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//May 23//

放課後になった。

中間試験も昨日まで。

教室は平時の落ち着きを取り戻している。

【孝平】「陽菜、調子どうだ?」

【陽菜】「ずいぶん落ち着いたよ」

【孝平】「ならよかった」

【孝平】「試験前にこんなことになるなんて、タイミング悪かったな」

【陽菜】「それがね、逆に勉強が気分転換になったみたい」

笑顔で帰り支度をする陽菜。

【孝平】「もし気になることがあったら、いつでも言ってくれ」

【孝平】「みんなにも伝えるようにするから」

【陽菜】「ありがとう、孝平くん」

【孝平】「ああ」

【陽菜】「そうそう、今日って久しぶりにお茶会できるかな?」

【孝平】「俺は構わないぞ」

【陽菜】「よかった」

【陽菜】「あと、できたらでいいんだけど千堂さんも……」

副会長をご指名だ。

何か言いたいことがあるんだろうな。

【孝平】「わかった、声かけておくよ」

【孝平】「じゃ、俺は監督生室行くから」

【陽菜】「うん、また後でね」

そのまま後ろを向く。

紅瀬さんは既にいない。

昇降口で、紅瀬さんに追いついた。

無駄のない動きで靴を履き替えている。

ちゃんと監督生室へ行くのだろうか……。

様子を見てみよう。

紅瀬さんに見つからないよう、少し遅れて昇降口から出る。

【孝平】「……」

いない。

まさか、走って寮に向かったのか?

【桐葉】「何か用?」

【孝平】「おわっ」

背後から声がした。

刑事ドラマよろしく手を上げてみる。

【桐葉】「恥ずかしいからやめて」

【孝平】「銃を下ろさないと、手を上げ続けるぞ」

【桐葉】「意味がわからない」

腕を下ろして振り返る。

【孝平】「今日から監督生室に来る約束だろ」

【桐葉】「ああ」

そんなこともあったわね、といった調子の紅瀬さん。

【孝平】「やっぱ帰るつもりだったのかよ」

【孝平】「これから時間あるか?」

【桐葉】「ええ」

【孝平】「じゃ、行こう」

並んで長い階段を上る。

人気もなくなったので、突っ込んだことを聞いてみよう。

【孝平】「主、見つかるといいな」

【桐葉】「さあ、よくわからないわ」

【孝平】「どんくらい、主を探してたんだ?」

【桐葉】「覚えていないわ」

相変わらず気のない返事をする紅瀬さん。

【孝平】「聞いちゃまずいかもしれないけど……紅瀬さん、何歳?」

【桐葉】「250歳くらいかしら」

危うく階段を踏み外しそうになった。

【桐葉】「この階段、人間が落ちたら死ぬわよ」

【孝平】「おっと……」

【孝平】「いや、そうじゃなくて250歳って」

【桐葉】「おかしい?」

紅瀬さんは眷属。

眷属は寿命がない。

わかってはいるが、やはりビビる。

【孝平】「い、いや……」

そうすると、今見ている紅瀬さんの姿は昔のままなのか。

【孝平】「ずっとその外見なのか?」

【桐葉】「貴方、質問が多いわね」

【孝平】「すまん、どうしても興味が湧いて」

【桐葉】「大したものじゃないわ、眷属なんて」

自嘲気味に紅瀬さんが言ったとき、ちょうど監督生棟に着いた。

【桐葉】「……」

紅瀬さんが足を止める。

【孝平】「どうした?」

【桐葉】「中が騒がしいわ」

耳をすましてみる。

【白】「ですから、わたしが役目を果たせば丸く収まるのではないかと」

【瑛里華】「いきなり何を言いだすのよ」

【白】「最近、そう考えるようになったんです」

【瑛里華】「やめてよ、あなたにとっていいことなんて一つもないでしょう?」

【白】「それはそうですが……このままでは、支倉先輩も瑛里華先輩も」

【瑛里華】「気持ちは嬉しいけど、自分のことは自分で解決するわ」

【瑛里華】「それに……あの人だって、いらないって言ってるでしょう?」

【瑛里華】「白は自由に生きなさいよ」

【白】「で、でも……」

【瑛里華】「しーろ、もうやめて」

ケンカまでは行かないが、けっこうヒートアップしている。

【孝平】「盛り上がってるな」

【桐葉】「帰ろうかしら」

【孝平】「まあまあ、とりあえず止めに行こう」

がちゃりとドアを開ける。

椅子に座った副会長に、お盆を胸に抱いた白ちゃんが詰め寄っていた。

【瑛里華】「あ」

【白】「え?」

二人が驚いた表情で俺を見る。

【孝平】「外まで聞こえてるぞ」

【孝平】「何かあったのか?」

【瑛里華】「い、いえ、大したことじゃないの」

【白】「はい、お仕事上のことで」

二人がそそくさと距離を取った。

【孝平】「ケンカじゃないんだな?」

【瑛里華】「もちろん」

【瑛里華】「少し意見がぶつかっただけよ」

【白】「そ、そのとおりです」

白ちゃんの焦りっぷりを見るに、それだけではないようにも思える。

ま、追及しないほうがいいだろう。

【桐葉】「いつもこんな調子なのかしら」

俺の後ろで紅瀬さんが口を開く。

【孝平】「いや、レアなケースだ」

【瑛里華】「あら紅瀬さん、来てくれたのね」

【桐葉】「支倉君に捕まったのよ」

【孝平】「人聞きが悪いな」

【孝平】「そっちこそ寮に帰るつもりだったんだろ」

【桐葉】「そうだったかしら」

【瑛里華】「よくわからないけど、仲良くやってるようでけっこうね」

ティーカップを口に運ぶ副会長。

【桐葉】「心配しないで、支倉君を盗ったりしないわ」

【瑛里華】「ごほごほっ」

【瑛里華】「そ、そんな心配してないわよ」

副会長が顔を真っ赤にする。

【孝平】「どうしてそういう流れになるんだ?」

【桐葉】「なんとなくよ」

咳き込む副会長を眺めながら言う。

【桐葉】「で、仕事は何をしたらいいの?」

【瑛里華】「え?」

【瑛里華】「そ、そうね、今日は書類整理をお願い」

【桐葉】「わかったわ」

【瑛里華】「少し待っていて」

副会長がパソコンがあるデスクへ向かい、書類をまとめ始める。

【孝平】「ま、座ろう」

【桐葉】「ええ」

【白】「あの、お飲み物をお持ちしたいのですが……」

腰を下ろしたところで、白ちゃんが話しかけてきた。

【白】「紅瀬先輩は何がよろしいですか?」

【桐葉】「なんでも」

興味なさげに答える紅瀬さん。

【白】「で、でも、お好みくらいは伺っておきたいのですが」

【桐葉】「味、わからないから」

【白】「あ……」

【白】「し、失礼しました」

【桐葉】「気にしないで」

そういえば、眷属は味覚が弱いんだったな。

【白】「あ、でも、香りはお茶によって違いますので」

控えめな白ちゃんにしては珍しく、食い下がっている。

【桐葉】「なんでも構わないわ」

【白】「紅瀬先輩」

【桐葉】「しつこい子ね」

【白】「ひう……」

ツンドラ級の視線に、白ちゃんが怯える。

【孝平】「紅瀬さん、素人にその視線は危険だ」

【桐葉】「何を言っているの」

【桐葉】「ともかく、なんでもいいわ」

【白】「うう」

空になったお盆を両手で抱える白ちゃん。

半分涙目だ。

【桐葉】「……」

気まずそうに顔を逸らす紅瀬さん。

カチカチと無言の時間が流れていく。

……。

【桐葉】「日本茶よ」

顔を逸らしたまま紅瀬さんが言った。

【白】「え?」

【桐葉】「どうせ同じ味なら日本茶をお願い」

【白】「は、はいっ」

白ちゃんが満面の笑みを浮かべる。

【白】「では、とびきり香りの良いお茶を用意します」

【桐葉】「好きにして」

白ちゃんが嬉しそうに給湯室へ入っていった。

【瑛里華】「根負けね」

副会長が書類の束を手に戻ってきた。

【桐葉】「何がおかしいの」

【瑛里華】「別に」

【瑛里華】「じゃ、紅瀬さんはこの書類をお願いね」

と、書類の説明に入る。

俺も自分の仕事を片づけることにした。

白ちゃんのお茶を飲みながら仕事をする。

俺の隣では紅瀬さんが書類に向かっていた。

驚くべきは、その集中力だ。

口を開くことも顔を動かすこともなく、手だけをてきぱきと動かしていた。

姿勢がいいため、ひときわ動作に無駄がなく見える。

逸材かもしれない。

【桐葉】「終わったわ」

久しぶりに紅瀬さんが口を開いた。

【瑛里華】「もう?」

【桐葉】「ええ」

副会長もちょっと驚いているようだ。

【瑛里華】「確認するわね」

【桐葉】「どうぞ」

副会長が書類をぱらぱらとめくる。

紅瀬さんは確認の結果を気にするでもなく、湯飲みに残ったお茶を飲んだ。

【瑛里華】「問題なしっ」

【瑛里華】「早かったわね。正直驚いたわ」

【孝平】「すごいな、紅瀬さん」

【桐葉】「それはどうも」

数学学年トップの頭脳は伊達ではないようだ。

【桐葉】「これ以上仕事がないなら……」

【瑛里華】「ありがとう、助かったわ」

【孝平】「お疲れ」

紅瀬さんが鞄を持ち、出口のドアに向かう。

【白】「紅瀬先輩」

白ちゃんがぱたぱたと駆け寄る。

【桐葉】「何か用?」

【白】「お茶、いかがでしたか?」

じっと白ちゃんを見る紅瀬さん。

【桐葉】「またお願い」

【白】「は、はい」

ドアが閉まる。

【瑛里華】「ふうん」

【瑛里華】「白は、意外に紅瀬さんキラーね」

【白】「あの、キラーというのは?」

【孝平】「紅瀬さん、白ちゃんには押されてるから」

【白】「そうでしょうか……」

【孝平】「きっと相性がいいんだ」

【瑛里華】「紅瀬さんに何か頼むときは、白に言ってもらおうっと」

【白】「はあ」

よくわからない様子だ。

おそらく、その邪気のなさが紅瀬さんには扱いにくいのだろう。

【瑛里華】「さて、仕事に戻りましょうか」

【孝平】「おう」

白ちゃんが帰って、しばらく時間が経った。

【瑛里華】「ふう、終わったあ~」

副会長が向かいの席で背伸びをする。

【瑛里華】「そっちは?」

【孝平】「あと10秒……」

【孝平】「っと、終わった」

背伸びをしつつ時計を見る。

午後8時。

【孝平】「今日は紅瀬さんのおかげで早く終わったな」

【瑛里華】「ええ、さすが数学ナンバーワンね」

【瑛里華】「毎日来てくれるようになれば助かるんだけど」

【孝平】「そこは白ちゃんの頑張り次第かな」

【瑛里華】「期待しましょ」

【孝平】「ああ」

【孝平】「そうだ、今夜時間あるか?」

【瑛里華】「大丈夫だけど、何?」

【孝平】「久しぶりにお茶会しようって話があるんだ」

【孝平】「それで、陽菜がぜひ副会長もって」

【瑛里華】「悠木さんが?」

わざわざ副会長を指名してきたってことは、そういう話になるのだと思う。

とすれば、陽菜が望んでいるのは俺と副会長と陽菜だけのお茶会だろう。

【孝平】「あれから陽菜と話はしたか?」

【瑛里華】「廊下で挨拶するくらいね」

【孝平】「今日しゃべった感じだと、陽菜はずいぶん落ち着いてたよ」

【孝平】「心配しないで大丈夫だと思う」

【瑛里華】「ええ」

そう返事をしながらも、やはり不安は隠せないようだ。

手を握ってやりたい衝動に駆られた。

自分が彼女の力になれたら――

【孝平】「俺も一緒にいるし、出てみないか」

【孝平】「ここで引くと、きっとわだかまりが残るぞ」

副会長が考える。

【孝平】「何かあったら相談に乗るから」

……。

【瑛里華】「支倉くんの言う通りね」

【瑛里華】「ちゃんと最後まで責任取らないと」

副会長が表情を緩めた。

【孝平】「そうだな」

【孝平】「じゃ、今夜9時過ぎからってことで連絡しとく」

副会長の同意を得て、俺は鞄から携帯を取りだした。

俺と副会長が部屋に着いたのは、午後9時少し前。

程なくして入り口のドアが鳴った。

一度、副会長の顔を見る。

隣に座った彼女が、一つうなずく。

【孝平】「どうぞ」

がちゃ

ドアが開く音とともに陽菜が入ってきた。

【陽菜】「こんばんは」

【陽菜】「あ、千堂さん来てくれたんだ」

【瑛里華】「こんばんは、お邪魔してるわ」

【??】「こんばー」

【孝平】「!!」

思わず声が出そうになった。

陽菜の後ろから、かなでさんが顔を出したのだ。

【瑛里華】「悠木……先輩」

副会長がぽつりと呟く。

かなでさんをこの場に呼んだということは――

記憶の話をするつもりがないのか、副会長の正体をかなでさんに告げたのか……。

俺は陽菜を見る。

陽菜が目を伏せた。

【陽菜】「お茶、淹れるね」

【孝平】「ああ」

悠木姉妹が腰を下ろし、いつものように陽菜がお茶を淹れる。

テーブルの上を湯気が漂う。

食器とお湯の音だけが流れていく。

副会長の腕が俺に触れた。

それは、離れずそのままの位置で止まる。

かすかな震えが伝わってくる。

【孝平】「大丈夫だ」

【瑛里華】「ええ」

紅茶の香りが満ち、ティーカップ4つが用意された。

【陽菜】「千堂さん、どうぞ」

【瑛里華】「ありがと」

副会長がティーカップを持つ。

【陽菜】「あの、先日のことだけど……」

陽菜が言葉を切り、副会長と俺を見る。

【陽菜】「お姉ちゃんに話したの」

副会長の体がぴくりと震える。

かなでさんは厳しい視線を副会長に送っている。

いつも朗らかな人だけに、堪えるものがあった。

【かなで】「えりりん」

【瑛里華】「はい」

かなでさんが、副会長をじっと見つめる。

一転、笑顔になった。

【かなで】「ひなちゃんの命の恩人だったんだね」

【孝平】「は?」

なんのことだ?

【かなで】「お礼を言わせて」

【瑛里華】「待ってください」

【瑛里華】「仮にそうだとしても、私のせいで悠木さんは苦しんだはずよ」

【かなで】「苦しんだよ。でも楽しいこともあったと思う」

【かなで】「えりりんがいなかったら、どっちもできなかったんだから、やっぱりお礼を言っていいんだよ」

【瑛里華】「でも……」

副会長が躊躇する。

【陽菜】「千堂さん、私は何も恨んでないよ」

【陽菜】「助けてくれて、ありがとう」

陽菜が微笑む。

【瑛里華】「……」

【かなで】「ほら、しゃきっとする」

かなでさんが強引に副会長の腕をつかみ、握手をした。

【かなで】「えりりん、ありがとね」

【瑛里華】「え、ええ」

ぶんぶん腕を振るかなでさん。

【かなで】「でもね……」

【かなで】「記憶を奪ったことは減点」

ぺしり

副会長の額に風紀シールが貼られた。

【陽菜】「お、お姉ちゃん」

【かなで】「悪いことは悪い、いいことはいい」

【かなで】「両方ちゃんとけじめをつけないとね」

かなでさんがにっと笑う。

副会長は額にシールを貼ったまま、硬直していた。

【孝平】「まさか、副会長がシールを貼られるところを見られるとはな」

【陽菜】「ふふふ、そうだね」

【かなで】「はっはっは」

【瑛里華】「ホントね」

握手をほどき、副会長がシールをはがす。

下から現れたのは、泣き笑いみたいな表情だった。

【瑛里華】「あのときは……ごめんなさい」

【陽菜】「うん。もう気にしなくていいよ」

【陽菜】「千堂さんも、辛かったでしょ」

副会長は首肯することなく、ただ笑った。

目尻からしずくが一つこぼれる。

本当に安堵しきった表情だった。

【かなで】「ところで、さっきから気になってるんだけど」

かなでさんが俺を見る。

【孝平】「なんです?」

【かなで】「二人とも、なんでぴったりくっついてるの?」

【孝平】「え?」

副会長と顔を見合わせる。

俺たちの腕は、ぴったりとくっついていた。

【瑛里華】「ご、ごめん」

【孝平】「お、おう」

さっと離れる。

【陽菜】「くっついたままでもいいのに」

【瑛里華】「ゆ、悠木さん……これは、そういうことじゃないの」

【かなで】「どういうこと?」

ニヤニヤと俺たちを見比べる。

【孝平】「か、かなでさん」

【かなで】「あははは、怒らない怒らない」

【孝平】「ところで陽菜」

話題を変えよう。

【孝平】「副会長が命の恩人ってどういうことなんだ?」

【陽菜】「あ、その話ね」

全員がもう一度姿勢を正す。

【陽菜】「千堂さん、話していいかな?」

【瑛里華】「悠木さんに任せるわ」

【陽菜】「良かった」

【陽菜】「じゃ、遠慮なく話すね」

陽菜が嬉しそうに話し始める。

話はこうだった。

子供のころ、悠木姉妹と副会長は何度か遊んだことがあるらしい。

事件が起こったのは、何度目かの待ち合わせのとき。

その日、陽菜は一人で家を出た。

待ち合わせ場所近くで副会長を見つけた陽菜は、車道に飛び出してしまったらしい。

通常なら助からないタイミングだったという。

だが、副会長には助けることができるタイミングだった。

【陽菜】「あとは、きっとわかるよね」

【孝平】「ああ」

正体を知られた副会長は、泣く泣く陽菜の記憶を消したのだろう。

【かなで】「わたしも昨日初めて知ったの」

【かなで】「事故の影響で記憶をなくしたって思ってたから、びっくりしたよ」

【孝平】「なるほどな」

たしかに、副会長は命の恩人だ。

にもかかわらず、副会長は陽菜の記憶を消さざるを得なかった。

友人の命を守るために、友人を失わなければならなかった悲しみはいかほどか。

想像するだけでも辛いものがあった。

【かなで】「だから今日はえりりんに来てもらったの」

【かなで】「ひなちゃんの命の恩人にお礼を言わないなんて、姉として恥ずかしいからね」

副会長は無言で首を振る。

礼を言われるようなことはしてないと言いたげな素振りだった。

かなでさんの言葉を素直に受け入れられるほど、副会長の気持ちは単純ではないのだろう。

だがそれも、時間が解決してくれる気がする。

【陽菜】「そうそう」

陽菜がぽんと手をたたく。

【陽菜】「孝平くんのことも思い出したよ」

【瑛里華】「そのころから、支倉くんと知り合いだったの?」

【孝平】「前にも言ったかもしれないけど、昔、一年だけこの島に住んでたんだ」

【陽菜】「千堂さんと私が知り合ったのは、孝平くんがちょうど転校したころなの」

【陽菜】「もう少し早く知り合ってれば、孝平くんとも遊べたのにね」

【瑛里華】「そうだったの」

俺が転校した後、副会長と陽菜の間に不幸な事故が起ったのだ。

前に説明されたが、吸血鬼は記憶の『内容』ではなく『期間』で記憶を消去するらしい。

副会長は、陽菜と出会ってからの記憶を丸ごと消したのだろう。

消された期間には、俺と陽菜が文通を始めた時期も含まれていたのだ。

【瑛里華】「ところで、当時の支倉くんはどんな子だった?」

【陽菜】「んー、ちょっと斜に構えた感じだったかな」

みんながニヤニヤと俺を見る。

【孝平】「……」

なんか、まずい風向きになってきた。

【孝平】「俺がいないところで話してくれ」

【かなで】「こーへー、テレテレだ」

【孝平】「当たり前ですよ」

親戚にオムツを取り替えられた話をされてる気分だ。

【陽菜】「よく一緒に遊んだよね」

【孝平】「ああ」

【孝平】「かなでさんには、さんざん引っ張り回されたよな」

【かなで】「えー、やんちゃだったのはこーへーでしょ」

どの口で言うか。

【孝平】「俺のことイカダで島流しにしたじゃないですか」

【かなで】「そうだっけ?」

マジで忘れてるのか。

【孝平】「入っちゃいけない池で泳がされたこともあったような」

【陽菜】「あははは、あのときはすごく怒られたよね」

【孝平】「おまけにおぼれかけた」

【かなで】「冒険せよ、若人!」

サムズアップされても困る。

【瑛里華】「それ、千年泉でしょ」

じっとりした目で見られた。

【孝平】「いや、名前は知らないが」

【陽菜】「監督生棟の上の方だったから、そうだと思う」

【瑛里華】「征一郎さんが聞いたら激怒するわよ」

【瑛里華】「あそこ、島に古くから住んでる人にとって大切な場所だから」

【孝平】「そうだったのか」

【瑛里華】「ま、子供のころなら仕方ないけどね」

【孝平】「ともかくかなでさんは今と変わらず無茶苦茶だったってこと」

【かなで】「そういうまとめしない」

【陽菜】「あ、そうだ。とっておきの話があるの」

陽菜が俺を見る。

【孝平】「……」

もしかして、文通の話か?

あれはちょっと痛い。

それに他の人に話して欲しくないというのもある。

【孝平】「なんだ?」

【陽菜】「子供のころね、孝平くんのこと好きだったみたい」

部屋に静寂が下りた。

……。

なんだって?

俺のことが……?

【かなで】「なんですとーーっっ」

かなでさんがテーブルに身を乗り出す。

【孝平】「い、いきなり何を……」

無意識に副会長を見る。

【瑛里華】「い、今は?」

【陽菜】「心配しないで、今はお友達だよ」

ちょっと紅潮しつつ、陽菜が顔の前で手を振る。

【孝平】「そう言われると寂しいものがある」

【かなで】「えりりんとひなちゃん、両方ねらう気かっ」

かなでさんが立ち上がる。

【孝平】「冗談ですって」

【かなで】「本気だったら、こーへーの口と鼻をシールでふさぐからね」

びしっと言って、かなでさんが座る。

【孝平】「昔話はやめよう、恥ずかしすぎる」

【陽菜】「そうだね」

くすくすと陽菜が笑う。

【陽菜】「でもね、こういうこと思い出せて私は嬉しいの」

【陽菜】「記憶を戻すのすごく怖かったと思うけど……」

【陽菜】「勇気を出してくれてありがとう、千堂さん」

微笑みを崩さぬまま陽菜が言った。

おそらく心からの言葉だろう。

それを感じたのか、副会長が眉を悲しげにゆがませ──

また笑顔になる。

【瑛里華】「こちらこそ、悠木さん」

【かなで】「よーし、一件落着」

冷めたお茶を飲み干し、かなでさんが立ち上がる。

【かなで】「ではひなちゃん、引き上げ」

【孝平】「まだ消灯まで時間ありますけど」

【かなで】「いいのいいの、ひなちゃん」

【陽菜】「うん、そうだね」

示し合わせるようにうなずいて、二人は食器を片づけはじめる。

少しして、悠木姉妹は慌ただしく部屋を出ていった。

【瑛里華】「なんだか、気を遣われてない?」

【孝平】「かなでさんも好きだよな、こういうお節介」

そう言ったのは気恥ずかしさ半分だった。

【孝平】「今日のこと、これで良かったんだよな?」

【瑛里華】「うまく言葉が見つからないけど……良かったと思う」

【瑛里華】「とても満たされてる気がするから」

【孝平】「そっか」

【瑛里華】「それじゃ、消灯も近いし帰るわ」

【孝平】「ああ」

ドアを開き手で支える。

【瑛里華】「おやすみなさい」

【孝平】「また明日」

別れの挨拶を交わしながらも、俺たちの視線は絡まったままだ。

【孝平】「どうした?」

【瑛里華】「いいえ」

【瑛里華】「それじゃ、また」

【孝平】「お疲れ」

髪をひるがえし、副会長が廊下を歩きだした。

【孝平】「……」

心のどこかが、もっと後ろ姿を見ていたいと主張する。

そんな色ボケした意見を理性で押し潰す。

また明日会えるさ、と。


//Another view : Erika//


立ち尽くしていた。

後ろ髪を引かれながらも振り切り、階段まで来たけど……、

そこで足が止まってしまった。

めまいに似た感覚が身体を走り抜け、動けない。

【瑛里華】「なに、これ……」

無意識に胸へ手を当てていた。

崩れ落ち砂になる。

空洞が生まれる。

その虚ろに風が吹き込む。

胸の中が空虚に蹂躙されていく。

照明が落ちた。

それが消灯時間ゆえだと気づくのに時間がかかる。

恋の切なさなのか?

違う。

恋愛の狂おしい熱は感じない。

むしろ身体はつららを差し込まれたように凍てついていく。

どこまでも落ちていくような、世界から切り離されていくような感覚。

これを不安というのなら、あまりに絶望的すぎる。

膝を着き、闇へ落ちる喪失感をやり過ごす。

入れ替わるように赤い衝動が突き上げてきた。

情念の波が思考を飲みこむ。

波が引いた後に残るのは──

支倉くん。

支倉くん。支倉くん。

支倉くん。支倉くん。支倉くん。

埋め尽くされる。

一切が「支倉くん」に埋め尽くされる。

手で口を押さえる。

いつの間にか中指の腹が口に入っている。

ぶつり。

皮膚が裂け液体が溢れた。

味などない。

こんなもの水と変わらない。

早く、

早く部屋に戻らなければ。

支倉くんを傷つけるよりも早く。

//Another view ends//