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//Another view : Shiro//

兄さまから、父さまと母さまの話を少しだけ聞いた。

二人がまだ生きているということ。

でも、二人は互いのことも、わたしや兄さまのこともわからない状態だということ。

支倉先輩に聞いていた内容ではあったものの、兄さまから直接聞くことの重みはわたしを打ちのめした。

原因は「東儀のしきたりに殉じたため」とのことだった。

詳しくは近いうちに、と話は遮られてしまったけど。

しかし……次の日から兄さまが学院をお休みしたことには、さらにショックを受けた。

特例で実家に帰った兄さま。

確かに、体調は悪そうだったけど。

往診を頼んだかかりつけのお医者様は、しばらく安静にしますとだけ伝えてきた。

命に別状があったりはしないそうだけど……

わたしも見舞いに行ってはいけないという。

どうなっているのだろう。

兄さまは大丈夫だろうか。

病気?

怪我?

もしかして、わたしのせいなのかな……

そんなことも考えて、押しつぶされそうになっていた。

支倉先輩も驚いていた。

でも、押しつぶされそうなわたしを支えてもくれた。

わたし自身が考え、そして選ぶこと。

それは多分、支倉先輩との恋愛の話ではなく、

卒業後の進路の話でもなく、

これからのわたしの人生を、わたしが選ぶということなのだろう。

兄さまに話を聞いてから五日後。

携帯に兄さまからのメールがあった。

『家に来なさい』

内容はたったそれだけ。

兄さまからメールが来ること自体、とても珍しい。

何がわたしを待っているんだろう。

いいことだろうか。

それとも悪いこと?

まったくわからないまま、放課後、外泊の手続きを取って家に戻ることになった。

伊織先輩と瑛里華先輩も、励ましてくれた。

最後には支倉先輩が、きっと大丈夫、と背中を押してくれた。

そして、何があっても待ってる、とも。

生徒会の役員や、寮長などの役職の人は、9月末で交代となる。

そのための準備で生徒会も少し忙しかったため、帰るのは夕方となった。

【白】「ただいま帰りました」

【征一郎】「白か」

【白】「はい」

兄さまが、玄関まで来てくれたのには少し驚いた。

【征一郎】「あがって、まずはゆっくり体を休めろ」

【白】「兄さま……兄さまはもう大丈夫なんですか?」

【征一郎】「ああ。すっかり元通りだ」

【征一郎】「心配をかけたな」

【白】「心配しました!」

【征一郎】「すまなかった」

【征一郎】「さあ」

わたしは、修智館学院に入学してからほとんど家具の入れ替わったことのない、自室に荷物を置く。

兄さまの用事は明日にするという。

その日は、分家の方たち数人と夕食を取り、あまり遅くないうちに床についた。

修智館学院の寮に入って初めてベッドで寝たときは、はしゃいだものだ。

それでも、ベッドに慣れてしまった後で布団に寝ると、なぜか落ち着く気がする。

そんなことを考えながら、眠りに落ちていった。

//September 21//

この家に戻ると、早起きになる。

布団のせいなのか、建物のせいなのか、それとも他の何かのせいか。

それでも、目覚めはとてもすっきりしていた。

……朝食の後、兄さまが思い立ったようにわたしについてくるように言う。

直角に曲がる廊下を、何度か曲がる。

普段は使う者のいない客間を横に見ながら、さらにまっすぐ廊下を進む。

この先にあるのは……

ほとんど入ったことのない、東儀家の離れ。

そこに足を運ぶことに気づいた時。

そこに着くまでの短い間。

わたしの心臓は早鐘のように鳴った。

雨戸や障子が開け放たれ、風が通されている。

兄さまが、今朝、そうしておいたのだろう。

ここに来るのは、何年ぶりだったか。

ぼんやりと記憶に残る光景と、ほとんど変わっていない。

庭から部屋に差し込む日も、床の間の掛け軸も、鴨居も、ふすまも。

【征一郎】「こっちだ」

……室内に踏み入れるのには勇気が必要だった。

この奥に、父さまと母さまがいるのではないかと思ったから。

しかし……

そこには、誰もいなかった。

少しほっとする。

互いのことも、兄さまやわたしのこともわからないという両親。

東儀家のしきたり。

わたしが踏み入れていいのか。

【征一郎】「ここに来るのは、久しぶりか」

【白】「はい」

【白】「多分、十年近く、来ていなかったと思います」

【征一郎】「ふむ」

【征一郎】「では、ここで少し待っていてくれないか」

兄さま……

わたしは、正座をしたまま考えた。

兄さまが、わたしに見せたいものとはなんなのか。

それを見たわたしは、見る前とどう変わるのか。

選べる選択肢にはどういうものがあるのか。

わたしは、何をしたいのか。

……。

数分して、兄さまが戻って来る足音が聞こえてきた。

離れに少しずつ近づいてくる。

ゆっくり、

ゆっくりと。

【征一郎】「白」

【白】「兄さま」

//Another view ends//

//Another view : Seichiro//

父さん、母さん。

今では人形のように物言わぬ存在となってしまった二人。

俺のことを俺だとわからないようではあるが、離れに連れてくることはできた。

白が今のこの二人を見たら、どう思うことだろう。

俺が、まず部屋に入り、白に声をかける。

【征一郎】「白」

【白】「兄さま」

俺の呼びかけを遮って、白が立ち上がる。

こちらに背を向けて歩む。

裸足のまま、ゆっくりと庭に下りた。

そして、舞の時に使っていた鈴を取り出す。

しゃん

【白】「わたしも、ずいぶん舞が上手くなりました」

白が、舞う。

庭で舞っている。

鈴の音が、静かに響く。

白が、回る。

正確な脚さばき。

伸びた指先。

……。

白は、なぜ舞っているんだ?

なんのために?

誰に対して?

……そうか。

白は、気づいたのだな。

俺が父さんと母さんを連れてくることに。

──俺と白は、両親から舞を教わっていた。

教えは厳しかった。

しかし、それは家族が一体になる時間でもあった。

父さんにとって、自分が守る家族が仲むつまじくしている様子は、もっとも大切な光景だったに違いない。

そして、母さんにとってもそれは同じ。

……白も、本当は両親に会いたいだろうに。

白が部屋を出て、あえて庭で舞っている。

両親が実際にどんな状況なのか話そうとしたことを察したに違いない。

その上で、部屋に入るのを拒んだ。

つまり……父さんと母さんについての話は聞かない、ということなのだろう。

白はおそらく、真実を知ったのだ。

その上で、会わないことを選択したのだ。

……。

父さんと母さんを、奥の部屋から招き入れる。

そして、白からは見えない位置に座らせた。

鈴の音が柔らかく響く。

幼かった頃の白ではない。

成長した白が舞う。

成長したことを二人に報告するかのように、白が舞う。

……。

そうか。

これは、俺へのサインでもあるのだ。

両親のことを、これまでずっと白に伝えられなかった。

その、俺の気持ちを察したというサインなのだ。

そして察した上で、自分はもう一人でも大丈夫だと言っているのだ。

もしかしたら……いや、間違いなく、支倉から聞いた話でもあるのだろうが。

俺にはそれを悟られないようにしたいという思いも込められている。

──ふふ。

いつも俺の後ろに隠れている気がしていたが、ずいぶん成長したものだ。

もう、大人なのだな。白は。

白の努力もあったろう。

支倉が、きっといろいろと心を砕いてくれたこともあったろう。

俺は、もう白をいつまでも子供扱いするわけにはいかないようだ。

……。

とんぼが空を飛んでいる。

視界に入るだけでも、無数のとんぼが空に浮いている。

白と支倉のことは、認めてあげたいと心底思う。

支倉は、それに足る男だ。

だがしかし。

俺は東儀の当主である。

白の幸せを願うと同時に……

分家や、氏子や、東儀と共にここでの歴史を支えてきたすべての人々との関係も守らなくてはならない。

最後は、俺が決断をしなくてはいけないな。

ここしばらく、あの二人にばかり決断をさせていたように思う。

当主として、俺にしかできないことがある。

しゃん

──何年かぶりに、家族全員がそろっている。

人形になってしまった両親は、ただ虚空を見つめるだけ。

なんの反応もない。

二人はもう、子供のことも、互いのことも覚えていないのだ。

おそらくこの鈴の音も、父さん母さんの耳には届いていないのだろう。

……。

庭から入った風が、俺に触れる。

俺は、心の中で、白は大人になったと両親に報告した。

目の錯覚かもしれないが、母親の頬を涙が伝った気がする。

……そういうこともあるかもしれないな。

穏やかな気持ちで、白の舞に見入った。

いつか過ごした、家族の時間。

静かな時が過ぎる。

しゃん

果てなく高い空。

その、深い青色の中へ

鈴の音が凜と響き渡っていった。 //Another view ends//


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