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//Another view : Iori//

【伊織】「……」

どうしてこんなところに来てしまったのか。

特に用事もない、こんなところに。

【征一郎】「……なんだ、おまえもか」

【伊織】「そういうおまえもか」

中庭には先客がいた。

シャツやカフスのボタンというボタンが、すべて剥ぎ取られてしまっている。

俺と同じく、追いはぎにでもあったような格好だ。

【伊織】「へえ、意外ともてるんだな」

【征一郎】「くだらない」

【伊織】「そう言うなよ。卒業式なんだしさ」

【征一郎】「なぜここに来た?」

【伊織】「女の子たちから逃げてきたんだ」

【征一郎】「そうか。てっきり懐かしくなったのかと思ったが」

【伊織】「冗談だろ」

鼻で笑ってやった。

【征一郎】「そういえば、なぜ支倉に言わなかったんだ?」

【伊織】「何をー?」

【征一郎】「あのケヤキは、お前が植えたということをだ」

俺、そんな話を征にしたことあったっけ?

覚えていないということは、忘れてしまったということか。

【伊織】「誰が植えたかどうかなんて、関係ないだろ」

【伊織】「それに、あんまり覚えてないし」

【征一郎】「……ふっ」

【伊織】「笑うな」

【征一郎】「女を口

説き損ねたという話か」

【伊織】「ちがーう」

人聞きの悪いことを言う。

口説き損ねたわけではない。

ただ、血を吸えなかっただけだ。

……百年以上も昔のこと。

ここにはなんの建物もなく、見晴らしのいい丘だった時のこと。

【ツキ】「血を吸うなら、どうぞ」

ツキと名乗る少女は、俺に言った。

【ツキ】「どうせ私は、もう長くないの」

【ツキ】「死ぬ前に誰かの役に立てるなら、それでもいいわ」

不治の病にかかり、いつも死と隣り合わせにいた少女。

彼女は死を恐れていなかった。

だからこそ俺は、彼女に気圧されて血を吸うことができなかった。

【伊織】「それなら、俺の眷属になればいい」

【伊織】「俺の眷属になれば、君は死なずに済む」

丘で何度か会うようになり、顔見知りになった気安さでそう提案した。

しかし、ツキはただ黙って首を振るばかり。

……。

俺と初めて会った頃から、彼女はとっくに死を受け入れていた。

それ以来、ツキの姿を見ることはなかった。

彼女がどうなったのか、俺は知らない。

彼女と同じ名を持つ木をここに植えたのは、単なる気まぐれだ。

あの頃は、まさか百年も持つとは思わなかった。

【伊織】「……伝説の正体なんて、しょーもないことだったりするんだけどね」

【征一郎】「まったくだ」

こんな取るに足らない話が、なぜ百年に渡って伝聞してきたのか。

それも「願いが叶う」とのオマケつきで。

くだらないと思う。

命あるものはいつか死ぬ。

死なないのは、人ならざる者だけだ。

【伊織】「でも、かわいい子だったな」

【伊織】「タイプではなかったけど」

【征一郎】「そういう細かいところは覚えてるんだな……」

//Another view ends//

【女子生徒A】「悠木先輩! 卒業おめでとうございます!」

【女子生徒B】「大学行っても私たちのこと忘れないでください」

【女子生徒C】「たまには遊びに来てくださいねー?」

【かなで】「もっちろん。抜き打ち風紀検査に来るからねー」

今日は卒業式。

名物寮長だったかなでさんの周りには、多くの後輩たちが集まっている。

中には、涙を流して別れを惜しんでいる者もいた。

かなでさんの人望の厚さを如実に物語っている光景だ。

学校を卒業したら、かなでさんは県内の大学に進学する。

決して遠くはないが、今までのように気軽には会えなくなる距離だ。

それに、かなでさんもこれからもっともっと多忙になることだろう。

だけど、あまり不安はない。

不思議なことに、二人の関係が駄目になる気がしない。

根拠のない自信だが、そもそも自信なんてもともと根拠のないものなのだ。

【女子生徒A】「寮長、シャッター押してもらえますか?」

【かなで】「うん、いいよ」

【女子生徒A】「違います、悠木先輩はもう寮長じゃないですよね?」

【かなで】「……たはは」

【孝平】「そういうこと」

俺は寮生からカメラを受け取り、ファインダーにかなでさんたちを収めた。

【孝平】「はい、ポーズ」

【女子学生多数】「いぇ~いっ」

【女子生徒A】「ありがとうございます、寮長」

【孝平】「どういたしまして」

寮長と呼ばれる俺こそが、新寮長。

かなでさんの後任として、寮の仕事を受け持っている。

生徒会との両立はなかなか厳しいが、かなでさんも掛け持ちでがんばってきたのだ。

たぶん、できるはず。

ここでも根拠のない自信に支えられている俺だった。

【かなで】「こーへー」

【かなで】「あのベンチのこと、頼んだよ」

【孝平】「はい。任せてください」

かなでさんとの約束。

それは、あのベンチを守ること。

定期的に手入れをして、次の世代へと受け継いでいく。

それが、俺たち寮生の願いだった。

【かなで】「……大学行っても、頑張るよ」

【かなで】「こーへーがあのベンチを守ってくれるんだもん。私も頑張らないとね」

【孝平】「たまには座りにきてください」

【かなで】「うん」

【孝平】「忙しくて来られない時は、これを」

【かなで】「?」

俺はポケットから、キーホルダーを取り出した。

僭越ながら、俺が自作した羽根の形のキーホルダー。

あのケヤキの余材で作ったものだ。

【かなで】「これ……あのケヤキの?」

【孝平】「はい」

いつか、ケヤキが芽吹いた時。

俺たちの目の前に、鳥の羽根が舞い降りてきた。

何かつらいことがあったら、希望でいっぱいだったあの時の気持ちを思い出してほしい。

そんな意味も込めたつもりだ。

【かなで】「こーへー、器用だね……」

【孝平】「あんまりまじまじと見ないでください。アラが目立つんで」

【かなで】「ううん。わたしの宝物だよ」

【かなで】「ありがとう」

ちゅっ。

【孝平】「なっ!」

ほっぺにちゅーされた。

【瑛里華】「あーあー」

【司】「すげぇ」

【陽菜】「……お姉ちゃんったら」

【白】「仲睦まじいのはよいことですね」

【かなで】「ふっふっふ。今日は無礼講なのだ!」

かなでさんは胸を張る。

まったく、この人にはドキドキさせられっぱなしだ。

たぶん、これからも。

【瑛里華】「悠木先輩、お元気でー!」

【陽菜】「お姉ちゃん、ちゃんとご飯食べるんだよー」

【白】「たまにはお電話くださいねー」

【かなで】「りょうかーい!」

寮生たち全員が、かなでさんを拍手で見送る。

明日から、別の場所で暮らすことになるかなでさん。

きっと、俺たちは少しだけ寂しくなるだろう。

何かが足りなくて、その姿を無意識のうちに探してしまうかもしれない。

俺は、かなでさんのような最高の寮長にはなれないかもしれないけど。

寮に住むみんなに、少しでも楽しい気分で過ごしてもらうために。

全力投球するつもりだ。

かなでさんから教わった、大切なもの。

人と人とのつながり。

みんなで一つのことを共有する楽しさ。

約束を守るということ。

そんなものたちを、今度は俺が次の世代に伝えていく。

そうやって、たくさんの思い出たちが生まれていくんだろう。

【かなで】「こーへーっ」

【かなで】「愛してるよー!」

【孝平】「ぐは……っ」

【瑛里華】「ほら、返事しなさい」

【陽菜】「早く早く」

【孝平】「お……」

【孝平】「俺も、です!」

かなでさんは投げキッスして、にっこり笑う。

みんなの前で叫ぶのは、ちょっと恥ずかしいけど。

次に会う時は、今よりももっともっと大きな声で叫びたい。

……俺も、愛してます。かなでさん。

ずっとずっと、いつまでも。

あのケヤキが生きた年月よりも、長く──

//Kanade route end//