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夜、俺はいつものように談話室に向かっていた。

今日は宿題もないので、のんびりできそうだ。

司でも呼んで、コーラ飲みながら馬鹿話でもするか。

それとも、クラスメイトから借りたDVDを観るか。

映画を観るとなると、やはり談話室の大画面テレビがいい。

などと思いながら談話室の前に辿り着くと、

【かなで】「……だよねえ、やっぱり」

少しだけ開いたドアの隙間から、かなでさんの声がした。

【かなで】「足りない分は、オークションの売り上げでまかなえないかな」

【かなで】「のりぴーにお金を預けてあるんだよね」

【征一郎】「のりぴー?」

【かなで】「青砥先生のこと」

【征一郎】「……なるほど」

かなでさんと東儀先輩がいるようだ。

珍しい組み合わせだな。

【征一郎】「それでも、多少は足が出ると思うが」

【かなで】「うーん、そこなんだよね問題は」

【かなで】「できれば、参加費はあんまり多く取りたくないんだ」

【かなで】「懐に余裕がある人だけのバーベキュー大会ってのも、なんか寂しいでしょ?」

……バーベキュー大会?

そこまでの会話の流れを聞いて、考える。

かなでさんは、東儀先輩に予算について相談中なのではないだろうか。

【征一郎】「しかし、なぜそこまでイベントにこだわる?」

【征一郎】「悠木にとっても負担だろう」

【かなで】「うーん……」

かなでさんは、しばし考え込んでいた。

【かなで】「わたし、ゴールデンウィーク中に思ったんだよね」

【征一郎】「?」

【かなで】「休みが続けば、実家に帰ったり旅行に行ったりする人も多いでしょ?」

【かなで】「でも、逆のパターンの人も少なくないんだよね」

【かなで】「みんながみんな、帰れる場所がある人ばかりじゃないんだなって」

どくん、と胸が反応する。

一瞬、俺のことを言ってるのかと思った。

俺には、すぐに帰れる場所がない。

親が海外を転々としているので、いわゆる実家らしい実家がないのだ。

【かなで】「そーゆー人がさ、つまんなそうっていうか寂しそうにしてるの見てて……」

【かなで】「なんか、いてもたってもいられなくなっちゃったんだ」

【かなで】「せっかくみんなで暮らしてるんだから、みんなで一緒に楽しみたいじゃない?」

【征一郎】「……わからんでもないが」

【征一郎】「寮生全員が、悠木のような考え方をするわけではない」

【かなで】「え?」

【征一郎】「個人主義を貫きたい者もいるということだ」

【かなで】「……うん。わかってる」

【かなで】「でもっ、それでも、やってみる価値はあると思うんだ」

【征一郎】「……」

かなでさんの声は、いつになく真剣だった。

いつもみたいに、茶化してる雰囲気はまったくない。

……部屋に入るタイミングを、完全に失ってしまった。

【征一郎】「わかった」

【かなで】「?」

【征一郎】「潤沢な予算を提案できるわけではないが、協力はしよう」

【征一郎】「バーベキューに使う鉄板や燃料関係は、生徒会の方で用意する」

【かなで】「えっ! えええっ!」

【征一郎】「大きな声を出すな」

【かなで】「だ、だって、せいちゃん太っ腹すぎなんだもん!」

【征一郎】「せいちゃんはやめろ」

【かなで】「ありがとう、せいちゃんっ!」

【征一郎】「……」

【征一郎】「その代わり、贅沢な設備は期待するな」

【征一郎】「前代未聞だからな、こういったイベントは」

【かなで】「もちろん、贅沢なんか言わないよっ」

【かなで】「ほんとにほんとに、ありがとねっ」

【征一郎】「礼を言うのは、イベントが成功してからにするんだな」

【征一郎】「じゃあ、俺はこれで」

東儀先輩が立ち上がった気配がした。

俺はすかさず、柱の影に隠れる。

【かなで】「おやすみ~、せいちゃん♪」

【征一郎】「おやすみ」

ばたんっ東儀先輩が部屋から出てきた。

そのまま、向こう側へと歩いていく。

ふぅ、なんとか気づかれずに済んだ。

俺は東儀先輩の姿が見えなくなるのを見届けてから、談話室の前に立つ。

ガチャッ

ドアを開けると、ソファーにかなでさんが座っていた。

【孝平】「こんばんは」

【かなで】「あ、こーへーだ」

【かなで】「なになに? テレビ観に来たの?」

【孝平】「まあ、そんなとこです」

【孝平】「かなでさんは?」

【かなで】「わたしは今、せいちゃんと話してたんだ」

【かなで】「バーベキュー大会のことで、ちょっとね」

【孝平】「……ふうん」

【孝平】「それで、決着はついたんですか?」

そしらぬ顔で、そんなことを聞いてみる。

するとかなでさんは、ぱぁっと顔を輝かせた。

【かなで】「うんっ。おかげでなんとかなりそう」

【孝平】「よかったですね」

【かなで】「ふっふっふ」

【かなで】「わたしのお色気作戦に、せいちゃんノックダウンの巻だったよ」

【孝平】「……ぶっ」

思わず噴き出した。

【かなで】「こら、なぜそこで笑うー? 嘘だと思ってるんでしょっ」

【孝平】「思ってないですよ」

【かなで】「思ってるっ」

【かなで】「まあ、嘘だけど」

【孝平】「でしょうね」

【かなで】「やっぱり思ってるしっ!」

【孝平】「わはははっ」

大笑いすると、かなでさんは渋い顔をした。

【かなで】「じぃ~~~っ」

【孝平】「すみません、笑いすぎました」

【かなで】「はぁ、あまりのショックでコーラ飲まなきゃ立ち直れない……」

暗に、おごれと言っているのだろうか。

……きっとそうに違いない。

【孝平】「あとでちゃんとあげますから」

【かなで】「ごっつぁんですっ」

【かなで】「あ、これ『横綱刑事』のモノマネね」

【孝平】「わはははっ」

【孝平】「ぜんぜん似てねえっ」

【かなで】「なんですとー!?」

妙にツボにハマってしまい、笑いすぎて涙が出てきた。

【かなで】「くうぅ、似てると思ったのに」

【かなで】「また特訓しなくちゃ!」

【孝平】「期待してます」

【かなで】「おうっ」

かなでさんと一緒にいると、いつも笑いが絶えない。

それはかなでさんが、人を楽しませたいという気持ちを常に持っているからだ。

誰かの笑顔を見ることが好きだからだ。

この人以上にサービス精神が旺盛な寮長は、他にいないだろう。

……ちょっと、真面目に尊敬した。