FANDOM


蝉時雨が聞こえる。

外はうだるような暑さだ。

監督生室の冷房は調子が悪いらしく、窓は開け放たれていた。

【瑛里華】「それじゃあ、会議を始めましょう」

副会長がテーブルを囲んでいる生徒会メンバーを見た。

今日は大切な会議ということで、5人全員が顔を揃えている。

【伊織】「で、なんの会議だっけ?」

【征一郎】「要望目安箱だ」

【伊織】「ああ、あれね」

うんうん、とうなずいている。

【伊織】「生徒からの要望を反映する、非常に大切な会議だ」

【伊織】「全員、気を引き締めていこう」

【瑛里華】「忘れてた人が何言ってんのよ」

呆れたように会長を見た。

【瑛里華】「まあ、しっかり話し合わないといけないのは確かだけど」

【瑛里華】「支倉くんと白は、この会議は初めてよね」

【白】「はい」

【孝平】「そうだな」

【瑛里華】「よりよい学院生活を送るためにはどうしたらいいか」

【瑛里華】「この中に、生徒みんなが考えてくれた意見が入っているのよ」

副会長が、テーブルの上に置かれた木箱に触れた。

【瑛里華】「採用するかどうかは、毎回役員の多数決によって決めているの」

【瑛里華】「一票が学院の未来を左右することもあるから、真剣に考えてね」

【孝平】「ああ、わかった」

【白】「は、はははい」

白ちゃんが、プレッシャーに震えていた。

【瑛里華】「質問は?」

俺は首を振った。

【白】「ないです」

【瑛里華】「じゃあ、最初の意見は」

ごそごそ

副会長の手が、木箱の中を漁る。

そして、一枚の紙を取り出した。

【瑛里華】「えっと、購買部の品揃えについてね」

【瑛里華】「携帯の充電器を売って欲しい、ですって」

ずいぶん具体的な案だな。

【征一郎】「充電器、とはコンセントに差し込むタイプか?」

【瑛里華】「書いてないわね」

【伊織】「使い捨てのほうじゃないか」

【孝平】「充電が切れた時、あると便利ですもんね」

【瑛里華】「では多数決を」

【瑛里華】「電源に差し込むタイプを、購買部に追加することに賛成なら挙手を」

誰も挙げなかった。

【瑛里華】「使い捨てタイプの追加に賛成なら挙手を」

白ちゃん以外の四人が挙げた。

【白】「……」

ちょっと不安そうな顔をした。

【瑛里華】「白。いいのよ、ちゃんと考えたんでしょ。間違いなんてないんだから」

安心させるように微笑んでみせる。

【白】「あ、はい」

白ちゃんもつられたように笑顔になった。

【瑛里華】「賛成多数で可決」

【瑛里華】「これは、私が担当しようかしら」

【征一郎】「いや、俺がいこう」

【征一郎】「購買部には他にも用事がある」

【瑛里華】「じゃあ、お願いします」

テキパキとやりとりが行われていく。

ごそごそ

副会長が再び木箱から紙を取り出した。

【瑛里華】「これは……」

一瞬眉をしかめて、手にした紙をテーブルの隅によけた。

【伊織】「どうした?」

【瑛里華】「いたずらよ」

【伊織】「どれどれ?」

会長が隅に置かれた紙を見る。

【伊織】「朝のHRでその日の語尾を決め、一日中その語尾で話す」

【孝平】「語尾?」

【伊織】「『ざます』とか『だもん』とか」

【瑛里華】「ね、いたずらでしょう?」

なるほど。たしかにまともな意見ではない気がする。

【伊織】「瑛里華」

会長がなぜか悲しそうな目をした。

【伊織】「いたずらかどうかは、みんなで判断するべきことじゃないのか?」

【瑛里華】「明らかに否決される意見は省いていかないと、今日中に終わらないでしょ」

【伊織】「俺は、この生徒の意見に賛成だ」

【伊織】「支倉君はどう思う?」

【孝平】「さすがにその意見はないんじゃないかと……」

【伊織】「これが年に一回だけの案だったら?」

【孝平】「年に一回?」

【伊織】「アオノリが授業中に『ここの正解は窒素だもんっ』とか言ったら面白くない?」

……面白いとは思う。

【伊織】「平穏な学院生活に、年に一回だけ冗談みたいな日がある」

【伊織】「これは素敵なことじゃないかな?」

【伊織】「少なくとも、話し合う価値はあると思うけど」

なんか、だんだんそんな気がしてきた。

【伊織】「書いた本人だって、真面目にそう考えたかもしれない」

【伊織】「そうだろう? 瑛里華」

【瑛里華】「そうね。真剣に考えてくれたのなら、私のしたことは失礼よね……」

【瑛里華】「わかったわ、話し合って多数決を取りましょう」

【伊織】「待て」

【瑛里華】「何よ」

【伊織】「これは、話し合うより実践した方がいい」

【瑛里華】「時間がないのよ」

【伊織】「会議を進行しながらでもできるさ」

【伊織】「語尾を変えるなんて、やったことないだろ?」

【征一郎】「たしかに無いが、それは……」

【伊織】「やったことが無いことの楽しさを論じるのは、正確性に欠ける」

【伊織】「できる限り一般生徒の言葉に耳を傾けるためには、これが一番だ」

なんだ、この無駄な説得力は。

【瑛里華】「でも……」

【白】「あの」

白ちゃんが手を挙げた。

【瑛里華】「何?」

【白】「語尾は、ぴょんがいいです」

そして、会議は次の意見へと移った。

副会長が次の意見を読みあげる。

【瑛里華】「次は……」

苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。

【瑛里華】「図書館規則第6条、借りられる本の上限は現在5冊だけど」

【瑛里華】「この上限の増加について検討を」

【瑛里華】「だぴょん……」

【孝平】「くっ」

腹を押さえて笑いを堪える。

副会長が真っ赤になっていた。

【瑛里華】「……」

キッとにらまれた。

何も声に出さないのは、語尾を言いたくないからだろうな。

【白】「あの、その人は何冊ぐらいがいいって書いてないですぴょん?」

さすが白ちゃん。

自然な感じでぴょんって言ったぞ。

そして、答えるハメになる副会長。

【瑛里華】「10冊よ……ぴょん」

【瑛里華】「うぅぅ……」

屈辱に耐えるように、机の上に置いた手を握り締めている。

【伊織】「ちょっと多いか、まあ採用されたら図書委員に数を決めてもらう方がいいぴょん」

さらりと言った。

なるほど、下手に意識しない方がいいのかもな。

【伊織】「征はどう思うぴょん」

【征一郎】「……」

目を閉じたまま、静かに首を振った。

――俺は何も言わないぞ、という殺意にも似たオーラが伝わってくる。

【瑛里華】「では、多数決をぴょん」

副会長も、こんな語尾なんでもないわよ、という澄ました感じで言った。

でも耳まで真っ赤だ。

全員の手が上がり、可決された。

副会長は何も言わず、紙を自分の元へ。

自分が処理するということだろう。

ごそごそ

副会長は無言のまま、次の意見に目を通す。

【瑛里華】「……」

監督生室に静寂が訪れる。

副会長は、意見の書かれた紙をテーブルの隅に置こうとした。

そこで思い直したように紙を自分の前に戻す。

【瑛里華】「暑い日には全員水着で授業だぴょん」

呆れきった顔で言った。

【瑛里華】「多数決しましょうぴょん」

話し合う気はないらしい。

そりゃまあそうだよな。

【伊織】「待てぴょん」

【瑛里華】「何ぴょん」

みんながウサギに見えてきた。

いつからここはお伽の国になったのだろう。

【伊織】「生徒の出した意見には真摯なる対応をしなければならないぴょん」

【瑛里華】「だからやってるでしょう!」

【白】「ぴ、ぴょん」

白ちゃんが諭した。

【瑛里華】「……やってるぴょん!」

【伊織】「こいつも、実践してみなければわからないさ」

【白】「ぴ、ぴょん」

【伊織】「わからないぴょん」

会長が楽しみ始めている……。

こんな時、いつもならあの人が止めるのに。

【征一郎】「……」

ストッパーはモアイよりも無口になっていた。

【瑛里華】「次の議題はこの紙でちゅっ!」

満面の笑みだった。

何かが吹っ切れたのだろうか。

会長に水着案実践を押し通され、語尾も「子供っぽい語尾」に変更された。

悟りでも開かないと、やってられないわな。

【白】「次はなんなのか、どきどきでちゅ」

【伊織】「いやあ、なんかお祭りみたいに楽ちいでちゅね」

【白】「はいでちゅ」

【孝平】「そうでちゅね」

素になったら負けだと思い、俺も陽気に答えた。

【征一郎】「……」

一人だけ無言。

一応、水着を着たのが最大限の譲歩なのだろうか。

【瑛里華】「えーっと、寮のお風呂を男女混浴にしたらいいと思いますって……」

【瑛里華】「できるわけないでちゅよょぉぉぉっ!」

ばんっ!

思いっきり紙をテーブルに叩きつけた。

不満が爆発したらしい。

【瑛里華】「はぁ……はぁ……」

【伊織】「いや、試しにやってみるでちゅ」

【瑛里華】「はあ!?」

【白】「えっ、あの、それは……」

【白】「支倉先輩たちと、一緒に……でちゅか?」

なぜ俺を名指しなんだ。

【伊織】「手始めに白ちゃんと支倉君で入ってきたらいいでちゅ」

ピキリ

空間がひび割れるような音が、聞こえた気がした。

夏なのに。

窓を開けているはずなのに。

魂を凍らせるような冷気が、部屋に充満した。

その冷気の原因へ――

【瑛里華】「……」

【白】「……」

【伊織】「……」

全員が、顔を向けた。

【征一郎】「……」

表情は浮かんでいないのに、伝わってくる怒り。

その大きさに、身体が震える。

鋭い視線が、会長を射抜いた。

【征一郎】「……伊織、いい加減にしろでちゅ」

律儀に、でちゅがついていた。

【孝平】「ぶっ」

【瑛里華】「くっ……あはははっ」

副会長がばしばしとテーブルを叩いた。

【孝平】「くっくくく」

俺もつられて笑ってしまう。

【瑛里華】「征一郎さんが……でちゅ……あははっ」

【伊織】「グッジョブ」

【征一郎】「語尾をつけてないようだが、ルールはもういいのか」

笑い転げる俺たちを見て、憮然として言った。

【伊織】「全員言ったし、もういいだろう」

【白】「あ、あの、兄さま……かわいかったです」

フォローのつもりなのだろうか。

【征一郎】「くっ……」

傷ついたのか、顔をしかめた。

【征一郎】「ん?」

テーブルに叩きつけられた紙を見た。

【孝平】「どうしたんですか?」

【征一郎】「これは、伊織の筆跡だな」

【伊織】「あ、バレた?」

【征一郎】「謀ったな」

【伊織】「たまには、征をターゲットにしないとかわいそ……」

がしっ

東儀先輩が、会長の首根っこをつかんだ。

【征一郎】「話をしようか」

【伊織】「遠慮しておくよ」

【征一郎】「いいから来い」

ずるずるずる

ばたんっ

会長を引きずって去っていった。

水着のままで、どこに行くんだろう。

【瑛里華】「はぁ……はぁ……」

【瑛里華】「お腹がよじれるかと思った」

【孝平】「やっと笑い終わったのか」

【白】「あの、会議はどうしましょう」

【瑛里華】「二人がいないんじゃ、延期ね」

【瑛里華】「あーもうっ。今日はちっとも進まなかったわ」

頭を抱えて机に突っ伏した。

水着姿だと、なまめかしい。

【白】「元気出して下さい」

水着姿で慰める白ちゃん。

ちょっと幸せ。

【孝平】「いいんじゃないか。たまにはこんな日があっても」

【瑛里華】「何よ。楽しそうな顔しちゃって」

【孝平】「ハメを外すのも、大事だろ」

【瑛里華】「ふうん」

【瑛里華】「……そういう考え方、悪くないわね」

俺の顔を見て、微笑んだ。

窓の外は、炎天下。

聞こえるのは蝉の声。

――それから、会長の断続的な悲鳴。

修智館学院の夏、だった。