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Erika Selection One


手元のプログラムを見ていると、頭上から晴れやかな声が聞こえた。

【瑛里華】「どう、調子は?」

副会長が俺の顔を覗きこんでいた。

【孝平】「まあまあかな」

【瑛里華】「ふうん」

【孝平】「今のところは順調に進んでる」

【孝平】「競技はあと3分の1程度だし、なんとかなりそうだ」

【瑛里華】「そういう時間帯にトラブルが起きるのよ」

【孝平】「不吉な予言するなよ」

副会長は両手を腰に当て、眉根を寄せた。

【瑛里華】「みんなが、今の支倉くんみたいに安心してるの」

【瑛里華】「だから責任者は、そのぶん気を張ってないと」

【孝平】「わかった、気をつける」

【瑛里華】「ねえ、ちょっとプログラム見せて」

不意に、俺の手元を覗きこむ。

顔がすぐ近くまで迫り、髪がさらりと流れ落ちる。

かすかな汗と、心地良い花の匂いが鼻をかすめた。

【瑛里華】「……次の次が出番か」

あまりの近さに、思わず体をのけ反らせる。

【瑛里華】「どうしたの」

【孝平】「いや、別に」

【瑛里華】「顔が赤いわよ」

【孝平】「今日は暑いからな」

【瑛里華】「テントの下にいるのに?」

【孝平】「競技の準備もしてるし、ずっといるわけじゃないさ」

【瑛里華】「私なんて、ずっと競技に出てるんだからね」

そういえば、個人種目にはほとんど出てる気がする。

【孝平】「出過ぎじゃないか?」

【瑛里華】「みんなに推薦されるから、断りきれないのよ」

【瑛里華】「それに、楽しそうな種目は出てみたいじゃない」

【孝平】「副会長らしいな」

競技に出ている時の副会長は、子供のように楽しそうな顔をしていた。

見ているだけで心躍るような表情。

【瑛里華】「残念ね」

【孝平】「何が?」

【瑛里華】「支倉くんも、競技出たかったでしょ」

【孝平】「委員長だから仕方ないさ」

【孝平】「俺の分は、副会長が活躍してくれるんだろ?」

【瑛里華】「そうね」

【瑛里華】「最後までぶっ通しで活躍してみせるから、ちゃんと見てなさいよ」

【孝平】「あ、やっぱいいや」

【瑛里華】「なんでよ」

【孝平】「よく考えたら敵だし」

【瑛里華】「敵とか味方とか、この際関係ないでしょ」

【孝平】「あるだろ」

【瑛里華】「私が支倉くんのために勝つって言ってるんだから素直に応援すればいいの」

【孝平】「頑張れ、副会長」

【瑛里華】「よしっ」

満足そうに輝かしい笑顔を浮かべる。

【瑛里華】「じゃあ、行ってくるわね」

体中からやる気を溢れさせながら、入場門へと向かっていった。




Erika Selection Two



【孝平】「ぐ、ぬ」

【瑛里華】「ほーら、もうちょっとで講堂だから頑張って」

【孝平】「お、おう」

俺の手には、10キロほどの紙袋がひとつずつ。

取っ手の細いヒモが、拷問のように手のひらに食い込んでいた。

こいつを運ぶのが、今日のミッションだ。

【孝平】「せ、せめて4つに分けて二人で持つとかなかったのか?」

【瑛里華】「4つになったら、支倉くん、持ちにくいでしょ」

【孝平】「いや、二人で……」

【瑛里華】「るーららー♪」

【孝平】「聞く気なしかよ」

【孝平】「行事で挨拶してるときと差がありすぎだろ? サギだぞ」

【瑛里華】「人聞きが悪いわね、場をわきまえてるだけよ」

【孝平】「いまはどういう場なんだよ」

【瑛里華】「そんなこと気にしなくていい場」

【孝平】「ひでえ」

俺のため息に、不敵な笑みを浮かべる副会長。

【瑛里華】「悪い口ね」

【孝平】「い、いやぁ、それほどでも」

【瑛里華】「いま、脇腹をつっついたらどうなるかしら?」

【孝平】「俺が暴れて、紙袋の取っ手が切れて、中身が散乱するな」

【孝平】「拾ってる間に、部活総会に副会長が遅刻という大失態」

【孝平】「支持率は急落で、関係団体に不正が見つかり、引責辞任で涙の会見……」

【瑛里華】「長い」

脇腹を指先でつっつかれる。

【孝平】「うおわっ」

【瑛里華】「ほりゃ」

【孝平】「ギブギブギブ、袋破けるっ! 破けるからっ!」

【瑛里華】「支倉くん、ものを頼むならプリーズでしょ?」

【孝平】「洋画の悪役かよ」

【瑛里華】「どこが悪役?」

【孝平】「その笑顔」

【瑛里華】「へえ」

【孝平】「というのは冗談で……やめてください」

【瑛里華】「しかたないわね」

副会長が腕を引く。

【孝平】「あのなぁ、袋破けたらどうすんだよ」

【瑛里華】「お・こ・ら・な・い」

俺の顔の前で指を一本立てる。

【瑛里華】「あとで冷たいものおごったげるからさ」

【瑛里華】「不満?」

【孝平】「い、いや、十分だよ」

【瑛里華】「なんで目を逸らすの?」

【孝平】「なんでもない」

【孝平】「ほ、ほら、急がないとホントに遅れるぞ」

紙袋を持ち直し、歩を速める。

【瑛里華】「なーんだ、早く歩けるんじゃない」

愉快そうな声が背後から聞こえた。

副会長が、こんないたずら好きな性格だったなんて……。

他の生徒が知ったら、絶対びっくりするぞ。

【瑛里華】「部活動は、授業では得がたい連帯感や結束を獲得すること、そして何より、充実した学院生活を実現することが目的です」

【瑛里華】「したがって、各種大会において優れた成績を収めることが目的ではありません」

【瑛里華】「所属する生徒が熱意をもって取り組むことこそが必要であり、またそれができている部活ならば、おのずと目的も達成されるでしょう」

澄んだ声が朗々と響く。

熱のこもった演説に、50人近くいる部活の代表者がうなずく。

さっきまで俺とふざけ合っていた副会長とは別人だ。

サギだろ。

とか一瞬思ったが、まあ違う。

単にTPOをわきまえてるだけだ。

そうでなくちゃ、副会長は務まらないのだと思う。

それに、真面目一辺倒な人よりよっぽどいい。

会議が終わり、俺たちは食堂に来ていた。

【瑛里華】「あ~~~~~~~~」

席に着くなり、副会長が伸びをした。

【孝平】「野良猫みたいな声出すなよ」

【瑛里華】「じゃ、お上品な家猫っぽくやる?」

【瑛里華】「なぁぁ~~~~って」

ペルシャ猫の伸びはこんな感じなのだろうか?

飼ったことないから知らんけど。

【孝平】「誰かに見られたらどうすんだ」

【瑛里華】「でも、支倉くんしかいないし」

【孝平】「俺だったらいいのかよ」

【瑛里華】「困るの?」

瞳を覗き込まれる。

【孝平】「んなこたないさ」

【瑛里華】「ならいいじゃない」

【瑛里華】「あ、そうだ、冷たいものおごる約束だったわね」

【孝平】「いいって、気にするなよ」

【瑛里華】「遠慮しないで、ちゃんと働いてくれたんだから」

【瑛里華】「そこに座ってなさい。副会長命令よ」

【孝平】「……わかったよ」

【瑛里華】「うんうん。で、リクエストは?」

【孝平】「じゃ、アイスコーヒーで」

【瑛里華】「了解。ちょっと待っててね」

副会長が、カウンターへ向かう。

甘い香りが漂ってくるような、しなやかな後ろ姿だ。

【孝平】「……」

まずいまずい。

思わず注目してしまった。

【瑛里華】「お待たせー」

トレーをテーブルに置き、副会長が向かいに座る。

きちんとスカートを畳むのが女の子らしい。

【瑛里華】「はい、アイスコーヒー」

【孝平】「ありがと。副会長はなに頼んだんだ?」

【瑛里華】「アイスレモンティー。ここの、けっこうイケるのよ」

【孝平】「へえ、今度試してみるかな」

【瑛里華】「試しに飲んでみる? まだ口つけてないし」

【孝平】「じゃ、ちょっとだけ」

ストローに口をつける。

レモンの華やかな香りが鼻に抜けた。

少し遅れて、穏やかな苦みが口に広がる。

【孝平】「肉体労働の後には最高だな」

【瑛里華】「でしょ」

【孝平】「こっちも飲むか?」

【瑛里華】「ごめんなさい。私、苦いのダメなの」

苦笑しながら、副会長は自分のグラスを手に取った。

桜色の唇がストローに触れ、琥珀色の液体が上昇する。

【瑛里華】「あー、おいしっ」

一気に半分くらい空けた。

【孝平】「今日はお疲れさん」

【瑛里華】「支倉くんこそ、荷物運びさせちゃって悪かったわね」

【孝平】「力仕事は男の仕事だろ。いつでも遠慮なく言ってくれ」

【瑛里華】「おー、感心感心」

おどけた表情の副会長。

演説をしてたときとは、やっぱ別人に見える。

【孝平】「副会長ってやっぱすごいよな」

【瑛里華】「なによいきなり」

【孝平】「会議のときと感じがぜんぜん違うからさ」

【瑛里華】「そう? 私は特に意識してないけど」

【瑛里華】「みんなの前に立つと、自然にそうなるのかもね」

【孝平】「リーダーの才能があるんじゃないか?」

【瑛里華】「さあ、自分ではわからないわ」

笑いながら、毛先を指に絡める。

【??】「その笑顔、取り締まり対象に認定するっ!」

かなでさんが、仁王立ちしていた。

【孝平】「あ、かなでさん」

【かなで】「冷静に返されるとちょっと辛い」

【瑛里華】「こんにちは、悠木先輩」

【かなで】「やー、どもども」

【かなで】「しかし、いい感じに盛り上がってるカップルがいると思ったら、こーへーとえりりんとはね」

【瑛里華】「か、かっぷる?」

【孝平】「休憩してただけです、勘弁してくださいよ」

【孝平】「なあ、副会長」

【瑛里華】「え、ええ」

副会長が、居住まいを正してうなずく。

【孝平】「で、それを言いに来たんですか?」

【かなで】「うん」

あっさり首を縦に振る。

【孝平】「もしかして、ヒマですか?」

【かなで】「その目その肩その口にっ!」

べしっ

【孝平】「あだっ」

例のシールを貼られた。

【陽菜】「あー、お姉ちゃん、こんなとこに」

と、食堂の入口に立ったのは陽菜だ。

【かなで】「ふ、追っ手か」

【孝平】「いったい、なにやってんですか?」

【かなで】「乙女の秘密」

【かなで】「では、また相まみえようぞっ」

【瑛里華】「お疲れ様です」

【かなで】「あ、そうそう、部活の件、何かあったら報告してね~」

【かなで】「じゃっ」

声をかける間もなく、かなでさんは走り去る。

【陽菜】「おねーちゃん、ちょっと」

【かなで】「このかなで、そう簡単に捕まらんわっ」

【陽菜】「きゃっ」

陽菜をちょこまかとかわして、かなでさんは食堂の外に消えた。

しょんぼりした顔で陽菜が寄ってきた。

【陽菜】「ごめんなさい」

【孝平】「ああ、大丈夫だよ。それより早く行かないと追いつかないぞ」

【陽菜】「あ、そうだね」

【陽菜】「千堂さんもごめんなさい」

【瑛里華】「いいのよ悠木さん、気にしないで」

【陽菜】「それじゃ、また今度」

笑顔を残して、陽菜も去っていった。

【孝平】「陽菜も苦労してるよな」

【瑛里華】「悠木姉妹、か」

【孝平】「ん?」

【瑛里華】「なんでもない」

【孝平】「そう言えば、かなでさんが言ってた部活の件って?」

【瑛里華】「おそらく部活動調査書のことでしょうね」

【孝平】「あれか」

部活動調査書──

今日の会議で各部に配った資料だ。

活動内容や実績、部員数などを記入し、生徒会に提出する。

それを元に本年度の予算を編成するのだ。

【孝平】「でも、かなでさんになんの関係が?」

【瑛里華】「悠木先輩、風紀委員長でしょ?」

【瑛里華】「何かトラブルがあったときに、協力してもらうことがあるの」

【瑛里華】「彼女にしかできないこともあるから」

【孝平】「へえ」

生徒会執行部も全能というわけではないらしい。

【瑛里華】「さて、そろそろ戻りましょうか」

そう言って、副会長は紅茶を飲み干した。

合わせて、俺もグラスを空ける。

【瑛里華】「帰ったら、会議の後処理ね」

【孝平】「ああ、頑張ろう」




Erika Selection Three


ホームルームが終わり、喧噪が教室を包む。

さっそく、陽菜が寄ってきた。

【陽菜】「孝平くん、部活動総会出たの?」

【孝平】「ああ、一応」

【陽菜】「うんうん、着実に活動してるね」

【孝平】「つっても、いまのところは副会長の手伝いがメインだけどな」

【孝平】「荷物運んだり、プリント配ったり」

【陽菜】「あはは、初めは誰でもそうだって」

【陽菜】「千堂さんも生徒会に入った頃は同じだよ」

【孝平】「いや、あの人は最初っから飛ばしてた予感が」

【陽菜】「えーと」

陽菜の視線が虚空を漂う。

【陽菜】「ううん、ぜったい同じ、きっと、おそらく……たぶん」

【陽菜】「ファイトファイト」

【孝平】「あ、ありがと」

尻すぼみな声援を受け取る。

【司】「お楽しみのとこ悪い」

【孝平】「どうした?」

【司】「姫様直々の呼び出しだ」

背中越しに、顎で教室の入口を指す。

【孝平】「姫様?」

見ると、副会長が立っていた。

姫様か。

【司】「やるな、王子」

【孝平】「姫はわかるが、王子は無理だ」

【司】「アタックしてみたのか」

【孝平】「するかよ」

【司】「ならわからんだろ」

【孝平】「わかるわ」

【陽菜】「あのー、千堂さんぶすっとしてるけど」

戸口に立つ副会長は、

【瑛里華】「(なにごちゃごちゃ言ってんのよコラ)」

という顔をしていた。

【司】「辛いな」

同情しきった表情で、肩に手を置かれる。

【孝平】「まるっきり他人事だな……」

【孝平】「んじゃ、悪いけど」

【陽菜】「頑張ってね」

クラスの注目を集めつつ、副会長の元へ向かう。

【瑛里華】「あのさ、人の顔見てコソコソしゃべられたら感じ悪いでしょ」

【孝平】「変な話はしてないって」

【瑛里華】「ホント?」

【孝平】「ホント」

【瑛里華】「ふうん……」

頭のてっぺんからつま先まで眺められる。

【瑛里華】「ま、いいわ」

【瑛里華】「ところで、今日、時間ある?」

【孝平】「ああ」

【瑛里華】「よかった。ちょっと付き合ってほしいのよ」

【瑛里華】「前に配った部活動調査書をまだ出してないところがあって」

【孝平】「その回収ってこと?」

【瑛里華】「正解」

【孝平】「どのくらい提出してないんだ?」

【瑛里華】「5つね」

【孝平】「そんなもんか。で、どこの部活?」

【瑛里華】「ついてくればわかるって」

【孝平】「ここ?」

【瑛里華】「ええ。今日のターゲットは運動部」

目の前には部室棟らしき建物。

春の日射しをはね返して白く輝いている。

【孝平】「ずいぶんきれいだな」

【孝平】「運動部の部室ってのは、なんていうかこう、もっとカオスなもんじゃないか?」

【瑛里華】「確かに、去年まではそうだったわね」

【孝平】「新築したのか?」

【瑛里華】「いいえ。美化委員会と協力して強襲浄化作戦を決行したの」

【孝平】「強襲?」

【瑛里華】「強襲よ」

【かなで】「総員に告ぐ。目標は前方の部室棟である」

【かなで】「昨夜の打ち合わせ通り、しゃにむに突っ込み、すべての部屋を浄化せよ」

【かなで】「手向かう者は斬り捨ていっ」

【陽菜】「お姉ちゃん、ほんとにやるの?」

【かなで】「この悠木かなで、やるといったらやるっ」

【かなで】「ホウキ隊、前へ」

【かなで】「正義は我らとともにあり、突撃っ」

【陽菜】「お姉ちゃん、チリトリ部隊がっ」

【かなで】「ひるむなっ、敵前逃亡はシールだっ」

【瑛里華】「とまあ、こんな感じ」

【孝平】「なんでかなでさんが仕切ってるんだ?」

【瑛里華】「あははは。あの人が仕切るのに理由が必要?」

【孝平】「ああ……そうな、うん」

【瑛里華】「さーて、さっさと片づけましょっか。前衛は任せるわ」

【孝平】「おう」

1時間ほどかけ、5つの部室を回った。

手元には4枚の書類。

4つの部活は大会前の練習で忙しく、提出を忘れていただけだった。

残りの一つは、部長が風邪で休み。

【孝平】「案外すんなりだったな」

【瑛里華】「回収はね」

【孝平】「他になにかあるのか?」

【瑛里華】「ま、それは書類を全部集めてから説明するわ」

【孝平】「じゃ、とりあえず戻るか」

書類を鞄に突っこみ、監督生室に向かう。

野球部の甲高い打撃音が、青空に吸い込まれた。

グラウンドでは、多くの運動部がそれぞれのエリアで練習に励んでいる。

先輩が後輩を叱咤する声。

気合いの入った後輩の応答。

ランニングの掛け声。

それらが一体となって響く。

【瑛里華】「一生懸命やってるわね」

副会長もグラウンドを眺める。

表情には、穏やかな感情が浮かんでいた。

我が子を見守る母親の顔にも似ている。

【瑛里華】「支倉くん、運動部はやってなかったんだっけか?」

【孝平】「ああ、転校多かったからな」

【孝平】「副会長は運動部……ってのは難しいか」

【瑛里華】「そうね。間違って本気出したら大騒ぎになるわ」

【孝平】「じゃあ、文化部にでも?」

【瑛里華】「ええ、そうね」

ま、それならバレることもないだろう。

【孝平】「ちょっと待った、体育祭で大活躍してただろ?」

【瑛里華】「あれでもかなり抑えてるのよ」

副会長が笑う。

笑いながら、再びグラウンドを見る。

【孝平】「悪いこと聞いたか?」

【瑛里華】「気にしないで、仕方ないことでしょ」

鋭いバットの音。

【孝平】「……!」

まったくの偶然だった。

音につられてグラウンドを見た、その視界の隅に白球が入ったのだ。

【孝平】「副会長っ!」

【瑛里華】「きゃっ!?」

副会長の腕を掴み、抱き寄せる。

白球が空間を切り裂く。

数瞬前まで、副会長がいた場所だった。

【瑛里華】「あ? え?」

腕の中で目をぱちくりさせる副会長。

ややあって、顔が真っ赤に染まった。

【瑛里華】「い、い、いきなり何?」

【孝平】「ケガはない?」

【瑛里華】「な、なんでケガするのよ」

【孝平】「えーと」

とりあえず副会長を離す。

【孝平】「ちょっと待ってて」

付近を探す。

少し離れたところでボールが見つかった。

もちろん、野球の硬球だ。

【孝平】「こいつが飛んできたんだよ」

【瑛里華】「野球の、ボール?」

【孝平】「間一髪だったぞ」

【瑛里華】「あ……ごめんなさい」

申し訳なさそうに視線を落とす副会長。

【孝平】「なんで謝るんだ?」

【瑛里華】「本当なら、私が先に気づかなくちゃいけないのに」

身体能力が高いから、か。

気持ちはわかるが、変な責任の背負い方だと思う。

【孝平】「ケガなかったんだから、どっちが気づいてもいいじゃないか」

【瑛里華】「……そうね。ごめんなさい」

思い直したように笑う。

【瑛里華】「ところで、そのボールもらえる?」

ぴっとボールを指さす。

【孝平】「どうするんだ?」

【瑛里華】「返すのよ、持ち主に」

副会長がグラウンドを見る。

かなり遠くで、野球部員が手を振っていた。

【孝平】「控えめにしておいたほうがいいぞ」

ボールを渡す。

【瑛里華】「わかってるって」

と、豪快にワインドアップに入る。

【孝平】「おいっ」

【瑛里華】「へーきっ」

右腕が振り抜かれた。

副会長の髪とスカートが、ひらりと宙を舞う。

華麗にパンツが見えたが忘れよう。

ずっぱーーーんっ!!

白球は放物線は描かず、一直線にミットへ入った。

【瑛里華】「ストラーイクッ!」

【孝平】「控えめにしておけって言ったじゃないか」

【瑛里華】「大丈夫、バレない程度に力抜いてるから」

野球部員は、自分のミットに入ったボールを不思議そうに眺めている。

少しして、首をひねりながら去っていった。

【瑛里華】「ほら、気づいてないでしょ?」

【孝平】「はぁ」

脱力。

【孝平】「バレたらどうするんだよ」

【瑛里華】「ごめんごめん」

【瑛里華】「でも、危ない目にあわされたんだから、ちょっとくらい仕返ししたっていいじゃない」

いたずらっぽく笑う副会長の額には、たくさんの汗が浮かんでいた。

それに、少し肩が上下している。

【孝平】「副会長、もしかして調子悪いのか?」

【瑛里華】「べ、別に」

ふい、とそっぽを向く。

【孝平】「でも、汗が」

【瑛里華】「あ、ごめんなさい」

ポケットからいそいそとハンカチを取り出し、額に当てた。

【孝平】「本当に大丈夫か」

【瑛里華】「なんでもないわ、気にしないで」

そう言って、先に立って歩き始める。

副会長の背中を見ながら、俺は彼女と初めてあった時のことを思い出していた。




Erika Selection Four


【孝平】「お、副会長」

【瑛里華】「あら、支倉くん」

放課後。

副会長にばったり出会った。

【瑛里華】「今日は来るんでしょ?」

【孝平】「ああ、これでも生徒会役員だ」

【瑛里華】「自覚出てきたじゃない」

副会長と背中合わせに下駄箱を開く。

【瑛里華】「書類も揃ったし、次の作業に移りたかったの」

【孝平】「次?」

【瑛里華】「書類審査よ」

【瑛里華】「あら?」

【瑛里華】「ふぅ、またか」

【孝平】「手紙か?」

振り返らずに聞いてみる。

【瑛里華】「ええ。可愛い封筒、いいセンスしてる」

【孝平】「有望じゃないか。考えてみたら?」

【瑛里華】「誰とも付き合う気はないわ。前にも言ったじゃない」

【孝平】「覚えてる」

【孝平】「あれって、俺が生徒会に入った日だろ」

【瑛里華】「あははは、そうだったわね」

副会長が靴を履く。

【孝平】「でもさ、せっかくの学院生活だろ? 付き合ってみてもいいんじゃないか?」

【瑛里華】「いいのよ、これで」

ぴしゃりと言い切った。

【瑛里華】「だいたいあなたはどうなの? 彼女いるの?」

【孝平】「いないな」

【瑛里華】「ポテンシャルは高いんだから、頑張りなさいよ」

【孝平】「高いのか?」

【瑛里華】「え、えーと」

【瑛里華】「た、高いって言ってるんだからいいでしょ」

怒った。

【孝平】「悪い悪い」

【瑛里華】「からかわないで」

【瑛里華】「先行くから、ちゃっちゃと来てねっ」

言い捨てて、走り去った。

意外に純でびっくり。

【孝平】「ちわー」

【瑛里華】「遅い」

まだぶすっとしていた。

【伊織】「支倉君~、何かしたのかい?」

【孝平】「あはは、いやまあちょっと」

【伊織】「はっはっは、まあ若いうちが華だよね、うん」

【征一郎】「伊織、油売ってるんじゃない」

やれやれと首を振って、会長はパソコンのデスクに向かった。

【白】「支倉先輩、お茶をどうぞ」

【孝平】「お、さんきゅ」

お茶を受けとり、椅子に座る。

【瑛里華】「さっそくだけど、これ見て」

活動報告書だ。

【孝平】「サッカー部か」

ざっと見たところ、内容に問題はない。

書類の提出期限も守っているようだ。

【孝平】「なんか問題が?」

【瑛里華】「どうも水増ししてるみたいなの、部員数」

【孝平】「部費増やそうって腹か」

【瑛里華】「ええ。毎年1、2件あるのよ」

【瑛里華】「去年は、入部届を提出させて、いちいち調べたわ」

【孝平】「だったら、今年もそこから取りかかるか」

【瑛里華】「じゃあ、日を改めて調査しましょ」

【瑛里華】「あとはこっちね」

【孝平】「囲碁部か」

【孝平】「部員数が4? 少ないなこりゃ」

【瑛里華】「規則だと、部員が4人以下のところは次の年度から休部になるのよ」

副会長が表情を曇らす。

【孝平】「規則に例外を作れるのか?」

【瑛里華】「難しいわ」

【瑛里華】「ただ、伝統ある部活だし、部員も真剣に取り組んでるから、できるなら残してあげたいのよ」

【孝平】「じゃあ俺たちで勧誘してみるか? ポスターとか作って」

【瑛里華】「あまり肩入れすると、公平性に欠けるわね」

副会長が腕を組む。

【孝平】「ま、時間かけて考えよう。急ぎじゃないんだろ?」

【瑛里華】「そうね」

【伊織】「白ちゃん、悪いけど、アレお願い」

会長がいきなり白ちゃんを呼ぶ。

【白】「あ、はい、少々お待ち下さい」

白ちゃんが給湯室に消え、すぐに戻ってきた。

【白】「どうぞ」

【伊織】「さーんくす」

会長の手には輸血用血液。

10秒チャージ的なノリでくわえる。

口でちゅーちゅー吸いつつ、両手はキーボードを叩く。

【孝平】「なんだかなぁ」

【瑛里華】「言っとくけど、私はああいう下品な飲み方しないから」

【孝平】「ああ、わかってるさ」

【かなで】「おーい」

【孝平】「ん?」

【伊織】「おや?」

外から聞き慣れた声が聞こえた。

【瑛里華】「悠木先輩ね」

副会長の表情が少し引き締まる。

会長が窓を開けて身を乗り出した。

【かなで】「はろはろ、いおりん」

【伊織】「おお、悠木姉ー」

輸血用パックを持ったまま、手をブンブン振る。

【孝平】「んなもん、振るなっ!!」

【かなで】「おー、こーへーもいるっぽいね」

【伊織】「聞いてよ悠木姉。彼、ボクをいじめるんだよ」

【かなで】「あっはっは、それはいおりんがうすらとんかちだからだよ」

【伊織】「言ったなー♪ やっつけるから上がってこい」

【かなで】「アイサー」

ついていけねぇ。

【かなで】「来たよ」

【瑛里華】「こんにちは、悠木先輩」

【かなで】「やっほー、えりりん」

【白】「こんにちは、寮長」

【かなで】「ノンノンノン、今日は寮長として来たんじゃないのさ」

【征一郎】「では、どんな用件だ?」

【かなで】「風紀委員長として参ったっ」

【孝平】「誰が?」

【かなで】「こーへー、あとでいじめるから」

【かなで】「さておき、いおりん」

【かなで】「部活動申請書を見せてちょーだい」

【伊織】「部活の件は瑛里華と支倉君に一任してる」

【かなで】「なーる。じゃあ、えりりん、お願い」

【瑛里華】「どういった事情で?」

【かなで】「どこの部活がどんな様子か知りたくてさ、そんだけ」

【瑛里華】「ま、風紀委員長がおっしゃるなら」

【かなで】「さんきゅー」

書類の束を前から順に見ていくかなでさん。

ふーん、へー、ほー、とか言っている。

【瑛里華】「ところで悠木先輩」

【かなで】「ほいほい?」

【瑛里華】「部活の掛け持ちが多すぎるんじゃないですか?」

【孝平】「かなでさん、いくつ入ってるんですか?」

【かなで】「10くらい?」

【孝平】「多すぎですからっ」

【かなで】「いやー、頼まれると断れなくて」

【孝平】「どうやって活動してるんですか?」

【かなで】「気が向いたときに行くだけ」

【かなで】「だって、名誉試食部員とか、名誉棋士とか、無形文化財とかだし」

最後のはどうか。

【かなで】「ま、細かいことは気にしない気にしない。誰も困らないでしょ?」

【孝平】「そりゃそうかもしれませんが」

【伊織】「まあまあ支倉君、悠木姉を常識で縛るのはナンセンスだよ」

【かなで】「いやー、よくわかってるね、さすがいおりん」

【瑛里華】「ただの似たもの同士でしょ」

【孝平】「まったくだ」

【伊織】「はっはっは」

【かなで】「はっはっは」

どうでもよくなってきた。

【かなで】「んじゃ、資料ありがと」

ぱさりと資料を置く。

【瑛里華】「もういいんですか?」

【かなで】「うん、一通り見たし」

【征一郎】「悠木」

【かなで】「ほわっつ?」

【征一郎】「無茶をして混ぜっ返すなよ」

【かなで】「はっはっは、なんのことかわかりませんな」

【かなで】「じゃ、まったねー」

ばたん

【白】「あの、お茶を用意したんですが、悠木先輩は」

【伊織】「帰った」

【白】「ええと、あの、あの」

お茶の行き先がなくなり、おろおろしている。

【征一郎】「その茶は俺がもらう。喉が渇いた」

【白】「あ、はい」

【瑛里華】「悠木先輩、ほとんど台風ね」

【孝平】「超大型のな」




Erika Selection Five


【孝平】「困った」

【瑛里華】「そうね」

背後にはサッカー部の部室。

さっきまで、部員水増しの調査をしていた。

【孝平】「入部届、人数分あったな」

【瑛里華】「手続き上はシロね」

【孝平】「つっても、無理やり書かせたのかもしれないぞ」

【瑛里華】「そうかもしれないけど、これ以上の追及は難しいわ」

【瑛里華】「取り締まるのは生徒会の役目じゃないし」

そう言いながら、副会長の表情にはどこか余裕があった。

【瑛里華】「あら、物騒なのが来たわね」

【孝平】「は?」

見ると、かなでさんがこっちへ歩いて来ていた。

その背後には、ガタイのいい男子生徒6人が控えている。

どういうこっちゃ。

【かなで】「やー、ご苦労ご苦労」

【孝平】「どうしたんですか?」

【かなで】「ちょっとヤボ用があってのう」

【孝平】「後ろの方々は?」

【かなで】「柔道部の皆さん。今回ご協力を頂いております」

押忍っと声が上がった。

どういう関係だ?

【瑛里華】「どんな用件かしら?」

【かなで】「ちょっと話を聞きたい部活があるんさね」

【瑛里華】「どちら様?」

【かなで】「ひ・み・つ」

【孝平】「なにかやらかしたんですか」

【かなで】「だーいぶ電気使用量が多いんだよ。部員数に比べて」

【かなで】「ちょこっとならガタガタ言わないけど、レンジとかコタツとか持ち込まれちゃうとねえ」

【孝平】「部室で生活する気ですかね」

【かなで】「そうなのかもしれないねぇ?」

と、かなでさんが背後の柔道着を見る。

一様に、にへら、と不器用な笑顔を作った。

あやしい。

【かなで】「ま、ちょっと話を聞いてみるだけだから」

【瑛里華】「では、結果が出たら教えて下さい」

【かなで】「りょーかい。あることないこと調べちゃうよ」

かなでさんと柔道部の皆さんは、意気揚々と部室棟へ向かっていった。

【孝平】「どうなるかな」

【瑛里華】「さあ? 報告を待ちましょ」

落ち着いた様子で、副会長が笑う。

【かなで】「たのもー」

かなでさんが部屋に来たのは、約2時間後だった。

【瑛里華】「あら、もうカタがつきましたか?」

【かなで】「ちょろいちょろい」

ひらひら手を振って椅子に座る。

【かなで】「しろちゃん、飲み物ちょーだい」

【白】「はい。何にされますか?」

【かなで】「オレンジジュース」

【白】「かしこまりました」

【孝平】「喫茶店かよ」

【白】「あ、オーダーを復唱した方がいいですか?」

【孝平】「いや、しなくていいから」

【白】「わかりました」

白ちゃんは、ちょっと残念そうに給湯室に向かった。

【かなで】「いやー、かわいいウェイトレスさんだね」

【孝平】「店じゃないんですが」

【かなで】「いやいや、ここの住人みたいなセリフだね」

【かなで】「すっかり馴染んでるみたいで、お姉ちゃんうれしーよ」

【瑛里華】「それで、どうでした?」

【かなで】「あーうん、大漁大漁」

【かなで】「レンジでしょ、小型冷蔵庫でしょ、テレビにゲームにコタツ、ホットカーペットもあったかな、あとハロゲンヒーター」

【孝平】「マジで生活する気だ」

【かなで】「あはは、ま、住みたくなる気持ちはわかるんだけどね」

【瑛里華】「私もわかります」

【瑛里華】「気の合う仲間と共有するスペースって、居心地いいですよね」

【かなで】「そうそう。だからわたしも、よくこーへーの部屋行くでしょ?」

【孝平】「ええ、まあ」

ちょっとくすぐったい。

【白】「お待たせしました」

【かなで】「きたきた、喉乾いちゃってさ」

と、渡されたジュースを半分ほど一気に飲み干す。

【かなで】「あー、勝利の美酒ってやつだね」

【孝平】「ところで、部活はどこだったんですか?」

【かなで】「サッカー部」

【孝平】「ぶっ」

【瑛里華】「私たちが入ったときは何もなかったですが?」

【かなで】「えりりんが来るからって、片づけたんじゃない?」

【かなで】「生徒会が帰って、全部運び込んだところに、わたしたちが押し込んだと」

【孝平】「タイミング良かったですね」

【かなで】「そのへんはいろいろあってね」

【かなで】「で、どうするの?」

【瑛里華】「規則に従えば、部室没収ですね」

【孝平】「けっこう厳しいな」

【瑛里華】「事前に禁止事項として説明してることだから」

【孝平】「んじゃ、今年で2件目か」

【瑛里華】「いえ、はじめてよ」

おかしいな。

はじめてじゃない感じがするんだが。

……あ。

【孝平】「柔道部」

【かなで】「あー、とっても頼もしかったよ」

【孝平】「いや、そうじゃなくて、柔道部も同じことやったんじゃ?」

【かなで】「さーて」

白々しく口笛の真似をしている。

【孝平】「かなでさん」

【かなで】「なにかな」

【孝平】「見逃す見返りに、今日のミッションを手伝わせたでしょう」

【かなで】「それじゃ、わたしはこの辺で」

【孝平】「ちょっと待……」

【かなで】「お疲れ様でした~っ」

光の速さで出ていった。

【孝平】「いいのか?」

【瑛里華】「いいんじゃない? 結果として2件の違反がなくなったんだから」

しれっと言う。

【孝平】「策士だな」

【瑛里華】「それは悠木先輩でしょ、私に言わないでよ」

なんかこっちも白々しい。

副会長、全部知ってたんじゃないのか?

【孝平】「そういうやり方は、生徒会的にOKなのか?」

【瑛里華】「それが楽しい生活につながるなら」

ふむ。

そういうことなら。

【孝平】「だったらサッカー部も見逃がそう」

【瑛里華】「どうして?」

【孝平】「見返りに、部員水増しの件、正直になってもらうってのはどうだ?」

【瑛里華】「イエスッ」

びしっと指さされた。

【瑛里華】「悪くなってきたじゃない」

【孝平】「褒められた気がしないな」

【瑛里華】「褒めてるわよ」

【孝平】「アリガト」

【瑛里華】「ぶすっとしない。はい笑って~」

【孝平】「HAHAHA」

【伊織】「いやぁ、悪い後輩を持ったもんだ」

給湯室から、いきなり会長が現われた。

【孝平】「聞いてたんですか」

【白】「わたしが給湯室に入ったら、後ろから口をふさがれました」

白ちゃんも涙目で出てくる。

【孝平】「犯罪者寸前です」

【伊織】「犯罪者かどうかはともかく、征には内緒だよ、白ちゃん」

【伊織】「ヤツに知られたら殺されかねないからね、俺が」

【白】「は、は、はい」

【孝平】「盗み聞きなんてしないで、はじめから出てくりゃいいでしょ」

【伊織】「話があんまり黒いから怯えてたのさ」

【伊織】「ワオキツネザルのようにねっ!」

指でピストルをつくり、俺を撃つ。

【孝平】「さっぱり意味がわからないです」

【伊織】「ま、ともかくだね、まるーく収めていこうよ、まるーく」

【伊織】「俺らも風紀も警察じゃないんだし、しつけは親御さんに任せとけばいい」

【瑛里華】「私たちの仕事は、みんなが楽しく過ごせるようにすることよ」

【孝平】「もちろんサッカー部員も含めてって言うんだろ?」

【瑛里華】「もちろん」

副会長の信条が、なんとなくわかってきた。

【瑛里華】「彼らには近いうちに、話をしに行きましょう」

【孝平】「わかった」



Erika Selection Six


その日の放課後。

俺と副会長は、再びサッカー部を訪ねていた。

当初、部員水増しを否定していた部長だったが、部室を交換条件に出したとたんに顔色が変わり──

【瑛里華】「部室を失った部長と、部室を守った部長。どちらが素敵かしら?」

【瑛里華】「部室没収の危機を救った、立派な部長になりましょ」

──という副会長の言葉で、あっさり落ちた。

部長の話では、今年の新入部員27人のうち、9人が水増しの幽霊部員。

右も左もわからない新入生に飯をおごりつつ、『活動しなくていいから名前だけ』と拝み倒したらしい。

事情を聞いたあと、幽霊部員の氏名クラスを聞き出して捜査は終了。

【瑛里華】「ねえ、部長さん」

去り際、副会長は足を止めた。

【瑛里華】「大会……近いのよね?」

【瑛里華】「心配しないで。このことは先生方には内緒にしておくわ」

【瑛里華】「みんな、サッカー部には期待しているのよ。かっこいいところ見せてね」

部長が救われたような笑顔で応じる。

フォローも万全だった。

【孝平】「27人中9人は幽霊か」

【瑛里華】「ちょっと欲張りすぎね」

【孝平】「まったくだ」

二人で肩をすくめる。

【瑛里華】「さて、あとは幽霊部員に退部届を書いてもらえばOKね」

と、カバンから書類を取り出す。

【瑛里華】「もう用紙はできてるから」

【孝平】「準備いいな」

【瑛里華】「話し合いがうまくいったら、必要になると思って」

【瑛里華】「だらだらやってると、サッカー部の部長も不安になるだろうし」

【孝平】「よーし、さくさく片づけよう」

退部届けを集め、監督生室に戻ったのは午後8時半。

部屋にはもう誰もいない。

【孝平】「あ゛~~、疲れた」

どっかりと椅子に座る。

【瑛里華】「お疲れ様」

【瑛里華】「とりあえずは一件落着ね」

水増し問題は解決。

電化製品の持ち込みも解決。

かなでさんは大捕物をやって満足。

サッカー部にも傷はつかなかった。

【孝平】「ここだけの話、全部計画通りだったのか?」

【瑛里華】「まさか、電源関係の問題は偶発的なものよ」

【瑛里華】「私はただ、悠木先輩とタイミングを合わせただけ」

【孝平】「水増しが手続き上問題なかったから、別件から切り込もうとは考えていたんだろ?」

【瑛里華】「ふふふ、もしかしたらそうかもしれないわね」

【孝平】「へいへい」

ま、そういうことにしておこう。

【孝平】「でもさ、生徒会ってほんとボランティアだよな」

【瑛里華】「まあ、金銭的な見返りはゼロね」

【孝平】「そういう意味じゃなくて、副会長は苦労ばっかりなんじゃないかと思ってさ」

【瑛里華】「そうねえ」

少し考える。

【瑛里華】「確かに苦労はあるけど、それで学院が楽しくなるなら私は満足できちゃうみたい」

【孝平】「どこの聖人だよ」

【瑛里華】「趣味の問題」

【孝平】「なんかスッキリしないな、そういうの」

【瑛里華】「なんで機嫌悪くなるのよ」

【孝平】「だって、今回の件は、もともとサッカー部が悪いわけだろ?」

【孝平】「それを、副会長が頭ひねって解決して、おまけにサッカー部にまで気をつかって」

【孝平】「苦労してるの、副会長ばっかな気がしてさ」

【瑛里華】「ふうん」

副会長がじっと俺を見る。

【孝平】「なんだよ」

【瑛里華】「心配してくれてるんだ」

【孝平】「まあ、ありていに言えば」

照れ隠しに笑う。

【瑛里華】「ありがと」

【孝平】「礼なんかいいさ、別に」

副会長は少しだけ視線を落とし、右手で自分の髪を撫でた。

【孝平】「あー、こほん」

咳ばらいをして、カバンからブリーフケースを取り出す。

中身は集めてきた書類だ。

【孝平】「これ、頼むわ」

【瑛里華】「了解」

書類を手渡した瞬間、ふと思いつくことがあった。

【孝平】「そーいえば」

【孝平】「この人たち、サッカー部辞めたんだから、今はフリーってことだよな?」

【瑛里華】「悠木先輩みたいに掛け持ちしてなければね」

【孝平】「だったら、囲碁部に紹介できないか?」

【孝平】「入部しろとは言えないけど、囲碁部の人に『この人たちはフリーです』って教えることくらいはできるだろ」

【瑛里華】「あら」

【孝平】「どう?」

【瑛里華】「いいじゃない」

副会長が立ち上がる。

【瑛里華】「冴えてる、支倉くんっ!」

ばしばし肩を叩かれた。

【孝平】「痛え痛え痛え」

【瑛里華】「あ、ごめん」

恥ずかしそうに手を引っこめる。

【瑛里華】「囲碁部のことずっと考えてたんだけど、いい案が思いつかなくて」

と、部屋を歩き回り始めた。

【孝平】「部長さん任せってのがアレなプランだが」

【瑛里華】「いーえ、むしろちょうどいいわ」

【瑛里華】「あんまり肩入れすると、ひいきになるでしょ。そこのバランスで悩んでたのよ」

【瑛里華】「というわけで、支倉くんファインプレー」

びしっと指さされる。

【孝平】「テンション高けーな」

【瑛里華】「冷めてるわね。嬉しくない?」

【孝平】「いやまあ、もちろん嬉しいさ」

と答えてはみたが、おそらく副会長と喜びを共感できていない。

彼女はきっと、誰かの力になれることを喜んでるんだと思う。

俺はどっちかといえば、副会長の満足げな顔を見れたのが嬉しいわけで。

【孝平】「善は急げってことで、明日にでも話しにいくか」

【瑛里華】「わかったわ」

笑顔で答えてから、時計を見る。

【瑛里華】「あら、そろそろ門限ね」

【孝平】「げ、10分切ってる」

【孝平】「仕事で疲れた上にシスターのお説教じゃ、泣くに泣けない」

【瑛里華】「じゃ、ダッシュね」

【孝平】「よしっ」



Erika Selection Seven


放課後。

監督生室に向かった。

【孝平】「こんにちは」

【瑛里華】「あら、支倉くん」

部屋に入ると、副会長が給湯室から出てきた。

他に誰もいない。

【孝平】「今日は一人?」

【瑛里華】「ええ、みんな外で仕事があるみたい」

【瑛里華】「白はローレル・リングだけど」

【孝平】「仕事はあるか?」

【瑛里華】「少しだけ」

【瑛里華】「あ、お茶入れたから一緒にどう?」

副会長がテーブルにお盆を置く。

上には茶器がのっている。

【孝平】「お、さんきゅ」

【瑛里華】「私しかいなかったから、自分好みで作っちゃったけど……」

【瑛里華】「ま、我慢してね」

【孝平】「副会長お手製ってだけでラッキーだ」

期待を膨らませつつ席に着く。

副会長がてきぱきとお茶の準備をしてくれる。

すぐにティーカップから、甘い香りが漂ってきた。

【孝平】「ミルクティー?」

【瑛里華】「チャイよ」

【孝平】「チャイ?」

【瑛里華】「インド風ミルクティーね」

【孝平】「へえ、飲んだことないな」

【瑛里華】「街のカフェとかには置いてると思うわ。学食にはないけど」

【孝平】「カフェか……普通の男子学生には縁のない場所だ」

【瑛里華】「そうかもね」

【孝平】「副会長はカフェでお茶したりするのか?」

【瑛里華】「あんまり行かないわね。街自体そんなに出ないし」

【孝平】「へえ、意外だな。行きつけの喫茶店とかありそうなイメージだった」

【瑛里華】「人をイメージで語らないように」

【瑛里華】「ほら、とにかく飲んでみて」

目の前にチャイが置かれた。

【孝平】「じゃ、遠慮なく」

ティーカップを口に運ぶ。

【孝平】「……」

口にして感じたのは、まず温度。

ぬるい。

熱々を想像していたので拍子が抜けた。

そして、次に来るのが甘さ。

甘い。

マックスを越えてる。

飲み込むと、シナモンの香りが鼻腔を満たした。

これはとても良い。

【瑛里華】「どう?」

【孝平】「ああ……」

コメントしにくい。

【孝平】「うまいよ」

【孝平】「シナモンがスッキリしていい感じだ」

【瑛里華】「ふう……」

【瑛里華】「嘘つきが一人いるわね」

ティーカップを口につけたまま、視線だけ上げて俺を見た。

【孝平】「何をおっしゃるウサギさん」

【瑛里華】「ウサギじゃないから」

副会長がティーカップを置く。

そして、足を組み替えた。

【瑛里華】「支倉くんの率直な感想はこうでしょ」

【瑛里華】「激甘、そしてぬるい」

【孝平】「……よくわかるな」

【瑛里華】「自分好みで作ったって言ったでしょ」

【瑛里華】「普通の人が飲んだら、そう感じるに決まってるの」

【孝平】「あ、なるほど」

さらにチャイを飲む。

副会長の言うとおりだ。

【孝平】「まずいってことじゃないからな」

【瑛里華】「ありがと」

【瑛里華】「でも、支倉くん」

【孝平】「ん?」

【瑛里華】「もし気を遣っておいしいって言ってくれたなら、今後はそういうのナシにしてくれていいわよ」

【瑛里華】「言いたいことはズバっと言っちゃって」

【瑛里華】「正直にいろいろ言い合えた方が、仕事もうまくいくしね」

ぱちっとウインクされる。

【孝平】「ああ、そうするよ」

【孝平】「こいつは、ぬるくて甘い!」

【瑛里華】「改めて言われるとカチンとくるわね」

そう言って笑う。

【孝平】「しかし、副会長は甘いの好きだな」

【瑛里華】「ちょっと恥ずかしいんだけどね」

口を尖らせてツンとする。

【孝平】「そうか?」

【孝平】「女の子が甘いの好きなのって普通じゃないか?」

【瑛里華】「そ、そう?」

【孝平】「白ちゃんもよく和菓子食べてるだろ」

【孝平】「だから気にすることないぞ」

【瑛里華】「猫舌は?」

【孝平】「かわいいって思う人もいるんじゃないかな」

【瑛里華】「そうなの?」

【瑛里華】「兄さんはずっと子供っぽいって言ってたけど」

【孝平】「人によるって」

【孝平】「それに、治そうと思って治るもんじゃないだろ?」

【瑛里華】「そう……治らないのよ」

【孝平】「いろいろ試したのか……」

頑張る人だ。

【瑛里華】「だいたい、火傷して終わりだけど」

副会長が熱いものを頑張って飲もうとしているところを想像する。

思わず苦笑してしまう。

【瑛里華】「笑わないで」

【孝平】「悪い悪い」

【瑛里華】「まったく、こっちは苦労してるのに」

そう言いながらも、副会長の表情は穏やかだ。

そういえば、副会長とのんびりしゃべるのは初めてかもしれない。

いつも何か仕事しながらが多かったからな。

【瑛里華】「あ、そうだ。ちょっと見てくれる?」

副会長が鞄から雑誌を取り出す。

【孝平】「なに?」

【瑛里華】「夏の服なんだけど……」

と、雑誌のページを開く。

見開きに2つの写真が載っている。

右は、カッチリしたかっこいい系の服。

左は、少しアジアンテイストが入ったキュートな感じのヤツだ。

【瑛里華】「どっちがいいと思う?」

【孝平】「誰が着るんだ?」

【瑛里華】「私に決まってるでしょ」

【孝平】「そうだな……」

副会長を見る。

雑誌を見る。

さらに副会長を見る。

さらに雑誌を見る。

【瑛里華】「ねえ。あんまり見られると恥ずかしいんだけど」

【孝平】「そんな見てたか?」

【瑛里華】「見てたわよ」

【孝平】「すまん」

ちょっとテレる。

【瑛里華】「で、どっちがいい? 支倉くんの趣味でいいわよ」

俺の趣味を聞かれているってことは……。

少し期待してもいいのか?

【孝平】「こっちのかわいい方だな」

【瑛里華】「あ、そうなんだ」

【孝平】「カッチリした方が好みか?」

【瑛里華】「うーん、自分で選ぶとどうしてもカッチリしちゃうのよね」

【孝平】「かわいいのも似合うぞきっと」

【瑛里華】「ありがと、参考にしてみるわ」

【瑛里華】「支倉くんは、かわいい女の子が好み? 美人系じゃなくて」

雑誌を閉じて副会長が尋ねてくる。

【孝平】「ま、中身次第だな」

【瑛里華】「外見の話をしてるの」

【孝平】「あくまで好みの話だけど、副会長みたいな子は好きだぞ」

【瑛里華】「そ、そう……」

目を逸らす副会長。

それをやられると、さすがにこっちが恥ずかしくなってくる。

【孝平】「あ、あくまで、好みの話だぞ」

【瑛里華】「う、うん、好みね」

そう言って、副会長はお茶を飲み干した。

【瑛里華】「さーて、書類整理でもしよ」

【孝平】「手伝うぞ」

【瑛里華】「ええ、お願いするわ」

【孝平】「じゃ、食器を片づけてくるよ」

【瑛里華】「さんきゅ」

食器をまとめて給湯室へ向かう。

ちょっと気分がふわふわしていた。

日曜日。

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