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//August 20//

夏休み後半になると、歓送会のプランもだんだん明確になってきた。

陽菜が手伝ってくれるおかげで、文化祭の仕事も順調に進んでいる。

デート三昧とはいえない夏休みだったが、それでも陽菜に会えるのは嬉しい。

そして今日も、陽菜と生徒会メンバーたちは監督生室に集まっていた。

ちゃーちゃーちゃちゃちゃー♪

陽菜の携帯が鳴った。

【陽菜】「もしもし」

【陽菜】「あ、うん。そうだよ」

【陽菜】「今? 今は……えーと……」

【陽菜】「そ、そう! 美化委員の仕事で、うん」

【陽菜】「ごめんね、夕方戻るから。また後で」

【陽菜】「……はぁ」

【孝平】「どうした?」

【陽菜】「お姉ちゃんからだった」

陽菜は肩をすくめた。

【陽菜】「嘘つくのって、やっぱり胸が痛むね」

【孝平】「まあな」

【孝平】「でも、あと一ヶ月ちょっとの辛抱だ」

歓送会は9月末を予定していた。

今のところ、かなでさんに計画はバレてはいない……と思う。

だが、あの人もなかなか勘の鋭い人だ。

陽菜がしょっちゅう外出するのを見て、何も思わないはずがない。

このまま穏便に日々が過ぎてくれるのを祈るばかりだ。

【伊織】「瑛里華、当日の飾りつけはどうなってる?」

【瑛里華】「あー、それは」

【陽菜】「はい、買うものは決まってるのであとは手配するだけです」

【征一郎】「伊織、BGMのセットリストは決まったのか?」

【陽菜】「あ、今プリントアウトしてるので、ちょっと待ってくださいね」

【陽菜】「そうだ白ちゃん。さっき左門堂さんから連絡があったの」

【白】「はい、ケーキの件ですよね」

【陽菜】「うん。サイズのことなんだけど……」

それにしても、陽菜はよく働く。

昼休憩以外は椅子に座ってないんじゃないだろうか。

おかげで俺は文化祭の仕事に集中できる。

東儀先輩も、陽菜のことを何かと頼りにしてるみたいだ。

【伊織】「いやーしかし、悠木妹がいると助かるな」

【伊織】「どう? 美化委員なんてやめて、生徒会に来ない?」

【伊織】「……いや、やっぱ駄目だ。それじゃメイド服姿が見られなくなる」

会長の一人芝居が始まった。

大きな声では言えないが、俺も会長の意見にはほぼ同意だ。

陽菜と一緒にいられるのは嬉しいけど、あのメイド服もなかなか捨てがたい。

【伊織】「ねー、ところで支倉君たちさあ」

会長は俺と陽菜を見て、スマイルを浮かべた。

【伊織】「生徒会の仕事ばっかりで、デートとかしてないんじゃない?」

【伊織】「たまには仕事サボって、どこか出かけてくれば?」

【孝平】「……はあ」

そんなこと言われても、はいわかりましたとは言えない。

副会長が渋い顔で、会長を見てる。

【瑛里華】「あのね、仮にも会長なんだから、サボれとか言わないの」

【伊織】「だってかわいそうじゃないか」

【伊織】「そうだ、がんばってる君たちにデート休暇をあげるよ」

【孝平】「えっ、マジですか?」

【伊織】「男に二言はない」

そう言って、会長はカレンダーに目をやった。

【伊織】「えーっと、今週は忙しいから来週……」

【伊織】「あれ、来週も駄目だな。となると再来週……」

【孝平】「夏休み終わってますけど」

【伊織】「あ、ほんとだ」

会長は俺の方をくるりと振り返った。

【伊織】「というわけで、今の話は忘れてくれ」

【孝平】「そんなことだろうと思いました」

俺は人知れず、がっくりとうなだれた。

【孝平】「……会長って、あれですよね」

【孝平】「日曜日は遊園地に行くって子供と約束して、うっかりゴルフに行っちゃうタイプ」

【伊織】「なんだいそれは?」

【孝平】「ただの例え話ですよ」

【征一郎】「支倉、違うぞ」

パソコンのキーボードを叩きながら、東儀先輩が言う。

【征一郎】「遊園地もゴルフも両方行く。それが伊織だ」

【孝平】「……なるほど」

さすが付き合いが長いだけある。

会長は、自分が楽しむことに関してはとことん欲張る人だった。

【瑛里華】「まあでも、確かに私たち、悠木さんに頼り過ぎよね」

【瑛里華】「支倉くんはともかく、悠木さんは少し休んだ方がいいと思うわ」

【陽菜】「ううん、私は大丈夫」

作業の手を休めず、陽菜は答える。

【陽菜】「準備するのは楽しいし、ぜんぜん疲れてないから」

【瑛里華】「でも……」

【陽菜】「お姉ちゃんのことは、あんまり手を抜きたくないの」

【陽菜】「だから、気にしないで?」

【瑛里華】「……そう」

【瑛里華】「姉思いなのはいいけど、倒れない程度にね」

【陽菜】「うん」

仕事が一段落し、俺と副会長はゴミ捨て場へとダンボールを運んでいた。

【瑛里華】「ねえ、支倉くん」

【孝平】「ん?」

【瑛里華】「悠木さん、大丈夫?」

【瑛里華】「ちょっとがんばりすぎじゃない?」

副会長は心配そうに言う。

それは、俺も少し気になっていたところだ。

【孝平】「でも、陽菜って自分が納得するまでやっちゃうタイプだからさ」

【瑛里華】「うーん、そうねえ」

【瑛里華】「……悠木さんって、昔からそういう性格だものね」

【孝平】「昔?」

【瑛里華】「あー、昔っていうか、去年からの話だけど」

【瑛里華】「すごく真面目で一生懸命よね、彼女」

【孝平】「ああ」

【孝平】「特に、かなでさんのことになるとな」

陽菜は、誰よりもかなでさんの幸せを願ってる。

時として、自分を犠牲にしてまでも。

【瑛里華】「……でも」

【瑛里華】「支倉くんがいてくれてよかったと思うわ」

【孝平】「何が?」

【瑛里華】「悠木さんのこと」

【瑛里華】「今までずっとがんばってきて、これからもがんばり続ける人だから……」

【瑛里華】「彼女には、支えが必要なのよ」

ゆっくりと、自分に言い聞かせるように言う。

まるで家族を案じるような、温かいまなざしだった。

【瑛里華】「その支えが、支倉くんでよかったって言ってるの」

【瑛里華】「彼女、あなたと付き合ってからすごくいい顔してるわ」

【孝平】「ホントか?」

【瑛里華】「ええ」

【瑛里華】「恋をすると女の子はキレイになるって、本当なのね」

副会長は微笑んだ。

【瑛里華】「支倉くん、お願いだから、悠木さんを幸せにしてあげてね」

【瑛里華】「もし泣かせたら、ただじゃおかないから」

【孝平】「かなでさんみたいなこと言うなあ」

【瑛里華】「私だって本気よ?」

【瑛里華】「どれくらい本気か、今見せてあげてもいいけど」

そう言って、副会長はキラリと牙を光らせた。

全身に戦慄が走る。

【孝平】「……わかってるよ、俺も」

俺だってちゃんとわかってる。

陽菜は今まで、誰よりも悲しい思いを抱えてきた。

それなのに、自分の幸せはいつも後回しだ。

だからこそ、俺はもっと陽菜を幸せにしてやりたいと思う。

その気持ちはきっとみんな一緒なのだ。

俺だけじゃなく、副会長もかなでさんも。他のみんなだって。

……。

歯がゆい。

俺は、ただ陽菜の隣にいるだけだ。

なのに、陽菜を支えてるだなんて言えるのだろうか?

//August 29//

夏休みも残りあと3日。

生徒会は、相変わらず慌しい日々が続いていた。

【白】「瑛里華先輩、パンフレットの校正お願いします」

【瑛里華】「はいはい、ちょっと待ってね」

【瑛里華】「征一郎さん、広告スペースはこれで全部埋まった?」

【征一郎】「あと一つ、待ちがある」

【瑛里華】「うーん困ったわね。間に合わないかもしれないわ」

【伊織】「オーケー。とりあえずそれは後にしよう」

【伊織】「今ある分だけでいいから、印刷所に回してくれ」

【白】「わかりました」

文化祭まで約二週間。

準備もいよいよ大詰めを迎えていた。

みんなが文化祭にかかりきりになる一方、陽菜は歓送会の準備を進めている。

料理の注文や、照明機材の手配。

各テーブルに飾るアレンジメント等々。

さすがに2500人は招待しないが、それでもかなりの人数だ。

その日都合がつく寮生のほとんどが参加表明することだろう。

この大イベントを取りまとめるのは、かなり骨の折れる仕事だ。

【孝平】「陽菜、こっちの仕事が終わったら、それ手伝うからな」

【陽菜】「うん。でも、大丈夫」

【陽菜】「あともう少しでメドがつくから」

陽菜はいつものように、笑顔で答える。

無理をしているようには見えないが、やはり心配だ。

寝不足なのか目も赤い。

部屋に帰ってからも、だいぶ根を詰めて作業してるのだろう。

【孝平】「手伝いが欲しかったら、いつでも言ってくれ」

【陽菜】「ふふ、ありがとう」

【陽菜】「でも、孝平くんは文化祭のお仕事がんばらないと」

そう言われてしまうと、何も返せなくなる。

【陽菜】「ちょっとプリンターのトナーもらってくるね」

【孝平】「あ、じゃあ俺が……」

【陽菜】「行ってきます」

小走りに監督生室を出て行く。

俺は、引き留めかけた手を引っ込めた。

【瑛里華】「今日もがんばるわね、悠木さん」

【孝平】「うん」

【瑛里華】「大丈夫よ」

副会長は、ぽんと俺の肩を叩いた。

【瑛里華】「彼女の気の済むまで、がんばってもらえばいいじゃない」

【孝平】「……あれ? 前はもっと心配してたくせに」

【瑛里華】「考え方を変えたの」

そう言って、腰に両手をあてる。

【瑛里華】「彼女、きっと何か思うところがあるんでしょう」

【瑛里華】「今をがんばることでしか、それを昇華できないんだわ」

【孝平】「……」

わかるようで、わからない。

もう少しで手が届く感触はあるのだが。

【瑛里華】「だったら、今あなたにできることは一つだけ」

【瑛里華】「そばにいて、見守ること」

【孝平】「……見守るだけじゃ、歯がゆいんだよ」

【孝平】「なんかしてやらなきゃって思うんだ」

思わず本音が出てしまった。

副会長はしばらく黙ったまま、俺を見つめていた。

【瑛里華】「……私、あまり偉そうなことは言えないけど」

【瑛里華】「黙って見守るのって、けっこう大変なことだと思うわ」

【瑛里華】「相手を信用してなきゃ、できないことだもの」

俺は顔を上げた。

相手を信用してなきゃ、できないこと。

その言葉が、妙に胸へと突き刺さる。

【瑛里華】「ごめんなさいね、勝手なこと言って」

【瑛里華】「とにかく今は、文化祭の仕事に専念しましょう」

【瑛里華】「それが終われば、みんな歓送会の仕事に全力投球できるから」

【孝平】「ああ……そうだな」

俺はうなずいた。

副会長の言う通りだ。

今はとにかく、目の前の仕事に集中しなければ。

自分のことをしっかりやって初めて、陽菜を支えてやることができるのだ。

結局、その日の仕事が終わったのは夜7時。

学食で夕飯を食べ、寮に着いた頃にはもう8時を過ぎていた。

【陽菜】「じゃあ、また明日ね」

【孝平】「お疲れ様。ゆっくり寝ろよ」

【陽菜】「うんっ」

手を振り、女子フロアへと去っていく。

きっと明日も寝不足の目で現れることだろう。

俺も早く、文化祭の仕事を片づけなければいけない。

……だがその前に、夏休みの課題だ。

【孝平】「さて……と」

目の前には、ため込んだ夏休みの課題がある。

陽菜に力を借りたいところだが、さすがにそこまでは甘えられない。

まずは簡単そうな古典からいくか。

……。

嘘です。ぜんぜん簡単じゃありませんでした。

これは明日やろう。

次。化学。

……。

これもパス。

俺は頭を抱え込んだ。

どうして計画的に片づけてこなかったんだ、俺。

ガタガタッ

【孝平】「……?」

その時、ベランダの方で物音がした。

椅子から立ち上がり、窓を開ける。

【かなで】「おいっす」

【孝平】「……おいっす」

非常用はしごを使って降りてくるかなでさんと、目が合う。

【孝平】「何度も言いますけど、どうして玄関から来ないんですか」

【かなで】「何度も言うようだけど、面倒なんだもん」

至極まっとうな答えだった。

【かなで】「ちょっとそこ、どいて」

【孝平】「?」

言われた通りにどくと、かなでさんはブラブラとはしごを揺らし始めた。

【孝平】「ちょ、ちょっと何を」

【かなで】「とあーーーっ!」

どすっ!

反動をつけ、アクロバティックなジャンプで部屋の中に着地する。

まさに、野生児。

俺は思わずパチパチと拍手をしていた。

【かなで】「どう? すごくない?」

【孝平】「めちゃめちゃすごいです」

【孝平】「でも、床に響くんでやめてください」

【かなで】「すいません」

ぺこりと頭を下げてから、かなでさんはその場に正座する。

【かなで】「どうぞおかまいなく」

【孝平】「はあ」

本当におかまいなかったら怒られそうだ。

俺は常温で放置してあったペットボトルのお茶を手渡した。

【かなで】「わぁ、ありがとう♪」

【かなで】「……ぬるっ!」

【孝平】「文句言わないでください」

【かなで】「なんだいなんだい、紅茶の淹れ方練習してたんじゃなかったの?」

【孝平】「だからこそです。中途半端な腕前を披露なんかできませんよ」

【孝平】「ところで、今日はどうしたんですか?」

【かなで】「うん。ひなちゃんのことなんだけどさあ」

お茶をグビグビ飲んでから、かなでさんは続ける。

【かなで】「最近みょーに帰りが遅くて、お姉ちゃんは心配してるわけよ」

【孝平】「……っ」

見透かすような目で、かなでさんは俺を見る。

ここでバレるわけにはいかない。

俺は必死にポーカーフェイスを作ってみせた。

【孝平】「すみません、俺のせいです」

【孝平】「今、陽菜に文化祭関係の仕事手伝ってもらってて」

【かなで】「あー、そうだったんだ」

【孝平】「はい」

【孝平】「備品のチェックとか、なかなか一人じゃこなしきれないんですよ」

【孝平】「それでつい、陽菜に甘えちゃいました」

まあ、嘘ではない。

陽菜のおかげで、文化祭の仕事がスムーズに運んでるのは確かだ。

【かなで】「そっか。それならいいや」

【かなで】「わたしはてっきり、こーへーが夜の繁華街を連れ回してるのではないかと……」

【孝平】「んなわけないじゃないですか」

【かなで】「だよね。それはわかってるんだけどさ」

【かなで】「最近、姉妹のコミュニケーションが少なかったから、寂しかっただけ」

かなでさんは肩をすくめた。

【かなで】「で、どう?」

【かなで】「キミらはうまくいってるわけ?」

【孝平】「それは、まあ」

俺はうなずいた。

もちろん、うまくいっている。

ケンカもないし、ギクシャクすることもない。

話すことだっていっぱいある。

恥ずかしい言葉でいうなら、ラブラブというヤツだ。

……。

でも。

【孝平】「……あの」

【かなで】「ん?」

【孝平】「どうして、陽菜は……」

【孝平】「どうして自分が幸せになることを、遠慮してるんでしょうか?」

【かなで】「……」

かなでさんは真面目な顔で、俺を見た。

俺がずっと引っかかっていた疑問。

俺と陽菜の間にある、薄い壁。

その壁は、厚さで言うならプレパラートのガラス程度だ。

だが、俺はどうしてもその壁を打ち破ることができない。

【孝平】「すみません」

【孝平】「こんな抽象的な質問しても、よくわかんないですよね」

【かなで】「ううん」

かなでさんはゆっくりと首を振る。

【かなで】「わかるよ、こーへーの言ってること」

【かなで】「たぶん、ひなちゃんは」

【かなで】「まだ、お母さんのことを……」

【孝平】「お母さん?」

【かなで】「……っ」

じっと、床を見つめている。

今まで見たこともないような、思いつめた表情だった。

【かなで】「やっぱり、なんでもない」

【孝平】「えっ」

【孝平】「でも、何か心当たりがあるんじゃないんですか?」

【かなで】「うまく言えない」

【かなで】「なんて説明したらいいか、わからないんだ」

【孝平】「……」

どういうことなんだろう。

かなでさんはとても言いづらそうにしている。

【孝平】「でも、それじゃ俺だって、もっとわからないですよ」

【かなで】「……そうだよね」

【かなで】「こーへーには、本当に申し訳ないと思ってる」

【かなで】「ひなちゃんが立ち直ってないのは、全部わたしのせいなんだ」

かなでさんは、顔を上げた。

【かなで】「……わたしのせいなのに」

【かなで】「こーへーがこの島に戻ってきて、ひなちゃんと付き合うことになって……」

【かなで】「それでずっと、安心しちゃってたのかもしれない」

そう言いながら、かなでさんは立ち上がった。

【かなで】「こーへー、お願い」

【かなで】「ずっと、ひなちゃんのそばにいてあげて」

【かなで】「ひなちゃんの前から、いなくなったりしないで」

【孝平】「かなでさん……」

【かなで】「ひなちゃんが本当に心を開くのは、こーへーだけだと思うから」

【かなで】「……ごめんね」

そう言い残して、かなでさんははしごを上っていった。

……。

俺はぼんやりと、外を見つめる。

かなでさんと陽菜の間には、まだ俺の知らない何かがある。

かなでさんは、それを口にはしなかった。

おそらく──

自分の口から言うことではないと、判断したからだ。

【孝平】「……」

俺はずっと、壁を感じたまま陽菜と付き合っていくのか。

そんなのは嫌だ。

陽菜に、話してほしい。

すべてを打ち明けてほしい。

でも、それは俺が強要することではないのだ。

陽菜自身が、話す気にならなければ──

//September 14//

【女子生徒A】「剣道部伝統の味、たこ焼きはいかがですかーっ?」

【男子生徒A】「本日限定チョコ焼きそば、あと10食ですよーっ!」

【男子生徒B】「タイムサービス! りんご飴が今ならなんと50円!」

夏休みが終わり、あっという間に文化祭当日がやって来た。

校庭は、各部活動による出店でにぎわっている。

生徒会の宣伝活動の甲斐あってか、かなりの人出だった。

家族連れやカップル、それに理事会関係のお偉方。

中にはナンパ目当ての他校生もいる。

いろいろな人々が、この大イベントを楽しんでいるように見えた。

【瑛里華】「支倉くんっ」

校庭に設けられた運営テントから、副会長が俺を呼ぶ。

【瑛里華】「ミスコンの準備、どう?」

【孝平】「ほとんど終わってる。あとは決勝メンバーたちを集めるだけだ」

【孝平】「今、会長が最終チェックに向かってるところ」

【瑛里華】「そう。ばっちりね」

【瑛里華】「じゃあ、キリのいいところで休憩取っていいわよ」

【孝平】「副会長は休憩取ったのか?」

【瑛里華】「ううん」

【孝平】「先に休憩入れよ。ここは俺が見てるから」

【瑛里華】「いいわよ。必要ないし」

こともなげに副会長は答える。

【瑛里華】「あなたこそ、休めるうちに休んでおいた方がいいわよ」

【瑛里華】「私や兄さんとまともに付き合ってると、まず体力持たないから」

【孝平】「……なるほど」

副会長は、人間と吸血鬼の違いについて言っているのだろう。

ここ最近徹夜続きだったにも関わらず、確かに千堂兄妹は元気だ。

単に、疲れを見せないようにしてるだけなのかもしれないが。

【孝平】「じゃあお言葉に甘えて、少し休むよ」

【孝平】「でもそのあとは、副会長が休憩取る番な」

【瑛里華】「私はいいんだってば」

【孝平】「そうは言いつつ、気になってるだろ?」

【孝平】「茶道部主催のスイーツバイキング」

【瑛里華】「ぐっ」

やはり図星だ。

甘いモノが嫌いな女の子なんて、そうそういない。

【瑛里華】「そ、そんなことはいいのよ」

【瑛里華】「それより、早く悠木さんのところに行ってあげなさい」

【孝平】「陽菜、今どこにいるんだ?」

ミスコンの準備をしつつ、ずっと陽菜を探していたのだ。

確か午前中は、副会長の仕事を手伝っていた。

そのあとは、歓送会の準備も進めていたように思う。

昼飯を一緒に食う時間もなく、今に至る。

【瑛里華】「今は、美化委員の方を手伝ってるわ」

【瑛里華】「大盛況で人手が足りないみたい」

【孝平】「……マジか」

そんなに仕事を掛け持って大丈夫なのか。

さすがに不安になってくる。

【孝平】「ちょっと様子見てくるよ」

【瑛里華】「そうしてあげて」

【瑛里華】「あとついでに、おから抹茶ドーナツ買ってきて」

【孝平】「百人一首部の?」

【瑛里華】「そう」

【孝平】「……了解」

【瑛里華】「何ニヤニヤしてるのよ」

【瑛里華】「言っとくけど、私のじゃなくて白の分だからねっ」

【孝平】「わかってるよ」

副会長に睨まれながら、俺は走り出した。

【女子生徒B】「1年2組、オカルト喫茶はこちらでーす!」

【女子生徒C】「いらっしゃいませ~! ゲテモノキッチンへようこそ!」

校舎の中もすごい活気だ。

中には行列を作っている店もある。

すでに「完売」の看板を出している店もちらほらあった。

【女子生徒D】「美化委員によるメイドカフェ、最後尾はこちらでーす!」

【女子生徒D】「ただいま40分待ちとなっておりまーす!」

……えっ?

人だかりの向こうで、メイド服姿の女子が叫んでいる。

俺は人混みをかきわけ、美化委員の教室を覗き込んだ。

【女子生徒D】「お客様! ちゃんと並んでいただかないと!」

【孝平】「えっ、いや、俺は」

【女子生徒D】「あっ、支倉先輩!」

【女子生徒D】「すみません! 悠木先輩の彼氏に、なんて失礼なことを!」

【女子生徒D】「悠木せんぱーい、彼氏がいらっしゃってますよー!」

【孝平】「そ、そんなデカい声で……」

案の定、周囲の人々が俺に注目する。

くすくすと笑い声が聞こえてきた。

ものすごく恥ずかしい。

【陽菜】「孝平くん?」

しばらくしてから、トレーを持った陽菜が現れる。

【孝平】「よう」

【陽菜】「来てくれたんだ。ありがとう」

【陽菜】「でも、ごめんね。ゆっくりおもてなししたいんだけど……」

店内は大混雑だった。

メイド服姿の女子たちが、慌しく店を切り盛りしている。

美化委員のユニフォームが、こんなところで役立ったわけだ。

【孝平】「いや、いいよ。ちょっと様子見に来ただけだから」

【孝平】「それより陽菜……大丈夫か?」

【陽菜】「え?」

【孝平】「朝からずっと働きっぱなしだろ?」

【孝平】「昨日だってほとんど寝てないじゃないか」

【陽菜】「うん、でも大丈夫」

【陽菜】「忙しい方が、逆に疲れないみたい」

そんなことを、笑顔で言う。

【陽菜】「歓送会の準備も、もうほとんど終わりそうだよ」

【陽菜】「なんとか間に合いそうでよかった」

【孝平】「……」

【孝平】「じゃあ、後で会おう」

【孝平】「後夜祭が終わったら、監督生室で」

【陽菜】「うん」

【女子生徒D】「悠木先輩、アップルパイ焼き上がりました~っ」

【陽菜】「はーい、今行きます」

【陽菜】「それじゃ、仕事戻るね」

【孝平】「ああ」

陽菜はぱたぱたと教室に戻っていった。

副会長たちに負けず劣らず、陽菜は元気だ。

少なくとも、表面上はそう見える。

【伊織】「えー、生徒会より業務連絡~」

【伊織】「5年3組の支倉孝平君、至急講堂に来てくださーい」

げっ、俺だ!

後ろ髪引かれつつ、教室をあとにした。

【伊織】「みんなー! 楽しんでるかーっ!」

【伊織】「今夜はオールナイトだっ!」

校庭の真ん中には、大きなファイアーストーム。

それを囲むようにして、生徒たちが大きな輪を作っている。

二日間に渡る大イベントが、幕を下ろそうとしていた。

今日ばかりは、多少ハメを外しても無礼講だ。

この後夜祭が終わったら、あちこちで打ち上げが行われるのだろう。

【司】「おう、孝平」

【孝平】「お疲れ」

【司】「今から特設ステージで、鉄人がマグロ解体ショーをやるらしいぞ」

【孝平】「ホントかよ」

【司】「お前、行かないのか?」

【孝平】「……いや、いい」

【孝平】「疲れすぎて食欲がわかねえ」

【司】「そうか」

【司】「じゃあ、行ってくるわ」

【孝平】「健闘を祈る」

司は親指を立ててから、特設ステージへと駆けていく。

さてと。

撤収作業が始まるまで、とりあえず仕事はない。

俺は本敷地へと歩き出した。

誰もいない監督生室。

今朝もギリギリまで作業していたので、かなり散らかっている。

テーブルの上だけ片づけ、買っておいたコーラを並べた。

【孝平】「ふう……」

遠くの方から、フォークダンスの音楽が聞こえる。

俺は一人でぼんやりと、祭りの余韻に浸っていた。

今年の文化祭は、大成功だった。

なんでも、学院創立以来の来校者数だったらしい。

休み返上でがんばってきた甲斐があったというものだ。

コンコン

【陽菜】「孝平くん?」

【孝平】「おう」

しばらくすると、陽菜がやって来た。

【陽菜】「ごめんね、待たせちゃった?」

【孝平】「ぜんぜん」

走ってきたのか、前髪が全開だ。

なぜか大きな紙袋を抱えている。

【陽菜】「これね、百人一首部のドーナツ屋さんで買ってきたの」

【陽菜】「孝平くんと一緒に食べようと思って」

【孝平】「じゃあ、コーラで乾杯しようぜ」

【陽菜】「うんっ」

さっそくテーブルに紙ナプキンを敷き、ドーナツを並べる。

紙コップにコーラを注ぎ、二人きりの打ち上げのスタートだ。

【孝平】「それじゃ、乾杯」

【陽菜】「乾杯」

紙コップを打ちつけ合う。

コーラはすっかり温くなってしまったが、そんなことは問題じゃない。

陽菜とこうやって会うのは、ずいぶん久しぶりなことのように思える。

実際は、毎日のように会っていたのだが。

【陽菜】「……はぁ」

【陽菜】「やっと落ち着いたって感じだね」

【孝平】「ああ。これでしばらくはゆっくりできるだろ」

【孝平】「歓送会の準備もほとんど終わってるし」

【陽菜】「そうだね」

【陽菜】「あとは、歓送会の日を待つだけかぁ」

【孝平】「今まで、本当にお疲れ」

【孝平】「陽菜ばっかりに負担かけてごめんな」

【陽菜】「ううん、そんなことないよ」

【陽菜】「私もみんなと作業できてすごく楽しかったし」

【陽菜】「それに、孝平くんとも毎日会えたし」

【陽菜】「毎日すごく楽しくて、すっごく幸せで」

【陽菜】「本当に、私ばっかりこんなに幸せでいいのかなって……」

【陽菜】「ずっと……思ってて……」

【陽菜】「……」

ガタンッ

【孝平】「陽菜っ?」

突然、陽菜がその場に崩れ落ちた。

糸が切れてしまったかのように、その場に座り込んでいる。

【孝平】「陽菜っ、どうした?」

俺は慌てて、陽菜のもとに駆け寄った。

肩を掴んで揺すると、陽菜はぼんやりとした顔をこちらに向ける。

【陽菜】「ぁ……」

【陽菜】「ご、ごめん……私……」

【孝平】「気分でも悪いのか?」

【孝平】「どっか痛むか? 苦しいところは?」

心臓が早鐘を打つ。

突然のことで、俺も軽くパニック状態だ。

掴んだ肩が、わずかに震えている。

【陽菜】「……大丈夫」

【陽菜】「なんか、文化祭終わったら、安心して……」

【陽菜】「ちょっと気が抜けちゃっただけ」

そう言って、弱々しい笑顔を浮かべた。

胸をぎゅっとわし掴まれるような感覚。

陽菜は今まで、どれほど気を張ってきたのか。

そんなことを知らしめられるような、痛々しい笑顔だった。

【陽菜】「ご、ごめんね、急に」

【孝平】「謝らなくていい」

【陽菜】「でも、迷惑かけちゃって……ほんとに、ごめん」

【孝平】「もう謝らなくていいんだ」

【孝平】「頼むから……」

俺は陽菜を抱きしめた。

いや、抱きしめることしかできなかった。

【陽菜】「孝平くん……」

【孝平】「なんでそんなに、一人でがんばっちゃうんだよ」

【孝平】「大丈夫とか言って、ぜんぜん大丈夫じゃないくせに」

【孝平】「一人でいろんなこと抱え込んで、押し潰されそうなくせに……」

俺は陽菜に、もっと頼ってくれと言った。

でも陽菜は──

一人で抱え込むことを選んだ。

俺はその決断を、決して責めているわけではない。

それも陽菜の意志だから。

自分の感情を、外に出すことが苦手な性格だから。

陽菜なりに、何か考えがあってのことだと思うからだ。

……。

じゃあ、俺はいったい何がやるせないんだろう。

こんなに、陽菜のそばにいるのに。

こんなに強く抱きしめているのに。

俺は陽菜になれないし、陽菜も俺にはなれない。

どうしたって二人は、同じにはなれないのだ。

一番近い他人だから。

だからこそ、もどかしくてやるせないのだ。

【陽菜】「私……抱え込んでなんかないよ?」

【陽菜】「ただ、お姉ちゃんに喜んでもらいたいだけ」

【陽菜】「お姉ちゃんが幸せになることが、私にとって、一番の……」

【孝平】「病気だった時のこと、まだ気にしてるのか?」

【陽菜】「……えっ?」

【孝平】「かなでさんから聞いた」

【孝平】「子供の頃、陽菜は重い病気を患っていたって」

【孝平】「その病気が原因で、二人はしばらく仲が悪かったってことも」

【陽菜】「お姉ちゃんが言ったの……?」

陽菜は驚いたように俺を見た。

【孝平】「ああ、そうだ」

【孝平】「かなでさんは、陽菜が両親を独り占めしてるのが許せなかった」

【孝平】「陽菜は、健康で元気に振る舞うかなでさんが妬ましかった」

【陽菜】「……っ」

【孝平】「でも、もうわだかまりは解けたんだろ?」

【孝平】「なのに、いったい何を気にしてるんだ?」

【陽菜】「お母さんのことは……?」

【孝平】「え?」

【陽菜】「お姉ちゃん、お母さんのこと言ってた……?」

陽菜の目をじっと見つめる。

長いまつげが震え、たちまち瞳が潤んでいく。

【かなで】「たぶん、ひなちゃんは」

【かなで】「まだ、お母さんのことを……」

【孝平】「……詳しいことは聞いてない」

【孝平】「とても言いづらそうにしていたから」

【陽菜】「そっか……」

陽菜は小さく息を吐いた。

──お母さんのこと。

俺は、今まで陽菜から両親の話を聞いたことがない。

両親のことも病気のことも、陽菜は話そうとしなかった。

陽菜は自分のことになると、とたんに口をつぐんでしまう。

いつだってそう。

自分に関することは、いつだって後回しなのだ。

【陽菜】「……私ね」

【陽菜】「幸せになっちゃいけないの」

ゆっくりと、陽菜は言葉を紡ぐ。

【陽菜】「本当は、幸せになる権利なんてないの」

【孝平】「……」

俺は陽菜の両肩に手を置き、次の言葉を待った。

【陽菜】「私ね、子供の頃、血小板が減少する病気にかかったんだ」

【陽菜】「ある日突然出血して、そのまま入院して……」

【陽菜】「しばらく学校に通えなかった」

【陽菜】「お母さんとお父さんは、私にずっとつきっきりだった」

そこで陽菜は、言葉を切った。

俺には、涙がこぼれるのを必死にこらえているように見えた。

【陽菜】「私は、元気なお姉ちゃんがずっと羨ましかった」

【陽菜】「羨ましくて妬ましくて、仲良くなんてできなかった」

【陽菜】「でもある日、お姉ちゃんがお見舞いに来てくれて、ようやく仲直りして……」

俺はふと、かなでさんの言葉を思い出した。

【かなで】「ひなちゃんと朝まで、ずっと手をつないで寝たんだ」

【かなで】「窓から見えた朝焼けがすごくキレイで……」

【かなで】「わたし、あの時初めて、ひなちゃんを守らなきゃって思った」

【陽菜】「ここまでは……お姉ちゃんから聞いた?」

【孝平】「ああ」

【陽菜】「そっか」

【陽菜】「……でもね、まだ続きがあるんだ」

陽菜は、ぎゅっと拳を握り締めた。

【陽菜】「半年間入院して、病気は完治したの」

【陽菜】「でもね、私の病気が治ったのとひきかえに……」

【陽菜】「お母さんが……」

【陽菜】「お母さんが、脳梗塞で死んじゃったの」

【孝平】「え……っ」

陽菜はまつげを伏せた。

爪が食い込んでいるのか、強く握り締めた拳が赤くなっている。

【陽菜】「……知ってる? 脳梗塞って、過労やストレスで発症するんだって」

【陽菜】「私のせいなの」

【陽菜】「ずっと私の看病をしてたから、お母さんが死んじゃった」

【陽菜】「私が、お母さんを……っ」

【孝平】「陽菜っ」

俺はもう一度、陽菜を抱きしめた。

それ以上は言わないでほしい。

言ってほしくなかった。陽菜の口から、そんな言葉は。

【陽菜】「私ね、お姉ちゃんとお父さんから、お母さんを奪ってしまったの」

【陽菜】「だから、私が幸せになっちゃいけないの」

【陽菜】「幸せになる権利なんか……ないの……」

【孝平】「違う」

【孝平】「違うって、絶対」

俺は、陽菜の家族のことも病気のことも、何も知らないけど。

それだけは絶対に違う。

陽菜のせいなんかじゃない。

誰のせいでもない。

……。

そうだ。

陽菜をずっと縛りつけていたのは、この思いだ。

母親が亡くなってから、陽菜はずっと自分を責め続けてきたのだ。

かなでさんと父親から、母親を奪ってしまったのは自分。

だから自分が幸せになることなんて、最初から望んじゃいなかった。

【陽菜】「これ以上の幸せを望んだら、神様に怒られちゃう」

【陽菜】「私は、こうして毎日元気にしていられるだけで十分」

【陽菜】「……私、こんなに幸せでいいのかな?」

【陽菜】「こんなに毎日楽しくていいのかな、って思う時があるの」

ずっと陽菜は、自分が幸せになることに遠慮してた。

俺と付き合ってからも、どこかで迷いを抱いていたのだろう。

それは罪悪感だ。

幸せになる権利がないから。

いつもどこかで、自分自身を抑えつけていた。

……。

そんなの、違うだろ。

誰もそんなこと望んでない。

みんな、陽菜が幸せになることを望んでいるはずだ。

俺はどうにかして、その事実を陽菜に伝えたかった。

【孝平】「……陽菜はこの先もずっと、そうなのか?」

【孝平】「幸せにならないように、ずっと生きていくのか?」

【陽菜】「……」

【孝平】「それで本当に、かなでさんが喜ぶと思ってるのか?」

陽菜は、小さく息を呑んだ。

自分だって、わかっているはずだ。

かなでさんが誰よりも、陽菜の幸せを祈っているということ。

姉として……時に親として、陽菜を見守っていたということ。

そんなの、陽菜自身が一番わかっていることだろうに。

【孝平】「かなでさんは、自分が悪いんだって言ってた」

【孝平】「陽菜が幸せになることを遠慮するのは、自分のせいだって」

【陽菜】「違うっ」

【孝平】「そう思うなら、かなでさん本人に言わなきゃ駄目だ」

【孝平】「俺に言ったって、陽菜の罪の意識はなくならない……きっと」

そう言うと、陽菜はわずかに首を振る。

【陽菜】「それは……違うよ」

【陽菜】「私は、救われたいなんて思ってない」

【陽菜】「ううん……救われちゃ駄目なんだよ」

【陽菜】「でなきゃ、どうやってお姉ちゃんに償えばいいかわからないものっ」

【孝平】「陽菜……」

それは、むき出しの本心だった。

偽りのない陽菜の気持ち。

今、ようやく陽菜に触れることができたような気がした。

……。

やっと、近づけた。

陽菜の深淵に辿り着けた。

今までより、ずっとずっと深いところに──

【孝平】「……罪を償おうなんて、思う必要ないよ」

【孝平】「だって、それは罪ですらないじゃないか」

俺の言葉は、陽菜に届くだろうか。

かなでさんの思いは、陽菜に届くだろうか。

そう思いながら、小さく震える陽菜の手を握り締める。

【孝平】「かなでさんは、陽菜が立ち直れないのは自分のせいだと思ってる」

【孝平】「でも陽菜は、立ち直らないことが贖罪だと思ってる」

【孝平】「……そんなの変だろ。誰も幸せになれないよ、このままじゃ」

【陽菜】「でも……」

陽菜はうつむいた。

さまざまな思いが交錯して、考えがまとまらないのだろう。

【孝平】「陽菜がもし、このまま動かなかったら……」

【孝平】「かなでさんはずっと、自分を責め続ける」

【孝平】「それでもいいのか?」

【陽菜】「……嫌。嫌だよ、そんなの」

【孝平】「だったら、動かなきゃ」

【孝平】「6年前、俺にそうしてくれたみたいにさ」

【陽菜】「……?」

陽菜はゆっくりと顔を上げた。

【孝平】「確か前にも言ったよな。俺が無実の罪を着せられた時のこと」

【孝平】「あの時、浅い友達付き合いしかしてこなかった自分がすげえ嫌になった」

【孝平】「でもって、もう誰も信じない、誰にも期待しないって思ってた」

【孝平】「だけど……」

【陽菜】「私は違う。私はずっと友達だよ」

【陽菜】「離れていたって、友達でいられるんだから」

【陽菜】「これから毎月15日、孝平くんに手紙を書くよ」

【陽菜】「もし返事をくれたら、嬉しいな」

【孝平】「落ち込んでた俺に声をかけてくれたのは、陽菜だった」

【孝平】「陽菜が友達でいようって言ってくれたから、俺はクサらずに済んだ」

【孝平】「あの時陽菜が動いてくれなかったら、俺は今でも卑屈なままだったと思う」

【孝平】「俺が立ち直ったのは、陽菜が動いてくれたからなんだよ」

俺はあの時の気持ちを、この先ずっと忘れない。

唯一、俺に味方してくれた陽菜の勇気。

ずっと友達でいようと言ってくれた優しさ。

例え、あの頃の記憶が陽菜にはなくても。

今も昔も、陽菜が陽菜であることに変わりはない。

【孝平】「……陽菜。もう一度聞くよ」

【孝平】「本当に陽菜は、自分が幸せになっちゃいけないと思うのか?」

【陽菜】「それは……」

【孝平】「じゃあ、どうして俺の告白を受けてくれたんだ?」

【孝平】「不幸になるためか?」

【孝平】「違うだろ?」

【陽菜】「……っ!」

それは陽菜が、心のどこかで幸せになりたいと願ったからだ。

そうだろ?

陽菜……。

//Another view : Haruna//

……残像のような記憶。

名前も思い出せない同級生たちの声。

頭の引き出しにしまっておいたはずの一場面が、ぼんやりと蘇る。

【男子生徒A】「これ、支倉が割ったとこにしようぜ」

【男子生徒B】「支倉?」

【男子生徒A】「だってあいつ、もうすぐ転校するんだろ?」

【男子生徒A】「俺らのことなんて、どーせすぐ忘れるんだろーしさ」

──ああ、そうだ。

きっと私はあの時、彼らがガラスを割ったのを見ていた。

同時に、肩を落として佇む孝平くんも見ていたのだろう。

その時、私は……。

……。

私は。

孝平くんのことが好きだった。

はっきりとは思い出せないのに、確信だけはあった。

身体のどこかにいるかつての私が、訴えかけてくるようだった。

私は昔から孝平くんが好きなんだよ、って。

きっと、そのころの私は想いを伝えられなかったのだと思う。

だからその代わりに、孝平くんに文通を申し込んだ。

ずっとつながっていたかったから。

そうだ。

そうに違いない。

……。

ねえ、孝平くん。

あの時の私と、今の私はきっと同じ気持ちだ。

あの時の私も、とても意気地なしだった。

文通しようって言うだけで、精いっぱいだった──

なのに。

それでも孝平くんは、「陽菜に救われた」と言ってくれた。

私が動いたから。

私がつながることを望んだから。

意気地なしだった私の、ほんの少しの勇気で。

……。

孝平くん。

お姉ちゃん。

私、どうなりたいのかな?

幸せになる権利がないと思う一方で、どうしてこんなに孝平くんを求めるの?

どうして好きな気持ちを抑えることができないの?

私──

幸せになることを、受け入れたいのかな。

受け入れて、まっすぐに認めて。

あの頃のように、言い出せなかったことを後悔しないように。

【かなで】「なぁーに言ってるのかね、この子は」

【かなで】「わたしは、ひなちゃんが幸せならそれでいーの」

……お姉ちゃん。

うまく話せるかどうか、自信はないけど。

私は、私よりもお姉ちゃんが幸せになることを祈ってる。

その気持ちに、変わりはない。

お姉ちゃんを悲しませたくない。

だからこそ、言わなくちゃいけないんだよね。

私の言葉で。

【陽菜】「……私の言葉で」

【陽菜】「ちゃんと伝えなくちゃ、駄目なんだよね」

そうつぶやくと、孝平くんは穏やかな笑顔を浮かべた。

とても、懐かしい笑顔。

──そう。

私、孝平くんの笑顔を見るのが好きだった。

そのことを、ずっとずっと言おうと思ってたんだよ。

ずいぶんと時間が経ってしまったけど。

あの頃からずっと。

今でも……。

//Another view ends//