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頭の中が真っ白だ。

これは日の光だろうか。

眩しくて、体の向きを変えた。

ノックする音と扉が開く音が、すごく遠くで聞こえた気がする。

【??】「ほら、いつまで寝てるのよ。もう時間だから、起きて」

ゆさゆさと揺らされる。

なんだか心地良い。

余計に眠くなる。

【??】「まったく、幸せそうな寝顔ね……」

【??】「いたずらして起こしちゃうわよ?」

これは、瑛里華の声だ。

いたずらってなんだろう。

気になって、目を開けた。

【瑛里華】「!」

びっくりした瑛里華の顔が目の前にあった。

【瑛里華】「え、えっと、その」

【瑛里華】「ううぅー」

なぜかかわいくうなりながら、真っ赤になっていく。

瞳に眠そうな俺の顔が映っていた。

【瑛里華】「うりゃっ」

ぎゅ~

いきなり、ほっぺたを人ならざる力で引っ張られた。

【孝平】「いだだだあああっ!」

【孝平】「入れふぎっ、力入れふぎっ」

【瑛里華】「あっ、ご、ごめんなさい」

慌てて離す。

【孝平】「ううう……」

【孝平】「いくらなんでも、この起こし方はないだろ」

頬をさすりながら抗議する。

千切れるかと思った。

【瑛里華】「しようと思ってしたわけじゃ……」

何かぼそぼそと呟いている。

【孝平】「ん?」

【瑛里華】「なんでもないわ」

【瑛里華】「ほら、生徒会役員が遅刻だなんて許されないわよ。準備して」

真っ赤な顔で、ベッドに身を起こした俺の背中をばしばしと叩く。

時計を見ると、まだ時間には余裕がある。

頬の痛みを堪えながら、着替えることにした。

いったいなんだったんだろうか。

もうちょっと優しく起こしてくれてもいいのに。

放課後。

室内には俺と瑛里華、二人きりだ。

【瑛里華】「これに不備がないか調べて、仕分けして」

俺は無言でうなずいた。

今日は、俺たちだけで目の前にある大量の書類を処理しなければいけない。

いや、別になんの文句もないけど。

【孝平】「痛た……」

まだ頬が痛い。

【瑛里華】「……」

瑛里華がちらりと俺を見た。

何か言いたげな顔をしている。

やがて、何も言わずに書類に顔を戻した。

静かな監督生室。

紙をめくる音だけが響く。

なんとなく、殺伐とした空気だ。

【瑛里華】「えーっと……」

【瑛里華】「お茶淹れるけど、孝平も飲む?」

瑛里華が空気を変えるような声で立ち上がる。

まだ、自分で淹れたお茶があるし。

俺は首を振った。

口の中が痛くて、あまり話す気になれない。

【瑛里華】「そ、そう」

自分のを淹れに行くのかと思いきや、そのまま椅子に座る。

【瑛里華】「気が変わったのよ」

俺が不思議そうに見ているのに気づいたらしく、そう言った。

俺は小さくうなずいて、書類の仕分けに戻る。

また沈黙が訪れた。

瑛里華がちらり、と俺を見た。

【瑛里華】「……すごく、怒ってるでしょ」

俺は首を振った。

【瑛里華】「嘘よ」

【瑛里華】「さっきから口も聞いてくれないじゃない」

【孝平】「話すと、痛いだけ」

【瑛里華】「あ、そうなんだ……」

落ち込んだようだった。

【瑛里華】「朝のことは、ごめんなさい」

【瑛里華】「あれは、ちょっとイレギュラーだったから」

【瑛里華】「力の制御ができなかったのよ」

申し訳なさそうに言った。

【孝平】「イレギュラー?」

【瑛里華】「な、なんでもないわ」

よくわからん。

【孝平】「まあ、別に瑛里華に怒ってるわけじゃない」

【瑛里華】「そうなの?」

【孝平】「あれは起きなかった俺も悪かったし、しかも謝ってくれたし、もう全然気にしてない」

痛みを堪えて微笑んでみせた。

【瑛里華】「よかった」

安心したように微笑みを返してくる。

立ち上がって、俺に近寄ってきた。

【瑛里華】「ここが痛いの?」

俺の顔を覗きこむようにして、頬に手を当てた。

しっとりとした手の感触が気持ちいい。

【孝平】「そうされてると、痛くないな」

【瑛里華】「嘘ばっかり」

【孝平】「ちょっとは痛いけど、和らぐのは本当だ」

【瑛里華】「じゃあ、治るまでずっとこうしていようかしら」

魅力的な提案だ。

【孝平】「そうしてほしいけど、仕事が終わらないだろ」

【瑛里華】「そうね。でも少しだけ」

頬に当てられた手が、首の後ろに回された。

椅子に座る俺に覆い被さるように、瑛里華の身体が近寄ってくる。

もう片方の手は、背中へ。

ぎゅっと抱きしめられた。

俺の頬に、瑛里華の頬がそっと触れる。

【孝平】「ど、どうした?」

少しかすれた声が出た。

【瑛里華】「この方が、痛みが紛れるんじゃない?」

耳元に当てられた唇から、恥ずかしそうな声が漏れた。

目の前にある髪から、心地良い花の香りがする。

密着した体から、温かい体温とドキドキという心音が伝わってきた。

瑛里華が呼吸をするたびに、その音は速くなっているように思う。

痛みなんて忘れていた。

――仕事中なのに、こんなことをしていていいのだろうか。

――幸せだからいいんじゃなかろうか。

――今誰か入ってきたらどうなるのかな。

いろいろ考えられるほど、長い間二人でそうしていた。

【瑛里華】「はぁ……」

吐息が俺の耳を打つ。

【瑛里華】「私が癒されてどうすんのよ……」

かわいい呟きが聞こえた。

ぬくもりが、ゆっくりと離れていく。

【瑛里華】「少しは楽になった?」

自分でしておいて、照れくさそうに言う。

せめてもの償い、ということなのだろうか。

【孝平】「かなりよくなった」

【孝平】「もっとしてくれたら、完治するかもな」

冗談めかして言ってみた。

【瑛里華】「完治はするかもしれないけど、仕事は終わらないわよ」

【瑛里華】「どっちを取る気?」

微笑みながら、俺を見返す。

副会長殿は、ここで完治って言ったら怒る気がするな。

【孝平】「残念ながら、仕事だな」

【瑛里華】「そうよね」

【瑛里華】「さあ、頑張りましょ」

満足げにうなずいた。

すっかり日が暮れていた。

俺は、確認した書類の束をまとめる。

そして、瑛里華の前にそっと置いた。

【瑛里華】「すぅ……すぅ……」

瑛里華は珍しく、途中から寝てしまっていた。

こんなことは初めてかもしれない。

起こすのも忍びないので、瑛里華の分も俺がやっておいた。

さすがに門限も近くなってきたし、そろそろ起こすか。

【瑛里華】「ぅぅ……ん」

ずいぶん幸せそうな顔をしてるな。

ケーキの夢でも見てるのだろうか。

【瑛里華】「孝平……好き」

【孝平】「!」

寝言でなんてこと言うんだ、この子は。

やばい、ドキドキしてきた。

もう時間もないし、起こさないと。

【孝平】「瑛里華、帰るぞ」

【瑛里華】「すぅ……すぅ……」

まったく反応がない。

どうしようか。

//Choices//
キスして起こす
接吻をして起こす
助走をつけてスライディング後、キスして起こす

//First choice//

よしっ。

ここは、キスで起こしてみよう。

自然だ、とっても自然。

俺と瑛里華は付き合ってるわけだしな。

ドクンドクン

【瑛里華】「……」

かわいい寝顔に吸い込まれるように、顔を近づけていく。

瑛里華の吐息が、肌に当たる距離。

//Second choice//

なんでちょっと古風な言い方なんだ、俺。

動揺か。動揺しているということか。

いや、これは自然なことなんだ。

だって、俺と瑛里華は付き合ってるじゃないか。

そう思って、瑛里華に近づいて行く。

//Third choice//

どうしようか。

キスして起こすキスして起こす接吻をして起こす接吻をして起こす助走をつけてスライディング後、キスして起こす助走をつけてスライディング後、キスして起こす

マジか……。

それくらい勢いをつけないとキスできないということか?

そうかもしれない。

とりあえず、椅子から立ち上がった。

部屋の隅に行き、腕を回し準備体操をする。

無言のまま駆け出し、決死のスライディング――

ずざざざざざっ

がつんっ!

【孝平】「ぐおぅっ!」

椅子に……足を……ぶつけた。

これだけ音がすれば、さすがに瑛里華は起きただろ。

【瑛里華】「くー……すぅ……」

寝ておる。

じゃあ、予定通りにするか……。

//All choices meet here//

艶やかな唇が目の前にある。

そっと、顔を寄せていく。

ドクンドクン

あと少しで唇が重なる。

【瑛里華】「ん……」

目が開いた!

どうする、どうする俺!?

とっさに瑛里華の頬を、つまんだ。

ぎゅ~

【瑛里華】「あっ……何? 痛た……っ!」

【瑛里華】「な、何するのよっ」

【孝平】「あ、いや、すまん」

慌ててぱっと手を離す。

【瑛里華】「監督生室……?」

【瑛里華】「そっか、私寝ちゃったんだ」

目の端に涙を浮かべて頬をさする。

【瑛里華】「でも、ちょっとあんまりな起こし方じゃない?」

【瑛里華】「もしかして仕返しなの?」

【孝平】「ち、違うんだ、すまん」

【孝平】「しようと思ってしたわけじゃ……」

【瑛里華】「しようと思ってしたわけじゃ……」

ん。

なんか、朝の瑛里華と同じこと言ってないか?

そういえば、俺が目を覚ました時も、瑛里華の顔が目の前に……。

まさか、瑛里華も俺にキスして起こそうとしたのか?

【瑛里華】「急に黙って、どうしたのよ」

【孝平】「もしかして朝、俺にキスしようとした?」

【瑛里華】「なっ!」

みるみるうちに顔が真っ赤になっていく。

【瑛里華】「なんで知ってるのよ」

【瑛里華】「あ、わかった。ほんとは起きてて私のこと見てたのね」

【孝平】「違う違う。今気づいたんだ」

【瑛里華】「は?」

【孝平】「俺も、同じことしようとしてさ……」

【瑛里華】「え?」

【瑛里華】「私に、その……キスを?」

【孝平】「ああ」

【瑛里華】「ふうん」

意味ありげに見ている。

【孝平】「なんだよ」

【瑛里華】「……目を開けたくらいで、止めちゃうんだ?」

上目づかいで、そう聞いた。

【孝平】「そ、そっちもだろ」

【瑛里華】「一方的にしてるとこ見られるのって、なんか恥ずかしいじゃない」

【孝平】「俺だってそうさ」

そしてお互い相手の頬を摘んだわけだ。

これからのことを考えて……確認しておいた方がいいよな。

【孝平】「あのさ」

【瑛里華】「何よ」

【孝平】「今度同じ事をした時に、瑛里華が目を覚ましたら、そのまましてもいいか?」

【瑛里華】「いいけど、私もそうするわよ」

頬を赤らめてそう言った。

【孝平】「ああ」

俺の返事を最後に、監督生室が静かになった。

いい雰囲気な気がする。

……だけど、俺たちにはもう時間がないことを思い出した。

【孝平】「そろそろ門限だし、帰るか」

【瑛里華】「あ、でも、私まだ仕事が」

【孝平】「俺がやっといた」

書類の山を指差す。

【瑛里華】「全部?」

【孝平】「そうだな」

【瑛里華】「やるじゃない……」

【瑛里華】「借りはどうやって返そうかしら」

【孝平】「頬つねったのでチャラだ」

【瑛里華】「私だってつねったわ」

【孝平】「あれは、ギューでチャラ」

【瑛里華】「ぎゅー……」

腕を組んで何かを考えているようだ。

【瑛里華】「そう」

納得したのか、小さくうなずいた。

瑛里華がそのまま自分の鞄を持つ。

書類提出は明日の朝だし、さっさと帰ろう。

俺も帰ろうと、鞄を持った。

【瑛里華】「ねえ」

【孝平】「ん?」

瑛里華の声に振り返る。

【瑛里華】「さっきの話だと、今日は2回もしそこねていることになるのよ」

そう言って、じっと俺の目を見た。

――しそこねている?

朝と夜一度づつ逃したこと。

【孝平】「そうだな」

瑛里華はにっこりと微笑んでみせた。

一歩こちらにステップを踏んで、目の前に来る。

髪がふわりと揺れた。

「どうする?」も「しようか?」もなく。

監督生室を出る前に、

【瑛里華】「ん……」

俺の唇に柔らかい感触が触れた。