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//Continuation of June 25//

陽菜がかなでさんのところに行ってから、かれこれ一時間が経つ。

俺はといえば、テレビをつけたり消したり、布団に潜ってみたり。

何をしても落ち着かない。

かなでさんを抱きしめた時から、ずっとドキドキが続いている。

【陽菜】「私、知ってるの」

【陽菜】「お姉ちゃんが孝平くんのこと、好きってこと」

いや、やっぱりありえない。

そんなはずはない、と頭が否定している。

もちろん、陽菜の言うことが本当なら嬉しいが。

……。

結局は、自分で予防線を張っているだけなのだ。

もしかなでさんが、本当に俺のことを嫌っていたら?

好きでもなんでもなかったら?

本当のことを知った時、ショックを受けるのが怖い。

だからさっきから、「ありえない」と頭の中で連呼しているのだ。

いざという時、傷つかないように。

【孝平】「……はぁ」

俺は、後悔しているのだろうか。

かなでさんに告白したことを。

……いや。

後悔なんかしていない。

たとえ、この気持ちが報われなかったとしても。

ガタガタッ

【孝平】「?」

ベランダから不審な物音がした。

……まさか。

俺は急いでベッドから立ち上がり、窓を開ける。

【陽菜】「……早く、お姉ちゃんっ」

【かなで】「い、嫌だよ、困るよ」

【陽菜】「ダメだってば、もう」

【かなで】「だってだって、心の準備が~っ」

【陽菜】「大丈夫。行けばなんとかなるから」

【かなで】「むりむりむりむりむりですっ」

【かなで】「ひああぁっ、落ちる落ちるっ!」

【孝平】「……何やってんですか?」

【陽菜】「!」

【かなで】「!!」

非常用はしごにしがみついているかなでさん。

そんなかなでさんを、半ば強引に下へと追いやろうとしている陽菜。

これはいったい、どういう状況なんだろう。

ぼんやりとそんなことを考える。

【陽菜】「孝平くん、ちょうどよかった」

【陽菜】「あのね、お姉ちゃんが話あるんだって」

【孝平】「えっ?」

【かなで】「なっ!」

【かなで】「ない! なんにもないから!」

【陽菜】「あるでしょ?」

【かなで】「あ、あるけど……ない!」

どっちだ。

【陽菜】「むぅー……」

陽菜は眉根

に皺を寄せた。

まるで、いたずら好きな子供に手を焼いている母親のような。

【陽菜】「えいっ」

何を思ったのか、陽菜は突然はしごをつかんで左右に揺らし始めた。

【陽菜】「ほらほら、早く下りないと危ないよ?」

【かなで】「ひ、ひなちゃんっ!?」

ガタガタガタガタ

はしごが揺れている。

かなり、揺れている。

【陽菜】「ほらほら~」

【かなで】「ひあぁ、やめてぇっ」

【孝平】「……」

とりあえず、助けた方がいいんだよな。

俺は手を伸ばし、かなでさんの身体をひょいと持ち上げた。

【かなで】「わあぁっ!」

【孝平】「暴れないでください、危ないですから」

【かなで】「はなしてー」

【陽菜】「ありがとう、孝平くん」

【陽菜】「じゃあ、あとよろしくね」

陽菜はにっこりと言ってから、手際よくはしごを引き上げる。

ばたんっ

あっけなく扉が閉められた。

……なんだったんだ。

ふと、「獅子の子落し」という言葉が頭をよぎる。

【かなで】「ひ、ひどい、ひなちゃん」

【孝平】「追い出されるようなことでもしたんですか?」

【孝平】「陽菜のおやつに手を出したとか」

【かなで】「そんなことしないよ!」

【孝平】「そうですか」

【かなで】「うん」

【孝平】「……」

【かなで】「……」

ひんやりとした沈黙が舞い降りる。

俺はひとまず、かなでさんをその場に下ろした。

なんとも言えない微妙な空気。

告白した手前、ものすごくやりづらい。

俺だけでなく、かなでさんもいたたまれない様子だった。

【孝平】「とりあえず、入ります?」

【かなで】「あ……う、うん」

ここで立ち話というのもなんだ。

かなでさんを部屋に通し、テーブルを挟んで座る。

【かなで】「……」

【孝平】「……」

相変わらずの沈黙だった。

話ってなんだろう。

聞いてみたい気持ちと、聞きたくない気持ち。

圧倒的に後者が勝っている。

【孝平】「その……」

【孝平】「さっきはすみませんでした」

【かなで】「へ?」

【孝平】「ほら、ですから」

【孝平】「中庭で、こう……」

抱きしめるジェスチャーをしようとして、やめる。

そんな不審な動作を見て、かなでさんも思い当たったようだった。

【かなで】「あ~、その、えっと」

【かなで】「き、気にしないでいいよ」

【かなで】「わたしも、気にしてないから」

【孝平】「……はあ」

なんだ、気にしてないのか。

少しは気にしてくれよ、なんてことを思ってみたり。

勝手かもしれないけど、多少は動揺してほしい。

【孝平】「で、話とは?」

俺は努めて冷静に尋ねた。

話を聞きたくないからといって、この場から逃げ出すわけにはいかない。

だったら、なるべく早めに結論を出してほしかった。

俺にとってはとどめになるかもしれない、その結論を。

【かなで】「えと……」

かなでさんは、泣きそうな顔でうつむいた。

そんな顔されたら、ますますつらい。

そんな顔をさせるために告白したんじゃないのに。

なんてことを、ぼんやりと考える。

……。

…………。

何十秒か、何分か、何十分か。

会話のない時間が続く。

だんだん胃が痛くなってきた。

もう、これ以上の沈黙は耐えられそうもない。

【孝平】「あの」

【かなで】「こーへー!」

口火を切ったのは同時だった。

俺は驚いて、かなでさんを見やる。

【かなで】「わ、わたしと」

【かなで】「わたしと……」

【孝平】「はい?」

【かなで】「わたしと、付き合ってください!」

……。

…………。

【孝平】「はい?」

もう一度聞き返した。

かなでさんの顔は真っ赤だ。

その赤が、じわじわと耳たぶまで侵食していくのがわかる。

【かなで】「な、なんか言ってよ」

【孝平】「なんか、とは?」

【かなで】「だからその、いいとか悪いとか」

いいか悪いか。

そりゃもちろん前者に決まってる。

驚き過ぎて、嬉しさがまだ気持ちに追いついていないだけだ。

でも、その前に。

なんで俺、かなでさんに告白されてるんだ?

【孝平】「俺……さっき、かなでさんに言いませんでしたっけ」

【かなで】「何を?」

【孝平】「だから、好きだって」

【かなで】「言った」

深々とうなずいた。

【かなで】「間違いなく、聞いた」

【孝平】「だったら、答えは言わずもがなというヤツでは……」

【かなで】「そ、そうなんだけど! いろいろあるんだよ、順序ってものが」

【孝平】「順序ですか」

【かなで】「うん」

【かなで】「さっき、わたし逃げちゃったでしょ?」

【かなで】「せっかくこーへーが告白してくれたのに」

言葉を切ってから、続ける。

【かなで】「すごく失礼なことしちゃったよね、わたし」

【かなで】「でもね、本当は嬉しかったの」

【かなで】「嬉しかったから……逃げた」

そう言って、視線を落とした。

【陽菜】「お姉ちゃんって、その……私がね、孝平くんのこと好きだって思い込んでて」

【陽菜】「だから、自分が身を引こうとしたんだと思う」

やっぱり、陽菜の言った通りだったのだ。

かなでさんは陽菜のことを思うあまりに、俺から逃げた。

【孝平】「あの、しつこいようですけど」

【孝平】「陽菜とのことは、誤解ですから」

【かなで】「うん……ひなちゃんにもそう言われた」

【かなで】「もっと、自分の気持ちに素直になれって」

【かなで】「もう我慢しなくていいんだよ、って」

かなでさんは、ぱっと顔を上げる。

【かなで】「だからわたし、こーへーにちゃんと気持ち伝えようって思った」

【かなで】「自分の言葉で、今度はわたしから告白しなきゃって思ったの」

大きな瞳が、俺をまっすぐに見つめている。

目をそらさずに、俺だけを見てくれている。

【かなで】「こーへー……」

【かなで】「わたしと、付き合ってください」

【かなで】「お願いします」

ぺこり。

かなでさんは小さく頭を下げた。

【孝平】「かなでさん……」

指先から、身体がじんわりと暖かくなってくる。

ようやく嬉しさが実感として湧いてきた。

張りつめていた気持ちが、ふっと楽になる。

……よかった。

これから毎日、かなでさんと一緒にいられるんだ。

以前みたいに、一緒に笑うことができるんだ。

その事実が何よりも嬉しい。

【孝平】「俺の方こそ、よろしくお願いします」

かなでさんに倣って頭を下げた。

【かなで】「い、いえいえ、こちらこそ」

【かなで】「いろいろとご迷惑おかけすると思いますけど」

【孝平】「それはもうお互い様で」

なぜか、お互いかしこまってしまう。

きっと照れ隠しだ。

つい一時間ほど前までは、絶望的な気分で中庭に立っていた俺。

それが今では、ベランダの窓を開けて叫びたいほどハッピーになってる。

かなでさんを好きになってよかった。

こんなに満たされた気持ちを知ることができたから。

【かなで】「……あは、あははは」

【かなで】「なんか、告白するのって緊張するね」

【孝平】「でしょう?」

【かなで】「うん。口から心臓飛び出るかと思った」

【かなで】「でもよかった。ちゃんと言えて」

【孝平】「……そのわりには、いやいや俺の部屋に来たように見えましたけど」

はしごにしがみついていたかなでさんの姿を思い出す。

あれはどう見ても、陽菜に無理矢理下ろされている構図だった。

【かなで】「あ、あれはね、違うんだって」

【かなで】「わたしとしては、もっと時間が欲しかったの」

【かなで】「心の準備とか、いろいろあるでしょ?」

【孝平】「はあ」

【かなで】「なのにひなちゃんったら、絶対今じゃなきゃダメだって言うんだよ」

かなでさんはため息をついた。

俺は陽菜に感謝しなければならない。

陽菜がけしかけてくれなかったら、眠れない一夜を過ごすハメになってただろう。

【かなで】「でも、ひなちゃんのおかげだよね」

【かなで】「ひなちゃんのおかげで、こーへーと普通に話できるようになった」

かなでさんは笑顔になった。

久しぶりだな、と思う。

最近はずっと、困ったような顔しか見てなかった。

【孝平】「これからはちゃんとお茶会にも来てくださいよ?」

【孝平】「きっとみんなに冷やかされるだろうけど」

【かなで】「うぅ」

【かなで】「人のこと冷やかすのは好きだけど、自分が冷やかされるのは慣れてないんだよね」

【孝平】「たまには逆の立場になってみるのもいいんじゃないですか?」

【かなで】「他人事みたいに言うねえ」

【孝平】「俺はもう、とっくに覚悟してますから」

しばらくは、お茶会のネタにされるのは免れまい。

こうなったら、思いっきりのろけてやる。

みんなの前でいちゃいちゃしまくってやる。

……ごめん。やっぱ無理。

【かなで】「あ!!」

かなでさんは突然大きな声を出した。

【かなで】「今日、何曜日だっけ?」

【孝平】「火曜日ですけど」

【かなで】「うああ、『横綱刑事』の日だよっ」

【かなで】「危ない危ない、すっかり忘れるところだった」

【孝平】「大丈夫ですよ、忘れても」

【孝平】「ちゃんと全部録画してますから」

【かなで】「え? そうなの?」

【孝平】「そうですよ」

【孝平】「いつか、かなでさんと一緒に観ようと思って録っておいたんです」

一人で観る気にならなくて、ずっと録りためておいたのだ。

【孝平】「今、一緒に観ません?」

【孝平】「ここ数週間くらい観てないんで、そこからでよければ」

【かなで】「観る観る!」

俺はリモコンを取り、テレビのスイッチを入れた。

ハードディスクのライブラリから、まだ観ていない回の『横綱刑事』を選択する。

おなじみのテーマ曲『ちょんまげダンディズム』が流れ始めた。

【かなで】「スーツの下に~まわし~を~締めて~♪」

【かなで】「男と~女の~猫だまし~♪」

かなでさんの、やや調子っぱずれな歌声。

その歌声がなんとも心地いい。

【かなで】「ん? 何ニヤニヤしてるの?」

【孝平】「してました?」

【かなで】「うん」

【孝平】「それは、あれですよ」

【孝平】「かなでさんがかわいいからです」

【かなで】「!!」

驚き、そして真っ赤になる。

わかりやすい反応だ。

【孝平】「かなでさんがかわいいからです」

【かなで】「二回言わなくていいから!」

【かなで】「うああぁ~~~~」

呻きながら、ゴロゴロとのたうち回っている。

【孝平】「腹でも痛いんですか?」

【かなで】「恥ずかしがってるんだってば!」

そうだったのか。

俺はこみ上げる笑いを噛み殺した。

この人は、本当に見てて飽きない。

反応がいちいちかわいくて、もっといろんなことを言ってしまいたくなる。

【かなで】「もう、ちゃんとドラマに集中してよね」

【孝平】「すみません」

【かなで】「つぎにヘンなこと言ったら、デコピンするから」

【孝平】「ヘンなことって、例えば?」

【かなで】「例えば、その……」

【孝平】「かわいい、はダメなんですよね?」

【かなで】「だ、ダメ」

【孝平】「じゃあ……」

【孝平】「かなでさん、大好きです」

【かなで】「っ!」

【孝平】「一番好きです」

改めてそう思う。

いつまでも、隣でずっと見ていたい。

そう思える程度には好きになってしまった。

我ながら重症だ。

【孝平】「デコピンしないんですか?」

【かなで】「す、するよっ」

【孝平】「はい」

素直におでこを差し出した。

【かなで】「言っとくけど、わたしのデコピン痛いからね」

【かなで】「後悔したって遅いんだから」

【孝平】「後悔なんかしません」

【孝平】「好きです、かなでさん」

【かなで】「う……」

デコピンの形を取るその手を、しっかりと握った。

大きな瞳がゆっくりとまばたきする。

緊張しているのが伝わってきた。

俺の緊張も、きっと伝わっていることだろう。

【かなで】「わたしも……」

【かなで】「好き」

【かなで】「一番好き」

そう小さく言ってから、笑った。

ぎゅう、と胸を締めつけられる。

息苦しくなるほど幸せだった。

【かなで】「あはは、こーへーにつられて、わたしまでヘンなこと言っちゃった」

【かなで】「デコピンしてもいいよ?」

【孝平】「じゃあ、遠慮なく」

渾身のデコピン。

【かなで】「あっ」

……をすると見せかけて、キスをした。

不意打ちのキスだったのに、かなでさんは怒らなかった。

温かい唇。

震えるまつげ。

細い手首。

何もかもが愛おしい。

【かなで】「んっ……」

BGMが男臭いテレビドラマってところが、ちょっとムードに欠けるけど。

俺は、この人の前でなら楽になれる。

本当の自分でいられる気がする。

気取らずに、同じ歩幅で歩いていける。

一緒に歩いていきたい。

心からそう思った。

//June 25//

翌日。

久々にお茶会メンバー全員が集まった。

なぜかテーブルには、大きなホールケーキが一つ。

ご丁寧にロウソクまで刺さっている。

【孝平】「今日、誰かの誕生日だっけ?」

【瑛里華】「いいえ?」

【瑛里華】「でも、おめでたいことには変わりないわよね」

【白】「そうですね」

【陽菜】「うん」

司もうなずく。

【孝平】「……ふうん」

【瑛里華】「じゃあ、ロウソクの火は悠木先輩に消してもらいましょうか」

【かなで】「えぇっ、わたし!?」

【陽菜】「孝平くんと一緒でもいいよ?」

【孝平】「俺?」

なんで?

【瑛里華】「あ、その方がいいわね」

【白】「カメラの準備はばっちりです」

【司】「クラッカーもな」

【瑛里華】「オーケー。じゃあ、せーのでいくわよ?」//せーの = word said when about to blow candle//

【孝平】「えっ、ちょ、ちょっと」

【瑛里華】「せーのっ」

【瑛里華】「支倉くん、悠木先輩、おめでとうございまーす!」

【陽菜】「おめでとう!」

【白】「おめでとうございます!」

【司】「おめでとう」

クラッカーが乱れ飛び、カメラのフラッシュがばしばしと光る。

【白】「お二人とも、カメラに目線をください」

【かなで】「え? えぇっ?」

【瑛里華】「ほら、火消さないと!」

【孝平】「あ、ああ」

慌ててロウソクに息を吹きかけ、火を消す。

盛大な拍手が部屋に響いた。

……どうやらみんな、俺とかなでさんのことを祝っているらしい。

ある程度の反応は覚悟していたが、ここまで華々しく祝われるとは。

【陽菜】「驚いた?」

【かなで】「驚くよ!」

【陽菜】「ふふ、それなら大成功」

【瑛里華】「ちなみに、発起人は妹さんですよ?」

【瑛里華】「で、ケーキを買ってきてくれたのは八幡平君」

司もグルか。

学校では、そんな素振りをまったく見せなかったのに。

【孝平】「……やられた」

【陽菜】「おめでたいことは、みんなで共有しないとね」

【瑛里華】「そうそう」

【瑛里華】「本当は、学食を貸し切ってパーティーでもやろうかと思ったんだけど」

【孝平】「それだけは勘弁してくれ」

【瑛里華】「って言うと思って、こじんまりとやることになったわけ」

【かなで】「そうだったんだ……」

かなでさんの目が、感極まったように少しだけ潤む。

が、すぐに笑顔になった。

【かなで】「いやー、わたしは学食パーティーでもよかったけどね?」

【孝平】「俺は無理です」

【かなで】「なんで? 恥ずかしい?」

恥ずかしくないわけがなかった。

【孝平】「芸能人じゃなくて一般人なんですよ、俺たち」

【白】「でも悠木先輩は、この学院では有名人です」

【瑛里華】「そうよ。それに、支倉くんも十分有名だと思うけど?」

【孝平】「んなわけないし」

名物寮長に比べれば、俺など無名中の無名だ。

というか、それでまったく問題がない。

【瑛里華】「もう、照れない照れない」

【孝平】「照れてない」

【瑛里華】「またまた。顔赤いわよ」

【瑛里華】「ねー、みんな?」

【陽菜】「うん。赤いかも」

【白】「ちょっと赤いです」

【司】「赤いな」

【かなで】「あはは、真っ赤だ!」

あんたが言うなっ。

俺は頭を抱えた。

……恥ずかしい。

やっぱ恥ずかしすぎるぞ、この状況。

【瑛里華】「ごちそうさまでした」

小さなパーティーが終わり、そろそろお開きの時間となった。

【瑛里華】「じゃあ、また明日ね」

【陽菜】「おやすみなさい」

【白】「おやすみなさいませ」

【司】「お疲れ」

【かなで】「また明日ー♪」

【孝平】「ういーっす」

【瑛里華】「って、悠木先輩も帰るんですか?」

【かなで】「へ?」

かなでさんはきょとんとした顔になった。

【瑛里華】「あ、いえ、だってほら」

【瑛里華】「ねえ?」

副会長はちらりと俺を見た。

いやいや、そんな目で見られても。

【陽菜】「お姉ちゃんは、もうちょっとゆっくりしてったら?」

【陽菜】「二人とも忙しいから、なかなか会う時間も取れないだろうし」

ズバリと陽菜は言う。

【かなで】「えっ……あ、いや、その」

【かなで】「わたし、これから寮の仕事しなくちゃいけないんだ」

【孝平】「え? これから?」

もう七時過ぎている。

【かなで】「うん。備品関係のチェックを済ませとこうと思って」

【孝平】「明日でいいじゃないですか」

【かなで】「今日できることは今日済ませておくのが、わたしのポリシーなわけよ」

【かなで】「っていうか、一度寝ちゃうと全部忘れちゃうんだよね」

【孝平】「でも……」

やっぱり、かなでさんは働き過ぎだと思う。

そのうち倒れちゃうんじゃないかと心配になる。

【瑛里華】「はぁ……寂しそうな顔しちゃって」

【孝平】「そ、そういうわけじゃ」

【瑛里華】「さーて帰ろ帰ろ」

【陽菜】「また明日ね」

【白】「それでは」

【司】「じゃ」

ばたん

無情にもドアが閉められた。

俺とかなでさんだけが取り残される。

【かなで】「あはは……置いてかれちゃった」

【かなで】「なんか照れるね、こういうの」

【孝平】「気を利かせてくれてるんでしょうけどね」

俺は肩をすくめた。

【かなで】「ごめんね」

【かなで】「ホントは、もうちょっとゆっくりしたいんだけど……」

【孝平】「ええ、大丈夫です。わかってますから」

かなでさんは、自分の仕事を疎かにする人じゃない。

だから俺も引き留めない。

例え、もうちょっと一緒にいたいと思っても。

【かなで】「……」

【孝平】「どうしました?」

【かなで】「う、うん」

【かなで】「こーへーは、わたしのことわかってるんだなーと思って」

【孝平】「そりゃそうですよ。ずっと見てたんですから」

堂々と言った。

すべてを理解してるとまではいかないけど、それなりにはわかってるつもりだ。

わかってるから、好きになった。

【かなで】「……こーへーって、そーゆーキャラだったっけ?」

【孝平】「そーゆーキャラとは?」

【かなで】「なんていうか、こう、ほら」

【かなで】「全体的にあまあまキャラになってない? 全体的に」

言いながら、両手で自分の頬を押さえた。

ものすごく恥ずかしがっているようだ。

【孝平】「俺のせいじゃないです」

【孝平】「かなでさんが言わせるんでしょう、いろいろと」

【かなで】「ああっ、人のせいにした」

【孝平】「だって本当のことだし」

【かなで】「わたし悪くないもんっ」

【孝平】「誰も悪いなんて言ってないし」

【かなで】「くうぅっ」

【かなで】「もう帰る」

【孝平】「またすぐ逃げる」

【かなで】「逃げてなんか……っ」

ムキになるかなでさんの腕をつかみ、こっちに引き寄せる。

ぎゅっと抱きしめてみたりして。

【かなで】「わっ、わわっ」

【孝平】「もう、逃げないでください」

【孝平】「置いていかれるのはあんまり好きじゃないんです」

【かなで】「う……」

【かなで】「やっぱり、あまあまだ」

【孝平】「そーゆーキャラは嫌いですか?」

【かなで】「き、嫌いじゃない」

【かなで】「……好き」

小さくつぶやいてから、俺の胸に顔を埋めた。

ふんわりとやわらかい髪が顎に触れる。

俺の腕にすっぽりと収まってしまう小さな身体。

【かなで】「も……もうそろそろ行かなくちゃ」

【かなで】「ひなちゃん、待ってるかもしれないし」

【孝平】「すみません、引き留めて」

【かなで】「ううん」

【かなで】「……またね」

そう言って、頬にキス。

小さく手を振ってから、部屋を出て行った。

……引き留めないつもりだったのに。

そばにいると、すぐに抱きしめたくなってしまう。

俺というヤツは、まだまだ修行が足りない。

//July 7//

期末テストが終わり、ようやく勉強漬けの日々から解放された。

梅雨明けはまだだが、空には晴れ間が覗いている。

なんの申し分もない清々しい一日だった。

……目の前に積まれた大量の仕事を除いては。

【征一郎】「支倉、リストはできたか?」

【孝平】「はい、あともう少しで」

【征一郎】「それが終わったら、悪いがこっちのリストも頼む」

【孝平】「了解です」

試験疲れの身体を休める暇もなく、次から次へと舞い込む仕事。

なぜこんなに忙しいのか。

それは、文化祭まであと二ヶ月しかないからだ。

俺だけじゃなく、当然会長たちも慌しく働いている。

【伊織】「報告書は一丁あがりっと」

【瑛里華】「はい、ご苦労様」

【瑛里華】「じゃあ次は、こっちに目を通してね」

どさっ

会長の机に、たちまち書類の山ができる。

【伊織】「ははは、すごいな」

【伊織】「エンドレスループだ」

【瑛里華】「大丈夫よ兄さん。明けない夜はないわ」

【瑛里華】「というわけで、今日中に頼むわね」

【伊織】「やれやれだね。まったく」

さすがの会長も少々お疲れのようだ。

疲れたというより、「飽きた」といった方が近いかもしれない。

真面目に仕事をしている俺へと、にやにやした目を向けてくる。

【伊織】「いい天気だね、支倉君」

【孝平】「はあ」

【伊織】「こんな日は、さぞかし天の川が綺麗に見えることだろうね」

【孝平】「でしょうね」

そういや、今日は7月7日だ。

すっかり忘れてた。

【伊織】「ふむ……そうか」

【伊織】「君は愛よりも仕事を取る男なんだな」

【孝平】「なんですかそれは」

【伊織】「だって、今日は七夕だよ?」

【伊織】「恋人たちのラブラブ記念日だよ?」

【孝平】「はあ」

としか言えない。

【伊織】「えっ、まさか、ノープランなのか?」

【孝平】「ご明察です」

【伊織】「あちゃー」

【孝平】「あちゃー、と言われましても」

誕生日やクリスマスならともかく。

七夕って、そんなにビッグなイベントでもないだろう。

少なくとも俺は、これまであまり重要視したことがなかった。

【伊織】「なあ瑛里華、聞いたか?」

【瑛里華】「聞いたけど」

【伊織】「どう思う? 彼の淡泊な発言を」

【瑛里華】「さあ。普通じゃない?」

これまた淡泊な反応だった。

というか、仕事でそれどころじゃないといった様子だ。

【伊織】「なんだかなあ」

【伊織】「最近の若者は、みんな冷めてるな」

【孝平】「年寄りみたいなこと言わないでくださいよ」

【伊織】「ははっ。実際年寄りなんだけどね、俺は」

【伊織】「まあ、頑張って早く仕事を終わらせたまえ」

【伊織】「でないと、彼女に愛想尽かされちゃうかもしれないからね」

そう。問題はそこだ。

ようやく仕事が終わり、寮に帰ってきた。

マジで、このままだとかなでさんに愛想を尽かされかねない。

というのも、ここしばらく試験や生徒会の仕事で忙しかった俺。

加えて、かなでさんも寮長と風紀委員の仕事で多忙を極めている。

おまけに向こうは受験生だ。

そんな二人に、ゆっくりと会える余裕があるはずもなく。

せっかく付き合い始めたのに、ろくに顔を合わす間もないまま今に至る。

【孝平】「駄目だよな、このままじゃ……」

俺はワーカホリックなサラリーマンではないのだ。

もっと学生らしい日々を謳歌しなければ。

俺は携帯を取り出し、かなでさんに電話をかけた。

【かなで】「おーっす」

談話室のドアを開けると、かなでさんの元気な声に出迎えられた。

毎日電話で話しているのに、ものすごく久しぶりなように感じる。

【孝平】「こんにちは」

【孝平】「……で、何してるんですか?」

そこには、かなでさんの背丈の二倍はあると思われる笹があった。

葉っぱのあちこちに、色とりどりの短冊が飾られている。

【かなで】「何って、今日は七夕だよ?」

【かなで】「一年に一度の大イベントじゃない!」

【孝平】「はあ」

【かなで】「はあ、って!」

【かなで】「やれやれ、最近の若者は冷めてるよね」

どっかで聞いたような台詞だった。

【孝平】「もしかして、七夕を楽しみにしてたんですか?」

【かなで】「あったりまえだよ」

【かなで】「みんなに短冊書いてもらったから、今飾りつけしてるんだ」

ああ、そういえば。

1週間ほど前から、大量の短冊がこの部屋に置いてあった気がする。

あれはかなでさんが用意したものだったのか。

【孝平】「ところでこの笹、どっから持ってきたんでしょう」

俺はそのバカでかい笹を見上げた。

【かなで】「裏の山だよ」

【かなで】「あ、言っとくけど、ちゃんと許可はもらってあるからね?」

そりゃそうだ。

【孝平】「まさか、一人でここまで運んで来たんじゃないでしょうね」

【かなで】「えへへ、すごいでしょ?」

得意げに返事をするかなでさん。

俺は深々とため息をついた。

【孝平】「……どうして、俺に声をかけてくれないんですか」

【かなで】「え?」

【孝平】「力仕事は男の役目でしょうが」

【かなで】「で、でも、そんなに重くなかったよ?」

【孝平】「そういう問題じゃないんです」

どうしてこの人は、なんでも自分一人でやってしまうのだろう。

もう少し頼ってくれてもいいのに。

いや、俺自身が頼りないのか?

確かにその可能性は否定できないが。

【孝平】「かなでさん」

【かなで】「ん?」

【孝平】「これからは、俺にもかなでさんの仕事を手伝わせてください」

俺は、かなでさんの手を取った。

小さな手。

華奢だけど、働き者の手だ。

【孝平】「寮長の仕事でも、風紀委員の仕事でもなんでもいいです」

【孝平】「一人じゃ無理だと思ったら、遠慮なく言ってください」

【孝平】「全力でかなでさんをフォローしますから」

そう言うと、かなでさんはじっと俺を見上げた。

【かなで】「でも、こーへーだって、いろいろ忙しいし」

【かなで】「そんなに負担かけられないよ」

【孝平】「えーと、つまりですね」

なんと説明したらいいものか。

少し考えてから、続けた。

【孝平】「要するに、俺は」

【孝平】「仕事の手伝いにかこつけて、かなでさんに会いたいだけなんです」

【かなで】「……え?」

【孝平】「そういう不純な動機なんで、遠慮なく使ってください」

【孝平】「いいですね?」

まったく、なんてことを言わせるのだ。

この人を前にすると、つい柄にもないことを口走ってしまう。

結果的に、赤面を余儀なくされることとなる。

【かなで】「わ、わかった」

【孝平】「わかってくれましたか」

【かなで】「うん」

【かなで】「こーへーの気持ち、すごく嬉しい」

【かなで】「じゃあこれからは遠慮なく、こき使っちゃっていいんだね?」

【孝平】「そこまでは言ってません」

【かなで】「あれ?」

かなでさんは首を傾げた。

【孝平】「……まあ、いいですけどね。こき使っても」

どうせかなでさんに頼まれたら、断れないのだ。

これが惚れた弱みというやつなのか。

【かなで】「冗談だよ、冗談」

【かなで】「こーへー、恥ずかしいこと平気で言うんだもん」

【孝平】「本心ですから」

【かなで】「ま、またそーゆーことをっ」

ばしばしばしばしっ。

平手で背中を連打された。

【かなで】「はあ……」

【かなで】「わたし、一応年上なのにぜんぜん余裕ないよね」

【孝平】「俺だって余裕なんかないですよ」

そんなもん、1ミリもない。

俺が大人なら、もっといろんなことをスマートにできるのだろうか。

俺が、かなでさんより年上だったら……。

大して年なんか変わらないのに、しょうもないことを考えてしまう。

【かなで】「ありがとね、こーへー」

【かなで】「でもこーへーだって、仕事忙しい時はわたしを呼んでくれていいんだからね?」

【孝平】「はい」

うなずいた。

お互い、助け合える関係。

支え合う間柄。

そうなれたらいいと思う。

【孝平】「じゃあとりあえず今は、短冊の飾りつけをやっちゃいますか」

【かなで】「手伝ってくれるの?」

【孝平】「もちろん」

俺は胸を張って言った。

……七夕か。

今日の天の川は、さぞかし美しいことだろう。

現金にも、そんなことを思う俺だった。

七夕の飾りつけが終わった頃には、もう夜になっていた。

頑張った甲斐あって、談話室を訪れた寮生たちには大好評。

かなでさんも嬉しそうだった。

部屋に戻る途中、ふと立ち止まって窓の外を見る。

夜空には、綺麗な天の川。

【孝平】「……?」

そして、中庭に人影があった。

会長だ。

薄暗い中庭で一人、ケヤキを見上げている。

【孝平】「会長?」

出入口のドアを開けて、声をかけた。

【伊織】「ああ、支倉君」

【孝平】「どうしたんですか? こんなところで」

【孝平】「あっ、まさか……」

ケヤキに願い事でもしてたとか。

だとしたら、とんだ邪魔をしてしまった。

【伊織】「なんだ?」

【伊織】「俺が誰かと両思いになれますようにって、願い事でもしてたかと思った?」

【孝平】「はい」

【伊織】「ははははっ」

思いっきり笑われた。

【伊織】「そうか。俺が神頼みか」

【伊織】「そんなに切羽詰まった人生を送ってるように見えるんだ」

【孝平】「いや、見えないですけど」

【孝平】「会長が中庭にいるのなんて、珍しいから」

【伊織】「あぁ、そういえばそうだね」

会長は笑いを噛み殺しながら言う。

【伊織】「ちょっとね、調査してただけだよ」

【孝平】「調査?」

会長はうなずき、ケヤキの根元を指さした。

【伊織】「ほらここ」

【伊織】「根元部分が腐朽して、空洞化しちゃってるんだよ」

薄明かりの中で目をこらす。

確かに、あまり栄養が行き渡っているようには見えない。

腐っているように見える部分もある。

【孝平】「あの、けっこう深刻な状況なんでしょうか?」

【伊織】「楽観視できる状況でないことは確かかな」

【伊織】「とは言っても、素人判断だ。プロの意見を聞いてみないことにはね」

【孝平】「プロって、樹木医さん?」

【伊織】「そう」

【伊織】「来週に診てもらえることになったんだ」

【伊織】「その時に、結論が出るってこと」

結論。

会長はそう言った。

ケヤキの病気が治るのか、そうでないのか。

……もし、そうでなかったら?

その時、このケヤキはどうなるんだろう。