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Kanade Selection One

【かなで】「ふれー、ふれー、3組!」

【かなで】「がんばれ、がんばれ、3組!」

グラウンドでは、応援合戦が繰り広げられている。

かなでさんが先頭に立って、俺たち3組の応援をしていた。

そういや、かなでさんも3組なんだよな。

【かなで】「一撃必殺さーんーくーみっ!」

【かなで】「ヒット・アンド・アウェイさーんーくーみっ!」

小さな身体でぴょんぴょんと跳びはねている。

かなでさんに指揮されるように、女子はダンスをし、男子は旗を振っていた。

【かなで】「いくぞーっ!」

かなでさんのかけ声と共に男子生徒四人が、ばっと布を広げる。

【かなで】「とうっ!」

かなでさんが飛んだ。

布をトランポリン代わりにして大ジャンプ。

そして見事に着地。

歓声が巻き起こった。

【かなで】「どもども」

……。

【青砥】「支倉、どう思う?」

隣に座るアオノリが聞いた。

【孝平】「何がですか?」

【青砥】「僕は今の応援が一番よかったと思うんだが」

【孝平】「元気さと華やかさで言えばダントツですね」

【青砥】「やはりそうか」

【青砥】「ふーむ」

手元の紙を見て悩んでいる。

応援合戦の採点表か。

【かなで】「こーへー、やっほー!」

さっきまでグラウンドにいたはずなのに。

応援が終わって、そのまま走ってきたのか。

【かなで】「3組の応援どうだった?」

【孝平】「元気爆発でしたね」

【かなで】「のりぴーは?」

【青砥】「一番よかったんじゃないか」

【かなで】「じゃあ、うちのクラスに点入れてくれる?」

【青砥】「自分の受け持ちには、あまり入れないのが通例でな」

【かなで】「そういう時は、自分の感性を信じてっ!」

【孝平】「審査員に直接交渉はダメです」

【かなで】「違うの」

【かなで】「ただわたしは、心で感じたことを素直に評価してほしいんだよ」

【青砥】「悠木姉の言う通りかもしれないね」

【孝平】「いいんですか」

【青砥】「通例といっても禁止されてるわけではないし、優れていたのは事実だ」

【かなで】「やったー!」

【かなで】「こーへー、応援合戦ってトップ何点だっけ?」

【孝平】「5点」

【かなで】「少なっ!!」

【孝平】「去年と一緒ですよ」

【かなで】「それじゃ逆転できないよっ」

【かなで】「わたしね、応援ってすごく大事なことだと思うの」

【かなで】「だから点数さらに倍っ!」

【孝平】「ムリです」

【かなで】「じゃあ3倍っ!!」

【孝平】「いいですか、倍より3倍の方が多いんです。余計ダメですよ」

【かなで】「冷静に返されたっ!」

【かなで】「こーへーは、わたしの応援で元気出なかったの?」

【孝平】「元気は出ました」

【かなで】「じゃあ、自分の感性を信じてっ」

【孝平】「信じてますが、配点は変えられません」

【かなで】「しょんぼり」

小さな肩を落とし、がっかりする。

なんか無茶苦茶なことを言われてるはずなのに、可哀想になってくるな。

【孝平】「大丈夫ですよ、かなでさん」

【かなで】「ん?」

【孝平】「これからかなでさんが大活躍すれば、3組の逆転勝利は間違いなしです」

【孝平】「かなでさんに期待してますよ」

【かなで】「こーへーがそう言うのなら、やってみせようっ」

【かなで】「お姉ちゃんにすべて任せなさい!」

ぐっと小さな手を握り締めて、走り去っていった。

最後の銃声が、空に鳴り響いた。




Kanade Selection Two

【陽菜】「孝平くん」

夜。

廊下を歩いていると陽菜が話しかけてきた。

【孝平】「おう、陽菜」

【陽菜】「お姉ちゃん見なかった?」

【孝平】「かなでさん?」

【孝平】「そういや、今日はまだ見てないな」

【陽菜】「そっか。困ったなあ」

【孝平】「携帯に電話した?」

【陽菜】「うん。でも出ないんだよね」

【陽菜】「もし見かけたら、連絡してって言ってもらえるかな?」

【孝平】「了解」

【陽菜】「ありがとう」

陽菜は女子フロアの方へと向かう。

かなでさんに何か大事な用事があるようだ。

暇つぶしがてら、捜してみるか。

俺は踵を返し、談話室へと向かった。

談話室に入ると、司がテレビを観ていた。

【孝平】「ういーす」

【司】「ういっす」

【孝平】「かなでさん見なかったか?」

【司】「いや」

【孝平】「ふうん」

【孝平】「今、何観てんだ?」

【司】「春一番ドラマスペシャル」

【孝平】「ほー」

真剣な目つきだ。

特に興味のない俺は、早々に立ち去ることにした。

……いない。

ここにもいない。

どこにもいない。

いったい、どこに行ってしまったのだろう?

……。

俺はふと、廊下の窓から中庭を見た。

【かなで】「すくすくのび~ろおまえさん~♪」

【かなで】「わたしの元気をくれてやるったらくれてやる~♪」

【孝平】「なんですか、その歌は」

【かなで】「うわっ!」

中庭に出て声をかけると、かなでさんは仰天した様子で俺を見た。

【かなで】「び、びびび、びっくりしたぁー!」

【かなで】「いきなり声かけないでよもうー」

そんなこと言われても、困る。

【孝平】「じゃあこれから声かける時は、『今から声かけますね』って宣言してからにします」

【かなで】「うむ。そうしてくれたまえ」

いや、おかしいからそれ。

って、そんなことはいいとして。

【孝平】「陽菜が捜してましたよ?」

【孝平】「携帯もつながらないって」

【かなで】「あっ!」

かなでさんは慌ててポケットから携帯を取り出した。

【かなで】「しまった、ぜんぜん気づかなかったよ」

【孝平】「なんか大事な用事があったみたいでしたけど」

【かなで】「そーなのそーなの」

【かなで】「『湯けむりバナナケーキ殺人事件』、二時間スペシャル!」

【孝平】「はい?」

【かなで】「春一番ドラマアワー、知らないの?」

【孝平】「……」

そんなものは1ミリも知らない。

司が見てたのは、春一番ドラマスペシャルだしな。

【かなで】「ひなちゃんと一緒に観る約束してたんだ」

【かなで】「とりあえずメール打っとこ」

陽菜の用事ってのは、それか。

まあいいけども。

【孝平】「ところでかなでさん、そこで何してたんですか?」

【かなで】「ん?」

【かなで】「見ての通り、ケヤキにお水あげてるんだよ」

夜だというのに、じょうろで木の根元に水をかけている。

中庭にそびえる、「穂坂ケヤキ」と呼ばれる大きな木。

この寮の、シンボルマークのような存在でもあった。

【孝平】「ケヤキって、水あげないといけないんですか?」

【かなで】「ううん、そんなこともないんだけどね」

【かなで】「ケヤキは乾燥に強い木だし」

ちょっと寂しそうな顔で、かなでさんは続ける。

【かなで】「ただ、ここ最近雨降ってなかったでしょ?」

【かなで】「ちょっと元気なさそうだから、潤いをあげようと思って」

【孝平】「なるほど」

俺はケヤキを見上げた。

とても大きくて立派な木だが、葉っぱが生えていない。

もう春だというのに、元気がなさそうだ。

【孝平】「もう寿命なんですかねえ」

【かなで】「こらっ、めったなこと言わないのっ」

【かなで】「ケヤキって、場合によっちゃ千年でも二千年でも生きるんだから」

【かなで】「それに比べたら、この子なんてまだまだ子供だよ」

ちょっとムキになってかなでさんは言う。

かなり大切にしているようだ。

【かなで】「それにね、この木には言い伝えがあるんだよ。知ってた?」

【孝平】「あー、なんかチラっと耳にしたことが」

言い伝えというか、七不思議というか。

この学校に入学した当初に、誰かから聞いたことがある。

【孝平】「夜中に失恋して自殺した女の霊が現れて、シクシク泣くんでしたっけ?」

【かなで】「ちーがーうーっ!」

かなでさんはぷっくりと頬を膨らませた。

【かなで】「そんなガセネタつかまされるなんて、こーへーもまだまだヒヨっ子だね」

【孝平】「七不思議ネタに、ガセも何もないでしょう」

【かなで】「あのね、これは七不思議じゃないのっ」

【かなで】「この木にお願い事をすると、なんでも叶うんだよ」

【かなで】「特に、恋の願い事♪」

【孝平】「へえー?」

どこの学校にも一つはある、ロマンチックな言い伝えだ。

どちらかというと、女の子が好みそうな話。

でもそんなんで願いが叶ったら、誰も悩まないと思う。

なんて夢のないことは、もちろん口にしない。

【孝平】「で、かなでさんはなんか願い事したんですか?」

【かなで】「わたし?」

【かなで】「それはナイショです」

そうか、ナイショか。

【孝平】「じゃ、聞かないことにしておきます」

【かなで】「あれ? もっとツッコんでくれないの?」

【孝平】「どっちがいいんですか」

【かなで】「うーん、オンナゴコロはフクザツなのだよ。わかる?」

そんなこと言われても。

俺ごときに、オンナゴコロなどわかるはずもなく。

ちゃーちゃちゃちゃーらちゃっ♪

【かなで】「あ、やばっ。ひなちゃんからメールだ」

【かなで】「こーへーも一緒に春一番ドラマアワー観る?」

【孝平】「い、いや、俺は遠慮しときます」

【孝平】「……あ」

【孝平】「そういや、さっき司がテレビ陣取ってましたけど?」

【かなで】「えっ? 何観てた?」

【孝平】「確か、春一番ドラマスペシャルとかなんとか」

【かなで】「むむぅ?」

眉をつり上げ、身を乗り出す。

【かなで】「それはもしや、裏番組の『野菜ソムリエ探偵の事件簿』ではっ!?」

【孝平】「そこまではわかりませんが」

【かなで】「くぅ、やられた!」

【かなで】「へーじのヤツ、寮長であるわたしを出し抜いたなーっ」

むちゃくちゃなことを言っている。

【孝平】「テレビなら部屋にもあるんでしょう?」

【かなで】「談話室の大きいテレビで観るからいいんじゃない」

【孝平】「そりゃまあそうですけど」

とりあえずこの時間は、チャンネル権の熾烈な争奪戦が行われるということだけはわかった。

【かなで】「こーへー、さらばだっ!」

【孝平】「あっ」

かなでさんは、一瞬で目の前から消えた。

まったく、騒がしい人だ。




Kanade Selection Three

今日も、放課後は生徒会のお仕事。

会長に頼まれ、俺は各委員会の活動報告レポートをまとめていた。

ほかのメンバーはみんな出払っている。

【伊織】「……ふむ。放送委員会は活発に動いているようだね」

【伊織】「美化委員会はちょっと弱いかな」

【孝平】「活動自体が、生徒たちに浸透してないっぽいですね」

陽菜の所属する美化委員は、知名度でいうとやや低い。

真面目にがんばってはいるのだが。

【伊織】「美化委員会については、抜本的な改革が必要だね」

【伊織】「さて、お次は風紀委員会か」

【孝平】「はい」

【伊織】「……ふむふむ」

レポートを読みながら、会長は神妙な顔でうなずいた。

【伊織】「素晴らしい」

【伊織】「非の打ち所がない」

【伊織】「ファンタスティック!」

大絶賛だ。

会長の言う通り、風紀委員会の活動内容はなかなかどうして優秀だった。

まず、風紀委員の「遅刻撲滅キャンペーン」により、遅刻者の数が減った。

校則違反者による地域の社会奉仕活動も、島民の皆さんに好評らしい。

【伊織】「社会奉仕活動を仕切ったのは、悠木姉か」

【伊織】「いやはや、彼女はパワフルだな」

【孝平】「まったくです」

あの人のパワーは、いったいどこから沸いてくるのだろう。

朝から晩まで動き回っているように見える。

【伊織】「風紀委員の仕事はもちろんだけど、寮長の仕事もがんばっているようだね」

【孝平】「みたいですね」

【孝平】「昨日も、中庭のケヤキに一生懸命水をあげてましたし」

【伊織】「……ツキに?」

会長の眉根に皺が寄る。

【孝平】「ツキ?」

【伊織】「ああ、悪い」

【伊織】「ケヤキの別名を、ツキと言うんだ」

【孝平】「そうなんですか?」

どちらかというと、ケヤキという呼び方のほうがメジャーに思える。

【伊織】「昔はツキって呼ぶ方が一般的だったらしいよ」

【伊織】「事実、古事記や万葉集ではそう詠まれているからね」

俺の考えを悟ったのか、会長は付け足した。

【伊織】「まあ、そんなことはいいんだ」

【伊織】「なぜ悠木姉は、ケヤキに水なんかあげてたのかな?」

【孝平】「最近雨が降ってなくて、元気がなさそうに見えたからって言ってましたけど」

【伊織】「……ふうん」

【伊織】「そんなことをしても無駄なのにな」

【孝平】「え?」

会長の口調は、そっけなかった。

それが少し意外で、俺は会長の顔を見る。

【伊織】「……あ、いや、無駄ってことはないかもしれないが」

【伊織】「樹病に蝕まれている可能性が高いってことさ」

【孝平】「やっぱり、そうだったんですか」

春だというのに、あのケヤキから新芽の息吹は感じられなかった。

中庭にある他の木は、どれも濃い緑を茂らせているにも関わらず。

……かなでさんは、樹病の可能性があるってことを知っているのだろうか?

ケヤキを慈しんでいた様子を見ているだけに、少し胸が痛かった。

【孝平】「会長、そう言えば」

【伊織】「ん?」

【孝平】「あのケヤキにまつわる言い伝えって知ってます?」

【孝平】「恋の願いが叶うとかなんとか」

【伊織】「さあ」

俺の問いかけに対して、会長は無表情に答えた。

生徒会の仕事が終わり、寮に帰ってきた。

今日もたっぷりと働いてしまった。

風呂に入って疲れを取りたいところだが。

【孝平】「……」

廊下の窓から、中庭を見る。

そこには、一人の女子生徒がいた。

夕焼け色に染まるケヤキに寄りかかり、何やらつぶやいている。

【女子生徒A】「…………くれますように」

少し開いた窓の隙間から、そんな声が聞こえてきた。

姿勢を正し、ケヤキに向かってパンッと拍手を打つ。

やがて満足そうな顔をしてから、どこかへと立ち去っていった。

……なんだありゃ?

【??】「くぉらぁーーっ!」

【孝平】「わっ!」

いきなり背後から叫ばれ、心臓が飛び上がった。

振り返ると、かなでさんがにんまりとした顔で立っている。

【かなで】「やっほー。今帰り?」

【孝平】「やっほー、じゃないですよ。心臓に悪いから驚かせないでください」

【かなで】「ごめんごめん」

【かなで】「それより今、覗き見してたでしょ?」

【孝平】「はい?」

【かなで】「恋する乙女の、聖なる儀式を!」

ビシイィィィッと、かなでさんは俺を指さす。

恋する乙女の、聖なる儀式。

その時俺は、例のケヤキにまつわる言い伝えとやらを思い出した。

【孝平】「今の彼女、願い事をしてたんですか?」

【かなで】「うん」

【かなで】「こーへーはこの寮に住んでまだ日が浅いから、馴染みがないんだね」

【かなで】「これからもっと、あーゆー光景を見ることになると思うよ」

確信を持った口調でかなでさんは言う。

【かなで】「特に、クリスマスとかバレンタイン前」

【孝平】「あぁ、なるほど」

イベント前の神頼みというヤツか。

【孝平】「しっかし、女の子ってホントにそういう話好きですよね」

【かなで】「おや? 言い伝えを信じてるのは、何も女子だけじゃないんだぞ?」

【かなで】「ケヤキの精は、老若男女すべての人々に幸福をもたらすのです」

やけに芝居がかった調子で言う。

逆に怪しく感じるのは気のせいか。

【かなで】「というわけでこーへーも、必要とあらば願掛けしてみるといいよ」

【かなで】「もし見掛けても、見て見ぬふりしてあげるからさ」

【孝平】「はあ」

俺にそんな必要に迫られる日が来るのだろうか。

来たとしても、そういったロマンチック方面には走らないと思う。

【かなで】「さーて、今日もケヤキのお世話をしなくっちゃ♪」

【孝平】「世話って、何するんですか?」

【かなで】「今日はね、雑草抜き」

【かなで】「たまに害虫駆除をすることもあるよ」

かなでさんの手には、軍手とゴミ袋があった。

あまり楽しそうな作業ではなさそうなのに、本人はとても楽しそうにしている。

【孝平】「あのケヤキ、ホントに大切にしてるんですね」

【かなで】「そりゃそうだよー」

【かなで】「歴代の寮長たちが大事に世話して、守ってきたんだもん」

【かなで】「このケヤキの世話をするのは、とっても名誉なことなんだ」

底抜けに明るい笑顔で、かなでさんは言う。

……とても名誉なこと、か。

パワフルでお祭り騒ぎが大好きな、かなでさん。

いつも目立つことばかりしてるように見えて、地味な仕事もきちんとこなしているのだ。

それも、楽しく前向きに。

【孝平】「……たいした人だなあ」

【かなで】「はい?」

俺は再び、中庭に目をやった。

依然として新芽は芽吹かず、精彩を欠いたままのケヤキの木。

いつか、かなでさんの愛情が伝わればいいのだが。




Kanade Selection Four

夜。

俺は大浴場から談話室へと向かっていた。

そのついでに、廊下の窓から中庭を見る。

なんとなく、こうやってケヤキの様子を確認するのが癖になってしまっていた。

相変わらず新芽が生える気配はない。

薄暗いせいか、その佇まいがいつもより寂しげに見えた。

【陽菜】「孝平くん」

【孝平】「おう」

玄関から、陽菜がひょっこりと顔を出す。

【孝平】「今帰ったのか?」

【陽菜】「うん。美化委員の仕事で遅くなっちゃって」

そう言ってから、じっと俺を見る。

ものすごく、見てる。

【孝平】「な、なんだ?」

【陽菜】「……もしかして」

【陽菜】「今から、ケヤキにお願い事するつもりだったのかな?」

【孝平】「なんで俺がっ」

【陽菜】「だって、思いつめた顔でケヤキ見てたから」

【孝平】「いや、あり得ないし」

そう答えると、陽菜は小さく息を吐いた。

【陽菜】「そっか。びっくりした」

【孝平】「俺の方がびっくりだよ」

【陽菜】「あはは、ごめんね」

【陽菜】「孝平くん、そういうのあんまり信じるタイプじゃなさそうだもんね」

俺は深々とうなずいた。

【孝平】「陽菜は信じるタイプか? 言い伝えとかそういうの」

【陽菜】「うーん、私は……」

【陽菜】「完全に信じてるわけじゃないけど、否定はしたくないタイプかな」

【陽菜】「神様にお願いしても、どうにもならないことって確かにあるもの」

意外な返答だった。

【孝平】「実はリアリストなんだな」

【陽菜】「否定してるわけじゃないってば」

【陽菜】「でも、すごくロマンチックな言い伝えだよね」

【陽菜】「鬼に見初められた女の子の魂が、このケヤキに宿って願いを叶えてくれるなんて」

【孝平】「そんな話だったのか?」

【陽菜】「私が聞いたのは、こんな話だったよ」

【孝平】「ふうん」

他にもいろんな説を聞いたけど、この説が一番ロマンチックだ。

しかし、鬼か。

そんなのに見初められたら、実際問題、何かと大変そうだ。

【陽菜】「じゃあ私、部屋戻るね」

【孝平】「ああ。また明日な」

陽菜は手を振ってから、女子フロアへと向かった。

……。

【??】「……じぃ~~~」

【孝平】「?」

ふと、背中に視線を感じた。

【かなで】「じぃ~~~」

振り返ると、柱の影からかなでさんがこっちを見ている。

【孝平】「何やってんですか?」

【かなで】「はっ!?」

【かなで】「な、なんでわたしが見てるってわかったのっ!?」

【孝平】「声に出てるんですよ。じぃ~~~って」

【かなで】「ありゃ、失敗失敗」

かなでさんは、自分のおでこをペチンと叩いた。

【孝平】「相変わらず神出鬼没ですね」

【かなで】「それはこっちの台詞ですー」

【かなで】「わたしの行く先々に、こーへーが待ち構えてるんだよ」

そういう言い方もある。

妙なところでシンクロしているようだ。

【かなで】「それよりキミたち、なかなかいい雰囲気なんじゃないのー?」

【孝平】「はい?」

【かなで】「んもう、いっちょまえにテレちゃってこの子は!」

【孝平】「?」

かなでさんは、肘をグリグリと押しつけてくる。

いったい、なんなんだ。

【孝平】「ところでかなでさんは、どこに行くとこだったんですか?」

【かなで】「私? 談話室だよ」

【孝平】「へえ。奇遇ですね」

【かなで】「えっ? こーへーも談話室に行くんだったの?」

【孝平】「はあ。テレビでも観ようかと」

【かなで】「何観るのっ?」

身を乗り出して聞いてきた。

【孝平】「何って……ニュースとか?」

【かなで】「え~~~」

【かなで】「ニュースはいいから、一緒にドラマ観ようよ」

【かなで】「7時から『どすこい! 横綱刑事』が始まるからさっ」

【孝平】「またヘンなドラマだ」

【かなで】「ヘンとはなによぉー」

【かなで】「『野菜ソムリエ探偵の事件簿』のスピンオフ作品なんだからねっ」

そんなこと自慢されてもな。

俺はあまりドラマ事情に詳しくないから、よくわからない。

【孝平】「正直ぶっちゃけますと、あんまり興味ないんですが」

【かなで】「よし、決まり!」

【かなで】「いざ談話室へ! れっつごー♪」

【孝平】「あっ、ちょっと!」

かなでさんは俺の腕をつかみ、グイグイと引っ張った。

人の話をぜんぜん聞いてないし。

【かなで】「スーツの下に~まわし~を~締めて~♪」

【かなで】「男と~女の~猫だまし~♪」

【孝平】「ぶはっ」

【孝平】「なんですか、そのヘンな歌は」

【かなで】「え? こーへー知らないの?」

【かなで】「横綱刑事の主題歌、『ちょんまげダンディズム』じゃんっ」

【孝平】「知りませんよそんなの」

【かなで】「ひゃー!」

【かなで】「こーへーって、世の中のこと何も知らないんだねえ」

しみじみと同情された。

【かなで】「まーでも、わたしが一話からきちんとストーリーを教えてあげるからさっ」

【かなで】「今日からキミも、横綱刑事マニアだっ!」

【孝平】「いや、別に俺は」

【かなで】「土俵と~いう名の~テリトリ~♪」

……ぜんぜん聞いてないし。

やれやれ、と俺は苦笑した。

かなでさんに会うと、いつもペースを乱されてしまう。

それはそれで、楽しいからいいけど。




Kanade Selection Five


いつものように始まった、恒例のお茶会。

その途中で、突然かなでさんが立ち上がった。

【かなで】「第一回! 6月は何して遊ぼうか会議~!」

【かなで】「どんどんぱふぱふー! どんどんぱふー!」

【瑛里華】「6月は何して遊ぼうか……会議?」

【かなで】「いえーす!」

【かなで】「6月ってさ、プール開きぐらいしかイベントがないでしょ?」

【かなで】「しかも、祝日もないしつまんないと思わない?」

【かなで】「そこで、寮主催の愉快なイベントを開催したいわけなんです!」

【白】「イベント、ですか」

【陽菜】「土日にやるの?」

【かなで】「うん、そのつもり」

【かなで】「みんなのスケジュールはどう?」

【司】「土日はバイトがけっこう入ってる」

【孝平】「あー、土日は稼ぎ時だもんな」

【かなで】「こーへーは?」

【孝平】「俺は……」

【瑛里華】「生徒会は、文化祭絡みの仕事が入ってくる頃ね」

【瑛里華】「ねえ? 白」

【白】「は、はい」

【孝平】「土日も?」

【白】「その予定です」

なんと。

俺の知らないところで、勝手にスケジュールが決まっていたらしい。

【かなで】「うーんそっかー。残念だなあ」

【かなで】「まあでもさ、アイデアだけでも協力してくれると嬉しいな」

【かなで】「できれば大勢で楽しめるような企画とか」

【瑛里華】「……そうですね」

【瑛里華】「海浜公園の清掃活動なんてどうですか?」

【瑛里華】「公園はキレイになるし、地域のみんなも喜んでくれるし」

【孝平】「それもいいけど、もうちょっとレジャー感がある方がいいんじゃないか?」

【孝平】「清掃活動、ってなると、構えちゃう人もいるだろうし」

【瑛里華】「うーん、やっぱり?」

【瑛里華】「じゃあこの企画は、改めて詰めることにするわ」

【白】「あ、あの」

【白】「修智館学院七不思議めぐりツアーなんてどうでしょう?」

【かなで】「ほう?」

かなでさんの耳が、ピコンと反応する。

【白】「学院に伝わる七不思議の舞台を、みんなでまわるんです」

【白】「夜、ひとりでに鳴る音楽室のグランドピアノとか……」

【白】「勝手に動き回る、理科室の人体模型……とか……」

【白】「……」

白ちゃんの顔色が、だんだん悪くなってきた。

そりゃもう、見てて不安になるほどに。

【白】「や、やっぱり、今の話は忘れてくださいっ」

【かなで】「えっ、けっこうおもしろそうだったのに」

【白】「その、もう少し暑くなってからの方がいいような気がしましたので」

【かなで】「そっかぁ」

【かなで】「そう言われると、確かに夏向きの企画かもしれないね」

【瑛里華】「うーん」

【かなで】「ね、へーじはなんかない?」

【司】「……サバイバルゲームは?」

【司】「寮を舞台に、エアガンで撃ち合うイベント」

【瑛里華】「却下」

副会長は腕を組んだ。

【瑛里華】「もし怪我人が出たらどうするつもり?」

【瑛里華】「器物破損の可能性だって大いにあるわ」

【かなで】「あ、じゃあさ、弾を使わないでやればいいんじゃない?」

名案とばかりに、かなでさんはぱちんと指を鳴らした。

【孝平】「弾を使わないで、どうやってサバイバルゲームするんですか?」

【かなで】「撃つ時は、自分でバキューンとかズゴーンとか言うの」

【かなで】「で、撃たれた人は自己申告」

【孝平】「自分が撃たれたかどうか、どうやったらわかるんでしょう」

【かなで】「それは……」

かなでさんは首を傾げた。

【かなで】「フィーリング?」

なかなか難易度の高いゲームになりそうだ。

【かなで】「でも、よく考えたら人数分のエアガンなんて揃えられないね」

【かなで】「というわけでへーじ、申し訳ないけど却下」

【司】「へい」

司はあっさりと身を引いた。

「じゃあ指鉄砲でやろう」とかかなでさんが言い出さなくてよかった。

……。

【孝平】「あ、みんなでキャンプするってのは?」

【かなで】「どこで?」

【孝平】「そこらへんで」

【孝平】「すぐそこの、池のある公園とかでもいいけど」

【かなで】「人数分のキャンプグッズ、どうやって集める?」

【孝平】「……」

【孝平】「今の話、忘れてください」

【かなで】「いやいや、もちろんわたしもキャンプとかしたいけどさ」

【かなで】「なにぶん、コッチの方が」

そう言いながら、かなでさんは親指と人差し指で円を作った。

すると陽菜が、ぽんと小さく手を叩く。

【陽菜】「ねえ、バーベキュー大会はどうかな?」

みんなの視線が、陽菜に集まった。

【陽菜】「場所は孝平くんの言った通り、池のある公園でもいいし」

【陽菜】「材料は、海岸通りの激安スーパーを使えば安く済むんじゃない?」

【瑛里華】「なるほど、いいかもしれないわね」

【白】「すごく楽しそうです」

【司】「肉があるなら、参加者も多そうだな」

俺もうなずいた。

まさに、休日にぴったりのイベントだ。

参加したい人も多いことだろう。

【かなで】「それだよそれ! それしかないっ!」

【かなで】「でかした! ひなちゃん!」

かなでさんがパチパチと手を叩き、やがて拍手の輪が広がっていく。

陽菜は恥ずかしそうに顔を赤らめた。

【陽菜】「あ、ありがとう」

【陽菜】「でも、そんなに褒められるようなことでも……」

【孝平】「いや、褒められるようなことだって」

【孝平】「きっと寮生たち全員から拍手喝采されるぜ」

【陽菜】「あはは、すごい」

【孝平】「よしよし、でかしたぞ」

俺は、ぽんぽんと陽菜の頭を軽く叩いた。

陽菜は子犬みたいに人なつっこい顔で笑う。

【かなで】「……」

【かなで】「ちょっと、そこの若夫婦」

【かなで】「いちゃつくのは二人きりの時だけにしてくれるかなー?」

【陽菜】「お、お姉ちゃんっ」

【孝平】「……誰が若夫婦ですって?」

【かなで】「そりゃー、誰かさんと誰かさんしかいないでしょ」

ニヤニヤしながらかなでさんは言う。

何をわけのわからないことを。

【かなで】「やだなーもう、図星さされたからって怒らないっ」

【孝平】「はいぃ?」

【かなで】「まあまあまあまあ」

【かなで】「えーっと、バーベキューだとやっぱり主役はお肉だよね?」

【かなで】「あとはお野菜と~、シーフードと~」

【白】「焼きおにぎりもおいしいですよ」

【白】「おにぎり作って、その場でお醤油を垂らして焼くんです」

【かなで】「くっはぁ~っ、最高!」

【陽菜】「だったら、事前におにぎりだけ作っておいた方がいいよね?」

【陽菜】「それなら私も手伝えそう」

【かなで】「おおっ、いいねえ~」

【かなで】「ひなちゃんの作るおにぎりはプロ級だもんねっ」

【孝平】「そうなのか?」

俺が尋ねると、陽菜はぶんぶんと首を振った。

【陽菜】「そ、そんなに大したことないの。お姉ちゃんいつも大げさなんだから」

【かなで】「大げさじゃないよ。ほんとだよ」

【かなで】「ひなちゃんって、すっごく料理上手なんだから」

【孝平】「へえー」

確かに、陽菜は昔から何をやらせても器用だった。

いわゆる「お嫁さんタイプ」というやつなのかもしれない。

【孝平】「俺も、陽菜の作ったおにぎり食いたい」

【陽菜】「……え?」

【孝平】「だってプロ級なんだろ?」

【かなで】「そうとも! 楽しみに待っていてくれたまえ」

なぜかかなでさんが、得意げに胸を張る。

【孝平】「かなでさんは?」

【かなで】「へ?」

【孝平】「かなでさんの料理の腕前は?」

【かなで】「……」

さっきまでの威勢はどこへやら、黙り込んだ。

【孝平】「あれ?」

【陽菜】「お姉ちゃんだって、お料理上手だよ」

【陽菜】「ね?」

【かなで】「そ、そりゃまあ、普通にはできるけどさ」

【かなで】「ひなちゃんに比べたら、その、なんていうか」

【かなで】「……ま、まあいいでしょ、わたしのことは!」

かなでさんは豪快に笑い、みんなの顔を見た。

【かなで】「とりあえずバーベキュー大会ってことで、細かいこと進めとくね!」

【瑛里華】「協力できることがあれば、いつでも言ってくださいね」

【白】「わたしもお手伝いします」

【かなで】「うんうん、ありがとう」

そう言って、ウインクをする。

なんだか強引に話を逸らされたような気もするが、まあいいか。




Kanade Selection Six


夜、俺はいつものように談話室に向かっていた。

今日は宿題もないので、のんびりできそうだ。

司でも呼んで、コーラ飲みながら馬鹿話でもするか。

それとも、クラスメイトから借りたDVDを観るか。

映画を観るとなると、やはり談話室の大画面テレビがいい。

などと思いながら談話室の前に辿り着くと、

【かなで】「……だよねえ、やっぱり」

少しだけ開いたドアの隙間から、かなでさんの声がした。

【かなで】「足りない分は、オークションの売り上げでまかなえないかな」

【かなで】「のりぴーにお金を預けてあるんだよね」

【征一郎】「のりぴー?」

【かなで】「青砥先生のこと」

【征一郎】「……なるほど」

かなでさんと東儀先輩がいるようだ。

珍しい組み合わせだな。

【征一郎】「それでも、多少は足が出ると思うが」

【かなで】「うーん、そこなんだよね問題は」

【かなで】「できれば、参加費はあんまり多く取りたくないんだ」

【かなで】「懐に余裕がある人だけのバーベキュー大会ってのも、なんか寂しいでしょ?」

……バーベキュー大会?

そこまでの会話の流れを聞いて、考える。

かなでさんは、東儀先輩に予算について相談中なのではないだろうか。

【征一郎】「しかし、なぜそこまでイベントにこだわる?」

【征一郎】「悠木にとっても負担だろう」

【かなで】「うーん……」

かなでさんは、しばし考え込んでいた。

【かなで】「わたし、ゴールデンウィーク中に思ったんだよね」

【征一郎】「?」

【かなで】「休みが続けば、実家に帰ったり旅行に行ったりする人も多いでしょ?」

【かなで】「でも、逆のパターンの人も少なくないんだよね」

【かなで】「みんながみんな、帰れる場所がある人ばかりじゃないんだなって」

どくん、と胸が反応する。

一瞬、俺のことを言ってるのかと思った。

俺には、すぐに帰れる場所がない。

親が海外を転々としているので、いわゆる実家らしい実家がないのだ。

【かなで】「そーゆー人がさ、つまんなそうっていうか寂しそうにしてるの見てて……」

【かなで】「なんか、いてもたってもいられなくなっちゃったんだ」

【かなで】「せっかくみんなで暮らしてるんだから、みんなで一緒に楽しみたいじゃない?」

【征一郎】「……わからんでもないが」

【征一郎】「寮生全員が、悠木のような考え方をするわけではない」

【かなで】「え?」

【征一郎】「個人主義を貫きたい者もいるということだ」

【かなで】「……うん。わかってる」

【かなで】「でもっ、それでも、やってみる価値はあると思うんだ」

【征一郎】「……」

かなでさんの声は、いつになく真剣だった。

いつもみたいに、茶化してる雰囲気はまったくない。

……部屋に入るタイミングを、完全に失ってしまった。

【征一郎】「わかった」

【かなで】「?」

【征一郎】「潤沢な予算を提案できるわけではないが、協力はしよう」

【征一郎】「バーベキューに使う鉄板や燃料関係は、生徒会の方で用意する」

【かなで】「えっ! えええっ!」

【征一郎】「大きな声を出すな」

【かなで】「だ、だって、せいちゃん太っ腹すぎなんだもん!」

【征一郎】「せいちゃんはやめろ」

【かなで】「ありがとう、せいちゃんっ!」

【征一郎】「……」

【征一郎】「その代わり、贅沢な設備は期待するな」

【征一郎】「前代未聞だからな、こういったイベントは」

【かなで】「もちろん、贅沢なんか言わないよっ」

【かなで】「ほんとにほんとに、ありがとねっ」

【征一郎】「礼を言うのは、イベントが成功してからにするんだな」

【征一郎】「じゃあ、俺はこれで」

東儀先輩が立ち上がった気配がした。

俺はすかさず、柱の影に隠れる。

【かなで】「おやすみ~、せいちゃん♪」

【征一郎】「おやすみ」

ばたんっ東儀先輩が部屋から出てきた。

そのまま、向こう側へと歩いていく。

ふぅ、なんとか気づかれずに済んだ。

俺は東儀先輩の姿が見えなくなるのを見届けてから、談話室の前に立つ。

ガチャッ

ドアを開けると、ソファーにかなでさんが座っていた。

【孝平】「こんばんは」

【かなで】「あ、こーへーだ」

【かなで】「なになに? テレビ観に来たの?」

【孝平】「まあ、そんなとこです」

【孝平】「かなでさんは?」

【かなで】「わたしは今、せいちゃんと話してたんだ」

【かなで】「バーベキュー大会のことで、ちょっとね」

【孝平】「……ふうん」

【孝平】「それで、決着はついたんですか?」

そしらぬ顔で、そんなことを聞いてみる。

するとかなでさんは、ぱぁっと顔を輝かせた。

【かなで】「うんっ。おかげでなんとかなりそう」

【孝平】「よかったですね」

【かなで】「ふっふっふ」

【かなで】「わたしのお色気作戦に、せいちゃんノックダウンの巻だったよ」

【孝平】「……ぶっ」

思わず噴き出した。

【かなで】「こら、なぜそこで笑うー? 嘘だと思ってるんでしょっ」

【孝平】「思ってないですよ」

【かなで】「思ってるっ」

【かなで】「まあ、嘘だけど」

【孝平】「でしょうね」

【かなで】「やっぱり思ってるしっ!」

【孝平】「わはははっ」

大笑いすると、かなでさんは渋い顔をした。

【かなで】「じぃ~~~っ」

【孝平】「すみません、笑いすぎました」

【かなで】「はぁ、あまりのショックでコーラ飲まなきゃ立ち直れない……」

暗に、おごれと言っているのだろうか。

……きっとそうに違いない。

【孝平】「あとでちゃんとあげますから」

【かなで】「ごっつぁんですっ」

【かなで】「あ、これ『横綱刑事』のモノマネね」

【孝平】「わはははっ」

【孝平】「ぜんぜん似てねえっ」

【かなで】「なんですとー!?」

妙にツボにハマってしまい、笑いすぎて涙が出てきた。

【かなで】「くうぅ、似てると思ったのに」

【かなで】「また特訓しなくちゃ!」

【孝平】「期待してます」

【かなで】「おうっ」

かなでさんと一緒にいると、いつも笑いが絶えない。

それはかなでさんが、人を楽しませたいという気持ちを常に持っているからだ。

誰かの笑顔を見ることが好きだからだ。

この人以上にサービス精神が旺盛な寮長は、他にいないだろう。

……ちょっと、真面目に尊敬した。


Kanade Selection Seven


夜9時。

ようやく宿題も一段落した。

寝るにはまだ早い時間だ。

俺はベッドに寝そべり、そこらへんにあった雑誌を手に取る。

……と、ベランダから物音が聞こえた。

起き上がって、ベランダの窓を開ける。

【かなで】「ちぃーっす」

かなでさんが、非常用はしごで下りてくるところだった。

【孝平】「こんばんは」

【孝平】「……で、何してんですか?」

【かなで】「うん」

【かなで】「こーへーに、ちょっと大事な用があってさ」

大事な用?

なんだろう。

疑問に思っていると、かなでさんははしごを下りて部屋に入ってきた。

【かなで】「まあ、座りたまえよ」

【孝平】「はあ」

言われるまま、かなでさんの向かい側に腰を下ろす。

いったい、どうしたんだ。

【かなで】「いやー、今日は暑いね」

【孝平】「そんな前置きはいいんで、本題に入ってくださいよ」

【かなで】「んもう、せっかちだなぁ」

【かなで】「実は、この件なんだけどね」

そう言いながら、かなでさんは持参したビニール袋から何かを取り出した。

カップラーメンだった。

鮭の絵が描いてある、あまり見かけないタイプのものが二つ。

【孝平】「これが何か?」

【かなで】「見ての通り、石狩ラーメンです」

【かなで】「小腹が減ったので、一緒に食べようかなと思って」

【孝平】「もしかして、それが大事な用?」

【かなで】「そうだよ」

【孝平】「……」

眉間に皺を寄せると、かなでさんは唇を尖らせた。

【かなで】「だって、小腹が減っちゃったんだよ?」

【かなで】「そんなの緊急事態じゃない」

【孝平】「俺は減ってませんが」

【かなで】「減るって、絶対。賭けてもいいね」

【かなで】「このラーメンの匂いを嗅いだら、お腹の虫がよさこいダンスを踊り出すから!」

熱弁された。

そこまでうまいのか、この石狩ラーメンってヤツは。

【孝平】「だいたい、これどっから仕入れてきたんですか?」

【かなで】「それは秘密だよ」

【かなで】「まあ、国家絡みのルートとだけ言っておこうかな」

ぴらりっ。

ビニール袋から小さな紙が落ち、拾い上げる。

【孝平】「珠津ストア、428円」

【孝平】「ああ、そういえば物産品フェアやってますよね」

【かなで】「あ!」

かなでさんは身を乗り出し、俺からレシートを取り上げた。

【かなで】「国家機密だって言ってるのに!」

どこがだ。

【孝平】「今、お湯沸かしますから」

【かなで】「ありがと♪」

満面の笑顔。

俺は電気ポットに水を入れて、スイッチを押した。

お茶会用のティーコーナーからフォークを二本取り出す。

【孝平】「でも、ほんとに俺が食っちゃってもいいんですか?」

【孝平】「国家絡みのルートでしか手に入れられない、貴重な品なのに」

【かなで】「いーのいーの。一人で食べたっておいしくないし」

【孝平】「じゃあ、今度は俺が何かごちそうしますよ」

【かなで】「そんなこと気にしなくていいってば」

【かなで】「あ、お湯沸いた!」

かなでさんは立ち上がり、意気揚々とカップラーメンにお湯を注いでいく。

味噌のいい匂いが、周囲に漂った。

【孝平】「わ、マジで腹減ってきた」

【かなで】「ほら、わたしの言った通りでしょ?」

鬼の首を取ったかのような口調だ。

ちょっと悔しい。

【かなで】「あと2分です」

【かなで】「やわらかめが好きな人は、さらに延長1分でーす」

【孝平】「俺はやわらか派です」

【かなで】「おおっ、奇遇だね。わたしもだよ」

【かなで】「さて、ラーメンができるのを待っている間に……」

かなでさんは、ビニール袋から四角いものを取り出した。

保存ケースに入れられたバターらしきものだ。

それと、キムチ。

【かなで】「このセットをトッピングしていきたいと思いまーす」

【かなで】「題して、ピリ辛石狩バターラーメン♪」

【孝平】「おおお」

まさか、そんな隠し球があったとは。

【孝平】「かなでさん、何気にカップラーメン通?」

【かなで】「通ってほどじゃないよ」

【かなで】「一人分の食事作るのが面倒な時、たまに作ってたんだ」

【かなで】「でも普通に作るんじゃつまんないから、よくトッピングの研究してたの」

【孝平】「ふうん……」

それは、俺にも身に覚えのある話だった。

親が留守がちだったので、作るのが面倒な時はだいたいカップラーメン。

バターを入れたり、牛乳を加えてみたりと、あれこれアレンジしたくなるのだ。

……てことは。

かなでさんも、実家にいる時は一人で食事することが多かったのだろうか?

【かなで】「はい、お時間です」

【かなで】「フタを開けて、大胆にトッピングしちゃってください」

【孝平】「うぃーす」

勧められるまま、バターとキムチを投入していく。

何気に、かなりうまそうだ。

【かなで】「いっただっきまーす」

【孝平】「いただきます」

ずずずずずっ。

【孝平】「おおっ?」

【孝平】「なんかうまいんですけど」

石狩フレーバーの中に、ピリリとした辛み。

バターの風味がコクを引き出している。

【かなで】「うーん、大成功!」

かなでさんは満足げだ。

【かなで】「どう? わたしの手料理、まんざらでもないでしょ?」

【孝平】「……手料理?」

俺は首を傾げた。

【孝平】「バターとキムチを入れただけにしか見えませんでしたけど」

【かなで】「だってしかたないよ。キッチンないんだもん」

【かなで】「限られた設備でここまでのものができるってことを、知ってほしかったの」

【孝平】「はあ」

わかったような、わからないような。

【かなで】「ねえ、偉い?」

【孝平】「はい?」

【かなで】「もう、偉いかどーか聞いてるの」

【孝平】「まあ……どちらかといえば、偉いんじゃないですかね」

【かなで】「あはっ、そう?」

【かなで】「じゃあ、ご褒美お願いしまーす♪」

かなでさんは嬉々として、俺に頭を向けた。

……。

これは。

頭を撫でてくれ、という解釈でいいのか?

【孝平】「よ、よしよし」

【孝平】「よくできました」

【かなで】「ふっふふ~っ」

頭を撫でると、まるで子供のように笑う。

俺より先輩なのに、ぜんぜん先輩っぽくない。

むしろ、妹みたいだ。

【かなで】「やっぱさ、カップラーメンは一人より二人で食べた方がおいしいね!」

【孝平】「ですね」

それから俺たちは、「うまい」を連呼しながらカップラーメンを完食した。

一人より、二人で。

その言葉をしみじみと噛み締めながら。