】「えっ、あの……」

何か言い出しづらそうだ。

【白】「支倉先輩は一度見てらっしゃるんですが」

【かなで】「ええっ! いつの間に!?」

【かなで】「こーへーもやるねえ、ひゅーひゅー」

【孝平】「無理に盛り上げないで下さい」

【孝平】「生徒会の買い物で通りがかっただけです」

【孝平】「ちなみに白ちゃんの家は、歴史のありそうな日本家屋でしたよ」

【陽菜】「そうなんだー」

【孝平】「つか、かなでさんや陽菜は、この島にずっと住んでるんだったら知ってるんじゃ?」

【孝平】「立派な家でしたよ」

【かなで】「うちはパークタウン側だから、あまり旧市街の方は詳しくなかったり」

【孝平】「ああ。橋の付け根の方でしたっけ」

【孝平】「白ちゃんちのあるあたりは、昔ながらの街並みって感じ」

【白】「はい」

【白】「それもあって、あまりうるさいと思ったことはありません」

【かなで】「せいちゃんも静かなの?」

【白】「ええ、そうです」

【かなで】「まあせいちゃんは暴れたりしない感じだよね」

【孝平】「他にうるさい家族とか」

【白】「えと……うちは人が少ないので」

ちょっと声が沈んだような。

気のせいか?

【瑛里華】「うちの兄さんはうるさいわね」

【瑛里華】「いつも、一人で何かどたばたしているわ」

【かなで】「いおりんは元気だもんね!」

【かなで】「きっと、一人でも技の研究をしているに違いないよ」

【孝平】「なんの技ですかっ」

【孝平】「ふう、腹いっぱいだ」

【司】「ちょうどいい量だったな」

【かなで】「やっぱり鍋はいいね!」

【かなで】「こうして、みんなで鍋をつついてると、仲間って感じがするし」

【陽菜】「あはは、そうだねー」

【瑛里華】「監督生室でも鍋をするのはどう?」

【孝平】「器具と材料をどうするかだな」

【孝平】「会長に言うと、監督生棟の裏に畑を作りそうだ」

【瑛里華】「たしかに……」

【白】「でも、お鍋はおいしかったです」

【白】「それに、とても楽しい時間でした」

【かなで】「また、チャンスがあったらやろう!」

こうして、本日のお茶会改め鍋会はお開きとなった。

少し声が沈んだ時があった白ちゃんのことは、気になったが……

家族のことだとしたら、ちょっと聞きにくい。

鍋は楽しんでくれたみたいだし、ま、いいか。

//June 9//

プール開きが近づいてきていた。

生徒会では、それに合わせてちょっとしたイベントを企画している。

俺は、その準備に取り掛かっていた。

【孝平】「そっちはどうだ?」

【瑛里華】「そろそろ一段落つきそう」

【孝平】「お、早いな」

副会長は、各部からの予算申請書類と部員数のデータをにらんでいた。

【瑛里華】「もう少しで、怪しい部活はピックアップできるわ」

【瑛里華】「データが揃ったら、あとは突撃してみるまでよ」

そう言えば、この人は『突撃副会長』と呼ばれていたんだった。

生徒会役員の中に入って、一緒に仕事をしてると忘れてしまう。

【白】「お二人とも、お疲れさまです」

そして、絶妙のタイミングでお茶を持ってきてくれる白ちゃん。

白ちゃんには、俺と副会長の仕事のサポートをしてもらっていた。

【孝平】「ふう、ありがとう」

【瑛里華】「いただくわね」

三人でしばしお茶を飲んだあと、再び作業に戻る。

【孝平】「んっ、ん~~っ」

背筋を伸ばす。

ちらっと時計に目をやると、けっこうな時間になっていた。

【孝平】「ふああ……」

ちょっと気を抜いたところを突いて、アクビが出る。

【白】「支倉先輩、お疲れさまです」

【白】「お仕事の進み具合はどうですか?」

【孝平】「うーん……なかなか終わらないな」

【孝平】「続きは明日かなぁ」

【瑛里華】「私、もうそろそろ終わるし、手伝おっか?」

【孝平】「ん、いや、この仕事は一人でやってみたいんだ」

【孝平】「俺も早く一人前にならないとな」

【瑛里華】「へえ、やる気じゃない。いいことよ」

【白】「わたしも、早く一人前になりたいです」

【瑛里華】「そうね。白にも近いうちに何か一つ仕事を担当してもらうわ」

【白】「は、はいっ」

今日は、会長と東儀先輩が二人で出かけているため、監督生室にいるのは三人。

ついさっき会長からは、遅くなるから監督生室には戻らないよ、という連絡があった。

ふと立ち上がった白ちゃんが、またお茶と和菓子を持ってきてくれた。

【白】「甘いお菓子は頭の疲れにも効きますよ」

【孝平】「お、いただきます」

【白】「今日はどら焼きです。二つしか無いのですが」

【白】「お二人で一つずつ食べてください」

【孝平】「いや、それは悪いだろ」

【瑛里華】「そうよ、白」

【白】「いえ、あの、実は昨日こちらのどら焼きはいくつか食べてまして」

【孝平】「なるほど」

【瑛里華】「じゃ、遠慮なくいただくわね」

しっとりしたカステラ生地。

中には、甘さがしつこくない小豆餡が包まれている。

【瑛里華】「あ、おいし」

【孝平】「うん。さらっとしてる」

もふもふとどら焼きを食べる俺と副会長。

白ちゃんは二人をにこにこと見ている。

……白ちゃん自身の仕事はもうとっくに終わってるんだよな。

もしかして、付き合って残ってくれたのか。

【白】「?」

その笑顔からは、真意はわからない。

でも、俺は白ちゃんが残っててくれてることが、単純に嬉しかった。

【孝平】「あ、そうだ」

忘れてた。

鞄から、小さい紙の包みを取り出す。

【孝平】「昨日『さゝき』に行って、きんつば買ってたんだ」

【孝平】「白ちゃんも、そろそろお腹すいてくる時間だろ。一緒に食べないか」

【白】「きんつば……」

俺が取り出した包みを見ると、白ちゃんは大喜びした。

【白】「こ、これは」

【白】「作るのが難しくてあまり売られない、限定のきんつばです!」

ぴょんぴょん飛び跳ねそうなくらい大喜びしてくれる。

【瑛里華】「へえ、じゃあこれも期待していいのね」

【白】「もちろんです瑛里華先輩」

【白】「お、お茶を淹れ直してきますねっ」

そう言って、給湯室へ向かう白ちゃん。

……だが、すぐにしょんぼりして戻ってきた。

【白】「さっき、緑茶が切れたんでした……」

【瑛里華】「あー、紅茶じゃダメよね」

【孝平】「きんつばだもんな」

白ちゃんは、泣きそうなくらいにがっかりしている。

【白】「お茶の無い和菓子は、おいしさも半減です……」

【孝平】「しかし、そんなこともあろうかと」

俺は、『さゝき』のお婆さんにきんつばと一緒に勧められた、緑茶の茶葉パックを取り出す。

【白】「!!」

白ちゃんは大いに喜び、きんつばを頬ばった。

何か変に気を回したのか、それとも本当だったのかはわからないけど。

副会長は「録画予約を忘れた」ということで先に帰っていった。

つまり、白ちゃんと寮まで二人。

【白】「きんつば、おいしかったです」

【白】「支倉先輩も、和菓子のおいしさに目覚めてきませんか?」

【孝平】「あー」

たしかに、この二ヶ月でこれまでの一生と同じくらいの和菓子を食べたかもしれない。

【孝平】「うん、目覚めかけてるような気がする」

【白】「まだまだおいしいものはありますから、ぜひまた食べてくださいね」

【孝平】「楽しみにしてるよ」

【白】「はいっ」

……今なら、鍋パーティの時のことを聞けるかな。

【孝平】「白ちゃん」

【白】「はい」

【孝平】「この前、俺の部屋で鍋したときさ」

【孝平】「えーと」

【孝平】「なんか一瞬、暗くなった?」

【白】「暗く……」

【白】「あ」

思い当たることがあったらしい。

【白】「え、ええ、ちょっとだけ」

【孝平】「なんか気になっちゃってさ」

【孝平】「話しにくいことならいいんだけど……」

【孝平】「もしよかったら、聞かせてくれないかな」

【白】「いえ、そんな大したことではないんです」

白ちゃんは、少しだけ困ったような笑顔を作って言う。

【白】「親戚の命日が近いので、お墓参りに行かなくてはいけないことを思い出しまして」

【孝平】「そっか」

【白】「はい」

【白】「お気遣いいただき、ありがとうございます」

【孝平】「それじゃ、おやすみ」

【白】「おやすみなさい」

白ちゃんは、嘘はついてないと思う。

でも、本当のことを全部言ってるわけでもない……ような気がする。

いつかちゃんと話が聞けるといいな、と思った。

//June 12//

【白】「あ、支倉先輩」

放課後、監督生室へ向かって階段を上っていると、白ちゃんに声をかけられた。

なぜかシスター服を着込んで、スポーツドリンクのペットボトルを何本も抱えている。

礼拝堂で、何かやってるのだろうか。

【孝平】「俺も持つよ。スポーツドリンク」

【白】「ありがとうございます」

【孝平】「今日は、ローレル・リングの活動?」

【白】「ええと……半分くらいは」

【孝平】「半分?」

【白】「はい、シスターがお困りなので、お手伝いを」

【シスター天池】「ああ、お遣いありがとう東儀さん」

【白】「いえ」

【シスター天池】「あら支倉君も運んでくれたのですね。ありがとう」

シスター天池が、土まみれの軍手を取る。

礼拝堂の周囲の大掃除中といったところだろうか。

【孝平】「今日は掃除ですか?」

【シスター天池】「まあ、そんなところです」

【シスター天池】「6月に入ったとたんに、礼拝堂の裏手で雑草がもさもさ生えてきたので草むしりを」

そりゃ暑そうだ。

【シスター天池】「島の水源に近いので、除草剤を撒くわけにもいきませんしね」

【白】「シスターが育ててらっしゃるハーブも、雑草に栄養をとられてしまって……」

【孝平】「なるほど」

【白】「それで、二人で草取りをしていたのです」

それでスポーツドリンクか。

【孝平】「じゃ、俺も手伝いますよ」

【孝平】「ちょうど、生徒会の仕事も一段落したところなんで」

【シスター天池】「まあ、それはいい心がけです」

【孝平】「たしか監督生棟に軍手があったんで、持ってきます」

監督生棟で倉庫を探すと、軍手はすぐに見つかった。

他に何か使えそうなものはないか……?

当てずっぽうに箱を開けてみる。

すると、下の方から鎌も見つかった。

草を根絶やしにはできないだろうが、作業効率は格段にアップしそうだ。

【孝平】「俺はどこを担当しましょうか」

【白】「わ、鎌……ですか?」

【孝平】「ああ。監督生棟にあった」

【シスター天池】「それがあれば百人力ですね」

【シスター天池】「では、こちらの奥をお願いするわ」

一番、雑草が生い茂っている方を指さされる。

【シスター天池】「礼拝堂に近いところは私と東儀さんで抜きますから」

【シスター天池】「支倉君は、奥の方を鎌でばっさばっさとお願いしますね」

【孝平】「任せといて下さい」

夏至も近いため、放課後になっても日は高い。

慣れない鎌を扱い、じんわりと汗をかいてはスポーツドリンクを口にする。

それでも、作業をしているうちに、少しずつ鎌の使い方がわかってきた。

すると最初の頃より力を入れなくても、早く雑草を刈れるようになってくる。

こういう作業は、自分が上手くなっていくのを楽しむと、時間が早く進む。

礼拝堂の周りの雑草を、俺はどんどん刈っていった。

【シスター天池】「ご苦労さま」

【シスター天池】「あとは、刈った草を片づけて終わりにしましょう」

【孝平】「うす」

【シスター天池】「それにしても、支倉君と鎌のおかげでずいぶん早く終わったわ」

【シスター天池】「男手があると違うものですね」

【白】「支倉先輩、大活躍ですね」

【孝平】「役に立てたなら良かった」

【孝平】「ついでに、寮の門限に間に合わなくても一度くらい見逃してもらえたりしませんか?」

【シスター天池】「ふふ、残念ながらそれとこれとは話が別です」

シスターの防御は固かった。

【シスター天池】「それより支倉君」

【シスター天池】「前にも誘ったことがあったと思いますが、ローレル・リングに入る気はありませんか?」

【シスター天池】「礼拝堂の管理も、やはり男手がほしいところですし」

【孝平】「いや、まあ」

信心の『し』の字も無い俺にとっては、無縁のことだと思う。

それに奉仕活動とか、ガラじゃない気もするし。

【孝平】「ええと……いろいろと忙しくて」

【シスター天池】「東儀さんも一人では寂しいでしょう?」

【白】「そ、そんなことは」

少し慌てる白ちゃん。

【白】「でも……」

【白】「支倉先輩が入ってくれたら、嬉しいです」

【シスター天池】「あら」

急に目を輝かせる。

【シスター天池】「東儀さんもこう言ってるけど?」

【孝平】「白ちゃんを味方にするのはずるいです」

【白】「あ、もちろん無理にとは……」

【シスター天池】「ふう」

【シスター天池】「そうね。こういうことは、何よりもまず本人の心がけが重要です」

ここで断ると、なんか俺の心がけが悪いみたいだ。

が、まんまと入るわけにもいかない。

白ちゃんには少し悪いけど、生徒会が忙しいのも事実だし。

【孝平】「やっぱり、今はちょっと」

【シスター天池】「残念ですが仕方ありませんね」

【白】「はい」

【シスター天池】「また機会があったら、手伝ってくれると助かるわ」

【孝平】「それはもちろん。できる範囲で」

【白】「はいっ」

ちょっと残念そうだった白ちゃんも、にっこり笑ってくれた。

たまにはこんなふうに働くのも楽しい。

ちょっとだけ日に焼けた顔。

汗ばんだ体に心地よい疲れを感じながら、監督生棟に向かった。