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//June 30//
【瑛里華】「本格的になってきた梅雨、を前向きに楽しむ方法を考えましょう」

【瑛里華】「じめじめしてるからって、ココロまで湿気っちゃ駄目よね」

副会長が見得を切る。

短い期間だが、差し迫った仕事が無いのだ。

放課後は、とりあえず監督生室に足を運ぶのが習慣になっている。

それが例え、今日のような日でも。

俺たちに訪れた、つかの間の休息。

6年生の三人は、ちょっとだけ顔を出したと思ったら帰って行った。

5年以下の俺たち三人も、資料整理をしたり、梅雨の前向きな過ごし方を考えたりしている。

【白】「梅雨のおかげで、珠津川も用水も枯れないのだと兄さまに教わりました」

【瑛里華】「それはそうね」

【孝平】「あ、そうなんだ」

【瑛里華】「この建物の裏の山奥に、泉があるの」

【瑛里華】「千年泉っていうんだけど、そこを源流にした珠津川は枯れたことが無いそうよ」

【孝平】「へえ、知らなかったな」

【白】「小さい頃に、社会科でも習いました」

【瑛里華】「島の風土だからね」

【孝平】「ここから、近いの?」

【瑛里華】「そうね、15分くらいかしら」

【孝平】「一度、行ってみようかな」

【瑛里華】「じゃあ、白が案内してあげたら?」

【瑛里華】「私が留守番してるから」

【白】「え、でも」

【孝平】「いいのか?」

【瑛里華】「いいから、ほら、いってらっしゃい!」

副会長に追い出されるように、山道を行く俺と白ちゃん。

あれ、強引なようで、副会長なりの気遣いなのかもな。

【白】「この先です」

副会長の意図に気づいているのか気づいていないのか、先導する白ちゃんのあとを歩く。

【孝平】「少し暑いな」

【白】「そうですね」

【白】「夏服のお洗濯も終わりました」

【孝平】「あ、ほんとだ」

【白】「少し、染みになってしまったところもあるんですが」

【孝平】「ぱっと見、わかんないよ」

【白】「それなら良かったです」

むっとする草いきれの中を、しばらく二人で歩いていく。

うっすらと汗をかきながら山道を登ると、突然それは現れた。

【孝平】「うお、こんなところがあったんだ」

【白】「きれいですよね」

青く澄んだ綺麗な水。

木々の姿が、波のない水面に映りこんでいる。

季節ごとに、ここは自然のキャンバスとなるだろう。

……ん?

なんか、ここ。

覚えがあるような。

【孝平】「ここ、関係者以外立ち入り禁止?」

【白】「そんなことはありませんよ」

【白】「ただ、昔から島に住んでいる人は、あまり近寄りません」

【白】「大切な水源を、尊いものだと考えている方も多いですから」

【孝平】「なるほど」

【白】「あと、学院の外からでも、珠津川の川沿いを遡ってくれば……」

【白】「ここにたどり着くことはできると思います」

【孝平】「ふーむ」

俺、ガキの頃、ここで遊んだことがあるかもしれないな。

ぼんやりとそんなことを考えつつ、背伸びをする。

【孝平】「んんっ」

【白】「生徒会のお仕事がないと、のんびりですね」

【孝平】「ああ。そうだな」

【孝平】「でもまたすぐに、大きな仕事が入ってくる」

【白】「あ、文化祭ですね」

【孝平】「夏休みもかなり使うってさ」

【白】「……夏休み、ですか」

少し元気が無くなったような。

【孝平】「夏休み、何かする予定でもあった?」

【白】「あ、いえ、その、予定と言うほどきっちりしたものではないのですが」

【孝平】「何かあるんだ」

【白】「は、はい……」

【白】「以前、少しだけお話をしたと思いますが、舞の練習を」

【孝平】「ああ。祭りで舞うっていう」

【白】「そうです」

【白】「珠津島神社の例大祭……大きなお祭りは、夏休み明けにあるので」

【白】「兄さまとの練習は、毎年夏休み中にやってきたんです」

兄さまとの練習。

そうか。東儀家が仕切っているんだから、当然東儀先輩も。

【孝平】「でも、じゃあ東儀先輩は去年どうしてたんだろ」

【孝平】「生徒会もやってたよな?」

【白】「わたしは兄さまよりも舞が下手なので、たくさん練習しないといけないんです」

【白】「兄さまは生徒会と両立できましたが、わたしは……あまり自信がありません」

不安げな表情。

【白】「うちの神社で奉納する舞は、男舞と女舞があって、二人一組で舞うんです」

【白】「最初は、母さまに教えてもらっていました」

【白】「それからずっと兄さまと一緒に奉納してきたので、今年もできればと思っているのですが……」

【孝平】「大切な舞なんだろ」

【白】「はい」

【白】「農作物はもちろん、いろんなものに感謝をするお祭りです」

【白】「太陽の恵み、雨の恵み、大地の恵み」

【白】「秋の例大祭は、いつの間にか新嘗祭とも一緒になって、神社の行事の中でも一番大きくなりました」

【孝平】「文化祭と一緒の日なんだっけ」

【孝平】「舞は、今からでも練習を始めればいいんじゃないか?」

【孝平】「何なら俺も付き合うからさ」

【白】「そうですか?」

【白】「あ……で、でも、お気持ちはありがたいのですが」

【白】「その……」

黙りこくってしまう白ちゃん。

あ。

この前の監督生室の時と一緒だ。

白ちゃんの中で、何かブレーキがかかってる気がする。

ブレーキがかかると、俺が近づいた分だけ、白ちゃんが引く。

【孝平】「あのさ、白ちゃん」

白ちゃんが、かすかに、ぴくっと震える。

俺が、こんなに白ちゃんを辛そうにしちゃってるのかな。

そう考えると、申し訳ない気分になる。

同時に、そのブレーキに腹が立ってくる。

【孝平】「単刀直入に聞くけど」

【孝平】「なんか、最近ちょっと俺から逃げてない?」

【白】「そ、そんなこと……」

【孝平】「そんなこと、あるよね」

【白】「う……」

【孝平】「あと、ちょっと言いにくいんだけど」

【孝平】「俺たちが、なんとなくいい雰囲気になった時に逃げてるような気がする」

【白】「……」

【孝平】「俺が踏み込んでいい話なのかはわからないけど」

【孝平】「もし、白ちゃんが辛そうにしてる原因が俺にあるなら、なんとかしたいと思ってる」

ふと、白ちゃんが千年泉の方に視線を送る。

水面を渡るそよ風に、髪がそよぐ。

……少しの間、何かを考えて黙る白ちゃん。

俺は、口を開いてくれるのを待った。

白ちゃんを促すようなことを、言いたくなるのを我慢して、じっと待った。

ふと、監督生棟前の石段で、二人で蛇が横断するのを待っていたことを思い出した。

あの時も、のんびり待ったものだ。

今だって大丈夫。

焦らず、待とう。

……。

すると、白ちゃんがゆっくりとこっちを向いた。

【白】「わたし……」

【白】「結婚相手が決まっているんです」

【孝平】「え?」

思わず声が出る。

白ちゃんはうつむいている。

今、なんて言った?

たしか、結婚相手が決まっている、って。

【孝平】「えええっ!?」

【孝平】「しっ、白ちゃん、結婚って、あの結婚?」

【白】「は、はい」

【孝平】「あ、そ、そうなんだ」

【孝平】「な、なるほど……」

彼女の家は、島でも名家だということだったし。

旧市街の方は、昔からの慣習とか残ってそうだし。

【白】「あの、決まっていると言っても、特定の候補がいるということではなく……」

【白】「東儀の分家がいくつかあるのですが、そこの方と結婚するのがしきたりということになっています」

白ちゃんの言葉が耳から入ってくるものの、理解できない。

頑張って頭を回転させようとしているのだが。

最初の一言ばかりが頭の中をかき回す。

【孝平】「あのさ、白ちゃん」

【白】「は、はい」

【孝平】「今言ってた、しきたりってヤツ、もう一度教えてくれないか」

【白】「わかりました」

それから、白ちゃんはゆっくりとしゃべってくれた。

東儀家のこと。

そして、白ちゃん自身のこと。

東儀家が、島の神社では代々祭司を務めてきたこと。

そしてまた、東儀家は代々、島の庄屋も務めていた。

もう何百年も昔から。

明治時代に神職の世襲が廃止され、島の外から派遣された人が神職を務めるようになっても……

島民にとっては、東儀家が神職で庄屋の家柄なのだ。

それで、旧市街に行くと「白様」などと「様」付けで呼ばれたりしていたのか。

まだまだ話は続いた。

今でも、古くからの島民の間では、東儀家を頂点としたヒエラルキーが一部残っていること。

東儀家の広大な敷地には分家がいくつか存在し、信仰心が篤い氏子たちは、分家とともに東儀本家の屋敷のメンテナンスなどを行っていること。

そして……

白ちゃんは、その分家から結婚相手を選ぶというしきたりがあること。

……。

【白】「誰かに話したのは、これが初めてです」

【白】「す……」

顔が、くしゃっと崩れる。

【白】「すみませんでした」

白ちゃんは、頭を深々と下げて謝った。

涙を流しながら。

すん、と鼻をすする音が小さく聞こえる。

【白】「う……」

声を上げて泣きそうなのを、こらえているのだろう。

【孝平】「白ちゃん……」

俺の中でも整理がつかないまま。

でも、泣いてる白ちゃんを放っておけないという思いで、声をかける。

【白】「支倉先輩」

【孝平】「何を、何について謝ってるんだ」

【孝平】「白ちゃんに、謝らなくちゃいけないようなとこは無いだろ」

【白】「いえ、いえ……あります」

【孝平】「じゃあ、それってなんだ?」

【孝平】「俺には全然わからない」

【白】「それは……」

【白】「わたしの気持ちが弱いから」

そう言って、また白ちゃんがうつむく。

その肩をつかむ。

【孝平】「白ちゃんが、何を言ってるのかわからない」

【白】「ご、ごめんなさい」

【孝平】「白ちゃんが困ってるなら、力になりたいんだ」

【孝平】「白ちゃんが悩んでるなら、一緒に考えたい」

【孝平】「白ちゃんが辛いなら、やわらげてあげたい」

【孝平】「白ちゃんが……」

【孝平】「俺は、白ちゃんが好きなんだ」

【白】「……!」

白ちゃんが、一瞬目を見開く。

そして……

【白】「う、うう……うううわああああ」

泣いた。

【白】「う……うう……っく……」

俺は、どうしていいかわからなかった。

勢いのままに、思いを伝えた。

そして、白ちゃんに泣かれてしまった。

……しばらく、白ちゃんが落ち着くのを待つ。

嫌がっているとか逃げるとか、そういうわけではなさそうだ。

俺は、ゆっくりと白ちゃんの背中を撫でた。

【白】「うう……あ、う……」

【孝平】「いいよ。ゆっくり、落ち着いてくれれば」

【白】「は、はい……すみま……せ……」

嗚咽と深呼吸を交互に繰り返す。

少しずつ。

少しずつ、白ちゃんも落ち着いてきた。

【孝平】「白ちゃん」

【白】「だ、大丈夫です。もう」

【孝平】「ごめん」

ぺこり、と頭を下げる。

【孝平】「なんか俺、白ちゃんのこと考えずに、一人で突っ走っちゃって」

【白】「ちっ、ちがっ……」

また、泣きそうになる白ちゃん。

……今度はこらえたようだ。

【白】「違うんですっ」

【白】「わたしが……」

【白】「わたしが悪いんです」

【孝平】「なんで白ちゃんが」

【白】「最初から知ってて、認められないことはわかってたのに……」

【白】「わたしの意志が弱いばかりに、支倉先輩に」

【白】「支倉先輩を……」

【白】「うっ、うう……好きに……好きにならなければ良かったのに!」

【孝平】「……」

【白】「うわああああっ」

しゃがんで、再び泣き出してしまった白ちゃん。

俺は、また背中を撫でる。

……そうだったのか。

【孝平】「ごめんな、俺、鈍くて」

白ちゃんの頭に手のひらを置き、撫でた。

何度も、何度も。

そして撫でながら、語りかける。

【孝平】「俺は大丈夫だよ、白ちゃん」

【孝平】「白ちゃんに、大切な家の、守らなくちゃいけないしきたりがあっても」

【孝平】「俺たちの仲が、認められないものだと思っていても」

【孝平】「少なくとも俺は、白ちゃんが悪いなんて少しも思っていない」

【孝平】「そんなに泣きながら、謝ったりするようなことは何一つ無いんだ」

【孝平】「だから、顔を上げて、話をしよう」

【孝平】「これからの、話を」

【白】「こ、これから……?」

涙でぐしゃぐしゃになった顔を、白ちゃんが上げてくれる。

【孝平】「白ちゃんは、どうしたい?」

【白】「え……えっと……」

【白】「……」

困ったように、考え込んでしまう。

【孝平】「しきたりをどうするかなんてことは、考えたこともない」

【孝平】「だから、どうしたらいいのか全然わからない。こんなところ?」

【白】「……そ、そうです」

【孝平】「好きって言ってくれて、とても嬉しいよ」

【孝平】「一緒に考えていこう」

【孝平】「そして、やれるだけのことをやろう」

【孝平】「諦めたり、逃げたりするのは、全力を尽くした後でも遅くないはずだ」

【白】「はい」

頑張って、白ちゃんが笑ってくれる。

これから何が待っているのか、何と戦わなくちゃいけないのか……

そんなことがまったくわからないまま、俺も白ちゃんを元気づけるために、微笑んだ。

そして。

白ちゃんの額に、軽くキスをした。

【白】「あ……」

【白】「う、嬉しい、です……」

泣き笑いの顔。

【孝平】「うん。良かった」

【孝平】「本当に、良かった……」

俺は、白ちゃんを抱きしめた。

【白】「泣いてたの、わかってしまうでしょうか」

【孝平】「うーん。少しは」

【白】「どうしましょう……」

俺と白ちゃんは、とりあえず一度監督生棟に戻ることにした。

出てから、それなりに時間が経っている。

留守番を買って出てくれた副会長が、待ちくたびれているかもしれない。

山の中の道は下り坂で、帰りはかなり楽だった。

がちゃ

【孝平】「あれ?」

鍵がかかっている。

鍵を開けて、監督生室に戻った。

机の上には、副会長のメモが残っていた。

「お腹が減ったので先に上がらせてもらいます。戸締まりはきちんとね」

それだけが書いてあった。

【孝平】「もう、帰っちゃったみたいだ」

【白】「そうですか」

【白】「でも、顔を見られなくて助かりました」

【孝平】「そうだな」

ふふふ、と二人で小さく笑う。

笑い終えると、部屋はしーんとする。

その静寂が、少しだけくすぐったかった。

【白】「あの、支倉先輩、お茶を淹れましょうか」

【孝平】「あー、俺も手伝うよ」

【白】「いえ、今日はわたしがやりたい気分なんです」

【孝平】「そっか。じゃあ、待ってる」

給湯室に消える白ちゃん。

……監督生室は、とても静かだった。

湯飲みを準備する音、お湯を注ぐ音。

普段は気づかないお茶の準備の音が、今日はやたらとはっきり聞こえる。

しばらくすると、お盆に二人分のお茶を載せた白ちゃんがやってきた。

【白】「どうぞ」

【孝平】「いただきます」

【白】「お茶請けは、落雁と最中を」

【孝平】「お、豪勢だな」

あ。

これは、話の続きをしようってことなのかな。

【孝平】「じゃ、いただきます」

【白】「わたしも」

二人で、お茶に口を付け、和菓子をいただく。

【孝平】「うまいね」

【白】「この最中は、さゝきの看板菓子なのです」

そう言って、幸せそうに最中を口に運ぶ白ちゃん。

幸せそうな顔になってくれて良かった。

大ファンになりそうなくらい、最中に感謝した。

でも、白ちゃんが口火を切りにくいようなら、俺が水を向けないといけない。

【孝平】「さ、これでお腹もしばらく大丈夫だ」

【孝平】「話の続き、しようか」

【白】「いえ」

【白】「あの、わたし、聞いて欲しいことがあるんです」

【孝平】「うん」

【白】「わたしと、兄さまのことです」

監督生室には二人しかいないのに、背筋が伸びた。

白ちゃんの瞳にも、意を決したような光が宿っていた。

【白】「わたしは、とても大切に育てられたと思います」

【白】「東儀家は、昔は代々神社の祭司を務めていたという話を以前したと思うのですが」

【白】「女の方が神に近いと考えていたそうなので、そのせいかもしれません」

【白】「あ、神さまは氏神と豊穣の神を合わせたようなものだと教えられました」

【孝平】「うん」

なんとか、話について行こうと頭を回転させる。

【白】「子供のころ、ケガをしました」

【白】「お庭で遊んでいて、転んだのです」

少し寂しげな顔。

【白】「すると、父さまは……兄さまを怒りました」

【白】「それも、かなり強く」

【孝平】「え、なんでさ」

【白】「……わからないです」

【白】「わたしが、どんなに『兄さまは悪くないです』と言っても、怒られるのは兄さまでした」

【孝平】「……」

どういうことだろう。

それだけ、東儀家にとっては白ちゃんが大事だったということなのだろうか。

【白】「兄さまは、わたしにはとても優しくしてくれていました」

【白】「なので、兄さまがわたしのせいで怒られるのは、とても……」

【白】「悲しいというか、とにかく兄さまに申し訳なくて……」

【孝平】「そっか」

その気持ちはわかる気がする。

【白】「それから、わたしは……わたしは……」

【孝平】「東儀先輩が白ちゃんのせいで怒られないように生きてきた、と」

【白】「そう……そう、ですね」

【白】「兄さまに迷惑を掛けないようにしようと、ずっと考えてました」

【白】「子供の頃の話なのですが……」

【白】「今も、ほとんど変わっていないような気がします」

そうだったのか。

初めて会った頃の白ちゃんを思い出す。

東儀先輩の背中に隠れていた白ちゃん。

東儀先輩の言うことを聞いている白ちゃん。

【孝平】「今も、家に戻るとご両親が?」

【白】「あ、いえ」

白ちゃんが、ちょっとためらう。

【白】「父さまと母さまは、いません」

【孝平】「いない?」

【白】「はい。兄さまからは、二人とも亡くなったと聞いています」

【白】「だから、七年前から兄さまは東儀家の当主も務めています」

【白】「昨日が命日で、わたしと兄さまとお墓参りに行きました」

【白】「もう、七年も経ちました」

昨日、白ちゃんが東儀先輩と出ていったのを思い出す。

でも……。

聞いています、ってのはどういうことだろう。

【白】「神社の行事ごとなどは、兄さまが何かと世話をしてくれるのでこなせています」

【白】「けれど、いつまでも一人前として扱ってもらえないのは寂しいです」

【白】「そして、兄さまの負担になってしまうのが申し訳なくて……」

白ちゃんが、少し肩を落とす。

ただでさえ小さいのに、さらに小さく見えた。

【孝平】「白ちゃんが、申し訳ないと思っていて」

【孝平】「早く一人前として扱って欲しいのなら、成長するしかない」

【白】「それは……そうですね」

【孝平】「二人の問題だからあまり口を挟むべきじゃないと思うけど……」

【孝平】「もし白ちゃんが、今の状態を抜け出したいと思っているなら、協力する」

【白】「は、はいっ」

【白】「よろしくお願いします」

【孝平】「一人前を目指して、頑張ろう」

なぜか、監督生室の机を挟んで、俺と白ちゃんはがっちりと握手をした。

白ちゃんの手は小さく、そして少し汗ばんでいた。

【白】「誰かに、家のことをお話するのは、とても緊張します」

【孝平】「ずっと内に抱えているより、絶対いいさ」

【孝平】「白ちゃん、辛そうだったし」

【白】「お話しして、少し体が軽くなったような気がします」

【白】「あと……こころも」

【孝平】「白ちゃん、一つだけ確認していい?」

【白】「あ、はい」

【白】「なんでしょうか?」

小首をかしげる。

【孝平】「『好きにならなければ良かった』ってことは、白ちゃんは、その……」

一気に白ちゃんが、熟したプラムのように真っ赤になる。

【白】「はっ、支倉先輩っ」

【孝平】「うん」

白ちゃんの目を見て、言葉の続きを待つ。

【白】「……ど、どうしてそんな目で見つめるんですか?」

【孝平】「どんな目?」

【白】「期待してるような、目です」

【孝平】「いつから俺のこと好きだったのか、聞きたいから」

【白】「そ、それは……」

顔を染めたまま、うつむいた。

【白】「えっと……その……」

【白】「一緒におでかけを……いえ、もっと前かもしれません……」

【白】「あ……」

【白】「生徒会に入るって聞いたときも嬉しかったです……」

【白】「きっと、ずっとずっと前から、好き……だったのだと……」

恥ずかしそうに口ごもった。

そんな仕草が、俺の心音を早くさせてくれる。

【白】「は、支倉先輩はどうなんですか……?」

【孝平】「え?」

どうだろう。

俺はいつから、この健気で小さな女の子に惹かれたんだろうか。

いつも生徒会でお茶を出してくれる白ちゃん。

雪丸の世話をしている白ちゃん。

出会った時は、噴水で雪丸を追いかけてたっけ。

【孝平】「わからないや。俺もけっこう前から好きだった気がする」

【白】「……じゃあ、同じですね」

嬉しそうに、純粋な微笑みを俺に向ける。

夕暮れの監督生室で、一度だけ――

俺たちの唇が触れあった。

//July 4//

//Another view : Shiro//

支倉先輩に勇気づけてもらってから4日。

どう兄さまに話そうか考えているうちに、何日も過ぎてしまった。

だけど、いつまでも迷っていてはダメだと思う。

どう切り出そうかなんて、まだ決まっていないけど。

兄さまに、ここに来て下さいとお願いした。

緊張してくる。

手のひらに汗をかいているのは、暑さのせい。

そう思うことにしよう。

……支倉先輩は、一緒に行こうか? と言ってくれた。

でも、これはわたしの問題だから。

わたしが、兄さまと話をしなくてはいけないと思う。

【征一郎】「待たせたな、白」

【白】「あ、いえ、兄さま」

【白】「ここではなんですから、どうぞ、中へ」

【征一郎】「わかった」

きいっ

短く扉の蝶番が鳴いて、兄さまとわたしが礼拝堂の中に入る。

外の日差しは強いが、中は対照的に暗く、少し涼しい。

【征一郎】「中は、少し涼しいな」

【白】「そうなんです」

兄さまと同じことを考えていたようだ。

嬉しい。

そう思ってしまう。

だめだだめだ。

わたしは、もう少し……兄離れをしなくてはいけないのだ。

【征一郎】「それで、話とは?」

兄さまがわたしの前に立ち、正面からじっとわたしを見つめてくる。

う……。

蛇ににらまれた蛙のように、わたしは固まってしまう。

兄さまを蛇に例えるのは失礼かな。

勇気を振り絞る。

振り絞って、言わなきゃ。

【白】「実は」

【征一郎】「ああ」

【白】「実は、その……」

【白】「その……ええと」

【征一郎】「どうした」

……。

【白】「東儀家のしきたりについて、お聞きしたいことがあるのです」

【征一郎】「そうか。なんだ?」

【白】「わたしが……わたしの、結婚相手は、分家の方の中から選ばれると聞きましたが」

【白】「それは、今でも変わっていないのでしょうか」

【征一郎】「その通りだ」

【征一郎】「変える必要もない」

【白】「そ、そうですか……」

兄さまは、少しも声の調子が変わらない。

とりつく島もないとはこのことか。

それでも、言っておかなくちゃいけないことがある。

これだけは。

【白】「あの」

【白】「わたし、支倉先輩と」

【征一郎】「ん?」

【白】「わたし、支倉先輩と、お付き合いをさせていただこうと考えています」

【征一郎】「それは……交際するということか」

【白】「はい」

【征一郎】「支倉には、もう話したのか」

【白】「はい」

【白】「支倉先輩は、了承してくださいました」

本当は、支倉先輩が先に言ってくれたんだけど。

こう言っておいた方が、兄さまに怒られるのはわたしだけで済むかもしれない。

怒られる……のかな?

【征一郎】「ふう」

兄さまの眼光が鋭くなる。

【征一郎】「支倉は、東儀家のしきたりを知らないのだろうから仕方ないにしてもだ」

【征一郎】「白」

【白】「は、はい」

【征一郎】「どうするつもりなんだ」

【征一郎】「支倉を、いつかは捨てることになるのだぞ」

【征一郎】「それでは彼に辛い思いをさせるだけだろう」

【白】「でっ、でも支倉先輩は」

【征一郎】「それにだ」

【征一郎】「どうしたところで添い遂げることなどできないのだとしたら……」

【征一郎】「それは、救いの無い悲劇の始まりだろう」

【征一郎】「そうじゃないか、白」

【白】「……」

兄さまにとっては、しきたりを守るなんてことは当たり前なのだ。

そんなことはわかっていたはずだ。

わたしだって、しきたりは守るものだと思っている。

それなのに……

わたしは、兄さまに話をすれば、解決するとでも思っていたのだろうか。

まったく可能性が無いような言い方をされるのは当たり前だ。

でも、辛い。

苦しい。

唇を噛んで、立ちつくす。

【征一郎】「そうだ」

【征一郎】「もし、白が直接支倉に言うのが辛いようなら、俺から言ってもいいが」

【白】「に、兄さま」

【白】「それは……自分でなんとかします」

【征一郎】「そうか。早い方が、きっと傷も浅くて済む」

【征一郎】「支倉には、生徒会で瑛里華を補佐する人材になってほしいところだ」

【征一郎】「なるべく後に引きずらないようにな」

【白】「……」

兄さまが言うことは正しい。

これまで、ずっとそうだった。

わたしも、兄さまの言うとおりにしてきたし……

それで、上手くいっていた。

兄さまには感謝してもしきれない。

でも。

父さまと母さまのことが、ずっと頭の隅から無くならない。

時を経るごとに、消えるどころか、だんだん大きくなってくる。

【征一郎】「今日の話は、もうこれでいいか?」

【白】「は、はい」

兄さまが、礼拝堂を出て行く。

その背中が遠ざかる。

このままでは、このままの生き方では、いけないような気がする。

わたしは、きっと兄離れをしなければいけない。

ばたん

//Another view ends//

//July 7//

昨日のお茶会に、白ちゃんが来なかった。

珍しい。

白ちゃんは、これまでほとんど参加していたのに。

ばんっ

背中を叩かれる。

【かなで】「おはよー、こーへー!」

かなでさんと陽菜だった。

【陽菜】「おはよう」

【孝平】「おはよーっす」

ばんっ

【かなで】「背中が丸まってるぞー」

【かなで】「もっと背筋伸ばして、元気出しなよ!」

【孝平】「え、俺、元気ないように見えますか」

【かなで】「見える」

【かなで】「もう全っ然、元気ないなぁ」

【かなで】「まんがで言うと、顔に縦線が入ってる。30本」

具体的だ。

【孝平】「マジで?」

【陽菜】「うん」

【かなで】「あーっ、わたしが言ったことを疑ったでしょー」

【陽菜】「お姉ちゃんは少し大げさです」

【陽菜】「でも、やっぱり……」

【陽菜】「いつもよりは少し、肩が落ちてるような気がするよ」

【かなで】「やっぱり、昨日の……もごもごーっ」

昨日の?

陽菜が、何か言いかけたかなでさんの口をふさぐ。

【陽菜】「ううん、なんでもないの」

【陽菜】「孝平くん、元気出して。ファイトっ」

小さくガッツポーズ。

陽菜がガッツポーズをするということは、かなでさんが解放されたということだ。

【かなで】「そう。男には戦わなくてはいけないときがある」

【かなで】「こーへー、ファイッ!」

かなでさんは、何かと戦うように軽いフットワークのシャドーボクシング。

俺は、何かを倒さなくてはいけないらしい。

【かなで】「ふっ、ほっ、とりゃあっ」

【孝平】「ぷっ」

かなでさんのボクシングスタイルがあまりにぽわぽわしてて、思わず笑ってしまった。

【かなで】「あっ、笑ったね」

【孝平】「わかりました、元気出しますよ」

【陽菜】「うん」

【かなで】「それでこそこーへーだ!」

また、かなでさんにバンバン叩かれる。

二人の励ましで、なんだかもやもやしていたのが晴れたような気がした。

放課後。

監督生室に行くと、千堂兄妹が来ていた。

【孝平】「ちゃーす」

【瑛里華】「あら」

【孝平】「ん?」

【瑛里華】「征一郎さんたちとすれ違わなかった?」

【孝平】「うん」

【瑛里華】「今日は、征一郎さんと白は帰ったから」

【伊織】「ローレル・リングの方で人手が足りないってんで、征が買って出たらしいよ。助っ人」

【孝平】「そうなんですか」

監督生室でなら、久しぶりに白ちゃんに会えるかと思ったけど、礼拝堂じゃしょうがない。

それにしても、ローレル・リングで助っ人が必要なら、言ってくれれば俺だって……

【瑛里華】「で、支倉くんはこれをよろしく」

どさっ

書類の束が目の前に置かれる。

厚さは約10センチ。

地球に優しくないことこの上ない。

【孝平】「これは?」

書類をめくってみると、カオスなキャッチコピーや極彩色のイメージ写真がある。

【孝平】「な……なんですかこりゃ」

【伊織】「ひどい言いようじゃないか」

【伊織】「各クラスや部活で、どうしたら楽しくなるか、お客さんに楽しんでもらえるかを考えてるんだ」

【伊織】「これは、その結晶なんだよ」

【孝平】「文化祭の、企画書ですか」

なるほど。

しかし、言われなければわからないほど、混沌とした書類である。

【瑛里華】「表向きは普通の喫茶店でも、油断しちゃだめよ」

【瑛里華】「よく読むと、巧妙にカモフラージュされた『スクール水着喫茶』の企画だったりするから」

【孝平】「……それ、駄目なのか」

【伊織】「俺がよくても、父兄や島の皆さんがいらっしゃるからねえ」

【瑛里華】「私が許しません」

なるほどね。

企画が分厚いのは、何かを隠している場合もあると。

でも、東儀先輩はこれを放ったままローレル・リングに行っちゃっていいのかな。

どすっ

【瑛里華】「で、これが昼休みに征一郎さんがやった分」

【瑛里華】「支倉くんの受け持ちは、だいたい征一郎さんの半分くらいね」

東儀先輩はバケモノか。

【瑛里華】「これくらいなら、今日中には終わるかしら」

【孝平】「任せとけ」

本人がいないのに、無言の売り言葉を買ってしまう。

……終わったのは、門限ぎりぎりだった。

//July 8//

放課後。

今日こそは、と意気込んで監督生室に行く。

授業が終わってから、真っ先に教室を出ようとする。

【桐葉】「支倉君」

教室の反対側の扉から、紅瀬さんに声を掛けられた。

【孝平】「なんだ?」

【桐葉】「青砥先生が呼んでるわ」

【孝平】「はあ」

【桐葉】「急いでいるところ残念ね」

急いでるのが丸わかりか。

しかし、なんの用だアオノリ。

【青砥】「おー支倉」

【孝平】「なんでしょうか」

心なしか、少し早口になってしまう。

【青砥】「生徒会から頼まれてたもの、見つかったから運んでくれ」

【孝平】「は?」

青砥先生に連れられていったのは、昇降口の脇にある倉庫。

【青砥】「これが30年分の卒業アルバムと文化祭のプログラムだ」

【青砥】「予備がもうない本もあるから、落としたり破いたりするなよ」

そう言って、紙袋を15袋ほど託された。

非情な重さ。

【青砥】「それじゃ、俺は仕事があるから」

【青砥】「監督生室に持って行くのは任せたぞ」

すたすたと去っていくアオノリ。

……この紙の束を、俺一人で?

とりあえず、両手に紙袋を一袋ずつぶら下げて、えっちらおっちら階段を上る。

残りはあと13袋か。

監督生室に行ったら誰かに手伝ってもらおう。

そして誰もいないわけで。

【孝平】「ぐぬぬぬっ」

あ、あと、3往復。

【孝平】「これで、最後……だ……」

初めて、人がいた。

【瑛里華】「あら、支倉くんが運んでてくれたの」

【孝平】「あら、じゃない。大変だったんだ」

【伊織】「おおご苦労」

【瑛里華】「汗だくじゃない。アイスティー、飲む?」

【孝平】「ああ。ありがとう」

【孝平】「ところで、みんなどこに?」

【伊織】「講堂だ。文化祭で使う申請があったから、設備の点検をしてた」

って、俺が7回×行き帰りで14回も脇を通ってるじゃないか。

どっと疲れが出た。

//July 9//

昼休み。

食堂で白ちゃんの姿を見かけた。

紙パックの牛乳を買っている。

【孝平】「白ちゃん!」

【白】「支倉先輩」

白ちゃんが小走りで駆け寄ってきた。

なんか、久しぶりに会うような気がする。

目の前に座っていた司がちらっとこちらを見た。

【孝平】「あのさ、今日は監督生室に来る?」

【白】「ご、ごめんなさい……」

【白】「今日も、ローレル・リングの活動が」

【孝平】「そっか……」

【白】「もっと、会いたいです」

俺が落ち込んでるのが見て取れたのか、そう言ってくれた。

司が咳き込んだ。

【孝平】「俺もだ」

【白】「そうだ」

【白】「支倉先輩に、メールをしてもいいですか」

【孝平】「えっ」

【孝平】「アドレス、教えてたっけ」

【白】「生徒会に入ったばかりの時に」

【白】「今まで、迷惑かなと思ってメールは控えてたのですが」

【孝平】「いや、全然そんな必要ないよ」

【白】「あ、昼休みにもちょっと用事が」

残念だが、仕方ない。

【孝平】「じゃ、メールで」

【白】「はい、メールで」

白ちゃんが去っていく。

目の前で、司がすました顔をしていた。

既に食べ終えている。

【孝平】「何か言ってくれ」

【司】「お前の部屋は、お茶会で人が出入りするから……」

【司】「ロックする機能とか、使った方がいいかもな」

【司】「寮長にラブラブメールを朗読されたくないだろ」

実にマトモなアドバイスが来た。

【孝平】「すまん。そうだな」

少し冷めた焼きそばをもそもそと食べる。

司はあくびをしながら待っててくれた。

ベッドの上に座って、携帯を見つめていた。

白ちゃんからのメールが来る。

はずなのに。

【孝平】「来ないな……」

こっちからメールするか?

でも、白ちゃんからメールするって言ってたんだから、最初の一度くらいは待とう。

1時間経過。

まだ来ない。

穴が開くほど凝視しても、携帯は沈黙したままだ。

【孝平】「風呂にでも入るか……」

でも、風呂に入ってる間にメールが来るかもしれない。

……俺、ほんとに白ちゃんのこと好きなんだなぁ。

たかが、一通のメールに振り回されてる自分が、ちょっとおかしい。

自分で苦笑しながら、部屋の風呂に向かった。

そして、風呂から出てみると……

「Eメール 1通」の文字。

【孝平】「おおっ!」

どきどきしながら、待望のメールを開いた。

From>へーじSub>用は無い。肩の力を抜け。

しかも本文無し。

【孝平】「うおおおいっ!?」

携帯を床に叩きつけそうになる。

が、すんでのところで踏みとどまった。

司に俺の行動がバレバレなのが少し悔しい。

ちゃーちゃーちゃっちゃー♪

【孝平】「また司か?」

From>東儀白Sub>こんばんは

今度こそ、白ちゃんからだ。

深呼吸をしてから、メールを開く。

『こんばんは、支倉先輩。メールをするのは初めてですね』

『これまで男の人とメールをしたのは、兄さまと伊織先輩の二人だけです』

『なので、少しどきどきしています』

会長とはメールのやりとりがあるんだな。

『伊織先輩からのメールは、時々おふざけが混じっていました。たまたま兄さまがそれを見て、怖い顔をしていました』

『それ以来、伊織先輩からはメールが来ません』

あの人、どんなおふざけをしたんだろうか。

『本題です』

『先日兄さまに支倉先輩とのことを話しました』

おおっ!

『すると兄さまは』

……ここでメールが切れている。

【孝平】「次週へ続く?」

馬鹿なことを言ってる場合じゃない。

もしかしたら、白ちゃんに何かあったのかも……。

白ちゃんが、部屋でメールを打っている。

【白】「えっと……先日兄さまに支倉先輩とのことを話しました、っと」

【白】「すると、兄さまは……」

ブォォォォンッ!!

【白】「ひっ!」

【白】「今のは、チェーンソーの音……?」

【白】「そ、そういえば噂を聞いたことがあります……」

【白】「夜遅くにメールを打っていると、仮面をしてチェーンソーを持った方が襲ってくるって」

【白】「ベランダに……いるの?」

ガシャンッ!

【白】「きゃあっ」

ブォン、ブォォォンッ!!

【白】「そ、そんな、まさか、仮面が……」

【白】「越前ガニの甲羅だなんてっ!」

ブオオオオォォォォンッ!!

【白】「いやああああーっ!!」

【孝平】「白ちゃんが、危ないっ!」

俺の妄想はどうでもいいが、何かあった可能性はある。

急いで部屋を飛び出そうとしたところで――

ハラリとバスタオルが落ちた。

裸のままだった。

【孝平】「服を着ないとっ」

慌ててトランクスに足を通そうというまさにその時。

ちゃーちゃーちゃっちゃー♪

ごんっ!

【孝平】「──! ──!」

思わず振り向いた俺。

片足立ちの不安定な状態のまま転び、壁にしこたま頭をぶつけた。

From>東儀白Sub>こんばんは2

後頭部を抱えながら、携帯を見る。

『さっきは失礼しました』

『兄さまから電話が掛かってきたので、驚いて、途中で送信してしまいました』

そういうことか。

何もなくてよかった。

『兄さまに支倉先輩とのことを話したのですが、まったく相手にしてもらえませんでした』

『兄さまの中には、しきたりを破るという選択肢自体がないのだと思います』

『わたしも、しきたりを破りたくはありません』

『何かいい方法があれば良いのですが……』

『でもとりあえず、もう少し兄離れをしようと思いました』

『あらあらかしこ』

手紙の締めだっけ、これ?

……それより返事を書かねば。

『白ちゃんと会って話がしたい。いつなら大丈夫?』

何かが足りない気がした。

送る前に消去。

白ちゃんは今、どんな気持ちでいるんだろう?

きっと、ものすごい勇気を振り絞って、白ちゃんは東儀先輩に話をしてくれたんだ。

それが、相手にされなかったのだとしたら。

白ちゃんは落ち込んでいるはずだ。

『まだ、始まったばかりだから一緒に頑張ろう』

『東儀先輩とは、話し合って少しずつ溝を埋めていこう』

『近々、会って話ができないかな』

こんなところか。

送信、っと。

すぐに、白ちゃんからは『明日の夜でお願いします』という返事が来た。

//July 10//

表には出さないように、でも俺的には猛烈な勢いで、仕事をした。

文化祭の準備が一つ目の山を迎えようとしている。

【瑛里華】「そろそろ出揃ったわね」

【孝平】「企画書?」

【瑛里華】「ええ」

【瑛里華】「夏休みに入ると、つかまらない人が出てくるから、こっちも今がラストチャンスよね」

腕まくりをして、鉢巻きくらい締めそうな勢いだ。

【孝平】「あと、やっつけなきゃいけない書類、どれ?」

【伊織】「支倉君もエンジンが掛かってきたようだね」

【伊織】「これも俺の後輩指導の賜物だな」

【瑛里華】「仕事丸投げしただけじゃない」

呆れたような目で会長を見た。

【伊織】「権限委譲式のスパルタ後進育成さ」

【孝平】「まあ、たしかにそれで成長はしましたけどね」

【伊織】「これで、俺も安心して引退できるというものさ」

【孝平】「でも、後輩の一人である……白ちゃんが、最近あまりここに来てないですよね」

【伊織】「気になるかい?」

久々に、心を見透かされるような目で見られる。

【孝平】「ええ、気になります」

【瑛里華】「へえ、はっきり言うじゃない」

【瑛里華】「男らしくていいわね」

【伊織】「瑛里華よりも白ちゃんか」

【瑛里華】「何くだらないこと言ってんのよ」

【瑛里華】「私は応援してるからね」

【孝平】「ああ、ありがと」

【瑛里華】「じゃあこれが残りの仕事」

またどさっと書類が渡される。

【瑛里華】「頑張って」

【孝平】「なっ!? 話の流れからすると、これは無いんじゃないか」

【伊織】「ハンデを欲しがるのはね、自らが劣ってると認めるようなものだよ」

【瑛里華】「これくらいで音を上げるようじゃ、そもそも土俵にも上がれないわ」

この兄妹にたたみかけられると、ぐうの音も出ない。

それに、言ってることはもっともだ。

【孝平】「わかりました。やりますよ」

それからの数時間は、これ以上ないくらいに集中して仕事を終わらせた。

【白】「支倉先輩」

【孝平】「しーっ」

【白】「あ、すみません」

【孝平】「黒い服は……目立たないため?」

【白】「あ、そ、そうです」

【孝平】「なんか、二人きりで会うのも久しぶりな気がするよ」

【白】「ええ」

【白】「ここのところ、ローレル・リングの活動が忙しくて」

【孝平】「こっちも、文化祭の準備がさ」

……。

【白】「あの、少し変なことを言うかもしれませんが、笑わないでくださいね」

【孝平】「? ああ」

【白】「ここ何日か、わたしたちにまとまった時間が取れなかったのは……」

【白】「兄さまが何かをしているのかもしれません」

【孝平】「あはは、まさか」

それは考えすぎだ。

いや、まてよ。

【瑛里華】「今日は、征一郎さんと白は帰ったから」

【伊織】「ローレル・リングの方で人手が足りないってんで、征が買って出たらしいよ。助っ人」

おかしい。

今まで、そんなことを東儀先輩がしてたか?

【青砥】「生徒会から頼まれてたもの、見つかったから運んでくれ」

あれは結局、誰が頼んだんだ?

それも、うちのクラスの担任に。

白ちゃんも、忙しかったと言っていた。

全部、東儀先輩が仕組んだのか?

【孝平】「そんな、まさか……」

そんなはずはないと思っても。

笑い飛ばすことができない。

【白】「兄さまに……」

白ちゃんが、苦しそうに言う。

【白】「兄さまに対してこんなことを考えてしまう自分が、嫌いになってしまいそうです……」

そんな白ちゃんの肩を両手で支える。

この前、白ちゃんが話してくれた二人の話を聞けば、当たり前だ。

白ちゃんは兄の東儀先輩を。

東儀先輩は白ちゃんのことを考えて、ずっと生きてきたのだ。

それも、ここ7年は、二人きりで。

その兄を対立する相手として疑うに至った白ちゃんの気持ち。

辛いだろう。

泣きそうになるのも、わかる。

白ちゃんが、俺を選んでくれた。

俺の思いと白ちゃんの思いが通じたから、こんなに辛くなってるとは思ってほしくない。

【孝平】「白ちゃん。もっと俺たちデートしよう」

【白】「え」

【孝平】「二人で。他の用事は全部済ませて」

【孝平】「急に入った用事は、次の日に回せばいい」

【孝平】「お茶会もやろう」

【孝平】「二人もいいけど、みんなでわいわいにぎやかなのも楽しいよな」

【白】「は、はい」

【孝平】「なんかさ、楽しいことたくさんしよう」

【孝平】「嫌なこと忘れるとか、そういうんじゃなくて……」

【孝平】「一緒にいて良かったって、そう思えるように」

【白】「そう、そうですよね」

【孝平】「考えてみりゃ、今だってデートだよな」

【孝平】「門限までは……あと少しあるな」

【孝平】「手をつないでも、いいか?」

【白】「は、はい……」

暗い中でよくわからないけど、白ちゃんの顔は赤いような気がした。

肩をつかんだままだった手を、ゆっくりと下ろす。

白ちゃんも、握りやすいように手のひらを開いてくれた。

小さい手。

細い指。

ちょっと力を入れて握ったら、壊れてしまいそうだ。

そっと、ガラス細工を持つように、白ちゃんの手を握る。

白ちゃんが指を開き、二人の指が交互に絡まる。

【孝平】「じゃ、歩こうか」

【白】「は、はい」

【白】「デートですもんね」

そう言って、にっこり微笑む。

俺は、返事をする代わりにつないだ手をぎゅっと握った。