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//September 30//

翌日。

いよいよかなでさんの歓送会が始まる。

長きに渡って審議された結果、会場は談話室となった。

「寮長は寮内で送り出してやるべきだ」

とは、会長の弁。

参加人数を考えると手狭だが、ここは会長の意見に倣うことになった。

【瑛里華】「さーて、これで準備はばっちりね」

【瑛里華】「いい? くれぐれもバレないように連れてくるのよ?」

【孝平】「りょーかい」

【陽菜】「了解」

俺と陽菜は、かなでさんの案内役を仰せつかった。

かなり責任重大だ。

【伊織】「談話室に着いたら、三三七拍子のリズムでドアをノックしてくれ」

【伊織】「それが合図だよ」

【孝平】「はい」

【白】「はぁ、なんだか緊張してきてしまいました」

【征一郎】「お前が緊張することはない」

【征一郎】「いつも通りに、心を込めて送り出してやればいいだけだ」

【白】「はい、そうですね」

白ちゃんは笑った。

そう。いつも通りでいいのだ。

いつも通りに、かなでさんを温かく送り出してやろう。

【孝平】「じゃ、行ってくる」

【陽菜】「行ってきます」

【瑛里華】「行ってらっしゃーい」

この時間なら、かなでさんは部屋にいるはずだ。

俺と陽菜は、足早に女子フロアへと向かった。

【陽菜】「どうしよう、私まで緊張してきちゃった」

【孝平】「そんなこと言うと、俺まで緊張してくるじゃんか」

【孝平】「ここはポーカーフェイスを貫かないと」

【陽菜】「ふふ」

【陽菜】「孝平くんが一番苦手なポーカーフェイスだね」

【孝平】「陽菜こそ」

お互い、笑い合う。

かなでさんの部屋に近づくにつれて、胸がドキドキしてくる。

同時に、少しだけ切ない気持ち。

6年生の代が終わって、明日から5年生の代になる。

いつまでも変わらないと思っていたものが、ある日突然姿を変える。

来年の今頃は、俺たちが送り出される番なのだ。

その頃は、もちろんかなでさんたちはこの学校にいない。

なんだか不思議な気分だ。

一年後の自分がどうなっているかなんて、まったく想像できなくて。

【かなで】「おいーっす」

……。

女子フロアに入ろうとしたその時、かなでさんが階段から下りてきた。

俺と陽菜は、その場でフリーズする。

【陽菜】「あれ? お姉ちゃん……」

【かなで】「おや~? 二人そろってどこ行くの~?」

【かなで】「もしかして、ひなちゃんのお部屋かにゃ~?」

【孝平】「か、かなでさんは、どこに行くんですか?」

【かなで】「わたしは大浴場だよん」

【かなで】「ひとっ風呂浴びて、一年がんばった自分を癒してあげようかと思ってさ」

俺と陽菜は、顔を見合わせた。

さて、どうしたものか。

【陽菜】「お姉ちゃん、あのね」

【かなで】「ほえ?」

【陽菜】「えっと、その……た、大変なのっ」

【陽菜】「談話室に、ええと……そう、タヌキが現れたのよっ」

【かなで】「タヌキー!?」

俺はぽかんと口を開けた。

【かなで】「ど、どんなタヌキなのっ?」

【陽菜】「だからその、おっきくて、目がぎょろっとしてて」

【かなで】「ほうほう!」

【陽菜】「お腹が白くて、爪がシャーッてなってて、尻尾がフサフサしてて」

【かなで】「ほうほうほう!」

【陽菜】「と、とにかく、部屋中ちらかして大変なのっ。早く来て!」

【かなで】「よしきたー!」

【孝平】「あっ、ちょ、ちょっと!」

俺が止めるよりも先に、かなでさんは走り出した。

【かなで】「御用だ御用だー!」

【孝平】「かなでさんっ、待ってください!」

【陽菜】「お姉ちゃんっ」

【かなで】「どこだどこだー! タヌキはどこだー!」

【孝平】「かなでさんっ!」

猪突猛進とは、まさにこのことだ。

あと少しで談話室に到着、というところで、なんとかかなでさんを捕獲する。

正確には、首根っこをつまみあげた。

【かなで】「いたたたっ、何するのよーっ」

【かなで】「わたしはタヌキじゃないんだからーっ」

【孝平】「似たようなものです」

しかし、危なかった。

かなでさんの誘導には成功したが、危機一髪だった。

【陽菜】「ご、ごめんね、孝平くん」

【陽菜】「とっさのことで、うまい言い訳が思いつかなくて……」

軽いパニックに陥った陽菜が、小声で言う。

【孝平】「まあ、結果オーライだろ」

【かなで】「なになに? どしたの?」

【孝平】「いえ、こっちの話です」

俺はかなでさんをつまみ上げたまま、談話室の前に立つ。

【かなで】「ねえねえ、早くしないとタヌキ逃げちゃうよー?」

【孝平】「大丈夫です。逃げませんから」

【かなで】「へ?」

【孝平】「いくぞ、陽菜」

【陽菜】「うん」

【かなで】「?」

俺と陽菜は目を合わせてから、ドアをノックした。

【寮生たち】「かなで寮長、お疲れ様でしたーっ!」

ドアを開けた瞬間、大きな声が俺たちを出迎える。

耳が割れるようなクラッカーの音。

視界を彩る紙テープの嵐。

【かなで】「え……?」

突然の歓迎に、かなでさんは呆然としている。

この状況が、にわかに飲み込めないらしい。

【かなで】「な……何?」

【孝平】「あれを見てください」

俺は、壁に貼ってあった垂れ幕を指さした。

「かなで寮長☆一年間お疲れ様でした会」

寮生たちのメッセージが書き込まれた、手作りの垂れ幕だ。

【かなで】「わ……わたし?」

【陽菜】「そうだよ、お姉ちゃん」

【かなで】「嘘ぉ!」

【伊織】「ウェルカ~ム! カナデ・ユウ~キ!」

【伊織】「今日のヒロインはキミだ!」

【伊織】「オールナイトでめいっぱい楽しんでくれたまえ!」

【かなで】「わっ、わわわ!」

大勢の寮生たちが、かなでさんを取り囲む。

ブラスバンド部たちが奏でる歓迎のテーマ。

会長がパチンと指を鳴らすと、入口から次々と料理が運ばれてくる。

【伊織】「本日のディナーは、鉄人オリジナルのスペシャルビュッフェだ!」

【伊織】「生徒会のおごりだから、みんな気の済むまで飲み食いしてくれ!」

学食でも見たことのないような、豪華なメニューの数々。

今回の企画を提案した時、鉄人は二つ返事で引き受けてくれた。

それもこれも、かなでさんの人徳によるものだろう。

【女子生徒A】「かなで先輩、寂しくなります~」

【女子生徒B】「たまには遊びにきてくださいねっ」

【かなで】「ちょっと、まだ追い出さないでよっ」

【かなで】「卒業まであと半年もあるんだからねー」

【男子生徒A】「悠木ー、寮長やめるなよぉ」

【男子生徒B】「まだ引退には早いんじゃねーの?」

【かなで】「もう、冗談言わないでよ」

【かなで】「卒業までは、悠々自適に盆栽でも育てて過ごすんだから」

かなでさんを中心に、笑顔が広がる。

それにしても、ものすごい人口密度だ。

すでに乗車率120パーセント状態。

【瑛里華】「ねえ、料理足りてるー?」

【陽菜】「うん、なんとか」

【陽菜】「……あ、やっぱり足りないかもっ」

【瑛里華】「オーケー」

【瑛里華】「白、第二陣の準備よろしくー!」

【白】「了解しましたっ」

ばたばたばたばたばたばたっ。

裏方の人間は、いつだって忙しい。

しんみりとする暇もないまま、あちこちを駆けずり回る。

【征一郎】「支倉、照明の準備は?」

【孝平】「はい、ただいまっ」

【瑛里華】「きゃーっ、グラスが足りないっ」

【瑛里華】「紙コップ大至急ーっ!」

【陽菜】「ちょっと待っててーっ」

ばたばたばたばたばたばたっ。

【青砥】「これはこれは、大盛況だな」

【孝平】「あ、先生」

チキン片手に、アオノリはご満悦といった様子だ。

【青砥】「首尾はどうだ?」

【孝平】「ばたばたですが、まあなんとか」

【青砥】「そうか」

【青砥】「悠木も嬉しそうだな」

【孝平】「だといいんですけど」

【シスター天池】「まったく、なんですかこの人数は」

今度はシスター天池が来た。

【孝平】「すみません、騒がしくしちゃって」

【シスター天池】「まったくです」

【シスター天池】「後片づけはきちんとお願いしますね」

【孝平】「もちろん」

呆れているシスター天池の口元には、ケチャップがついていた。

とりあえず、楽しんでいるようで何より。

【伊織】「えーみなさん注目!」

【伊織】「本日のデザートは、左門堂特製タワー・オブ・マロンケーーーーキ!」

【かなで】「な、何あれえええっ!?」

入口からワゴンで登場したのは、高さ3メートルはありそうなマロンケーキ。

結婚式でよく見るタイプのタワー型だ。

【伊織】「ここで主賓による、ケーキ入刀ーーー!」

【伊織】「はい、シャッターチャンスです! 写真を撮る人は前に来てくださーい!」

みんなデジカメを構え、ケーキの前を陣取っていく。

かなでさんは大きなナイフを持ち、カメラに向かってよそいきのスマイルを浮かべた。

【伊織】「いざ、ケーキ入刀ーーーっ!」

パシャッ! パシャパシャッ!

まるで記者会見のようなフラッシュの量だ。

いったいなんの会なんだかわからなくなってきた。

【陽菜】「はぁ、はぁ……」

【陽菜】「とりあえずここまで来れば、あとは大丈夫そうだね」

【孝平】「お疲れ」

【孝平】「今日の立役者は、陽菜だよ」

【陽菜】「あはは、そんな」

陽菜は小さく首を振る。

【孝平】「いや、陽菜ががんばったおかげだ」

【孝平】「少なくとも生徒会のみんなは、それをわかってるから」

【陽菜】「……」

華やかなBGMをバックに、ミラーボールが回る。

繰り返される乾杯の音。

ひときわ大きく響く、かなでさんの笑い声。

ここにいる誰もが笑顔だった。

夢の中にいるみたいに、何もかもが輝いて見えた。

【陽菜】「……よかった」

【陽菜】「本当によかった」

【孝平】「ああ」

涙ぐむ陽菜にグラスを持たせ、俺たちは小さく乾杯した。

夜も深まり、あれだけ大量にあった料理も底を尽きかけてきた頃。

おもむろに、会長がステージへと上がった。

【伊織】「悠木かなでさーん、前にどうぞーっ」

【かなで】「ふぁいっ?」

ケーキを頬張っていたかなでさんが、ゆっくりとステージに上る。

【伊織】「えー、ここで花束贈呈の儀へと移りたいと思います」

【伊織】「悠木妹、前に!」

スポットライトが入り口にあたり、陽菜が登場。

手には大きな花束を持っている。

【かなで】「ひなちゃん……」

静かな拍手が、やがて大きな拍手へ。

みんなの視線がステージに集まる。

陽菜は少し恥ずかしそうな顔で、マイクの前に立った。

【陽菜】「……お姉ちゃん」

【陽菜】「一年間、お疲れ様でした」

ぺこりと陽菜が頭を下げ、再び拍手が起こる。

【陽菜】「えっと……」

【陽菜】「……一年前、お姉ちゃんは言いました」

【陽菜】「この寮で暮らすみんなを、幸せにしてあげたい」

【陽菜】「みんなにとっての故郷になるような、そんな寮にしたい」

【陽菜】「そのためにわたしは、できる限りのことをする」

【陽菜】「寮長になると決まった日、そうお姉ちゃんは私に言ったんです」

【陽菜】「そして、今……」

陽菜はかなでさんを見て、微笑んだ。

【陽菜】「お姉ちゃんは、目的を達成しました」

【陽菜】「私は、そんなお姉ちゃんを誇りに思います」

【陽菜】「お姉ちゃんの妹に生まれて、本当によかったって、思います」

【かなで】「……っ」

かなでさんの瞳が潤む。

陽菜は微笑みながら、一瞬だけ上を向いた。

涙がこぼれないように。

【陽菜】「……この花束は、寮生全員からの気持ちです」

【陽菜】「お姉ちゃん、一年間どうもありがとう」

陽菜が花束を差し出し、大きな拍手が起こる。

窓ガラスが震えそうなくらい、大きな拍手だった。

【かなで】「ありがとう……」

かなでさんはその花束を、慈しむように受け止めた。

花に隠れて、かなでさんの顔が見えない。

きっと、必死に涙を押し留めようとしているのだろう。

【陽菜】「……ふふ」

かなでさんを見る陽菜の顔は、とても穏やかだ。

まるで母親のような、そんなやわらかな表情。

【伊織】「……えー、それでは」

【伊織】「ここで重大発表があります!」

会長の言葉に、周囲がざわめく。

かなでさんは不思議そうに顔を上げた。

【伊織】「それでは、はっぴょーします!」

【伊織】「え~、なんと! ここにいる悠木陽菜が!」

【伊織】「次期寮長に立候補します!」

【かなで】「えーーーーーっ!!」

再び、スポットライトが陽菜にあたる。

周囲は、クラッカーや紙吹雪の嵐だ。

大歓声の渦の中、かなでさんは大きく口を開けて陽菜を見た。

【かなで】「ほ、ほんとに……?」

【陽菜】「うん」

【陽菜】「私も、お姉ちゃんみたいに素敵な寮長になりたいんだ」

【かなで】「ひなちゃん……」

かなでさんは一歩、陽菜に近づいた。

涙が流れるのもおかまいなしに。

【陽菜】「私、なれるかな?」

【かなで】「あたりまえじゃん。なれるよ、ひなちゃんなら」

【かなで】「わたしよりも、もっともっと素敵な寮長さんに……」

【陽菜】「がんばるね、私」

【陽菜】「だから応援しててね、お姉ちゃん」

【かなで】「うん……っ」

【かなで】「ひなちゃんっ……!」

かなでさんは、陽菜に抱きついた。

割れるような拍手と大歓声。

俺と副会長は、顔を見合わせて小さく笑った。

会長も、東儀先輩も、白ちゃんも。

みんながかなでさんと陽菜を見守っている。

──これが、今日一番のサプライズ。

妹から姉に贈る、最高のプレゼントだった。

【伊織】「えー、今日の歓送会は無事に終了しました!」

【伊織】「皆さん、お疲れ!」

日付も変わろうとする頃、ようやく歓送会の後片づけが終わった。

有志たちの力も借りられたので、予定よりも早く撤収できる雰囲気だ。

【瑛里華】「それじゃ、お休みなさい」

【白】「お休みなさい」

【征一郎】「悠木、今日はゆっくり休め」

【陽菜】「はい、ありがとうございます」

【伊織】「おっやすみー♪」

一人ずつ減っていき、やがて俺と陽菜の二人だけが残る。

さっきまで満員電車みたいだった室内が、やけに広く感じられた。

【孝平】「今夜は大成功だったな」

【陽菜】「うん」

【陽菜】「お姉ちゃん、喜んでくれたかな」

【孝平】「そりゃ当然だろ」

【かなで】「そうそう、当然だよ」

【孝平】「……」

振り返ると、かなでさんが立っていた。

【孝平】「……いつ現れたんです」

【かなで】「やだなぁ、ずっといたよ?」

【孝平】「そうですか」

【孝平】「小さすぎて気づかなかったな」

【かなで】「むかーっ!」

【かなで】「なによぅ、片づけ手伝おうと思って戻ってきたのにぃ」

【孝平】「主賓が片づけ手伝ってどうするんですか」

【かなで】「いいんだもん」

【かなで】「日付変わるまでは、まだわたしが寮長なんだから」

【孝平】「そりゃそうですけど」

俺は肩をすくめた。

かなでさんらしい発想だ。

【かなで】「まあとにかく、二人ともお疲れ!」

かなでさんは、ぽんぽんと俺たちの肩を叩く。

【かなで】「しっかし、見事に騙されちゃったよ」

【かなで】「まさかこんなに大きなパーティーを企画してたとはねー」

【陽菜】「気づかれないようにがんばったんだよ?」

【陽菜】「ね、孝平くん」

【孝平】「そうですよ。めちゃめちゃ苦労したんですから」

【かなで】「えへへ」

【かなで】「……ありがとう。本当に嬉しかった」

かなでさんは、真面目な顔で言う。

【かなで】「これでもう、思い残すことはないよ」

【孝平】「臨終寸前みたいな言い方しないでください」

【かなで】「だって、本当に感動したんだもんっ」

【かなで】「そうだ、記念にアレ入れてー。ピンシャン」

【孝平】「ピンシャン?」

【かなで】「ピンクシャンパン」

【陽菜】「もう、風紀委員のくせにー」

【かなで】「いいじゃん今日ぐらいー」

【陽菜】「駄目だってばー」

言い合いを始める悠木姉妹。

確かに、オトナだったらシャンパンでも開けたくなる気分だ。

……。

【孝平】「あ」

俺は、ぽんと手を打った。

ナイスなアイデアを思いついてしまった。

【陽菜】「どうしたの? 孝平くん」

【孝平】「ちょ、ちょっとここで待っててくれ」

【かなで】「へ?」

【孝平】「いいから。すぐ戻りますっ」

俺は大急ぎで談話室を出た。

【孝平】「ただいまっ」

【かなで】「おうおう、おっそいぞー!」

【陽菜】「孝平くん、どうし……」

【陽菜】「?」

二人の視線が、俺の持っているトレーに集まる。

まあ、驚くのも無理はない。

突然、いつもお茶会で使っているティーセットを持ってきたのだから。

【かなで】「何それ? なんでそんなの持ってるの?」

【孝平】「よくぞ聞いてくれました」

【孝平】「ここでいよいよ、ヴィンテージダージリンの封印を解いてしまおうと思います」

【かなで】「え!」

【陽菜】「えっ!」

俺はにやりと笑う。

密かに、紅茶の淹れ方を研究してきた俺。

ここでコソ練の成果を発揮しようではないか。

【かなで】「駄目だよ、もったいない!」

【孝平】「もったいなくないですよ」

【孝平】「こういう時のためにとっといたんじゃないんですか?」

【陽菜】「……そうかも」

【かなで】「ええーっ」

【孝平】「大丈夫です」

【孝平】「俺、自信ありますから」

【かなで】「……って、こーへーが淹れるの?」

かなでさんの表情がみるみる暗くなる。

気持ちはわかるが、ものすごく失礼だ。

【陽菜】「大丈夫だってば。お姉ちゃん」

【陽菜】「孝平くん、すごく練習してきたんだから」

【かなで】「ううーん、そうかぁー」

【かなで】「じゃあじゃあ、お願いしちゃおっかなー」

【孝平】「まかせてください」

俺は力強くうなずき、テーブルにティーセットを並べた。

備え付けの電気ポットには、たっぷりとお湯が入っている。

【孝平】「本当は、ガスで沸かしたお湯の方がいいんですけどね」

【かなで】「それ、ひなちゃんの受け売り」

バレたか。

俺は苦笑しつつ、ヴィンテージダージリンの封を開ける。

たちまち濃厚な茶葉の香りが立ち上った。

【かなで】「ほあぁ~」

【陽菜】「ふあぁ……」

なんとなく、いつもの茶葉とはグレードが違うような気がする。

なんとなくだけど。

ポットを温めていたお湯を捨て、人数分の茶葉を投入した。

【かなで】「ねえ、ちょっと多いんじゃない?」

【かなで】「えっ、まだ入れちゃうの?」

【孝平】「これぐらいがいいんですって」

【陽菜】「まあ、お湯の量を調節すればなんとか……」

だんだん不安になってきた。

【かなで】「そ、そんな大胆にお湯を!」

【陽菜】「こ、こぼれそうだよ、大丈夫?」

俺という人間は、よほど信用されていないらしい。

なんとかポットにお湯を入れ、砂時計を引っくり返した。

あとは茶葉が開くのを待つだけだ。

【かなで】「ふう……ひやひやするね」

【陽菜】「あはは……」

【孝平】「そんなに心配しなくても大丈夫ですって」

【孝平】「たぶん、うまいはず」

【かなで】「たぶんかいっ」

やがてすべての砂が落ち、俺はポットを持ち上げた。

これでフィニッシュだ。

ゆっくりと、カップに琥珀色の液体を注いでいく。

【かなで】「おおお~っ」

【陽菜】「綺麗な色」

【かなで】「さすがヴィンテージだね」

【陽菜】「さすがだね」

誰も、俺の腕がいいからだとは言ってくれない。

ちょっと寂しい。

【孝平】「……よしっ」

最後の一滴まで注ぎ終わった。

俺たちは同時にカップを持ち、小さく掲げる。

【かなで】「それでは、かなでさんの新たなる門出を祝して」

【かなで】「かんぱーいっ!」

【陽菜】「かんぱーい」

【孝平】「かんぱーい」

って、自分で乾杯の音頭を取るのかよ。

などと心の中で突っ込みつつ、そっと紅茶を口に含んだ。

……。

…………。

【かなで】「あれ?」

【かなで】「意外と……」

【かなで】「おいしい」

【孝平】「意外って、失礼な」

【陽菜】「すごくおいしいよ?」

【陽菜】「わぁ、ヴィンテージってこんなに奥行きのある味なんだ」

陽菜は身を乗り出した。

渋くもなく、薄くもなく。

ふんわりと立ち上る高貴な香り。

難しいことはよくわからないが、それなりにうまいと思う。

【かなで】「やるじゃん、こーへー!」

【かなで】「免許皆伝だよ!」

カップを置き、かなでさんは俺と陽菜に抱きついてきた。

【かなで】「るんららんらら~ん♪」

【かなで】「ほらほら二人とも、もっとくっついて!」

【陽菜】「お、お姉ちゃんっ」

【孝平】「熱っ!」

俺も慌ててカップを置く。

【孝平】「……かなでさん、酔ってます?」

【かなで】「酔ってないもーん」

【かなで】「こんなにかわいい妹と弟がいて、嬉しいんだよっ♪」

上機嫌な様子で、俺と陽菜をぐいぐいとくっつける。

【孝平】「つか、弟って……」

【かなで】「未来の弟でしょ?」

【陽菜】「もう、お姉ちゃんっ。孝平くんを困らせないの」

【かなで】「いーじゃんいーじゃん」

【かなで】「あ、ちなみにうちのお父さん、ちょっと怖いから気をつけてね」

【かなで】「大事な娘に手を出したら、何するかわかんないよ?」

……マジか。

たいがい手遅れなんだけど。

【孝平】「へ、平気です」

【孝平】「話せばきっと、わかってもらえるはず」

【陽菜】「孝平くん……」

【かなで】「おー! よく言った!」

【かなで】「それじゃ明日にでも、お父さんにこーへーのこと伝えとくからさっ」

【孝平】「……勘弁してください」

【陽菜】「余計なことしなくていいのっ」

【かなで】「あははははっ」

俺たち三人は、笑い合う。

紅茶の香りの中で、笑い声が広がっていく。

……。

とても、とても幸せな一場面。

ありふれていてもいい。

ささやかでもいい。

ただこうして、笑い合える。

そんな幸せ。

【かなで】「さあさあ、もう一度かんぱーいっ!」

【陽菜】「かんぱーい!」

【孝平】「かんぱーい」

カップとカップが響き合う音。

極上の紅茶と、極上の笑顔。

多くは望まない。

すぐそばにある幸せを、これからも守っていきたい。

そう思う。

恋人でもあり、何よりも大切な友達でもある、陽菜とともに。

俺に幸せの意味を教えてくれた、陽菜とともに──

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