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//May 28//


朝。

いつもの時間に寮を出ると、副会長が待っていた。

【孝平】「おはよう」

【瑛里華】「おはよう」

安心したような笑みを浮かべる副会長。

【孝平】「昨日も辛かったのか?」

俺の問いには答えず、副会長は手を握ってきた。

それが答えだろう。

【孝平】「行こう」

【瑛里華】「ええ」

副会長には、不安になったら電話しろと言っていたが、今のところ電話はなかった。

遠慮してるんだろうな。

【瑛里華】「今日は夢見が悪かったの」

【孝平】「何日か前にも言ってたよな」

【瑛里華】「そうなのよ」

【瑛里華】「なんだか最近増えてる気がする」

【孝平】「吸血鬼騒ぎがあってからいろいろと忙しかったし、疲れてるんじゃないか」

【瑛里華】「そうかもしれないわね」

体力面では優れている吸血鬼も、心は人間と同じだ。

ストレスも溜まるだろう。

【孝平】「前も聞いたけど、どんな夢見てるんだ?」

【瑛里華】「変な夢なのよ」

【瑛里華】「暗い部屋の真ん中に椅子があって、そこに私が座ってるの」

【瑛里華】「壁とか床は石造りで、古いお城の中みたいなところなのよ」

【孝平】「副会長の家じゃないのか?」

【瑛里華】「いいえ、見たことない場所だわ」

【孝平】「それでどうなるんだ?」

【瑛里華】「私の周りにはマネキンみたいな人がたくさん立ってるの」

【瑛里華】「生きてるみたいなんだけど、しゃべらないし動きもしないのよ」

【瑛里華】「結局なにも起こらないんだけど……」

【瑛里華】「怖くて、不安になって、目を開けていられなくなったところで夢が覚めるのよ」

【孝平】「不安?」

【瑛里華】「ええ、支倉くんと別れた後に感じるのと同じようなヤツ」

【瑛里華】「朝起きると、身体の中身がごっそりなくなったような感じがするわ」

悪夢100%だ。

俺がそんなの見たら、一日食欲なくすだろうな。

【孝平】「しんどかったな」

副会長の手を温めるように握る。

【瑛里華】「ほんと、たまにはいい夢見たいわ」

【瑛里華】「今度、私の夢に出てくれない?」

【孝平】「無茶言うな、おい」

【瑛里華】「冗談、冗談」

【孝平】「よく見る夢って誰でもあると思うし、気にするなよ」

【瑛里華】「支倉くんは、どんなの見るの?」

【孝平】「空飛ぶヤツかな」

【瑛里華】「あ、それって欲求不満って話よ」

【孝平】「マジか」

【瑛里華】「支倉くん、いやらしい」

【瑛里華】「彼女としては身の危険を感じるわね」

【孝平】「夢で人を判断するなって」

【瑛里華】「あはは、怒った」

副会長の顔に明るさが戻る。

やっぱり副会長は、笑ってる顔が一番だ。

できることなら、不安など感じさせずにずっと笑顔でいてもらいたい。

【青砥】「紅瀬~、いないのか~」

滞りなく進んでいた出席が、紅瀬さんのところでひっかかった。

【青砥】「また遅刻か。しょうがないヤツだ」

アオノリが、出席簿にチェックを入れる。

【青砥】「帰りのホームルームで確認するから、紅瀬が出てきた時間を覚えておいてくれよ」

教室からぱらぱらと返事の声が上がる。

このクラスではよくあることだ。

何も気にする必要はない。

何も……。

結局──

帰りのホームルームが終わっても、紅瀬さんは姿を現さなかった。

昨日の涙を見ているせいで、どうしても嫌な想像をしてしまう。

ただの欠席ならいいんだが……。

早足で監督生室へ向かう。

【孝平】「ちわす」

【白】「あ、こんにちは」

部屋にはいつものメンバーしかいない。

【孝平】「やっぱいないか」

【瑛里華】「紅瀬さんのこと?」

【孝平】「ああ。今日学校に来てないんだ」

昨日のうちに、紅瀬さんの涙について報告しとけばよかった。

ちょっと悔やまれる。

【瑛里華】「また? ホントしょうがないわね」

【孝平】「いやまあ、欠席自体は珍しくないんだが」

みんなに昨日のことを話すと、部屋の空気が変わった。

【瑛里華】「紅瀬さんが涙を?」

【孝平】「ああ」

【伊織】「よろしくないね」

【瑛里華】「兄さん、寮に紅瀬さんがいるか確認して」

【伊織】「わかった」

【征一郎】「俺は伽耶様のところへ行ってみよう」

二人が部屋から出ていく。

【白】「わたしも探してきます」

【瑛里華】「手がかりもないのに、どこを探すのよ」

【白】「え、えと……きっとどこかにいらっしゃいます」

白ちゃんが部屋を出て行く。

【孝平】「俺たちはどうする?」

【瑛里華】「まずは兄さんからの連絡を待ちましょう」

【瑛里華】「そんなに時間はかからないはずだわ」

【孝平】「わかった」

わきあがる不安を押し込め、じっと椅子に座る。

【瑛里華】「でもあの子、紅瀬さんのことになると変わるわね」

【孝平】「白ちゃんか……眷属ってことで意識してるんじゃないか?」

【瑛里華】「あら、白のこと知ってたの?」

そういえば、まだ報告してなかった。

【孝平】「前に白ちゃんに言われたんだ」

【孝平】「自分が副会長の眷属になるから、支倉先輩は眷属にならなくていいって」

【瑛里華】「はあ……とうとう言ってきたか」

【孝平】「東儀家のしきたりなんだろ?」

【瑛里華】「そうね。バカみたいに理不尽な話よ」

【孝平】「でも、白ちゃんは嫌がってないみたいだったけど」

【瑛里華】「あの子、眷属を友達かなんかだと思ってるのよ」

【瑛里華】「そんないいものじゃないのに」

副会長が視線を落とす。

【孝平】「白ちゃんを眷属にする気はないんだろ?」

【瑛里華】「当然よ。あの子には自由に生きて欲しいもの」

憮然とした表情で言う。

【孝平】「白ちゃんは、紅瀬さんから眷属になるヒントを聞きたいのかもしれないな」

【瑛里華】「白にしてみれば、紅瀬さんがうらやましいのかもしれないわね」

白ちゃんがそう考えることすら、自分のせいだと言わんばかりの口ぶりだった。

【孝平】「いまだによくわからないんだが、東儀家と千堂家ってどういう関係なんだ?」

【瑛里華】「見る人によって違うわ」

【瑛里華】「島の人には、東儀家の客分として見られてるわね」

【瑛里華】「名主のお客様だから、無下にはできないって感じかしら」

【孝平】「実際には、東儀家に生まれた吸血鬼を集めたのが千堂家なんだよな」

【瑛里華】「結局は東儀家の保身のための処置だから、どこか後ろめたいところがあるんでしょうね」

【瑛里華】「罪滅ぼしとして、眷属を差し出したり世間の目をごまかしたりしてくれてるわ」

【瑛里華】「ただ、それを逆手に取ってるのがあの人」

【孝平】「伽耶さんか」

【瑛里華】「そう。東儀家が強く出られないのをいいことに、やりたい放題ね」

【瑛里華】「東儀家の人間なんて、玩具としか思ってないみたい」

【瑛里華】「私なんかは東儀家を対等だと思ってるし、兄さんもずっと友達みたいに付き合ってるわ」

【孝平】「なるほどな」

【瑛里華】「難しい問題ね」

【瑛里華】「兄さんなんかはまた違った考え方をしているかもしれないし」

【瑛里華】「征一郎さんや白も、違うことを言うかもしれないわ」

肩をすくめる副会長。

ちゃらちゃちゃーちゃらちゃちゃー♪

突然、副会長の携帯が鳴った。

【瑛里華】「はい……ええ、そう……了解」

ぱたりと電話を閉じる。

【瑛里華】「兄さんだった」

【瑛里華】「紅瀬さん、寮にもいないって」

【孝平】「そっか」

嫌な予感が的中した。

【瑛里華】「あとは征一郎さんね」

【孝平】「ああ」

見つかるのはいいことだが、伽耶さんのそばにいるとすればそれはそれで心配だ。

【孝平】「俺たちも探そう」

学院の敷地内にいるとは限らないが、街まで捜索するには人手不足も甚だしい。

まずは、手の届く範囲をしらみつぶしに行こう。

ちゃらちゃちゃーちゃらちゃちゃー♪

また携帯が鳴った。

【瑛里華】「はい……了解」

【瑛里華】「私たちは学院内を探してるわ」

【瑛里華】「ええ、お願い」

【孝平】「東儀先輩?」

【瑛里華】「ええ。あの人のところにはいなかったそうよ」

【孝平】「よし、手分けして探そう」

別れて捜索を始める。

しばらく歩き回ったが、紅瀬さんは見つからなかった。

副会長はどうだろう。

電話をかけてみる。

プルルルル……プルルルル……

【瑛里華】「もしもし」

【孝平】「そっちはどうだ?」

【瑛里華】「いないわ」

【孝平】「こっちもだ。今どこにいる?」

【瑛里華】「千年泉」

【孝平】「千年泉? なんでまた?」

【瑛里華】「途中で白に会ったんだけど、以前、山に入っていく紅瀬さんを見たことがあるって言うのよ」

【瑛里華】「それで、これから山に入ってみようかと思って」

もうすぐ日が傾く時間だ。

【孝平】「もうすぐ日が落ちる。一人じゃ危ないし、俺も行く」

【瑛里華】「大丈夫よ」

【孝平】「女の子を一人で山に行かせられるかって」

【瑛里華】「もう、しょうがないわね」

少しくすぐったそうに言う副会長。

【孝平】「じゃ、ちょっと待っててくれ」

監督生棟の裏手を進み、目的地に到着する。

【孝平】「お待たせ」

【瑛里華】「お疲れさま」

副会長の背後には、大きな池が見えている。

昔ここで遊んだはずだが、さすがに景色までは覚えていなかった。

【瑛里華】「ここで遊んだことあるんだっけ?」

俺の視線に気づいたのか、副会長が言う。

【孝平】「ああ。かなでさんのおかげで溺れかけた」

【瑛里華】「よくこんなところまで来たわよね」

【孝平】「子供は探検とか好きだからな」

特にかなでさんは。

【孝平】「で、どこに行くんだ」

【瑛里華】「この道を進んでみましょう」

副会長が先頭に立って山道へ分け入っていく。

山道を登り尾根筋に出た。

夕日に照らされる市街地、その先には金色に輝く海が一望できた。

【孝平】「すごい景色だな」

【瑛里華】「きれいね」

捜索中でなけりゃ、日が落ちるまでずっと見ていたいくらいだ。

見納めとばかり、端から端まで景色を眺める。

【孝平】「あれ?」

【孝平】「もしかして」

視界の隅に誰かの影が入った。

【瑛里華】「見つけたわ」

【孝平】「ふう……よかった」

まずは胸を撫で下ろす。

【瑛里華】「さーて、事情を伺ってみましょうか」

二人で紅瀬さんに近づいていく。

紅瀬さんは草むらに腰を下ろして遠くを眺めていた。

視線は弱く、この美しい景色が目に入っているかは定かじゃない。

【孝平】「紅瀬さん」

【桐葉】「……」

反応は返ってこない。

【孝平】「なあ、返事してくれよ」

【瑛里華】「ずいぶん探したのよ」

【桐葉】「おせっかいね」

【桐葉】「探してなんて頼んでないわ」

【瑛里華】「だったら、心配かけるような消え方しないで」

【瑛里華】「そういうのは子供のやることよ」

副会長の語調は強かった。

本気で心配していたのだろう。

【孝平】「ともかく学院へ戻らないか? もうすぐ日も暮れるし」

【桐葉】「放っておいて」

そう言って、海の彼方に顔を向ける。

こいつは手こずりそうだ。

【孝平】「記憶が戻ってよかったんじゃないのか?」

【桐葉】「どうかしら」

【桐葉】「もしかしたら、以前の方が幸せだったのかもしれない」

【孝平】「せっかく自由になれたのに」

【桐葉】「鉱物に自由も不自由もないわ」

【桐葉】「ただそこにあるだけよ」

【孝平】「どういう意味?」

【桐葉】「……」

【瑛里華】「貴女、しゃべれないの?」

【桐葉】「少し一人にして」

【孝平】「少ししたら戻ってきてくれるのか?」

【桐葉】「わからないわ」

【孝平】「戻ってきてくれ」

【孝平】「じゃないと、白ちゃんが悲しむ」

【桐葉】「……」

紅瀬さんの表情に、少しだけ感情が現れた。

【孝平】「これ、渡しておくから」

紅瀬さんの脇に俺の携帯を置く。

【桐葉】「どうしろと言うの?」

【孝平】「とにかく持っててくれ」

【孝平】「もし何かあったら、副会長に電話を」

【孝平】「あと、副会長以外からの電話には出ないで欲しい。誤解されると面倒だから」

俺の電話に紅瀬さんが出たら、いろいろヤバい。

【桐葉】「……」

紅瀬さんは、海を見つめたまま返事をしない。

もうどうしようもなさそうだ。

【孝平】「じゃ、帰るから」

副会長が俺を見る。

軽くうなずいて応えた。

【瑛里華】「紅瀬さん、あんまり心配かけないでね」

【瑛里華】「それじゃ」

【孝平】「またな」

反応のない紅瀬さんに別れを告げ、俺たちは学院へ戻る。

【瑛里華】「紅瀬さん、大丈夫かしら?」

【孝平】「わからん」

【孝平】「ま、一人になりたい時もあるだろ」

【瑛里華】「あのまま行方不明になるかもしれないわよ」

【孝平】「だから携帯を渡したんだ」

【瑛里華】「ちゃんと持っててくれればいいけど」

【孝平】「そればっかりは祈るしかないな」

【瑛里華】「ずいぶん優しいじゃない」

【瑛里華】「もしかして、紅瀬さんのこと気に入ったりしてる?」

【孝平】「妬いてるのか?」

【瑛里華】「生意気言わないの」

そう言いながら、頬を膨らます。

【孝平】「まあ、白ちゃんが悲しむってのもあるし」

【孝平】「伽耶さんとのこと、もっと聞いてみたいからな」

【瑛里華】「そういえば、眷属になったときのこと、まだ答えてもらってなかったわ」

【孝平】「ああ。さっき言ってた鉱物ってのも気になるし」

【孝平】「昔から伽耶さんの眷属をやってたなら、きっといろいろ知ってると思うんだ」

【孝平】「あとはなんつっても、紅瀬さんがいないと書類整理が大変だからな」

【瑛里華】「今となっては、貴重な戦力ね」

副会長が笑う。

【瑛里華】「戻ってきてくれればいいけど」

【孝平】「眷属は腹減るんだろ? そのうち戻ってくるさ」

【瑛里華】「ええ、期待しましょう」

【瑛里華】「そうだ、みんなに連絡しないと」

【孝平】「頼んだ」

副会長が電話しているあいだ、俺の頭には紅瀬さんの言葉が蘇っていた。

【桐葉】「もしかしたら、以前の方が幸せだったのかもしれない」

顔もわからない主を、何年も捜し続けていた紅瀬さん。

しかも、主の記憶は伽耶さん自身が消したもの。

そんな冗談みたいな生活が幸せだったというのだろうか。

いったい、眷属ってのはなんなんだろう。

副会長は血液タンクだと言うし、白ちゃんは友達だと言う。

そのどちらも、紅瀬さんには当てはまらない気がする。

戻ってきたら、聞いてみなくちゃいけないな。


//Switch POV to student council//


【伊織】「わかった。お疲れさん」

【征一郎】「見つかったのか」

【伊織】「ああ、山の中にいたとさ」

【伊織】「ちなみに、今日のところは戻ってくる気はないらしいね」

【征一郎】「野宿する気か」

【伊織】「みたいだね。志津子ちゃんへの説明よろしく」

【征一郎】「なんとかしよう」

【伊織】「しかし、紅瀬ちゃんをどう思う?」

【征一郎】「興味深いな」

【伊織】「そんなことはわかってる」

【伊織】「眷属は何人も見てきたが、紅瀬ちゃんは誰とも違う」

【伊織】「眷属をモノとしか思っていないあの女が、わざわざ嫌がらせをしているんだ」

【征一郎】「おそらく、かなり古くからの眷属なのだろう」

【伊織】「うらやましいか?」

【征一郎】「なぜ俺がうらやむ」

【伊織】「征もいずれはあの女の眷属になるんだ」

【伊織】「代々の眷属みたいに使い捨てにされるよりは、紅瀬ちゃんみたいになったほうがマシだろ?」

【征一郎】「すべては伽耶様しだいだ。なるようにしかならん」

【伊織】「それで尻尾を振ってるわけか」

【征一郎】「……」

【伊織】「ま、そのおかげで今回は助かったわけだし、悪いことは言えないね」

【征一郎】「シスター天池のことか」

【伊織】「ああ。征が教えてくれなかったら、志津子ちゃんはおそらく死んでた」

【伊織】「感謝してるよ」

【征一郎】「今回は伽耶様もやり過ぎだ」

【征一郎】「部外者を巻きこむのは感心しない」

【伊織】「バランスを取ってもらえて助かるよ」

【征一郎】「そう思うなら、もう少しマシに振る舞ってもらいたいものだな」

【伊織】「俺が蒔いた種だって言うのか?」

【征一郎】「違うとでも?」

【伊織】「仕方ないことさ」

【伊織】「あの女がきっちり畑を耕してくれるんだからな。さあ種を蒔けってね」

【征一郎】「なぜそこまで嫌う」

【伊織】「憎しみを憎しみで返しているだけさ」

【伊織】「お前が生まれる前から、ずっと続いてきたことだ」

【伊織】「あの女がどんなヤツか、お前が一番知ってるだろ?」

【征一郎】「だからこそ何度も言っている」

【伊織】「もういい、時間の無駄だ」

【征一郎】「伊織、聞け」

【伊織】「遠慮させてもらうよ」

【伊織】「少なくとも、今のお前から建設的な意見が聞けるとは思えない」

【伊織】「いや、これからもずっとだな」


//May 29//

放課後になった。

今日も紅瀬さんは顔を出していない。

腹も減ってるだろうに。

【孝平】「こんちはー」

まず部屋を見回す。

いつものメンバーだけで、紅瀬さんの姿はない。

【孝平】「紅瀬さんから電話あった?」

【瑛里華】「ないわ」

【瑛里華】「昼休みに、こっちからかけたんだけどダメだった」

【孝平】「そうか」

ちゃんと携帯を持ってくれているのだろうか。

【孝平】「ちょっと様子見てくるよ」

【伊織】「その必要はないみたいだよ」

会長が窓から外を眺めて言う。

【白】「紅瀬先輩がこっちに向かってます」

俺も窓際に向かう。

監督生室と噴水広場とをつなぐ石段を、紅瀬さんが上ってきていた。

【白】「わ、わわ、わたし、お茶の準備をしておきます」

大興奮の白ちゃんが、給湯室へ飛び込む。

【瑛里華】「どういう心境の変化かしら」

【伊織】「お腹でも空いたんじゃないかな」

【瑛里華】「だったら学食行くでしょ」

【征一郎】「いずれわかることだ」

【瑛里華】「ま、そうね」

【瑛里華】「大人しく待ってましょう」

そうは言われても、なんとなくドキドキしてしまう。

紅瀬さんは、どんなことを話すのだろうか。

【桐葉】「失礼するわね」

ほどなくして、紅瀬さんが到着した。

【伊織】「やあ紅瀬ちゃん、よく戻ってきてくれたね」

【伊織】「とにかく座ってよ」

会長が慇懃に椅子を引く。

【桐葉】「ありがとう」

紅瀬さんは大人しく腰を下ろす。

【白】「お久しぶりです、紅瀬先輩」

すかさず白ちゃんがお茶を提供した。

【桐葉】「数日前に会ったと思うけど」

【白】「そ、それはそうなんですが……なんとなく、気持ちの問題で」

【瑛里華】「ずっと会いたかったんだって」

【桐葉】「そう」

素っ気なく言って、紅瀬さんはお茶に口をつける。

【桐葉】「いい香りね」

【白】「あ、はい、ありがとうございます」

白ちゃんが嬉しそうに言う。

【孝平】「戻ってきてくれてよかった」

【桐葉】「貴方のために戻ってきたわけではないから」

と、紅瀬さんは制服のポケットから何か取り出す。

机に置かれたのは、俺の携帯だった。

【桐葉】「これ、朝、いきなり音がして驚いたわ」

【桐葉】「鳴りやんでも、少しするとまた音がするのよ」

【孝平】「何時くらい?」

【桐葉】「8時前かしら」

【孝平】「それはアラームだ」

目覚まし設定を切り忘れていたらしい。

【桐葉】「アラーム?」

なにそれ? みたいな顔をしている。

【孝平】「目覚まし時計だ」

【孝平】「知らなかったのか?」

【桐葉】「新しい機械はわからないのよ」

部屋が静かになった。

【瑛里華】「意外な弱点があるのね」

【伊織】「はははは、紅瀬ちゃん機械音痴だったのか」

【桐葉】「使う必要がないのだから、仕方ないでしょう」

悔しそうな紅瀬さん。

しかし、アラームが止まらなくて焦っている紅瀬さんを想像すると、思わず笑ってしまう。

【桐葉】「ともかく、いきなり音が鳴るのは困るから返すわ」

【孝平】「いや、ここのボタン押せば止まるぞ」

【桐葉】「教えてくれなくて結構」

【桐葉】「それじゃ」

【孝平】「待った待った待った」

立ち上がりかけた紅瀬さんを止める。

【桐葉】「なに?」

【孝平】「どこ行くんだ?」

紅瀬さんが、一瞬だけ迷うような表情を見せる。

【孝平】「決まってないなら、少しここにいてくれ」

【桐葉】「特に用はないけど」

【伊織】「では、仕事をしてもらおう」

【桐葉】「仕事を手伝うのは、伽耶と面会させてもらう交換条件だと思っていたけど」

【伊織】「なら、その契約はもう履行されたということで、改めてお願いするよ」

【伊織】「君の事務処理能力を高く買っているんだ」

【桐葉】「断るわ」

即答。

【伊織】「今の君にはぴったりの仕事だと思うんだけどね」

【桐葉】「言っていることがわからないけど」

【伊織】「急にすることがなくなって、どうしていいかわからないんだろう?」

【桐葉】「っっ」

紅瀬さんが明らかに動揺する。

彼女がここ数日悩んでたのは、このことだったのかもしれない。

【孝平】「もし今後のことが決まってないなら、決まるまでここにいたらどうだ?」

【孝平】「どうするか決まって出ていくって言うなら止めないし」

【瑛里華】「手を動かしていれば気もまぎれるでしょうし、ゆっくり今後を考えてみたら?」

【白】「また一緒にお仕事しましょう」

紅瀬さんは、湯飲みの中で揺れる液体を見つめている。

紅瀬さんの返事を待ち、唾を飲みこむ。

【桐葉】「わかったわ」

【白】「ありがとうございますっ」

飛び上がらんばかりに喜ぶ白ちゃん。

【桐葉】「何がそんなに嬉しいの?」

【白】「いえ、口で説明するのは難しいのですが……ええと……」

【桐葉】「いいわ、言わなくて」

【伊織】「いやぁ、仲間が増えるのは喜ばしい限りだ」

【伊織】「それが紅瀬ちゃんみたいな美人なら、なおさらだよ」

【桐葉】「それはどうも」

【桐葉】「でも、気が変わったらすぐに出ていくわよ」

【孝平】「わかってる」

【孝平】「ただ、その時は一言かけてくれ。昨日みたいにいきなりいなくなるのはナシだぞ」

【桐葉】「覚えておくわ」

【征一郎】「では、さっそく仕事を頼もう」

【桐葉】「ええ」

紅瀬さんが席を立ち、東儀先輩と書類棚へ向かう。

机に置かれた携帯を手に取る。

丁寧に扱ってくれたようで、汚れ一つ付いていなかった。

【瑛里華】「携帯、役に立ったわね」

【孝平】「想定してなかった活躍の仕方だったけどな」

携帯を開くと、副会長からの着信履歴が何回かあった。

紅瀬さんといがみ合ってる副会長だけど、かなり心配してたんだな。

【孝平】「メッセージが入ってるな」

【瑛里華】「再生しちゃダメ!」

【瑛里華】「今すぐ消して、私の見てる前で、一秒でも早く」

【孝平】「なにムキになってんだ?」

【瑛里華】「い い か ら」

【孝平】「残念」

仕方なくメッセージを消去する。

【瑛里華】「消した?」

【孝平】「ああ」

【瑛里華】「よろしい」

満足げにうなずく副会長。

【瑛里華】「あー、今日一番緊張したわ」

顔をぱたぱた扇ぐ。

まあなんだ……。

紅瀬さんを説得しようとして、真剣なトークでも入れてしまったのだろう。

【孝平】「じゃ、俺たちも仕事するか」

【瑛里華】「そうね」

【瑛里華】「紅瀬さんが戻ったからって、楽はさせないからね」

【孝平】「わかってるって」

副会長と笑みを交わして、俺たちは今日の仕事に取りかかった。

各自の仕事も終わり、監督生室にゆったりした空気が流れ始めた。

それを察した白ちゃんが、お茶の用意を始める。

【征一郎】「紅瀬は覚えが早いな」

【征一郎】「いや、年長者には失礼な言い方だったな」

【桐葉】「構わないわ」

【桐葉】「ところで、もう仕事がないなら帰るけど」

【瑛里華】「白がお茶淹れてるから、飲んでいったら」

紅瀬さんは目でうなずいて、椅子に座り直す。

【伊織】「そう言えば、紅瀬ちゃんっていつから生きてるんだい?」

【桐葉】「正確にはわからないけど、だいたい250年前くらいだと思うわ」

【伊織】「おや、大先輩だね」

【孝平】「だったら、伽耶さんもそのころから生きていたことになるな」

【瑛里華】「紅瀬さんを眷属にした段階で、何歳だったかはわからないけどね」

【桐葉】「伽耶と私は、二、三歳しか離れていないの」

【桐葉】「私たちは幼なじみなのよ」

【瑛里華】「おさな、なじみ?」

【桐葉】「ええ、よく一緒に遊んだわ」

俺は、なぜか紅瀬さんの言葉に驚いていた。

何に驚いたんだろう?

伽耶さんと紅瀬さんの歳が近いことか?

二人が幼なじみだったことか?

いや、違うな。

伽耶さんに幼なじみがいたことに驚いたんだ。

この感じは、親が職場の同僚と話してるのを目撃したときの感覚に似ている。

親としてしか認識していなかったその人に、未知の顔があったことに驚くのだ。

【桐葉】「そんなに驚くことかしら?」

【瑛里華】「いえ……別におかしくないわ」

なんとか笑顔を作る副会長。

会長は瞬きもせず、テーブルを凝視している。

完全に動きが止まっていた。

紅瀬さんは、そんな二人を冷たい瞳で見つめている。

【白】「お茶をお持ちしました」

白ちゃんがお茶を配る。

【白】「深刻なお話ですか?」

【孝平】「紅瀬さんは、伽耶さんの幼なじみなんだって」

【白】「ええっ!?」

【孝平】「やっぱ驚くよな」

【白】「はい……でも、よいお話だと思います」

【白】「紅瀬先輩は、眷属になられる前から伽耶様とお友達だったのですか?」

【桐葉】「そうね」

【白】「素晴らしいです」

感激しているようだ。

白ちゃんは、眷属を吸血鬼の友人だと言っていた。

元からの友人が眷属になることを理想にしているのかもしれない。

【孝平】「漠然とした質問なんだけど、眷属って結局なんだと思う?」

【桐葉】「本当に漠然としてるわね」

【孝平】「伽耶さんが眷属を作ることにすごく執着してるんだ」

【孝平】「その理由を知りたくてさ」

【瑛里華】「いざというときに血を吸うための存在でしょ?」

【桐葉】「伽耶に血を吸われたことないけど?」

【桐葉】「第一、彼女とは数十年に一回くらいしか会わないし」

【孝平】「だったら、伽耶さんはどうして紅瀬さんを眷属にしたんだ?」

【桐葉】「知らないわ、本人に聞いて」

【桐葉】「私はずっと鬼ごっこをしていただけよ」

なら、どうして伽耶さんは眷属に固執するのだろう?

鬼ごっこをすることが重要なのか?

さっぱりわからない。

【征一郎】「話は変わるが……」

紅瀬さんが目で先を促す。

【征一郎】「伽耶様には親がいたのか?」

【桐葉】「当然でしょう」

【桐葉】「コウノトリが運んでくるとでも?」

【瑛里華】「それって、千堂家の人?」

【桐葉】「そのころ千堂家は存在していないわ」

紅瀬さんが眉をしかめる。

何を言ってるの? といった表情だ。

【桐葉】「伽耶は、マレヒトと呼ばれていた人の子よ」

【桐葉】「どこかから島に渡って来たようね」

【桐葉】「医療や農業の進んだ知識を持っていて、とても尊敬されていたわ」

【桐葉】「そのマレヒトと島の娘の間に生まれたのが伽耶よ」

【伊織】「あの女は、生まれた頃から吸血鬼だったのかい?」

会長がようやく口を開く。

【桐葉】「知らないわ」

【桐葉】「私を眷属にした時に吸血鬼だったのは確実だけど」

紅瀬さんは言葉を切り、お茶に口をつける。

【白】「あの、紅瀬先輩はどのような経緯で眷属になったんですか?」

【桐葉】「私がまだ子供だったころだけど……」

【桐葉】「伽耶は両親を亡くして、東儀家に引き取られたわ」

【孝平】「亡くなった?」

【桐葉】「疫病が流行ったの」

吸血鬼は病気にならないはずだ。

だとすれば、両親は人間だったのだろう。

それに、吸血鬼は子供を作れないと副会長も言ってたし。

【桐葉】「それから、伽耶の性格が変わってしまったのよ」

【桐葉】「事あるごとに怒鳴り散らすようになって、周囲からは鬼の子だと言われたわ」

【桐葉】「友達も減って、最後に残ったのは私だけだった」

【桐葉】「そのうち眷属にされて、後はずっと鬼ごっこよ」

【瑛里華】「初めて聞くことばかりだわ」

【桐葉】「貴方たち、伽耶のことを何も知らないのね」

【伊織】「あの女が何も言わないからね」

肩をすくめる会長。

【桐葉】「貴方、伽耶をずいぶん嫌っているじゃない」

【伊織】「それなりのことがあってね」

【伊織】「紅瀬ちゃんだって、相当ひどいことをされてきただろう?」

【伊織】「主の記憶を消してから自分を探させるなんて、嫌がらせ以外の何ものでもない」

【桐葉】「そうね」

紅瀬さんが窓の外を見る。

今までの生活に思いをはせるように、眼を細めた。

【桐葉】「でも、今になってみると、伽耶のおかげで生きてこられたようにも思うの」

【伊織】「おや、意外な答えだ」

【桐葉】「貴方が一番実感していると思ったけど」

【伊織】「あいにく同意できないな」

【桐葉】「長い間、伽耶と生きてきたんでしょう?」

皮肉っぽく口の端を吊り上げる。

【伊織】「そのせいで、恨みしか残っていないのさ」

【桐葉】「バカね……」

【伊織】「きっついなあ、紅瀬ちゃん」

会長が笑う。

だが、目は笑っていなかった。

【桐葉】「もう話し疲れたわ。帰っていいかしら?」

【征一郎】「ああ。引き止めて悪かったな」

【桐葉】「いいえ」

紅瀬さんが立ち上がる。

【桐葉】「そう……貴女」

紅瀬さんが副会長を見る。

【瑛里華】「私?」

【桐葉】「いま気がついたけど、子供の頃の伽耶にそっくりよ」

【瑛里華】「あの人に?」

【瑛里華】「ショックなんだけど」

【桐葉】「褒めてるのよ」

【桐葉】「明るくて優しくて、いい子だってことだから」

【瑛里華】「あ り が と」

ぶすっと答える副会長。

【桐葉】「だから、いじめたくなるのかもしれないわね」

【瑛里華】「はあ!?」

そんな副会長をみて、かすかに笑う紅瀬さん。

【桐葉】「あの子のようにならないで」

涼やかな声を残して、紅瀬さんがドアの向こうに消えた。

部屋に静寂が訪れる。

誰もが戸惑っていた。

……。

無言のまま、東儀先輩が帰り支度を始める。

それが合図となり、残りの全員も席を立った。

部屋に戻ってからも、俺は紅瀬さんの言葉を反芻していた。

ベッドに寝転び250年前に思いをはせる。

マレヒトという名の謎の人物。

どこからか島にやってきたという。

マレヒトは進んだ知識を持っていて、島で尊敬されるようになった。

そんな人と、島の女性の間に生まれたのが伽耶さん。

いったいどんな生活をしていたのだろう?

紅瀬さんを初めとした友達と、毎日かけっこでもして遊んでいたのだろうか。

しかし、島に疫病が流行り両親は亡くなった。

きっと島の人もたくさん亡くなったのだろう。

両親を失った伽耶さんは東儀家に引き取られ、性格が変わってしまった。

鬼の子と呼ばれ、友達も減り、最後までそばにいてくれた紅瀬さんを眷属に……。

細かいことはさっぱりわからないけど、伽耶さんもいろいろ辛い目にあったんだろうな。

【孝平】「……」

冷蔵庫まで移動し牛乳を取り出す。

ラッパ飲みしてみた。

身体の中を冷たい液体が滑り落ちていく。

【孝平】「ふう……」

そう言えば、伽耶さんがどうして眷属にこだわるのか、結局わからなかったな。

紅瀬さんの眷属としての人生を聞く限り──

彼女は血液タンクでも、ずっとそばにいる友人でもない。

伽耶さんはそこに、何を求めていたのだろう?

本人に確認するのが一番だが……教えてくれないだろうな。

ぴりりりっぴりりりっ

【孝平】「お」

電話が鳴った。

副会長だ。

【孝平】「もしもし」

【瑛里華】「あ、いま電話大丈夫?」

【孝平】「ああ、どうしたんだ?」

【瑛里華】「今から部屋に行っていい?」

【孝平】「構わないぞ」

【孝平】「また不安になったのか?」

【瑛里華】「今日はさほどじゃないわ」

【瑛里華】「それより、紅瀬さんの話が気になっちゃって……」

【瑛里華】「このままだと眠れそうもないから、少し話でもしようかなって」

【孝平】「そういうことか」

【孝平】「俺も、悶々としてたからちょうど良かった」

【瑛里華】「じゃ、今から行くね」

電話を切る。

さて、部屋を少し片づけるか。

少しして、副会長がやってきた。

【瑛里華】「悪いわね、急に来ちゃって」

【孝平】「気にするなって」

【孝平】「お茶、淹れといたから」

【瑛里華】「さーんきゅ」

紅茶が並んだテーブル。

二人で向い合って座る。

【瑛里華】「あ、やっぱり隣に座っていい?」

【孝平】「ん? どうぞ」

【瑛里華】「おじゃましまーす」

はにかみながら副会長が隣に座る。

【孝平】「俺たち付き合ってるのに、あんまりこういうことできてないよな」

【瑛里華】「仕方ないわよ」

【瑛里華】「毎日毎日、息つく間もないくらいだから」

【孝平】「そうだな」

思えば、吸血鬼の目撃騒ぎが起きてから、まだ2週間くらいしか経っていない。

気分的には、あれから2、3ヶ月は経ったような気がする。

【瑛里華】「普通のカップルみたいなことはできてないけど……」

【瑛里華】「支倉くんがいてくれなかったら、きっとわけがわからなくなっちゃってたと思うの」

【瑛里華】「だから、今まで通りそばにいてくれるだけで嬉しいわ」

そう言って、副会長は俺の肩によりそってきた。

心地好い重みだ。

【瑛里華】「しかし、今日の話は驚いたわね」

副会長がティーカップを口に運びながら言う。

【孝平】「いきなり幼なじみだもんな」

【瑛里華】「そうよね」

副会長が苦笑する。

【瑛里華】「紅瀬さんの話を聞いてる間、なんだか不思議な気分だったわ」

【瑛里華】「自分の知ってるあの人が、どんどん違う人になっていく気がして」

【孝平】「それ、わかるよ」

【孝平】「子供の頃、親父の仕事場を見にいったことがあるんだ」

【瑛里華】「建設関係のお仕事だったっけ?」

【孝平】「ああ、橋とか建ててる」

【孝平】「それでさ、親父が俺の知らない人たちと話をしたり笑ったりしてるわけだ」

【孝平】「なんか親父が別人になった気がしてさ、しばらく違和感が抜けなかったよ」

【瑛里華】「たしかに、似た感覚かもしれない」

監督生室での出来事を思い出すように、副会長が少し遠い目をした。

【孝平】「そういえば、伽耶さんの出生についてはどう思う?」

【瑛里華】「私が想像していたのとはまったく違ったわ」

【孝平】「伽耶さんも、副会長と同じように東儀家で生まれたと思ってたのか?」

【瑛里華】「普通はそう考えるでしょ?」

【孝平】「まあな」

【孝平】「ともあれ、今日の話では、伽耶さんに両親がいたってのが大きな収穫だ」

【孝平】「吸血鬼は子供を作れないんだろ?」

【孝平】「つまり、伽耶さんの両親は人間だったんだ」

【瑛里華】「そうすると、あの人がこの島最初の吸血鬼ってことになるのよね」

【孝平】「ああ」

【瑛里華】「とはいえ、結局あの人が吸血鬼になった経緯はわからないわ」

【瑛里華】「生まれつきかもしれないし、ある時期から変わったのかもしれないし」

【孝平】「紅瀬さんもわからないって言ってたしなあ」

ふと、頭に疑問が浮かんだ。

【孝平】「そう言えば、突然変異だって聞いてたから、ずっと考えてなかったけど……」

【瑛里華】「なに?」

【孝平】「もしかしたら、副会長たちが生まれたのには何か理由があるんじゃないか?」

【孝平】「伽耶さんは人間の間から生まれた。で、両親がなくなった後に東儀家に引き取られた」

【瑛里華】「そして、兄さんや私が東儀家に生まれたのよね」

【孝平】「ああ」

【孝平】「もちろん偶然かもしれないけど、伽耶さんと東儀家の間になんかやりとりがあった可能性があるよな」

【瑛里華】「母様も私たちと同じだと思っていたから、考えたことがなかったわね」

副会長が思案顔になる。

【孝平】「歴史の本には書いてないだろうし、東儀先輩とか白ちゃんに聞いてみるか」

【孝平】「もしかしたら、言い伝えとか残ってるかもしれない」

副会長がうなずく。

【孝平】「伽耶さんが教えてくれれば早いんだけど……」

【瑛里華】「あの人から昔の話なんて聞いたことないわ」

【瑛里華】「そもそも、昔の話がどうこうって以前に、まともに会話が成立しない状態だし」

前に面会したときの印象しかないが、たしかに伽耶さんは居丈高な人物だった。

ただ、会話が成立しないほどではなかった気もする。

【孝平】「俺が前に会ったときの感じだと、それなりに話はできそうだったけどな」

【瑛里華】「征一郎さんがいたから、機嫌が良かったんだと思うわ」

【瑛里華】「いつもはただ命令するだけよ。命令の目的も理由も告げずにね」

【瑛里華】「意見も一切聞いてくれないし」

【孝平】「そうか……」

会長ほどじゃないが、副会長の伽耶さん嫌いも相当なものだ。

もちろん、伽耶さんが普通の人ならこんな風にはならなかったはずだが……。

【孝平】「今日の話を聞いて思ったんだけどさ」

【孝平】「眷属のこととか知りたかったら、結局は伽耶さんと話していかなきゃいけないんじゃないか?」

【孝平】「最終的には彼女を説得しなきゃいけないわけだし」

【瑛里華】「無理」

即答だった。

【孝平】「まあ落ち着け」

【瑛里華】「落ち着いてるわ」

【瑛里華】「あの人が話してくれれば済むことは多いと思うけど、現実的には不可能よ」

【孝平】「それじゃ状況が変わらないかもしれないぞ」

【瑛里華】「今更、話し合う気にはなれないわ」

副会長は少しイラついた様子でお茶を飲む。

子供の頃から館に閉じこめられてたところを考えれば、副会長の気持ちはわかる。

だが、今の俺たちに必要なのは現状を変えていくことだ。

伽耶さんはそういう人間として認めて、対応を考えなくちゃならない。

副会長を館に閉じこめるかどうかも、結局は伽耶さんの一存で決まるわけだし。

【瑛里華】「そもそも、話し合えてれば初めからこうならないでしょ」

【孝平】「そりゃそうだけどさ……」

【瑛里華】「なに?」

にらまれた。

対話路線はなかなか難航しそうだ。

【瑛里華】「支倉くんの言ってることは、理屈ではわかるのよ」

【瑛里華】「相手が変わらないなら、こっちが譲るか、懐柔するのが大人の対応だと思うわ」

わかっているができないのだと、言外に言っていた。

第三者の俺から見れば、副会長は意固地になっている気がする。

彼女自身それに気づいているのだが、軌道修正できない。

親子喧嘩というのは、こういうものなのだろうか。

【孝平】「でも、できないのか?」

【瑛里華】「……」

問いには答えず、副会長は悲しげな表情で俺を見る。

【瑛里華】「感情って生ものなのよ。すぐに使わないと腐ってしまうの」

【瑛里華】「それが発酵ならいいけど、たいていは腐敗だわ」

副会長がふいと顔を逸らす。

その表情は、どこか助けを求めているようにも見えた。

【瑛里華】「ごめんなさい、忘れて」

忘れろと言われても忘れるわけにはいかない。

自分にはどうしようもないと、彼女が言った気がしたからだ。

【孝平】「……」

何も言わず副会長の手を握る。

彼女は、ちらりと俺を見て視線を落とした。

手を握ることで副会長が何を感じてくれたのか、俺にはわからない。

ただ、副会長自身がどうしようもないなら、俺がなんとかしたいと──

そう伝わっていたのなら嬉しい。