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//July 4//

俺と桐葉は、二人して監督生室へと向かっていた。

携帯で会長に呼び出されたからだ。

今日で期末試験は終わり。

後の日程は、夏休みまでの消化試合みたいなものだ。

クラスメイトは皆一様に、晴れ晴れとした顔をしている。

なのに、俺としては複雑な気持ちだった。

【孝平】「もうすぐ夏休みだな」

付き合い始めてまだ一ヶ月。

初めて結ばれてから、また幾日も経っていない俺たち。

普通だったら、このラブラブ期を満喫しまくってるはずだ。

いや、俺だって十分に満喫してきた。

毎日のように電話だってしてるし、実行委員の仕事だって順調だ。

時には二人で丘に登り、夕焼けを眺めたりする。

だが、いつだって頭の片隅にはあのことがあった。

「主」の存在だ。

【孝平】「どっか行くか。携帯買いに行った時みたいに」

【桐葉】「そうね」

【桐葉】「でも、実行委員の仕事があるわ」

【孝平】「あんなに嫌がってたくせに、急に真面目だな」

【桐葉】「引き受けたからにはきちんとしたいの」

【孝平】「へえー」

俺は、桐葉の横顔を見た。

何度見ても綺麗だ。

まばたきする間も惜しいくらいに。

【桐葉】「……何?」

【孝平】「お前の横顔を、脳内フォルダに保存してるんだよ」

【桐葉】「くだらないわね」

【孝平】「あのな、渾身の決めゼリフを一刀両断するなよ」

【桐葉】「そんなことしなくても、横顔なんていつでも見られるでしょう」

ほんのりと頬を染めながら、桐葉は言う。

やっぱり素直じゃない。

【孝平】「じゃあ代わりに、俺の横顔もいっぱい見ていいぞ」

【桐葉】「結構よ」

【孝平】「そう言うなよ」

【孝平】「ちゃんと見とかないと、忘れちゃうかもしれないだろ」

【桐葉】「……」

俺の言葉に、桐葉は黙り込んでしまった。

深い意味はない、と言えば嘘になる。

俺は、桐葉に忘れてほしくないのだ。

俺自身のことを。

【孝平】「面会は明日だろ?」

【桐葉】「ええ」

【桐葉】「でも、まだ主だと決まったわけではないわ」

俺の考えを読み取ったのか、桐葉はそう付け加えた。

【孝平】「もし主だったらどうする?」

【桐葉】「……わからない」

【桐葉】「でも、会わないわけにはいかない」

覚悟を決めた目で、桐葉は言った。

ああ……そうだったな。

俺だって、わかってた。

どんなに俺が桐葉を好きでも。

どんなに二人で思い出を重ねても。

決して避けられないことがある。

それが、眷属である桐葉と付き合うということなのだ。

【伊織】「いよいよ明日だね」

監督生室には、会長と副会長がいた。

東儀先輩と白ちゃんの姿はない。

【伊織】「紅瀬ちゃんは午後六時に校門に来てくれ」

【伊織】「そこから先は、瑛里華が案内するよ」

【桐葉】「はい」

【桐葉】「よろしくお願いします」

桐葉は殊勝に頭を下げた。

【瑛里華】「そ、そんなに大したことじゃないからいいわよ」

【瑛里華】「それより、いい? 遅刻厳禁よ?」

【瑛里華】「私よりも遅く来たら、置いていくから」

【桐葉】「ええ」

【瑛里華】「……っ」

皮肉の一つも返ってこないので、副会長もやりづらそうだ。

【孝平】「あの」

俺は勇気を出して、手を挙げた。

【伊織】「なんだい?」

【孝平】「俺も、一緒に行っちゃ駄目でしょうか」

【桐葉】「?」

みんなの視線が集まる。

【伊織】「駄目だね」

あっさり却下された。

【孝平】「どうしてですか?」

【瑛里華】「母様が望んでいないからよ」

【瑛里華】「母様が会うのは紅瀬さん一人だけ。それが条件なの」

副会長は言い切った。

母様。

昨今ではなかなか聞かない呼び方だ。

【孝平】「家の前で待ってるだけでも駄目か?」

【瑛里華】「絶対駄目」

【瑛里華】「余計なことで母様を刺激しないで」

【孝平】「そうか」

冗談では済まされない雰囲気だ。

千堂家において、母親の言うことは絶対らしい。

そんな空気を感じた。

【伊織】「紅瀬ちゃんのことが心配?」

俺はうなずいた。

【伊織】「はは、大丈夫だよ。きっと」

【伊織】「あの人も、いきなりガブリとやることはないさ」

そうじゃない。

俺が心配してるのは、そういうことじゃないんだ。

桐葉を見た。

できることなら、「行くな」と言いたかった。

もし会長たちの母親が主だったら──

俺たちの過ごした時間が、すべてリセットされる。

何もかもをゼロにして、鬼ごっこが再開されるのだ。

何もかもをなかったことにして。

そんなの嫌だ。

是が非でも引き留めたかった。

でも──

【桐葉】「……」

桐葉は、会うことをやめないだろう。

いや、やめることができないのだ。

それが「主」からの命令なのだから。

彼女が何百年も背負ってきたもの。

たかだか二桁しか生きていない俺には、この流れをどうすることもできない。

……本当に、どうすることもできないのか?

わからない。

まだ主だと決まったわけじゃないのに、胸騒ぎが収まらない。

【伊織】「話は以上だ」

【伊織】「今日は実行委員の仕事、パスしていいよ」

【伊織】「お互い、試験明けぐらいは羽伸ばしたいよね」

とてもじゃないけど、羽を伸ばすような気分にはなれそうになかった。

その夜。

俺は一人、談話室で窓の外を眺めていた。

桐葉の特等席に、彼女の姿はない。

明日は主かもしれない人に会いに行くのだから、当然か。

ばたんっ

【司】「おう」

談話室に入ってきたのは、司だった。

風呂上がりらしく、髪が濡れている。

手にはタオルとペットボトルだ。

【孝平】「おいっす」

【司】「お、誰もいないな」

司はテレビの前の席を陣取り、リモコンを操作した。

どうやら野球中継が見たかったようだ。

【司】「やっぱ夏は野球と麦茶だな」

【孝平】「だな」

【孝平】「どっち勝ってる?」

【司】「5対1で読海」

【孝平】「うお、頑張れよ北武ー」

俺たちはしばらく、野球観戦に興じていた。

なんてことないこの時間。

司とのくだらないやり取りが、妙に楽しかった。

【司】「あれ、紅瀬は?」

ふと、窓際の方を見ながら司は言う。

【孝平】「今日はいない」

【司】「へえ」

【孝平】「いつもいるの、知ってたのか?」

【司】「たまたまな」

【司】「バイトから帰った時、外からお前らがいるのが見えた」

【孝平】「そっか」

【司】「おう」

司は再びテレビに視線を戻す。

そういや俺、桐葉とのこと、司には何も報告してないんだ。

わざわざ報告するようなことじゃないけど。

……でも。

この学校に来て、最初に友達になったのはコイツなんだよな。

【孝平】「なあ司ー」

【司】「ん?」

【司】「あ、くそっ。打てよ今のは」

【孝平】「俺さ」

【司】「おお」

【孝平】「好きな子できてさ」

【司】「おおお?」

【司】「なんだ、ファールかよ」

聞いてないし。

【司】「で、振られたのか?」

あ、聞いてた。

【孝平】「いいや」

【司】「へえ」

【司】「じゃあこれやる」

そう言って、司は俺にペットボトルを差し出した。

【孝平】「なんだこれ?」

【司】「彼女ができた祝いだ」

【孝平】「飲みかけの麦茶で祝うなよ」

【司】「麦100パーセントだぞ?」

だからなんだ。

せめて新品が欲しかった。

【司】「おめでとう」

【孝平】「さんきゅ」

【司】「愛想尽かされんなよ」

【孝平】「おう」

司はそれ以上、何も突っ込んではこなかった。

興味がないのか、もしくはすべてお見通しだったのか。

理由はその両方だろう。きっと。

部屋に戻り、何をするでもなくベッドに寝転がっていた。

桐葉からの電話はない。

きっと今頃、一人でいろんなことを考えているんだろう。

何年、いや何十年もかかってやっと辿り着く明日。

いろんなことを考えないはずはない。

だから俺も、あえて連絡はしないでおいたのだ。

【孝平】「ふぅ……」

携帯を見る。

……。

メールぐらいなら、してもいいよな?

読む読まないは、向こうの勝手だ。

メールどころじゃなければ、放っておくだろうし。

【孝平】「よし」

俺はさっそくメールボックスを開いた。

『明日、戻ったら連絡くれ』

『電話でもメールでもいいぞ』

『じゃあな』

送信。

またセンスのないメールだ。

でも、いろいろ考え始めると、とんでもない長文になってしまう。

これぐらいで抑えておこう。

……。

ちゃーちゃーちゃっちゃー♪

約十分後、携帯が鳴った。

桐葉からのメールだった。

何気に初めてのメールじゃないか?

俺はウキウキしながら、受信ボックスを見た。

『りようかい』

……。

【孝平】「りようかい?」

なんだそりゃ。

難易度高すぎだ。

俺は思わず桐葉に電話しようとして、やめた。

……。

「りょうかい」だ。

了解と言いたかったんだ。

【孝平】「マニュアル読めよー」

俺は返信ボタンを押した。

メッセージ欄に、「ょ」を出す方法を書く。

これで送信、と。

……。

ちゃーちゃーちゃっちゃー♪

再び十分後、桐葉からメールが届いた。

『りょうかい』

【孝平】「おしっ」

どうやら克服できたようだ。

って、喜んでる場合じゃない。

次は漢字変換の方法を教えなければ。

俺は携帯と格闘する桐葉を思い浮かべ、笑みをこぼした。

ぶっきらぼうな「りょうかい」の文字。

このデータは、俺が消去しない限り消えることはない。

失うことのない確かなもの。

一文字一文字が、とても愛しく見えた。

……。

大丈夫。

桐葉はきっと、帰ってくる。

もしも記憶をなくしたとしても、俺がすべてを取り戻す。

取り戻してみせる。

それが、俺の覚悟だ。

//Another view : Kiriha//

彼からのメールは、謎に満ちていた。

文字を打つだけで精一杯の私に、さらなる難題が降りかかる。

【桐葉】「漢字変換?」

携帯片手に固まってしまう。

メールなんて便利なようで不便なものだ。

電話をかけた方がよっぽど早い。

声を聞いた方が安心できる。

でも、ここで投げ出してしまうのは癪だ。

私は彼のメールをもう一度読んでから、文字を打った。

十分後。

『了解』

なんとか漢字変換に成功した。

私はさっそく送信ボタンを押す。

少しだけ誇らしい気持ち。

これでもう、機械音痴なんて言わせない。

……。

ピルルルル ピルルルル♪

メールが来た。

すぐに受信ボックスを開く。

『ミッション完了報告ご苦労』

『次回からはもう少し長めに書くように』

『おやすみ』

【桐葉】「……」

また新たな課題ができてしまった。

私は携帯を握ったまま、窓の外を見る。

彼は今、何をしているのだろう?

電話をかけてみようか。

声が聞きたかった。

こんな夜だからこそ。

……。

いや、やっぱりやめておこう。

彼の声を聞いたら、何かが揺らぐ。

私の宿命は、眷属になった時から決まっていたのだ。

すべてが無になるかもしれないとわかっていても。

私には、どうすることもできない。

主を捜すことが、私のすべてだった。

……。

なのに。

どうしてだろう。

明日会う人が主でなければいいと、どこかで願っている自分がいる。

記憶を消されるかもしれないことが怖い。

彼と話したことも。

彼と目が合った時のことも。

彼に初めて触れた時のことも──

すべてを失ってしまうのは、とても怖い。

……。

でも、それだけではないのだ。

私は主を捜しながら、主が見つからなければいいと思っている。

彼と出会う前から、その矛盾した思いは漠然とあった。

なぜ?

なぜ私は、手の鳴る方へと足を踏み出すことができないのだろう。

私はいったいなんのために、主を捜しているの……?

//Another view ends//

//Another view : ??//

【??】「……明日か」

ようやくあの子が辿り着く。

何年ぶりの再会になるだろう。

……忘れた。

時間の概念など、もう無きに等しい。

あの子ははたして、主である自分を思い出すだろうか?

いや、思い出すに決まっている。

自分たちはそうやって生きてきた。

この膨大な時間を、追って追われることでやり過ごしてきた。

必ず思い出すはず。

そうなれば、あの小僧との仲は終わりだ。

これが眷属の宿命。

夢を見るから絶望するのだと、そろそろわからせてやる。

……。

早く、あたしを見つけろ。

あたしを思い出せ。

もう一度、鬼ごっこを始めるのだ。

//Another view ends//

//July 5//

//Another view : Kiriha//

午後五時四十五分。

待ち合わせの15分前に、校門に到着した。

今日はまだ、眠りの兆候はない。

それどころか、いつも以上に頭の中が冴えている。

【桐葉】「……」

ため息混じりに校門を見上げた。

この島に来て、5年が経つ。

主の存在を感じながら、今まで過ごしてきた。

学校やクラスメイトのことなんてどうでもよかった。

私にとっての修智館学院は、宿付きの便利な場所でしかなかった。

今までは……。

【瑛里華】「早かったじゃない」

背後から声をかけられ、振り返った。

【桐葉】「そうでもないわ」

【瑛里華】「1分でも遅れたら、本気で置いていこうと思っていたのよ」

【瑛里華】「でも、来ちゃったのね」

妙な物言いだった。

来ない方がいいとでも言いたげな顔。

【桐葉】「私は」

【桐葉】「会わないわけにはいかないの」

いつか彼に言った言葉と、同じ言葉を繰り返す。

【瑛里華】「それが主の命令だからよね」

【桐葉】「無駄話をしている時間はないんでしょう?」

【瑛里華】「ええ……そうだったわ」

【瑛里華】「私について来て」

そう言うと、彼女は校門を背に歩き出した。

何分くらい歩いただろうか。

複雑な道程だった。

どうやら私たちは珠津山の裾野を歩いているらしい。

徐々に人の姿が減っていった。

だんだんと日が落ち、空気がより濃密になっていく。

【瑛里華】「もう少し歩くわよ」

彼女は慣れた足取りで先を急ぐ。

私は何も言わず、その後をついていった。

一歩。

また一歩。

まるで現実味のない足取り。

同じような風景がずっと続いている。

空を染める、燃えるような赤。

足下に落ちる影。

そこかしこに、森に棲む者たちの気配を感じた。

私はかつて、この道を歩いたことがあるのだろうか。

何十年前も。

何百年前も。

私は必死に、記憶の糸をたぐり寄せる。

その糸は、この道の先につながっているのか。

この道を抜けたら、思い出すことができるのか。

一歩。

また一歩──

──やがて、道が開けた。

【瑛里華】「着いたわ」

鬱蒼とした森を抜けたそこに、大きな洋館があった。

細部に手の込んだ装飾が施された、重厚な佇まい。

ひとめで歴史的価値の高い建築物だということがわかる。

【瑛里華】「ここが私の実家よ」

【瑛里華】「今は母様が一人で住んでいるの」

私は館を見上げた。

ふいに、郷愁にも似た感情にとらわれる。

この館に見覚えがあるのか?

……いや、わからない。

見覚えがあるような気もするし、ないような気もする。

昔はこんな建物が多かったから、そう思っただけかもしれない。

【瑛里華】「私が案内できるのはここまで」

【瑛里華】「この館を抜けた奥に、母様のいる離れがあるわ」

【桐葉】「ありがとう」

私は頭を下げた。

【瑛里華】「い、いいわよ。お礼なんて」

【桐葉】「貴方に世話になったのは事実だわ」

【瑛里華】「そんなことはどうでもいいのよ」

【瑛里華】「それより私、あなたに謝らなきゃいけないことがあるの」

【桐葉】「?」

【瑛里華】「……えっと」

【瑛里華】「あなたのこと、ずっと誤解してたのよ」

【瑛里華】「強制睡眠のこと知らなくて、サボリ魔だなんて決めつけたりして……」

【瑛里華】「何度もあなたを責めたことがあったと思う」

【瑛里華】「そのことを、ずっと謝りたくて……」

【桐葉】「どうでもいいわ」

彼女の言葉を遮った。

【瑛里華】「……はい?」

【桐葉】「どうでもいい、と言ったの」

【瑛里華】「あ、あなたねー」

【瑛里華】「人が謝ってるんだから、素直に聞きなさいよ」

【桐葉】「興味ないもの」

【瑛里華】「興味あるとかないとか、そういう問題じゃないでしょっ」

【瑛里華】「だいたいあなたは、いつもそうやって人の話を……」

【桐葉】「……」

【瑛里華】「って、説教してる場合じゃなかったわね」

【瑛里華】「まあいいわ。続きはあなたが帰ってきてからにしましょう」

【桐葉】「楽しみにしてるわ」

【瑛里華】「ぜひそうして」

【桐葉】「……」

【瑛里華】「……」

【瑛里華】「じゃあ、私は先に帰るわね」

【瑛里華】「何度も言うようだけど、母様はとても気難しい人なの」

【瑛里華】「機嫌を損ねるとやっかいだから、気をつけて」

【桐葉】「ええ」

【瑛里華】「それじゃ、また」

そう言って、千堂さんは来た道を戻っていった。

彼女がいなくなると、急に闇が深くなったような気がする。

私はもう一度、館を見上げた。

大丈夫。

私は冷静だ。

私はポケットの中の携帯を握り締め、一歩踏み出した。

館の内部は、静寂に包まれていた。

人の気配はない。

薄暗い廊下を、静かに歩いていく。

いつの間にか呼吸が短くなっていた。

緊張が高まる。

鼓動が速い。

それでも私は、まっすぐに奥の離れを目指す。

廊下に沈殿する重々しい空気が、足にまとわりつくようだ。

やがて廊下の突き当たりに、外に通じる扉が見えた。

この向こうに、離れがあるのだろう。

【桐葉】「ふぅ」

扉の前に立ち、ドアノブをひねる。

外に出ると、そこには薄闇の降りる庭園が広がっていた。

いつのまに、こんなに暗くなっていたのか。

……。

あの建物だ。

私は一歩ずつ、和風の小さな建物へと近づいていく。

だんだんと人の気配が濃くなるのを感じた。

呼吸が乱れる。

足が震えて、芝生の上を歩いている気がしない。

ちゃんと歩かなければ。

小さく息を吐いてから、扉を目指していく。

どこかで虫の鳴く声が聞こえた。

【桐葉】「……」

扉の前に立つ。

手を伸ばし、ノックする。

……。

返事はない。

私は取っ手を握り、ゆっくりと観音扉を開けた。

ギイィ……

バタンッ

大きな音をたてて扉が閉まる。

ぬるりとした、湿った空気。

部屋の真ん中には、大きな御簾のようなものがかかっている。

その向こうに、誰かの気配を感じた。

【桐葉】「……」

思うように声が出ない。

膝が震えていた。

……この人が?

私の主なのだろうか?

【瑛里華の母】「……よく来たな」

【桐葉】「……っ」

よく通る声だった。

ここからは、彼女の姿を見ることはできない。

影絵のようなその姿が、御簾に映るだけだ。

私は意識を集中し、その影を見た。

【瑛里華の母】「伊織から聞いておる」

【瑛里華の母】「あたしに何か用事があるのだろう?」

この声。

この匂い。

この温度。

思い出せ。

私を無間に導いた主の正体を。

【桐葉】「……わ」

【桐葉】「私は……」

【瑛里華の母】「なんだ?」

【桐葉】「私は」

……。

大きく深呼吸をした。

手に持った携帯を、さらに強く握り締める。

体温であたたまったそれは、高ぶる気持ちを自然といさめてくれた。

呼吸が整っていく。

心が、風のない日の海面みたいに静かだった。

ここに来るまでの葛藤や覚悟が、夜陰にまぎれていく。

【瑛里華の母】「……もっと近くに寄れ」

【瑛里華の母】「そこからでは、あたしの顔は見えんだろう」

【桐葉】「いいえ」

【桐葉】「わかります」

【瑛里華の母】「?」

私は小さな影を見据えた。

【桐葉】「……」

知らず知らずのうちにため息が漏れた。

この人は、私の主かもしれない、と思う。

声も、匂いも、空気も。

どこか懐かしいような手触りがしたからだ。

──でも。

それは確信ではない。

だから私は、少なからず落胆したのだ。

ひとめ会えば、すべてがわかると思っていたから。

……。

この曖昧模糊とした手応えはなんだろう。

私は、彼女が主だと断言することができない。

【瑛里華の母】「どうした」

【瑛里華の母】「近くに寄れと言っているのだぞ」

【桐葉】「……いいえ」

これ以上は進めない。

例えこの人が、私の主であったとしても。

主でなかったとしても。

……。

どちらにせよ、不確かな幻影だったのだ。

私は携帯を胸に押しあてた。

【桐葉】「帰ります」

【瑛里華の母】「……っ」

顔を上げ、はっきりと告げた。

ここは、私のゴールではない。

いや、まだゴールはできないのだ。

【桐葉】「失礼しました」

一礼してから、私はまっすぐに部屋を出て行った。

外に出ると、辺りは真っ暗だった。

私は駆け足で帰路を急ぐ。

【桐葉】「はぁ……はぁ……」

学校を目指し、ひたすら走る。

足場は暗いけど、月明りがなんとか先を照らしていてくれた。

帰らなきゃ。

ここではない場所に帰らなきゃ。

主を捜すことが、すべてだった私。

存在するかもわからない幻影を、ずっと追い求めていた。

でも、今の私にはこんなに確かなものがある。

鬼ごっこ以外、何も持たなかった頃の私とは違うのだ。

【桐葉】「はぁ……はぁ……」

帰らなきゃ。

彼が手を鳴らす方へ。

私の帰るべき場所へ。

//Another view ends//

午後八時。

もうディナータイムの頃合いだ。

空には満天の星空。

恋人たちにしてみれば、さぞかしロマンチックな夜だろう。

さっきから、外出先から帰ってきた生徒たちがじろじろと俺を見る。

俺は変質者か。

それとも、待ちぼうけを食らう男を哀れんでいるのか。

【孝平】「……遅いな」

彼女が千堂家に出向いて、二時間が経つ。

見送りには行かなかった。

そんなことをしたら、確実に引き留めてしまうからだ。

その代わり、俺はずっとここで彼女の帰りを待っていた。

今頃、彼女は何をしているんだろう。

やっぱり会長たちのお母さんは、主だったのだろうか。

主に記憶を消され、森を彷徨っている桐葉を想像した。

……。

悪い方向に考えるのはやめよう。

俺はポジティブにとらえることにした。

きっと今頃、千堂家で夕食でもごちそうになってるのかもしれない。

寿司の出前がなかなか来ないせいで、帰りが遅いのだ。

きっと──

【孝平】「……」

駄目だ。

そんなしょうもない仮定じゃ、自分を納得させることができない。

しびれを切らした俺は、ポケットから携帯を取り出した。

……。

なんてメールしよう。

いや待て。

記憶をなくしたら、携帯の使い方も一緒に忘れちゃうんじゃないか?

その可能性はあり得る。

いやいや落ち着け。まだ記憶がないと決まったわけじゃないし。

【孝平】「あーもう、どうすんだよ」

【??】「何が?」

……。

【孝平】「はい?」

【桐葉】「道端でぶつぶつうるさいのよ、貴方」

──あ。

【孝平】「あああっ」

顔を上げると、そこに桐葉が立っていた。

氷点下のまなざしを俺へと向けている。

【孝平】「桐葉……?」

【孝平】「お前、いつ帰ってきたんだよ?」

【桐葉】「見ればわかるでしょう」

【桐葉】「今」

【孝平】「今って……」

【孝平】「つか、どうだったんだ? 会ってきたんだろ?」

突然のことで、パニックになる俺。

それに比べて、桐葉は至って冷静だ。

【桐葉】「会ってきたわ」

【桐葉】「でも、わからなかった」

【孝平】「は?」

【桐葉】「だから、そのまま帰ってきたの」

【孝平】「……はあ」

ものすごく普通だ。

「八百屋に大根買いに行ったけど、なかったわ」

そんなテンション。

【孝平】「じゃあ、記憶は?」

【孝平】「俺のこと、ちゃんと覚えてるのか?」

【桐葉】「ええ」

【孝平】「本当に?」

【桐葉】「貴方は、支倉孝平」

【桐葉】「という名のホモサピエンス」

桐葉は淡々と言う。

【桐葉】「違った?」

【孝平】「大正解」

【桐葉】「そう」

【桐葉】「よかったわ」

……。

俺たちは見つめ合った。

言いたいことは山ほどあったけど、どれも些末なものだ。

桐葉が帰ってきた喜びに比べれば。

でも、これだけは言いたい。

【孝平】「俺、言ったろ。帰る時はメールしろって」

【桐葉】「ええ」

【孝平】「そしてお前は、了解と言った」

【桐葉】「言ったわね」

素知らぬ顔で桐葉は答える。

【孝平】「そうか。でもおかしいな」

【孝平】「俺の携帯には、さっきからスパムメールしか届いてないんだが」

【桐葉】「すぱむ?」

【孝平】「桐葉からのメールが届いてないってこと」

そう言うと、桐葉は肩をすくめた。

【桐葉】「メールより、走った方が早いわ」

【桐葉】「私の場合はね」

【孝平】「そりゃそうかもしんないけどさ」

【桐葉】「ただいま」

彼女は俺を見上げた。

前髪が全開になったおでこ。

汗ばんだ首筋。

全力で走ってきたのが窺える姿。

そうか。

この一言を言うために、走って帰ってきてくれたんだ。

【孝平】「おかえり」

【桐葉】「……」

俺は、桐葉を抱きしめた。

ありがとう、帰ってきてくれて。

俺を覚えていてくれて。

【桐葉】「人に見られてるわ」

【孝平】「いいよ、見られても」

【桐葉】「……ふぅ」

【孝平】「呆れた?」

【桐葉】「そうね」

即答された。

しかし彼女は、俺の肩にちょこんと顎を乗せ、

【桐葉】「抵抗しない私に、呆れてるわ」

いつもの調子で、そうつぶやいた。

//Another view : ??//

【??】「……なんてことだ」

あたしは強く拳を握りしめた。

なんたるざまだ。

主にここまで近づいておきながら、あの子は気づかなかった。

あたしを、思い出さなかった。

……。

こんなことは、今まで一度たりとてなかった。

あたしを見たら、そこでゲームは終わるはずだったのだ。

【??】「……許さん」

親指の爪を噛む。

ギリギリと歯が軋んだ。

【征一郎】「爪を痛めてしまいますよ」

【??】「……誰が入っていいと言った?」

銀髪の侵入者は、何も答えない。

生意気な男だ。

いつから闇に紛れる術を覚えたのか。

【征一郎】「お戯れが過ぎるから、このようなことになるのです」

【??】「ふっ」

【??】「お前はあたしが悪いと言うのか?」

【征一郎】「いいえ」

【征一郎】「ですが、もう正体を明かしてもよい頃合いでは」

【??】「……なんだと?」

【征一郎】「あの娘は、ようやくここまで辿り着いたのです」

【征一郎】「その努力は認めるべきでしょう」

【??】「努力?」

【??】「あれは伊織の手引だ。努力であるものか」

【征一郎】「あの娘の幸せは、そう長く続くものではありません」

【征一郎】「所詮は人と眷属。寄り添える時間はわずかなもの」

【??】「何が言いたい?」

【征一郎】「ここは、寛大なご処置を」

【??】「たわけ者が」

【??】「飼い犬が手を噛めば、しつけをするのが当然だろう」

【征一郎】「……」

……許さん。

主に背いた罰をくれてやる。

主から逃れられないということを、身をもって知ればいい。

ゲームを終わらせるのはあたしだ。

お前は一生、鬼であり続けるのだ。

//Another view ends//

//July 19//

//Another view : Kiriha//

aa私は見知らぬ場所に立っていた。

灰色の空と、どこまでも広がる草原。

冷たい風が肌を刺す。

少しでも気を抜けば、吹き飛ばされてしまいそうな強さだ。

私は一歩踏み出した。

どこかに行かなければならない。

でも、どこに行けばいいかわからない。

……誰か。

誰か教えて。

私はどこに行けばいいの?

びゅうぅぅぅぅっ

【桐葉】「……っ!」

風に煽られ、倒れそうになる。

【??】「……歩け」

【??】「歩き続けろ」

どこからともなく声が聞こえた。

聞き覚えのある声。

【??】「……お前の旅に終わりはない」

【??】「最果てを目指せ」

【桐葉】「くっ……」

私は耳を押さえた。

言い様のない不安が襲う。

私は今、どこにいるのか。

どこから来たのか。

どこで生まれて、どこを目指しているのか。

自分という存在が、どうしようもなく危うい。

今にも吹き飛ばされてしまいそうなほどに。

【桐葉】「……助けて」

【桐葉】「助けて……っ」

大きな声で叫ぶ。

なのに、声は風にさらわれて、自分の耳にも届かない。

──怖い。

怖い。

誰か。

誰か──

……。

【桐葉】「あ……」

ふと、右の肩が温かくなる。

風はやみ、少しずつ空が明るくなってきた。

誰かの気配を感じる。

誰かが私のそばにいる。

誰かが私を見守っている。

やがて、右手に誰かの手が重ねられた。

このぬくもり。

この匂い。

貴方は──

【桐葉】「……ありがとう」

私は彼の大きな手を握り返した。

顔を上げ、もう一度前を見据える。

灰色だった景色が、しだいに色づいてきた。

鮮烈な緑の色。

降り注ぐ光の恩恵に、目がくらみそうになる。

ありがとう。

私の、大切な人。

貴方がいれば、私はどこまでも歩いていける──

目を開けると、見慣れた天井がそこにあった。

……ここは、私の部屋だ。

額ににじんだ汗をぬぐう。

【桐葉】「ふぅ……」

やたらと喉が渇いていた。

頭も痛い。

ずっしりとした疲労感がまとわりついている。

夢を見るなんて、どれくらいぶりだろう。

……。

私は、見知らぬ場所にいた。

途中で、誰かの声を聞いたような気がする。

あれは誰の声だったか。

思い出そうとすると、余計に頭がズキズキと痛んだ。

ただの夢だ。

私は身体を起こし、ベッドから下りた。

//Another view ends//

テスト休みが終わり、夏休みに入った。

実家に帰る者、旅行に出る者、部活動に励む者。

そんな中で俺はといえば、いつもと同じように登校している。

なぜなら、文化祭実行委員なんてものを引き受けてしまったからだ。

【伊織】「だから、さっきから言ってるじゃないか」

【伊織】「ミラーボールを回すのはこのタイミングしかないんだよ!」

【瑛里華】「いらないでしょ、ミラーボールは!」

【伊織】「いいじゃないか。後夜祭のスピーチくらい派手にやったって」

【瑛里華】「……わかったわ。じゃあこうしましょう」

【瑛里華】「打上げ花火かレーザービームかミラーボール」

【瑛里華】「この中のどれかに絞ること」

【伊織】「ええー! 絞れないよそんなの」

【瑛里華】「少しは譲歩しなさいよねっ」

さっきから二人は、なにやら後夜祭の件で揉めているらしい。

いったいどんな後夜祭になるのか、皆目検討もつかない。

【征一郎】「白、例の備品リストは?」

【白】「あ、はい。これです」

そんな騒ぎを横目に、淡々と仕事をこなす東儀兄妹。

特に東儀先輩は、まったく自分のペースを崩さない。

【征一郎】「紅瀬、先月分の明細書はどうなってる?」

【桐葉】「ここに全部あります」

【征一郎】「そうか」

【征一郎】「それと手が空いたら、備品の追加リストを作ってもらいたいんだが」

【桐葉】「作りました」

紅瀬さんはプリントアウトしたばかりの書類を東儀先輩に渡す。

さっき、ちょうど二人で備品のチェックをしておいたのだ。

【征一郎】「ふむ。だいぶ仕事にも慣れてきたようだな」

【征一郎】「レスポンスも早いし、入力ミスもない」

プリントを眺めながら東儀先輩は言う。

【伊織】「そりゃヘッドハンターの腕がよかったんだろう」

【伊織】「なあ瑛里華?」

【瑛里華】「……まあね」

【瑛里華】「って、おだててもダメなものはダメよっ」

【伊織】「はぁ、厳しいねえ」

会長はやれやれと肩をすくめる。

【伊織】「まあカリカリしないでさ、お茶にしようよお茶に」

【伊織】「白ちゃん、今日はとっておきのスゥイーーーツがあるんだろ?」

【白】「は、はい」

【白】「本日のおやつは、左門堂本店の肉球まんじゅうです」

【白】「猫の肉球をモチーフにした、かわいいおまんじゅうなんですよ」

【孝平】「へえー」

【桐葉】「……」

俺は見逃さなかった。

「猫」という単語が出た瞬間、桐葉の眉がぴくりと動くのを。

【白】「あの……」

【白】「紅瀬先輩が猫好きだとお聞きしまして、それで探してきたんです」

【白】「お口に合うといいんですけど」

【伊織】「そうか。そういや紅瀬ちゃん、猫好きだったよね!」

【桐葉】「いえ、私は……」

【伊織】「あ、そうだ!」

【伊織】「征、あれを紅瀬ちゃんにあげようよ、あれ」

【征一郎】「……あれか?」

【伊織】「そう、あれだ。早く早くっ」

会長に急かされ、東儀先輩は机の引き出しから何かを取り出した。

【征一郎】「……じゃあ、これを紅瀬にやろう」

どさっ

桐葉の目の前に、猫のぬいぐるみが置かれた。

首輪がおもちゃの真珠でできている、正直あんまりかわいくない猫だ。

【征一郎】「これがかの有名な、珠津島のイメージキャラクターだ」

【征一郎】「名前はパル子ちゃん」

【伊織】「すっっっごいだろう、これ」

【伊織】「この前、町内会の会長にもらったんだよ。特別に!」

会長は声高らかに力説した。

珠津島に、こんなイメージキャラが存在するとは知らなかった。

【瑛里華】「へー、じゃあレアものってやつ?」

【伊織】「レアもレア。超レアだ」

【伊織】「もう絶滅寸前と言ってもいい」

【孝平】「……」

要するに、あまり世間には知れ渡ってないということか。

【伊織】「そんなお宝を、机の中で腐らせとくのはどうかと思うだろ?」

【伊織】「だから、猫好きの紅瀬ちゃんにあげるよ」

【桐葉】「私は、別に」

【伊織】「よかったなーパル子! 今度の飼い主はきれーなお姉さんだぞー」

ずずいっ。

半ば強引にぬいぐるみを押しつける会長。

【白】「あ、肉球まんじゅうもどうぞー」

ずずいっ。

続いて、笑顔で肉球まんじゅうを差し出す白ちゃん。

そして追い詰められる桐葉。

【孝平】「はは、猫まみれだな」

【桐葉】「うっ……」

【征一郎】「すまんな」

【征一郎】「けっこうかさばるんだ。それ」

やっぱり邪魔だったらしい。

桐葉はしぶしぶといった顔で、ぬいぐるみとまんじゅうを受け取った。

どこからどう見ても、猫マニアといった様子だ。

【伊織】「ところで、もう一つ素敵なお知らせがあるんだ」

【伊織】「支倉君もね」

【孝平】「俺もですか?」

【伊織】「ああ」

【伊織】「君たちの働きぶりを見込んで、ある企画を任せたいと思う」

【孝平】「企画?」

嫌な予感がしてきた。

【伊織】「軽く主旨を説明しておこう」

【伊織】「こほんっ」

【伊織】「えー、未来の日本を担う我々はー」

【伊織】「時代の潮流に流されず、物事の本質を見極めなくてはならない!」

【伊織】「陋習を改めるをいとわず、優れた文化は私財を投げうっても継承する!」

【伊織】「よって、ここに『ミス修智館コンテスト』を行うことを宣言しよう!」

【孝平】「……はい?」

【瑛里華】「はぁ」

【征一郎】「まったく」

【桐葉】「……」

【伊織】「というわけだ」

【孝平】「え?」

【孝平】「ギャグじゃなくて?」

【伊織】「俺はいつだって真面目だよ、支倉君」

【伊織】「超マジだ」

会長の目がきらきらと輝く。

そうだ。

この人は、いつだって冗談のようなことをマジにやる人なのだ。

【伊織】「忙しいとは思うけど、まあよろしく頼むよ」

【伊織】「ね、紅瀬ちゃん」

【桐葉】「そんな話聞いてません」

書類を整理しながら、桐葉は言う。

予想通りのリアクションだ。

【伊織】「あ、納得いかない?」

【伊織】「一応、そのパル子が報酬のつもりだったんだけどね」

【桐葉】「……」

【伊織】「どう? やってくれる?」

【桐葉】「……はい」

って、決断早すぎ!

【孝平】「どんだけ安く買収されてんだよ」

【桐葉】「借りは作りたくないのよ」

【孝平】「そういう問題か?」

【伊織】「買収って、失礼だね支倉君」

【伊織】「これは正当なる取引だよ」

どこが?

なんてことは、オトナの俺は言わない。

ってか、そんなにパル子が欲しかったのか……?

【伊織】「はい、じゃあ決まりだね」

【伊織】「みんなで力を合わせて、イベントを成功に導こう!」

【伊織】「おー!」

【瑛里華】「……」

【征一郎】「……」

【桐葉】「……」

【孝平】「おー……」

俺は力なく、拳を上げた。

実行委員の仕事が終わり、俺と桐葉は寮に帰ってきた。

それにしても忙しい一日だった。

事務仕事だけでなく、ミスコンの運営も引き受けてしまったしな。

【孝平】「今年の夏休みは、あまり遊んでいる暇はなさそうだな」

【桐葉】「……」

【孝平】「桐葉?」

【桐葉】「え?」

我に返ったように、俺を見上げる。

【孝平】「どうかしたか?」

【桐葉】「……いいえ」

【桐葉】「ちょっとぼんやりしていただけ」

淡々と答える。

具合でも悪いのだろうか。

眷属は、人間より丈夫だと言うけれど。

【孝平】「疲れがたまってるんじゃないか?」

【桐葉】「そんなにやわじゃないわよ」

はたしてそうだろうか。

最近忙しかったのは事実だし。

【孝平】「そういや俺の部屋に、疲労回復に効くお茶があったな」

【孝平】「ちょっと飲んでくか?」

【桐葉】「……」

なぜか桐葉は渋い顔で俺を見た。

……。

なんか、いろんな意味で誤解を受けているような気がする。

【孝平】「いや、違うんだ」

【孝平】「俺は別に、やましい気持ちがあったわけじゃ……」

べしっ

【孝平】「うおっ!」

いきなり額を叩かれ、のけぞってしまう。

【桐葉】「こういう風に使うのね」

額に何か貼られていた。

風紀シールだった。

【孝平】「なんでこんなの持ってるんだっ」

【桐葉】「前にもらったのよ。覚えてないの?」

【桐葉】「思わぬところで役立ったわ」

【孝平】「ぬうぅ」

えらい扱われようだ。

どうやら信用されてないらしい。

まあ、しかたないけど。

【桐葉】「……ふ」

【桐葉】「では、ごちそうになろうかしら」

【孝平】「はい?」

【桐葉】「お茶」

【孝平】「……」

最初からそう言ってくれ。