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今日も、放課後は生徒会のお仕事。

会長に頼まれ、俺は各委員会の活動報告レポートをまとめていた。

ほかのメンバーはみんな出払っている。

【伊織】「……ふむ。放送委員会は活発に動いているようだね」

【伊織】「美化委員会はちょっと弱いかな」

【孝平】「活動自体が、生徒たちに浸透してないっぽいですね」

陽菜の所属する美化委員は、知名度でいうとやや低い。

真面目にがんばってはいるのだが。

【伊織】「美化委員会については、抜本的な改革が必要だね」

【伊織】「さて、お次は風紀委員会か」

【孝平】「はい」

【伊織】「……ふむふむ」

レポートを読みながら、会長は神妙な顔でうなずいた。

【伊織】「素晴らしい」

【伊織】「非の打ち所がない」

【伊織】「ファンタスティック!」

大絶賛だ。

会長の言う通り、風紀委員会の活動内容はなかなかどうして優秀だった。

まず、風紀委員の「遅刻撲滅キャンペーン」により、遅刻者の数が減った。

校則違反者による地域の社会奉仕活動も、島民の皆さんに好評らしい。

【伊織】「社会奉仕活動を仕切ったのは、悠木姉か」

【伊織】「いやはや、彼女はパワフルだな」

【孝平】「まったくです」

あの人のパワーは、いったいどこから沸いてくるのだろう。

朝から晩まで動き回っているように見える。

【伊織】「風紀委員の仕事はもちろんだけど、寮長の仕事もがんばっているようだね」

【孝平】「みたいですね」

【孝平】「昨日も、中庭のケヤキに一生懸命水をあげてましたし」

【伊織】「……ツキに?」

会長の眉根に皺が寄る。

【孝平】「ツキ?」

【伊織】「ああ、悪い」

【伊織】「ケヤキの別名を、ツキと言うんだ」

【孝平】「そうなんですか?」

どちらかというと、ケヤキという呼び方のほうがメジャーに思える。

【伊織】「昔はツキって呼ぶ方が一般的だったらしいよ」

【伊織】「事実、古事記や万葉集ではそう詠まれているからね」

俺の考えを悟ったのか、会長は付け足した。

【伊織】「まあ、そんなことはいいんだ」

【伊織】「なぜ悠木姉は、ケヤキに水なんかあげてたのかな?」

【孝平】「最近雨が降ってなくて、元気がなさそうに見えたからって言ってましたけど」

【伊織】「……ふうん」

【伊織】「そんなことをしても無駄なのにな」

【孝平】「え?」

会長の口調は、そっけなかった。

それが少し意外で、俺は会長の顔を見る。

【伊織】「……あ、いや、無駄ってことはないかもしれないが」

【伊織】「樹病に蝕まれている可能性が高いってことさ」

【孝平】「やっぱり、そうだったんですか」

春だというのに、あのケヤキから新芽の息吹は感じられなかった。

中庭にある他の木は、どれも濃い緑を茂らせているにも関わらず。

……かなでさんは、樹病の可能性があるってことを知っているのだろうか?

ケヤキを慈しんでいた様子を見ているだけに、少し胸が痛かった。

【孝平】「会長、そう言えば」

【伊織】「ん?」

【孝平】「あのケヤキにまつわる言い伝えって知ってます?」

【孝平】「恋の願いが叶うとかなんとか」

【伊織】「さあ」

俺の問いかけに対して、会長は無表情に答えた。

生徒会の仕事が終わり、寮に帰ってきた。

今日もたっぷりと働いてしまった。

風呂に入って疲れを取りたいところだが。

【孝平】「……」

廊下の窓から、中庭を見る。

そこには、一人の女子生徒がいた。

夕焼け色に染まるケヤキに寄りかかり、何やらつぶやいている。

【女子生徒A】「…………くれますように」

少し開いた窓の隙間から、そんな声が聞こえてきた。

姿勢を正し、ケヤキに向かってパンッと拍手を打つ。

やがて満足そうな顔をしてから、どこかへと立ち去っていった。

……なんだありゃ?

【??】「くぉらぁーーっ!」

【孝平】「わっ!」

いきなり背後から叫ばれ、心臓が飛び上がった。

振り返ると、かなでさんがにんまりとした顔で立っている。

【かなで】「やっほー。今帰り?」

【孝平】「やっほー、じゃないですよ。心臓に悪いから驚かせないでください」

【かなで】「ごめんごめん」

【かなで】「それより今、覗き見してたでしょ?」

【孝平】「はい?」

【かなで】「恋する乙女の、聖なる儀式を!」

ビシイィィィッと、かなでさんは俺を指さす。

恋する乙女の、聖なる儀式。

その時俺は、例のケヤキにまつわる言い伝えとやらを思い出した。

【孝平】「今の彼女、願い事をしてたんですか?」

【かなで】「うん」

【かなで】「こーへーはこの寮に住んでまだ日が浅いから、馴染みがないんだね」

【かなで】「これからもっと、あーゆー光景を見ることになると思うよ」

確信を持った口調でかなでさんは言う。

【かなで】「特に、クリスマスとかバレンタイン前」

【孝平】「あぁ、なるほど」

イベント前の神頼みというヤツか。

【孝平】「しっかし、女の子ってホントにそういう話好きですよね」

【かなで】「おや? 言い伝えを信じてるのは、何も女子だけじゃないんだぞ?」

【かなで】「ケヤキの精は、老若男女すべての人々に幸福をもたらすのです」

やけに芝居がかった調子で言う。

逆に怪しく感じるのは気のせいか。

【かなで】「というわけでこーへーも、必要とあらば願掛けしてみるといいよ」

【かなで】「もし見掛けても、見て見ぬふりしてあげるからさ」

【孝平】「はあ」

俺にそんな必要に迫られる日が来るのだろうか。

来たとしても、そういったロマンチック方面には走らないと思う。

【かなで】「さーて、今日もケヤキのお世話をしなくっちゃ♪」

【孝平】「世話って、何するんですか?」

【かなで】「今日はね、雑草抜き」

【かなで】「たまに害虫駆除をすることもあるよ」

かなでさんの手には、軍手とゴミ袋があった。

あまり楽しそうな作業ではなさそうなのに、本人はとても楽しそうにしている。

【孝平】「あのケヤキ、ホントに大切にしてるんですね」

【かなで】「そりゃそうだよー」

【かなで】「歴代の寮長たちが大事に世話して、守ってきたんだもん」

【かなで】「このケヤキの世話をするのは、とっても名誉なことなんだ」

底抜けに明るい笑顔で、かなでさんは言う。

……とても名誉なこと、か。

パワフルでお祭り騒ぎが大好きな、かなでさん。

いつも目立つことばかりしてるように見えて、地味な仕事もきちんとこなしているのだ。

それも、楽しく前向きに。

【孝平】「……たいした人だなあ」

【かなで】「はい?」

俺は再び、中庭に目をやった。

依然として新芽は芽吹かず、精彩を欠いたままのケヤキの木。

いつか、かなでさんの愛情が伝わればいいのだが。