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//October 3//

9月末で引退する6年生に代わり、生徒会役員の代替わりと信任投票が行われた。

とりあえず、副会長が順当に会長、俺が副会長、白ちゃんが財務となった。

なんと三人体制だ。

【瑛里華】「有望な人がいたら、スカウトしたいけどね」

【孝平】「三人じゃスリムすぎるよな」

【瑛里華】「ま、去年もこんなもんだったわ」

【白】「でも……兄さまと伊織先輩と瑛里華先輩って、ゴールデントリオでしたよね」

【孝平】「俺たちもシルバートリオくらいは目指したいが」

【瑛里華】「目指していきましょうよ。全員信任されたんだし」

【白】「どきどきしました」

【孝平】「そうだな。形だけとは言っても、ありゃ心臓に悪い」

【瑛里華】「それより……ラブラブな二人の邪魔をする私って構図が問題よねー」

【孝平】「いや、監督生室ではちゃんと仕事一筋だ」

【白】「そうです。公私混同はしないつもりです」

【瑛里華】「コンビネーションも抜群だし」

【白】「あ……うあ」

【伊織】「やあやあ諸君。元気に仕事をしているかい?」

【瑛里華】「兄さん、手伝いに来たの? それとも邪魔をしに?」

【伊織】「うーん、なんて言うのかな、ほら、あれだ。激励?」

【孝平】「なんで疑問形なんですかっ」

【伊織】「ほら白ちゃん、お土産だ。『さゝき』の最中」

【白】「わあ、ありがとうございますっ」

【孝平】「簡単に餌付けされるなっ」

【伊織】「いやいや、今日は伝言があってね」

【瑛里華】「伝言?」

【伊織】「ああ。支倉君と白ちゃんに」

【伊織】「征が、仕事が終わったら図書館に来てくれって」

【孝平】「わかりました」

【白】「なんでしょう?」

【孝平】「行ってみれば、わかるさ」

【瑛里華】「お疲れー」

【孝平】「お疲れ、副……いや、会長」

【瑛里華】「まだ慣れないわね」

【白】「お疲れさまです」

瑛里華会長と別れ、俺と白ちゃんは東儀先輩が待つという図書館に向かう。

【征一郎】「来たか」

【孝平】「すみません、遅くなりました」

【征一郎】「俺と伊織が抜けて、仕事はどうだ?」

【孝平】「一応今はなんとかやってます」

【孝平】「でも、何か起きたときの対応力は少し不安かも知れません」

【白】「少し寂しい気もします」

【征一郎】「新人を入れることを考えていかないとな」

【孝平】「はい」

東儀先輩は、多分俺の気のせいだろうけど、少し角張った部分がなくなったというか……

落ち着いたような印象を受ける。

【征一郎】「で、今日二人に来てもらった件についてだが」

【孝平】「はい」

【白】「はい」

【征一郎】「二人が付き合うことを、認めようと思う」

【征一郎】「東儀家の当主として。また、白の兄として」

【孝平】「!」

【白】「ほ、本当ですか」

【征一郎】「ただし」

【征一郎】「白には東儀家と縁を切ってもらう」

【白】「兄さま……!」

【孝平】「それって、えっ……?」

【征一郎】「東儀家からは追放という形にして、分家の養子に出す」

【征一郎】「当然、以後『東儀』を名乗ることは禁ずる」

【孝平】「ちょっと、それはつまり……」

【孝平】「白ちゃんを追放するってことですか?」

【征一郎】「そういうことだ」

【征一郎】「卒業後は、家に戻ることも禁止する」

【孝平】「なっ……」

言葉を失った。

どういうことだ。

東儀先輩は何を……?

【孝平】「白ちゃんと付き合うには、それくらいの覚悟を持て、という意味ですか?」

俺と比べて、白ちゃんの方がよっぽど落ち着いている。

まさか、こうなることがわかってたってことはないだろうけど……。

【征一郎】「覚悟、とは違うな」

【征一郎】「これは、二人を応援するために、俺ができるただひとつのやり方だ」

応援するって言っても。

……縁を切るって話だぞ。

これのどこが応援なんだ。

【白】「わかりました」

白ちゃんはゆっくりうなずき……

そして、明るくも決意を込めた顔を上げた。

【白】「兄さまのお気持ちは、わかったつもりです」

【白】「ありがとうございます」

【白】「……といっても、支倉先輩次第ですけど」

【孝平】「えっ」

二人の顔を交互に見る。

東儀先輩の表情には、まったく険しさがない。

最初に持ってた印象の通り、落ち着いた顔をしている。

口調もそうだった。

話の内容に気を取られてたけど、むしろ優しい声だ。

【孝平】「つまり、ええと」

【孝平】「東儀先輩は、俺たちを応援してくれると」

【孝平】「で、そのために東儀先輩が選んだのが、白ちゃんを東儀家の外に出すこと」

【孝平】「……ということですか?」

【征一郎】「まあ、そんなところだ」

東儀先輩は、本当にギリギリまで様々な手を模索したに違いない。

その中で、これが最上のやり方だと考えたのだろう。

俺には、東儀家のしきたりや分家、氏子など周りの状況はわからない。

だから、東儀先輩が選んだやり方が、一番良いのだろうと信じることしかできない。

ましてや、白ちゃんが納得しているのなら、これが唯一の方法なのかもしれなかった。

【征一郎】「白が自ら選んだ道なら、俺は、できるだけサポートしたいと思う」

【征一郎】「ただ、実質はともかく、形の上では今言ったことはすべて行わないと納得されないだろう」

【征一郎】「だから、白は……」

【白】「東儀、という苗字ではなくなるのですね」

【征一郎】「そう……なるな」

二人の間に、少し寂しげな空気が流れる。

確かに、俺と白ちゃんが駆け落ちしたりということを考えたこともある。

でも、それは立つ鳥が後を濁しまくる行為だ。

先日の祭りを見て、それに気がついた。

この島で『東儀』が持つ役割は、俺なんかが想像するより遥かに重く、深いのだろう。

【征一郎】「……ただ」

【征一郎】「まあ、このまま放っておいても、白の苗字が変わることは十分あり得るのだしな」

【白】「……そう、かもしれません」

二人が、じっと俺を見る。

……その意味するところに気づいた俺は、次の瞬間、頭が沸騰した。

//October 5//

学院から東儀さんちまで来たのも、何回目だろう。

今日は、東儀先輩と白ちゃんと三人で、墓参りに行くそうだ。

【孝平】「こんにちは」

【白】「支倉先輩」

【征一郎】「時間ちょうどだな。行こうか」

東儀先輩の後ろをついて歩く、俺と白ちゃん。

旧市街にある、小さく古ぼけた花屋で花と線香とマッチを買う。

そのうち中心街から逸れて坂道に入った。

道は細くなり、舗装もなくなった。

収穫を終えた畑には、坊主がたくさんついたネギだけが残っている。

その中を、三人で坂を登った。

道の両側の畑に、人の姿はなかった。

……この話を最初に聞いたときは、何かの冗談かと思った。

白ちゃんと東儀先輩の両親は、そのお墓には入っていないはずだからだ。

だけど、必要なことだと東儀先輩は言った。

区切りとして、そして東儀先輩の中のけじめとして必要なのだそうだ。

もちろん俺は初めてだが、白ちゃんもつい先日行っていたはず。

そこで、どんな区切りがあるのだろうか。

道の突き当たりには、斜面に這うように墓地があった。

墓地の入り口の小屋で、俺は桶に水を汲み、それを運んだ。

白ちゃんは、ホウキとちりとりを持っている。

墓地の中の石段を最上段まで登る。

勾配がきつく、少し息が上がった。

最上段の石で作られた囲いの中にある墓石には、何個も「東儀」名義のものがある。

その中心に立つ、風格を感じさせる墓石が目的のお墓らしい。

白ちゃんはその墓石に一礼すると、その周囲をホウキで掃き始めた。

掃除をし、新しい花を差し、桶の水を墓石に掛けて清める。

【征一郎】「白」

【白】「あ、はい」

白ちゃんがマッチをする。

折れた。

2本目をする。

また折れた。

【征一郎】「俺がやろうか?」

【白】「いえ、わたしがやります」

3本目。

やっと火がついたマッチで、白ちゃんは線香の束ごと火を点ける。

それを、墓石の前にそっと立てた。

二人が手を合わせるのを見て、俺も一緒に手を合わせる。

東儀家のお墓に、俺は何を祈ればいいのだろう。

祈るのではなく、報告だろうか。

それとも、まずは挨拶だろうか。

はじめまして、支倉孝平です。

お嬢様をかっさらおうとしている悪党です。

……シャレにならない。

目を開けると、二人は手を下ろしていた。

ほとんど会話がないにも関わらず、明るい顔をしている。

【征一郎】「白」

【白】「はい」

【征一郎】「今日は、これをお前に」

東儀先輩がポケットから取り出したのは、布だった。

飾り紐のようなものがついている。

【白】「これは……袱紗(ふくさ)ですね」

白ちゃんが広げた袱紗には、家紋が入っていた。

あの家紋は……確か。

【孝平】「その家紋、神社にもあったよね」

【白】「はい」

【征一郎】「桔梗だ。東儀家の家紋でもある」

【白】「東儀家を出るわたしが、これをもらっても良いのですか」

【征一郎】「だからこそだ」

【白】「……はい」

【白】「ありがとう……ございます」

籍は変わっても、自分たちは世界にたったふたりの兄妹。

同じ両親の子供だ。

……そういうメッセージなのだと思った。

【征一郎】「俺は、父の言っていた理想の当主にはなれないようだ」

【白】「そんな……そんなことはありません」

【征一郎】「どうだろうな」

俺も……白ちゃんの言うように、そんなことはないと思った。

東儀先輩はきっと、幾晩も考え続けて、今回のやり方を決めたはずだ。

家族の利害──白ちゃんの選択と

一族の利害──東儀家のしきたりの折り合いをつける方法を。

もちろん、その折り合いのために白ちゃんや東儀家も代償は払っている。

だけど言い分が通ったという意味では、白ちゃんも東儀家も、結果は悪くない。

いや、悪くないどころか、かなりの主張が通っていると言ってもいいくらいだ。

……東儀先輩に比べたら。

東儀先輩は、一人だけ喜びのない結末を得ている。

貧乏くじを引いたと言ってもいいくらいだ。

最愛の妹である白ちゃんと縁を切ることになる苦痛は、きっと、俺などには想像もできないものだろう。

でも。

東儀先輩は、穏やかに微笑んでいる。

その視線の先には、袱紗を握りしめて、嬉しそうに笑う白ちゃんがいた。

家族──白ちゃんの幸せ。

そして東儀家が東儀家であり続けること。

それが、きっと今の東儀先輩にとっての喜びになっているのだろう。

その境地に至っている東儀先輩。

一人の男として、本当にすごいと思う。

そんな東儀先輩が、俺にはすばらしい当主に見える。

……もしかしたら、東儀先輩自身が気づいてないのかもしれない。

【孝平】「東儀先輩は……」

【征一郎】「ん?」

いや……。

俺は、東儀先輩をそんな風に言えるほど、積み重ねてきたものも磨いてきたものも無い。

まだまだ、ちっぽけな男だ。

俺に言えるのは、せいぜい──

【孝平】「俺は、なにがあっても、白ちゃんを守っていきます」

【白】「支倉先輩……」

【征一郎】「さ、そろそろ帰るぞ」

石段を下りかける。

【征一郎】「それをご先祖様に聞かせられただけでも、来た甲斐があった」

そう言って、多分、東儀先輩は笑った。

……。

まだ強い日差しの下を、秋の冷気をはらんだ風が吹き抜ける。

線香の煙を追って空を見上げる。

空の青は明らかに夏より高く、雲の白は千切れて細く流れていた。

……東儀先輩はあと半年で卒業する。

それから一年経てば俺も。

さらに一年経つと白ちゃんも。

楽しい時間は、きっとあっという間に過ぎて行くに違いない。

──それでも。

寮で過ごす日々。

学食で食べるご飯。

勉強したり寝たりしている教室。

放課後の大部分を過ごしている監督生室。

修智館学院で過ごしたこの間の記憶は、時を経れば経るほど、鮮やかな色彩を放つことだろう。

渡り鳥のような生活を送ってきた俺が、羽を休めることができた場所。

親友ができた場所。

そして、白ちゃんと出会った場所。

俺にとってふるさとであり、人生が変わる場所。

色あせない、にぎやかな思い出に彩られる、この島、この学院。

目を閉じれば、きっと──

風に乗って聞こえてくる祭り囃子が、いつだって、ここへ魂を呼ぶ。

//Shiro route ends//