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Shiro Selection One


競技の準備をして、本部のテントへ戻る。

【白】「えーっと、あれ……?」

白ちゃんがテントの前できょろきょろしていた。

【孝平】「白ちゃん、本部に何か用?」

【白】「あっ」

【白】「支倉先輩を探してたんです」

【孝平】「俺?」

【白】「差し入れをと思いまして」

小さな両手で純和風の弁当箱を差し出した。

【孝平】「いいの?」

【白】「もちろんです」

【白】「そのために持ってきましたから」

【孝平】「ありがとう」

礼を言って受け取る。

本部の机の上で、弁当箱を開けた。

【孝平】「おお。おはぎだ」

【白】「はい」

【白】「疲れた時には、甘い物がよいと聞きましたので」

【孝平】「助かるよ。最後まで頑張れそうだ」

さっそく食べようと箸を持つ。

いや、いま食べるのはまずいな。

休憩中でもなんでもないし。

【白】「……あの、何かありましたか?」

【孝平】「いや、あとで食べようと思って」

【白】「そうですか……」

少しだけ残念そうにうつむく。

【孝平】「ほら俺、実行委員長だし、いま食べてたら示しがつかないから」

【白】「あ、そうですね」

【白】「休憩時間に持ってくればよかったです。気がつかなくてすみません」

【孝平】「謝ることなんてないさ。すごく嬉しいし」

【白】「作ってよかったです」

嬉しそうに微笑んだ。

【孝平】「作ったって、もしかして手作り?」

【白】「はい」

【孝平】「でもどこで作ったの?」

寮には調理施設なんてないし、作るのはけっこう大変なはずだ。

【白】「昨日、実家に帰りましたので、その時に」

ああ、なるほど。

白ちゃんはこの島の住人だもんな。

【白】「もし、お口に合わなかったら遠慮なく残してくださいね」

【孝平】「白ちゃんが作ったんなら、きっとおいしいに違いない」

【白】「……わたし、砂糖と塩を間違えたことがあるんです」

恥ずかしいような、情け無いような顔をして言った。

【孝平】「……」

【白】「あ、でも安心して下さい。今回はちゃんと確認しましたから」

慌てて小さな手を振った。

【白】「前に、兄さまに作った時に失敗したことがあって」

【白】「でも兄さまは、砂糖と塩のことには触れず、ただおいしいとだけ言ってくれました」

【白】「それは、少し困ります……」

悲しそうな顔をした。

ショックだったんだろうな。

【白】「だから、お口に合わなかったら遠慮なく残して下さい」

【孝平】「わかった」

【白】「そうしたら、次はもっとおいしいものを作りますから」

表情から、本気でそう言ってるのがわかった。

健気な子だな。

【女子生徒D】「委員長、ちょっと」

実行委員が本部に駆け込んできた。

【孝平】「どうしました?」

【女子生徒D】「得点集計と競技準備に手が足りなくなってきて」

他から人を回すか?

いや、どこもぎりぎりだろう。

【孝平】「わかりました、俺が行きます」

【女子生徒D】「お願いね」

言いながら走り去っていく。

【孝平】「白ちゃん、悪いんだけどちょっと行ってくる」

【白】「あの、わたしもお手伝いします」

【孝平】「いや、でも……」

【白】「やりたいんです、お願いします」

ぺこりと頭を下げて、俺を見上げた。

そこまで言われて断る理由もない。

【孝平】「じゃあ、行こう」

しばらくして本部に戻ってきた。

【孝平】「ぎりぎりだったな」

【白】「はい」

得点集計はそれほど問題なかったが、競技の準備はあと一歩で間に合わなくなるところだった。

白ちゃんが手伝ってくれなければ危なかったかもしれない。

【孝平】「助かったよ、ありがとう」

【白】「いえ、勉強になりました」

【孝平】「勉強?」

【白】「もしかしたら、来年はわたしが委員長になるかもしれませんから」

生徒会役員の数は少ないし、その可能性は高いのかもしれない。

【白】「これからも、お手伝することがあれば言って下さい」

【孝平】「じゃあ、お願いしようかな」

【白】「はいっ」

俺を見上げて嬉しそうに微笑む。

会長や東儀先輩が抜けた後、どうなるか少し不安だったけど。

白ちゃんもいるんだし、一緒に頑張っていける気がした。




Shiro Selection Two


放課後。

監督生室に行くため本敷地に向かう。

途中、噴水の前でシスター天池とすれ違った。

【シスター天池】「支倉君、雪丸を見ませんでしたか?」

【孝平】「いえ」

【孝平】「また逃げたんですか?」

【シスター天池】「鳴き声は聞こえるのですが……ありがとう」

そう言って階段を降りて行く。

古めかしい講堂棟の脇を通り抜け、監督生棟に向かう階段を上りかけたとき。

礼拝堂から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

【白】「そんなとこに行っちゃ駄目じゃないですか!」

珍しい。

白ちゃんが怒っているようだ。

相手は、もしや……。

【白】「ほら、早く降りてきてください」

白ちゃんが怒っている相手は、やはりウサギの雪丸だった。

【孝平】「白ちゃん、どうしたの」

【白】「あ、支倉先輩」

【白】「雪丸が……ほら、あんなところに登ってしまって」

指さす先を見る。

すると、祭壇の上の方に雪丸が乗っていた。

しかも高いのが恐いのか、自分では降りられないようだ。

【白】「ほら、ゆーきーまーるー」

【孝平】「自分じゃ降りられないんじゃないか?」

【孝平】「俺が下ろすよ」

【白】「あ、はい」

【白】「すみません、お願いします……」

【孝平】「ここ、登っても?」

【白】「ええ」

祭壇によじ登り、雪丸に向かって手を伸ばす。

【孝平】「雪丸、ほら」

そっと雪丸を抱え、白ちゃんに渡した。

白ちゃんも、ほっとした顔になる。

【白】「お騒がせしました」

【白】「わたしでは届かなかったので、本当に助かりました」

ちょっと恥ずかしそうにしながらも、ぺこりと頭を下げる。

【孝平】「これくらい、おやすいご用だけど」

俺は、礼拝堂の中を見回す。

【孝平】「ほんとに、いつ来ても人がいないよな、ここ」

【白】「そうですね……」

【孝平】「他に、ローレル・リングの人っていないの?」

【白】「名前だけの方なら、何人かいるようなんですが」

【白】「今は、ほとんどわたしとシスターだけみたいなものです」

【孝平】「そういや、シスターと噴水の前で会ったな」

【白】「あ」

まずい、忘れてた──みたいな顔になる白ちゃん。

【白】「あの、シスターは雪丸を探しに外へ」

【孝平】「そうみたいだな」

【孝平】「早く雪丸が無事戻ったことを伝えないと」

【白】「は、はいっ」

【シスター天池】「ありがとう、支倉君」

【シスター天池】「いつか、ローレル・リングに入ることも考えておいてくださいね」

【孝平】「あはは……」

ため息をつくシスター。

【シスター天池】「仕事は多いのに、人が少ないのよ」

それは見ていればわかる。

【孝平】「ローレル・リングで仕事を頑張ったら寮生活で何かしても許されるとか、特典は無いんですか?」

【シスター天池】「いえ、むしろローレル・リングのメンバーは寮生の模範ともなるべく……」

【孝平】「生徒会の仕事もあって、なかなか難しいかと」

【シスター天池】「ふう……、仕方ないですね」

話が長くなりそうだったので、早々に断った。

【孝平】「じゃあね、白ちゃん」

【白】「あとから、わたしも監督生室に行きますね」

【孝平】「おう」

【孝平】「ちわす」

【征一郎】「ん、支倉か」

珍しく千堂兄妹がおらず、室内には東儀先輩一人のようだった。

【孝平】「ここに来る途中、礼拝堂に白ちゃんがいましたよ」

【征一郎】「ほう」

【孝平】「珍しく大声を上げて怒ってたので、びっくりしました」

【征一郎】「なぜ怒っていたんだ」

口調は静かだが、すごい食いつきだ。

【孝平】「それがですね……」

顛末を説明する。

【征一郎】「なるほど。礼拝堂も平和なものだな」

白ちゃんが本気で怒っていたわけじゃなかったからか、東儀先輩は落ち着いた声で言う。

【征一郎】「しかしな、支倉」

【征一郎】「白は本当に怒ると怖い」

急に真剣な顔になった東儀先輩。

【孝平】「そう……なんですか?」

【征一郎】「ああ。ただ、普通に怒っても怖くない」

【征一郎】「ぷく~っと頬を膨らます程度だ」

たしかに怖くない。

【征一郎】「怖くないと言うと、もっと膨らむ。丸々と膨らむ」

【孝平】「はあ」

【征一郎】「怖いのはその後だ」

【征一郎】「きんつばを食べさせないと、口をきいてくれなくなる」

【孝平】「はあ」

【征一郎】「というわけだ。怖いだろう?」

【孝平】「はあ?」

東儀先輩は、ずっと真顔のままだ。

ただのシスコンなのか、それともギャグのつもりなのか。

この人はわからない。

【孝平】「そもそも、白ちゃんはそんなに膨らむんですか?」

【征一郎】「怒らせてみればわかる」

【孝平】「でも、口をきいてくれなくなっちゃうんでしょう」

【征一郎】「まあな」

……白ちゃんは、俺にもそんな顔を見せてくれるのだろうか。

考えてみれば、白ちゃんが東儀先輩にそんな顔を見せるのは、兄妹だからかもしれない。

膨らむのか。

ちょっと想像した。

……かわいいかも。

【征一郎】「おいしくないきんつばは逆効果だから気をつけろ」

【孝平】「どこで売ってるものならいいんですか」

【征一郎】「この島で一番の老舗、『さゝき』がお勧めだ」

【征一郎】「白も、そこのきんつばなら納得の味だと言っている」

【孝平】「ありがとうございます。今度行ってみます」

【征一郎】「少しなら日持ちするから、買っておいてもいいかもしれないな」

【瑛里華】「ふう」

【白】「こんにちは」

女子二人が、連れだって入ってくる。

【瑛里華】「今日は暑いわね」

【白】「兄さま、支倉先輩」

しゃべり始めた瑛里華の脇から、ずいっと前に出てくる白ちゃん。

珍しいな。

【白】「今、きんつばの話をされていませんでしたか」

言葉の匂いでも外に漏れたんかい。

【孝平】「ああ、してた」

【白】「やっぱり」

【孝平】「東儀先輩から、いろいろ話を聞いてたんだ」

【孝平】「白ちゃんが怒っても、きんつばをあげれば簡単に機嫌が直るとか……」

【白】「むー」

【白】「そんなに簡単ではありません」

頬を膨らませる白ちゃん。

な、なるほど。

【瑛里華】「言っちゃ駄目じゃない」

見回すと、いつの間にか東儀先輩は姿を消している。

早っ!

──っと思ったら、給湯室の方から一枚の皿を持ってやってきた。

【征一郎】「白、これを食べるといい」

【白】「わ、きんつばです」

【征一郎】「今お茶を淹れてやろう」

【白】「ありがとうございます、兄さま」

さすがの技。

流れるような一連の動き。

【白】「おいしいです」

膨らみ始めたことなどまったく忘れてしまったかのように、白ちゃんはきんつばを味わっている。

【瑛里華】「さすがね」

副会長も感心していた。

【白】「ごちそうさまでした」

【瑛里華】「ごちそうさまです」

【孝平】「俺たちまでごちそうになってしまって」

【征一郎】「気にするな」

【征一郎】「『さゝき』のきんつばの良さがわかればいい」

【孝平】「小さくて食べやすかったです」

【孝平】「一口で食べてしまいました」

【白】「それはいけません」

白ちゃんが立ち上がる。

【白】「もっと味わって食べないと」

【孝平】「いや、おいしかったよ」

【白】「支倉先輩、こんど『さゝき』にご案内します」

【白】「じっくり食べれば、もっと深い味もわかっていただけると思います」

【瑛里華】「すっかりつかまったわね、支倉くん」

【征一郎】「仕方ない、つきあってやってくれ、支倉」

【孝平】「……はい、わかりました」

白ちゃんの初めて見るような迫力に負け、俺はうなずいた。




Shiro Selection Three


多方面からの仕事が集中している副会長。

しかも副会長でないと担当できないものばかり。

【伊織】「瑛里華、これも頼む」

【孝平】「俺が見ようか?」

【瑛里華】「内容は?」

【伊織】「グラウンド脇の花壇に植える花の年間計画書、美化委員会」

【瑛里華】「くっ」

【瑛里華】「支倉くん、花の名前に詳しい?」

【孝平】「ごめん」

【瑛里華】「もー、なんで今日はこんなに」

【征一郎】「すまない、これも頼めるか」

【瑛里華】「征一郎さんまで?」

【征一郎】「さすがに女子更衣室の件は、俺ではな」

【瑛里華】「はーい」

【孝平】「副会長、紅茶でも淹れようか」

【瑛里華】「助かるわ……」

【白】「すみません、紅茶の葉っぱが切れていました」

【瑛里華】「む、む、む」

【瑛里華】「……もごもご」

会長が、爆発寸前の副会長を押さえ込む。

【伊織】「悪いね、二人で紅茶を買ってきてくれないか」

【伊織】「ちょっといい葉っぱを頼むよ。今日は特別だ」

会長のポケットマネーとおぼしき札を受け取ると、俺と白ちゃんは監督生棟を出た。

東儀先輩からは備品も頼まれ、生徒会の買い物ということで外出許可を取った。

守衛の金角銀角も、許可のおかげで無事通過。

平日に学校の外に出るのは新鮮だ。

【孝平】「どこに行こうか」

【白】「海岸通りでもいいんですが……」

【白】「今日は、古くからある喫茶店で買うというのはどうでしょう」

【孝平】「なるほど。良さそうだ」

【白】「瑛里華先輩もお疲れでしたし」

【白】「華やかなものよりも、落ち着いたものを買って帰りましょう」

【孝平】「わかった」

白ちゃんの案内について坂を下り、海岸通りの近くまで来る。

【白】「ちょうど、この前話をしていた『さゝき』も近くにあるんですよ」

【孝平】「じゃあ、そこにも寄っていこうか?」

【白】「でも、あまり遅くなっては」

【孝平】「ちょっと寄るくらいなら大丈夫さ」

【孝平】「ついでに、お茶菓子も買っていこう」

【白】「は、はい」

案内されるままついていくと、中心部から離れる道に入った。

【白】「では、こちらです」

いつものコースを外れ、閑静な住宅街に向かう。

古そうな家が続く街並み。

この島に来てから、こんなところに来たのは初めてだ。

【孝平】「この家、すごいな」

塀がどこまでも続き、母屋もかなり道から奥にある。

周囲の家の中よりも格段の風格を感じた。

【白】「ここが、うちです」

【孝平】「あ、そ、そうなんだ」

立派な門の表札には、たしかに「東儀」と書いてある。

【孝平】「すごい家だね」

【白】「そんな、ただ古いだけです」

【孝平】「土日は家に帰ったりしてるの?」

【白】「時々は、そうしています」

目当ての喫茶店はすぐ近くにあり、紅茶の葉もいいものを売ってもらった。

外から見ても、一見喫茶店とはわからない隠れ家的な店だった。

【白】「そして、ここがさゝきです」

ちょっと得意げに紹介してくれる白ちゃん。

高く評価しているということなのだろうが、胸を張った姿がかわいい。

こちらは小さい店構えながらも、渋くはげた金文字看板を掲げている。

右から左に読むのだと気づくのに、数秒かかる。

そこには、『きゝさ舗子菓』と書いてあった。

【白】「こんにちはー」

暖簾をくぐって店に入る白ちゃんに続く。

奥から、お婆さんが出てきた。

【さゝきのお婆さん】「あれまあ」

【さゝきのお婆さん】「白様ではありませんか」

白様?

【白】「さ、様づけは、その……」

【さゝきのお婆さん】「あれまあ、それは失礼致しました」

【さゝきのお婆さん】「今日は平日だというのに、どうされましたか」

【白】「ええ、ちょっとした用事のついでに、お茶菓子を買おうかと」

何気なく応えている白ちゃんだが。

……白様って言ってたな。

【さゝきのお婆さん】「そちらの方は?」

【白】「学院の先輩で、いつもお世話になっている方です」

【孝平】「あ、どうも」

【さゝきのお婆さん】「あれまあ、それはそれは」

【さゝきのお婆さん】「今日もきんつばでよろしいですか」

【白】「ええ、お願いします」

【白】「今日はこちらの丸い方も」

丸いきんつばなんてものもあるんだな。

【さゝきのお婆さん】「はい、かしこまりました」

お婆さんが、慣れた手つきできんつばを包む。

【さゝきのお婆さん】「それと、いただき物ですが、旬の苺がありますのでよろしければどうぞ」

【さゝきのお婆さん】「一緒に包んでおきますので」

【白】「あ、はい」

【孝平】「ありがとうございます」

お店を出ると、お婆さんが見送りに来た。

【さゝきのお婆さん】「またぜひいらしてください」

【白】「はい」

そう言って店を後にする。

苺の包みを持ち、俺はさながら荷物持ちだ。

【孝平】「歴史のある家だって聞いてたけど、本当になんか『名家』って感じだね」

【白】「いえ……、そんなことはないのですが」

なぜか恐縮しまくっている白ちゃん。

【孝平】「白様、なんて呼ばれてるんだ」

【白】「そそそれはっ、そのっ」

【孝平】「なんてな。ごめんごめん」

慌てさせてしまった。

【孝平】「じゃあ、東儀先輩の備品もさっさと買って帰ろうか」

【白】「はい」

【孝平】「ただいまー」

【瑛里華】「ああ~紅茶様の到着だわ~」

そうとう疲れてるな。

【白】「兄さまたちは?」

【瑛里華】「二人で出ていったわ。しばらくしたら戻るって」

【孝平】「副会長一人で頑張ってたのか。お疲れ」

【白】「それでは、さっそくお淹れします」

【白】「砂糖もたっぷり用意しますね」

【瑛里華】「ありがと~」

【孝平】「副会長も一度休憩したら?」

【瑛里華】「そうさせてもらうわ……」

ささやかなお茶タイム。

白ちゃんが淹れた、独特な香りのする紅茶と和菓子がテーブルに並ぶ。

【孝平】「和菓子って、紅茶に合うの?」

【白】「組み合わせ次第ですけど、よく合いますよ」

またちょっと自慢げな白ちゃん。

試してみる。

【孝平】「ほんとだ。おいしいな」

【瑛里華】「きんつばはラプサン・スーチョンに合うわね」

【孝平】「この紅茶の銘柄?」

【瑛里華】「そう。中国の紅茶よ」

【瑛里華】「だから和菓子にも合うのかも」

【白】「さゝきのきんつばは、小ぶりでちょうど食べやすいと思うのです」

【孝平】「白様じゃ、あまり大口開けて食べるわけにもいかないもんな」

【白】「むー」

【白】「支倉先輩にはもうあげません」

【孝平】「ごめんなさい」

ちょっと怒らせてみる。

これまではあまり見せてくれなかった顔を見るのが楽しかった。

【白】「支倉先輩、こんどはちゃんと味わって食べてくださいね」

【孝平】「ああ。しっかり味わってるよ」

【孝平】「甘すぎず、でもしっかり甘い」

【白】「そのとおりです」

嬉しそうだ。

【孝平】「……あれ、さっきは丸いきんつばも買ってなかったっけ?」

【白】「ええ。いろいろと食べてもらおうと思ったのですが」

【白】「今日はちょっと買いすぎました」

【白】「なので、こんどのお茶会に持って行こうかなと」

【瑛里華】「いい考えね」

【孝平】「あっちも楽しみだな」

【白】「そ、そうですか」

まるで自分が褒められたかのように照れる白ちゃん。

【白】「……あ、瑛里華先輩、そろそろお仕事に戻らないといけないのでは」

【孝平】「だな。副会長、手伝えるものがあったら手伝うぞ」

【白】「わたしは後片づけをします」

【瑛里華】「うん。どっちもお願い」

【孝平】「苺はどうしようか」

【白】「兄さまや伊織先輩もいるときに、みんなでいただきましょう」

【孝平】「わかった」

みんな、仕事につく。

俺は、仕事を手伝いながらも白ちゃんの豊かな表情を思い出したりしていた。




Shiro Selection Four


【かなで】「準備かんりょーっ」

【陽菜】「じゃあ、始めよっか」

いつも通り、俺の部屋に集まる面々。

【かなで】「あれ、えりりんは?」

【孝平】「今日は別の女の子の集まりに行かなくちゃいけないって」

【白】「瑛里華先輩は、いつも引っ張りだこです」

【かなで】「ふむ。じゃあその分も盛り上がらなくちゃいけないね!」

【陽菜】「おー!」

今日も俺の部屋はにぎやかだ。

【かなで】「今日は、しろちゃんが何かお茶菓子を用意してくれたって聞いたけど」

【白】「あ、はい」

【白】「お菓子屋さんで買ってきた、きんつばがあります」

【かなで】「おーっ、すごい!」

【かなで】「えらいえらい」

白ちゃんの頭を撫でるかなでさん。

【司】「どこの店?」

【白】「『さゝき』というお店なのですが」

【陽菜】「あそこの和菓子はおいしいよねー」

【白】「ご存知でしたか」

【陽菜】「そりゃもう。老舗だもん」

【陽菜】「長く続いてるのは、伊達じゃないよ」

【司】「へえ、楽しみだ」

緑茶と紅茶が行き渡る。

【かなで】「さっそく、いただいてみようっ」

【陽菜】「はい、このお皿でいいかな」

【白】「では……」

丸いきんつばがテーブルの皿に載る。

監督生室で食べたものとは形が違った。

【かなで】「ぱくり」

【かなで】「むむむー、こっ、これは……」

【白】「ど、どうされましたか」

【かなで】「デリシャス! トレビアーン!」

かなでさんは、白ちゃんを抱きしめて大喜び。

【白】「むぎゅ」

【孝平】「かなでさん、手加減してやって下さい」

【かなで】「やー、でもこりゃうまいよ」

一つ食べてみる。

【孝平】「四角いのと味は近いけど、どこか素朴な感じだ」

【白】「もともとは、丸いお菓子だったそうです」

【白】「丸いのは、昔ながらの作り方をしているそうですよ」

【孝平】「なるほど」

【陽菜】「これ、お茶にも合うよね」

【司】「うん。こりゃうまい」

きんつばの山がみるみる低くなっていく。

【白】「皆さんに喜んでいただけて、良かったです」

白ちゃんも満足顔だ。

一通りお茶とお菓子を食べ、まったりムードが漂う。

陽菜は、白ちゃんの髪を編んだりしていた。

【司】「ぬお」

【かなで】「どりゃあっ、勝利!」

最後の一つのきんつばは、司とかなでさんの奪い合いになり、かなでさんが圧勝した。

【かなで】「むぐむぐむぐ……しろちゃんてさ、どうして和菓子が好きなの?」

【かなで】「好みが渋いよね!」

【白】「えと、子供の頃から、うちではお菓子と言えば和菓子だったので、なんとなく」

【白】「お祭でも、よく振る舞われていましたし」

【かなで】「お祭って、神社の?」

【陽菜】「珠津祭だね」

【白】「ええ」

【白】「珠津島神社の秋季例大祭です」

【孝平】「どんな祭なんだ?」

【司】「文化祭のあとで、カップルが行く祭だ」

【白】「そそそんなんじゃ」

【かなで】「風紀委員もその日はチェックが甘くなったりならなかったり」

【かなで】「にゃはは~」

【陽菜】「カップルの王道ルートって言われてるよね」

【孝平】「へえ」

【孝平】「白ちゃんはその祭によく行ってるの?」

【白】「あ、その」

【白】「東儀家は、お祭りを仕切る側なので……」

【かなで】「おお、なるほどねー」

古そうな家だったし、ありそうな話ではある。

“白様”だもんな。

【司】「俺は一度も行ってない」

【かなで】「へーじはあまり興味なさそうだね」

【司】「去年はバイトしてたし」

【孝平】「それはなんつーか、お疲れ」

【孝平】「今年は誰かと行けるといいな」

【司】「うちの寿司屋はかき入れ時だから無理だろ」

【かなで】「淡泊だなぁ、へーじは」

【陽菜】「お祭りだもんね。お寿司は注文多そう」

【司】「猫の手も借りたいくらいだ」

【白】「……」

【司】「ま、その分時給も上がる」

【かなで】「むっ、それは風紀委員長としては聞き捨てならない」

【陽菜】「風紀は関係ないよお姉ちゃん」

【白】「……」

白ちゃんが、気のせいか、少しそわそわしている気がする。

【孝平】「白ちゃん、どうかした?」

【白】「あ、その」

【白】「ちょっと、雪丸のことが気になってしまって」

【かなで】「雪丸って?」

【孝平】「礼拝堂で飼ってて白ちゃんが世話してるウサギです」

【白】「夕方、雪丸にエサをあげた後、小屋の鍵を閉めたか自信が無くなってしまって……」

【孝平】「ふむ」

【かなで】「それは心配だね」

【白】「はい、野良猫に襲われたりしたら……」

【司】「明日のウサギ小屋は血まみれ、か」

白ちゃんが心なしか震えている。

【孝平】「縁起でもないこと言うな」

【陽菜】「もう消灯時間になっちゃうよ」

【白】「どうしましょうか……」

ちょっとうなだれる白ちゃん。

【孝平】「じゃ、ちょっと見てくるか?」

【白】「えっ」

【孝平】「懐中電灯があれば大丈夫だろ」

【孝平】「ぱぱっと行って、ぱぱっと帰ってくれば」

【司】「風紀委員長の前でその発言は大胆だな」

【孝平】「あ」

【かなで】「いや、おっけー!」

【かなで】「あたしゃ、しろちゃんの優しい思いに心打たれたよ」

【かなで】「ウサギのことを、そこまで心配するなんてなかなかできるっこっちゃない!」

【かなで】「あたいが感動して目を泣き腫らしてる間に行ってきな!」

【孝平】「これはどういうキャラ?」

【陽菜】「なんか、任侠ものか時代劇かな?」

【かなで】「泣きやむぞー」

【孝平】「行こう、白ちゃんっ」

【白】「はいっ」

裏口から寮をこっそり抜けだし、礼拝堂に向かう。

【白】「礼拝堂の裏です」

【孝平】「よし」

夜の校舎は真っ暗で、噴水の水は止まっていた。

静かなせいか足音が響き、思わず忍び足になったりする。

【白】「だ、誰もいませんね」

【孝平】「まあ、この時間だしね」

【白】「暗いです」

【孝平】「この時間に出歩いたことは?」

【白】「ないです……」

【白】「うわ、真っ暗です」

【孝平】「雪丸、ちゃんといるかな」

【白】「いてほしいです……」

夜の礼拝堂は、神聖な場所の割には不気味だった。

裏手に回ると本当に真っ暗で、懐中電灯がなければ足下に穴が開いていても気づかない。

【孝平】「このあたりかな」

【白】「あの、貸していただいていいですか」

【孝平】「ああ」

懐中電灯を渡す。

【白】「……」

【孝平】「どう?」

白ちゃんが、ウサギ小屋の中を照らす。

【白】「あ……大丈夫です」

【白】「ちゃんとエサを食べてました」

【孝平】「良かった」

ほっとした声の白ちゃん。

鍵もちゃんとしまっていたようだ。

【白】「懐中電灯を見て、少しびっくりしていたかもしれません」

【孝平】「こんなに真っ暗なんだもんな」

白ちゃんが、懐中電灯を返してくれる。

【白】「でも、ちょっとドキドキして楽しいですね」

【孝平】「そう?」

【白】「ええ。こんな時間の礼拝堂を見るのは新鮮です」

【白】「学院もひっそりとしていて、どこにも人がいないですし、声も聞こえません」

【白】「まるで眠り込んでいるみたいです」

【孝平】「そうだな」

生徒や教師のざわめき、部活のかけ声……。

昼間は、何かしら人の気配のする音で満ちている。

【孝平】「……じゃ、そろそろ戻ろうか」

【白】「そうですね」

【孝平】「あれ?」

気のせいか、懐中電灯の明かりが弱くなったような。

【白】「あ……光が」

【孝平】「弱くなった?」

【白】「かもしれません」

【孝平】「早く戻ろう!」

寮へと駆け出す。

【白】「はいっ」

【孝平】「はあ、はあ、はあ」

【白】「ふう、ふう、はあ」

なんとか、懐中電灯が消える前に街灯のある場所まで戻ることができた。

【孝平】「裏から、戻ろう」

【白】「はあ、はあ……そ、そうですね」

鍵を開けてもらい、部屋に戻る。

【孝平】「ただいまー」

【白】「戻りました」

【かなで】「あちゃー」

【孝平】「?」

走ったせいでちょっと汗ばんだ服の裾をぱたぱたさせながら部屋に戻ると、靴が一つ多い。

【征一郎】「白か」

【白】「に、兄さま」

【征一郎】「白がここにいるかと思って来てみたのだが」

【孝平】「あの、こんな時間に外に連れ出したりしてすみませんでした」

まず、何より先に謝ることにした。

【白】「いっ、いえ」

【白】「兄さま、わたしが言い出したことで、わたしが悪いのです」

【征一郎】「いや、それはいい」

【征一郎】「話は全部聞いている」

東儀先輩が、俺をちらっと見る。

【征一郎】「無事だったか?」

【白】「ええ。元気でした」

【征一郎】「そうか」

……。

陽菜はもちろん、かなでさんまでが叱られた子供のようにしんとしている。

別に、東儀先輩が怒っているわけでもないのに。

【征一郎】「時間も遅いから、ほどほどにな」

【孝平】「は、はい」

【白】「はい」

東儀先輩は、そう言うと俺たちの脇を通り、部屋を出ていく。

すれ違うとき、もう一度、目が合った。

ばたん。

扉が閉まると、誰からともなくため息が漏れる。

【かなで】「せいちゃん、ちょっと怒ってたかな?」

【司】「友好的な雰囲気じゃなかったな」

【陽菜】「私は怖かったかも……」

【陽菜】「怒られるものだとばかり思ってた」

俺も同感だ。

【白】「兄さまはめったに怒らないのですが」

【かなで】「今日はやばかったかもねー」

【かなで】「まるで、娘を悪い遊びに誘ってる仲間ににらみを利かす父親みたいな」

【孝平】「その例えはどうかと思いますが」

【孝平】「たしかに、怒らないのが逆に怖いくらいでした」

かなでさんが立ち上がり、東儀先輩が去っていった扉を見つめる。

【かなで】「いおりんとずっと一緒にいるくらいだもんね」

【かなで】「やっぱり、ただ仕事ができるってだけの人じゃないな。むむー」

【陽菜】「……そろそろ、今日はお開きにしようか」

【孝平】「ああ、そうだな」

皆で食器を片づけ、解散となる。

最後に残った白ちゃんは、少し申し訳なさそうにぺこりと頭を下げて部屋を後にした。



Shrio Selection Five


【瑛里華】「んっ、んん~」

副会長が、少し退屈そうに背伸びをした。

【瑛里華】「この前はあんなに忙しかったのに、今日はほとんどすることが無いわ」

【瑛里華】「もうちょっとバランスとれないものかしらねー」

【孝平】「うちに仕事を持ってくる人は、こっちの事情は知らないからな」

【瑛里華】「郵便局に行ったりすると、窓口が混む日と混まない日のカレンダーがあるじゃない」

【瑛里華】「ああいうのを作っちゃうのは?」

【征一郎】「前もって忙しい日がわかっていれば作れるだろうが」

パソコンに向かって、何かのデータを作っている東儀先輩。

会長は、少し眩しげな目で窓から外を眺めていた。

【伊織】「予測できないトラブルに対応するのも、俺たちの仕事のうちさ」

【瑛里華】「兄さんに正論を言われるとなぜか腹が立つわ」

【白】「何か、前倒しでできるお仕事は無いのですか」

【征一郎】「その考え方は大切だぞ、白」

【白】「はい、兄さま」

【白】「一階の掃除をするというのはどうでしょうか」

【孝平】「一階?」

【白】「ええ。物置のように使われていますよね」

そういえば、体育祭以来、一階の部屋に入ったことはない。

【伊織】「倉庫か」

【伊織】「今の状態は今の状態で味があると思うけどね」

【征一郎】「俺には理解できない味だが」

【孝平】「去年よりはマシにしたつもりです」

【瑛里華】「根本的な解決はほど遠いけどね」

【伊織】「あ、お客さんだ」

監督生棟への階段を上ってくる人影を、目ざとく見つける会長。

【伊織】「じゃ、俺はちょっと出迎えて話を聞いてくるから」

掃除に乗り気じゃない分、急にフットワークが軽くなったようだ。

【瑛里華】「待って兄さん。私も行く」

やることに飢えていた副会長も後に続く。

ばたん

……。

部屋の中には、東儀兄妹と俺が残った。

急に静かになった気がする。

【征一郎】「そういえば……」

パソコンのモニターから視線をこちらに移す東儀先輩。

【征一郎】「先日の門限破りの件だが」

【孝平】「あ……はい」

いきなり『門限破り』と言われては、こちらは悪いことをした立場として話を聞くしかなくなってしまう。

神妙にならざるを得ない。

【征一郎】「一度だけなら、そのことを責めるつもりはない。が……」

【征一郎】「消灯時間を過ぎてから、男子の部屋に男女が集まるというのはあまり褒められたものではないな」

穏やかな、しかし確信に満ちた声。

これはきっと、自分が言っていることに自信がある人の声だ。

【征一郎】「生徒会役員として、他の生徒に範を垂れるべき立場にあることを考えてみてくれないか」

【征一郎】「自分のしていることを、多くの生徒が真似したらどうなるかを」

むぐ。

持って回った言い方ではあるけれど、ストレートに突いてきた。

教師に指導されているような気分になってくる。

【孝平】「あれは……」

【孝平】「あれは、寮長でもあるかなでさんが、転入してきた俺が学院に溶け込めるようにと」

【征一郎】「それ自体はわからないでもない」

【征一郎】「だが、さすがにもう溶け込んだと言ってもいい時期だろう?」

【征一郎】「それに、寮長とはいえ悠木も一人の生徒だ」

【孝平】「あまり遅くなったり、うるさくしたりしないようには気をつけています」

【孝平】「普段は、消灯時間も過ぎないことがほとんどで……」

【征一郎】「最低限、してはいけないことをしていないというだけだ」

くっ……。

やはり、生徒会の懐刀と呼ばれる人に口答えしても無駄なのか。

【征一郎】「もちろん、何がなんでもすべてのルールを守れとは言わん」

【征一郎】「ただ、やはり節度というものはあるべきだろう。そうは思わないか」

【孝平】「は、はい……」

【白】「いいえ、兄さま」

【白】「支倉先輩も、お茶会の皆さんも、きちんと節度は守っていると思います」

【征一郎】「白」

【白】「皆さんとてもよくしてくれますし、同じ学院に通う仲間同士が仲良くなるのはいけないことでしょうか」

【白】「それに何より、楽しいのです」

【征一郎】「む……」

思わぬところから現れた、白ちゃんの援軍。

東儀先輩も、反論できずにいる。

【伊織】「はっはっは、征は相変わらず白ちゃんに弱いな」

【瑛里華】「ただいまー」

そこに、ドアから入ってきた二人。

【征一郎】「……どこから聞いていた?」

【伊織】「門限破り、のあたりから」

【瑛里華】「お客さんかと思ったら、先生からお願い事されちゃって」

【伊織】「そこで、盛り上がってるところ悪いんだけど、征も一緒に来てくれないかと」

【征一郎】「ならすぐに声をかければいいものを」

【伊織】「まあ、そこはそれ」

【伊織】「あとは若い二人に任せて。ほら、行くぞ」

【征一郎】「……」

最後にちらっとこっちを見て、東儀先輩は連れて行かれた。

監督生室に残る俺と白ちゃん。静かになった部屋で、互いに目が合う。

【白】「あ、あの、支倉先輩」

【白】「先ほどは、兄さまが失礼しました」

【孝平】「ああ、いや、別に東儀先輩は失礼なことなんて言ってない」

【白】「でも」

【孝平】「もっともなことさ。こっちが反論できた立場じゃない」

【孝平】「まあ、白ちゃんが援護してくれて助かったけど」

【白】「ふふ、そうですね」

二人で少し笑う。

ふと、言葉が途切れる。

外の陽は少し傾き、黄色みがかって室内を照らしていた。

【白】「……兄さまは、わたしのためを思って言ってくれたのだと思います」

俺もうなずく。

【白】「ただ、まだわたしが頼りなくて一人前だと認められていないので」

【孝平】「白ちゃんだけじゃないさ」

【孝平】「俺も、心配されないくらいにならないとな」

【白】「そんな、支倉先輩まで」

【孝平】「一緒に頑張ろう。な」

【白】「は、はいっ」

なんとなく、共同戦線を張ったようになった俺と白ちゃん。

具体的に何をすれば認められるのかはわからない。

けど、東儀先輩に心配されるような男ではいたくないというのも事実だ。

【白】「では、手始めにこちらの書類を片づけましょう!」

【孝平】「おう」

その後は、二人でしっかりと仕事をした。

先輩たちと副会長が帰ってきた時には、あまりに仕事が進んでいたので、少し驚かれるくらいだった。



Shiro Selection Six


今日も監督生棟へ向かう階段を上る。

東儀先輩に一度注意されてからというもの、生徒会の仕事で辛いと思うことがほとんど無くなっていた。

どうすれば認められるのか。

どうすれば心配されなくなるのか。

「これをすれば良い」というわかりやすいハードルがある問題じゃないと思う。

日頃の言動一つひとつ、それこそ箸の上げ下ろしから始まってすべての行動が意味を持つのだろう。

新緑の緑も濃くなり、植物が元気を増す季節だ。

階段の周りも生命力に満ちている。

【孝平】「よしっ」

気合いを入れ直し、石段を踏みしめる。

……。

監督生棟まで、あと20段程度のところで。

白ちゃんが佇んでいた。

【孝平】「白ちゃん」

【白】「あ、支倉先輩」

白ちゃんが振りかえる。

【孝平】「何してるの?」

【白】「ええと……」

何かを言い淀んでいる。

【白】「こ、これを見てください」

気のせいか、少し恥ずかしがっている白ちゃん。

その指さす先を見ると、細長いものが石段の上をうねっていた。

蛇だ。

太さはそれほどでもないが、長さは1メートルほど。

【孝平】「蛇……?」

【白】「はい」

【白】「石段を横切ってるようなので、その……待とうかと思いまして」

【孝平】「なるほど」

ここも山の中だし、蛇くらいは出るか。

横切るのを待とうなんて、白ちゃんらしいというかなんというか。

微笑ましいって感じだ。

しかし、白ちゃんは少しうつむいている。

【孝平】「ん? どうした?」

【白】「いえ、もしかしたら笑われるかもしれないと思ってました」

【孝平】「別に笑わないさ」

【孝平】「それにいい天気だし、外でのんびりしてるのも気持ちいいよ」

【白】「そうですか……」

【白】「良かったです」

にこにこと嬉しそうにしている白ちゃん。

笑わなかっただけで、こんなに喜んでもらえるならお安いもんだ。

……木々の間から、空を見る。

今日もよく晴れていた。

そろそろ気温も上がってきて、初夏が近づきつつあるのを感じる。

【白】「気持ちいい風ですね」

【孝平】「そうだな」

蛇を見ると、急がず、のたのたと前に進んでいる。

【孝平】「白ちゃん、蛇は苦手?」

【白】「ええと」

【白】「あまり得意ではないです」

【孝平】「そりゃそうか」

【白】「小さい頃に、神社で木から蛇が落ちてきたことがありまして」

【白】「ものすごく驚いてしまって、それ以来、ちょっとだけ怖いです」

【孝平】「その神社って、この前話に出た神社だよな」

【白】「ええ、珠津島神社です」

【孝平】「たしか、お祭は東儀さんちが仕切ってるんだっけ」

【白】「そう……なりますね」

気のせいか、一瞬白ちゃんの表情に陰がさした気がした。

【白】「もちろん、多くの方に手伝っていただいた上で、ですけど」

【孝平】「大きい祭なんだろうな」

【白】「そんなに大きくはないです」

【白】「でも、なんていうか……きちんとしたお祭りです」

きちんとした、お祭り?

【孝平】「白ちゃんは、その祭で何をしてるの?」

【白】「あ、あの」

【白】「あまり上手くなくてお恥ずかしいのですが……」

【白】「少しだけ、舞を舞っています」

舞?

舞と言われても、どんなものかピンと来ない。

【孝平】「神様に奉納する踊りだったりとか」

【白】「わたしも、様式など詳しいことはわからないです」

【白】「ただ、兄さまは東儀家に昔から伝わるものだと言っていました」

【白】「東儀家は、昔は代々珠津島神社の神主を務めていたそうです」

【白】「今は、世襲ではなくなっているので、別の方が神主をしてらっしゃるのですが」

【孝平】「そうだったんだ」

そういえば、和菓子屋のお婆さんも『白様』って呼んでたっけ。

島に昔から住んでる人の中では、東儀家はそういう位置づけなのだろう。

【孝平】「それなら、今でも祭を仕切ってるのもわかる気がする」

【白】「わたしは、舞しかできないのですけれど……」

【白】「兄さまはお祭りでも重要な役割を担っているそうです」

東儀先輩が……。

そうか。

言われてみれば、そんな雰囲気もある人だ。

【孝平】「東儀先輩、やっぱりすごい人なんだな」

少し嬉しそうな白ちゃん。

きっと、白ちゃんにとって東儀先輩は、誇らしい兄なのだろう。

【孝平】「そんな人に認められるのは、楽じゃなさそうだけど」

【孝平】「俺たちも、しっかり頑張ろう」

【白】「ええ、そうですね」

東儀先輩は白ちゃんにとっては偉大な存在なんだろう。

だからこそ、一人前に見てもらいたい。

その気持ちはわかる気がする。

……蛇は、いつの間にか横断を終えたらしく、姿を消していた。

【孝平】「じゃ、そろそろ監督生室に行こうか」

【白】「あ、そうですね」

【孝平】「一緒に頑張ろう」

【白】「はい」

新任の生徒会役員同士、まだまだ勉強しなくてはならないことは多い。

石段を踏みしめながら、俺と、たぶん白ちゃんも、決意を新たにした。




Shiro Selection Seven


【孝平】「というわけで、毎回、消灯時間前にお茶会はお開きにしたいと思う」

【司】「どういうわけだ」

【孝平】「人の話は聞けよ!」

【かなで】「そうだよ」

【かなで】「こーへーが、花嫁の父にそうしろって言われたのだ! ばばーん!」

【司】「なるほど」

【孝平】「捏造するなっ!!」

【白】「あ、あうぅ……」

白ちゃんは真っ赤になっている。

【陽菜】「でも、やっぱり消灯時間は守った方がいいよね」

【陽菜】「お姉ちゃんも寮長なんだし、ちゃんとしないと」

【瑛里華】「そうねえ」

【孝平】「しかも、風紀委員長なんだろ」

【かなで】「ぶーぶー、わたしだけ責めるなー」

今日もにぎやかなお茶会。

俺から健全なお茶会にしようという提案をしたところだ。

赤いままの白ちゃんが、小さい声で言う。

【白】「あ、あの、支倉先輩」

【白】「兄さまのことはおいておいた方がいいような……」

【孝平】「うーん、そうだな」

【孝平】「まあつまり、生徒会役員とか寮長とかがいるわけだし」

【孝平】「他の生徒に『真似をしました』って言われたときに、申し開きできないことはやめようと」

【司】「ま、孝平がそうしたいならそれでいいさ」

【孝平】「すまん」

【陽菜】「ううん、私たちも孝平くんの部屋で騒ぎ過ぎちゃってたもんね」

【瑛里華】「真似をされて困らないように、という話はもっともだわ」

【瑛里華】「じゃあ、これからはそれでいきましょ」

【かなで】「よーし、じゃあ……」

かなでさんが、グッドアイディアを思いついた! みたいな顔をする。

【かなで】「早起きして、早朝お茶会だ!」

【かなで】「って、消灯時間は決められてるけど、朝早いのはいいのかな?」

【孝平】「知らないで言ってたんですか!」

【かなで】「消灯時間の反対だから……仮に『点灯時間』として」

【かなで】「えりりん、知ってる?」

【瑛里華】「あ、えーと」

【瑛里華】「……ごめんなさい」

風紀委員長に続き、生徒会副会長も撃沈。

【司】「俺は知らんぞ」

【孝平】「期待してない」

【陽菜】「部活で朝練がある人もいるよね」

【陽菜】「早い人だと、7時前には寮を出てるみたいだよ」

【孝平】「そんなに早いのか……」

でも、点灯時間がわかる情報ではない。

【白】「あの……」

【孝平】「白ちゃん、知ってる?」

【白】「ローレル・リングの活動で、早朝から礼拝堂に行くことがあるんです」

【白】「寮監のシスターが、その時におっしゃっていました」

【かなで】「何時なのー?」

【白】「毎朝5時に、シスターが玄関の鍵を開けるそうです」

【司】「すげえな」

【陽菜】「毎朝その時間にシスター天池は起きてるんだ」

【かなで】「じゃあ、早起きのまるちゃんに負けずに、朝5時からお茶会だね!」

【孝平】「健康的すぎます!」

【瑛里華】「ちょ、ちょっと厳しいかも……」

【司】「むしろ苦行だ」

【陽菜】「私も、温かいベッドの方がいいかな」

【孝平】「そもそも、かなでさんは起きられるんですか?」

【かなで】「無理っす」

全員ずっこける。

【かなで】「というわけで、消灯時間にはちゃんとお開きってことでー」

一応、みんな茶化しながらも話を聞いてくれて、そういうことになった。

【孝平】「でも、ローレル・リングってそんなに朝早くから活動してるんだな」

【白】「ええ。礼拝堂から見る朝焼けはとても綺麗でした」

【瑛里華】「そうか、日の出が見えるんだ」

【陽菜】「運動部より早いよね」

【白】「自由参加なんですが、シスターはいつもいらっしゃいます」

【孝平】「何してるんだろ」

【白】「お祈りと、あとはハーブ園のお世話などをしているそうです」

【陽菜】「ハーブ園って、シスター天池が?」

【白】「ええ。何種類か育ててらっしゃいます」

【白】「本当は畑を耕して、神の恵みを実感するために自足するのが理想だと仰っていました」

【白】「シスターはとても敬虔な方なのです」

心から尊敬するように、白ちゃんは言う。

先日は、神社で舞うと言っていた白ちゃん。

その白ちゃんが礼拝堂での奉仕活動もしている。

全然違う宗教に関わっているような気もするけど、きっと白ちゃんの中では矛盾しないのだろう。

【司】「シスター天池が真面目なのは、よく知ってる」

【孝平】「だろうな」

【かなで】「へーじは、目つけられてるもんね」

【司】「説教という名のカウンセリングも受けた」

【瑛里華】「じゃ、このお茶会も目をつけられないようにしなくちゃね」

【孝平】「というわけで、今日はお開き」

【かなで】「次回はしろちゃんとこーへーのあやしい関係についてだよ」

どっと皆が沸く。

そのまま食器を片づけ、解散という流れになった。

ちゃんと消灯時間前。

皆が靴を履いて部屋を出て行く。

……が、白ちゃんだけが残っていた。

【孝平】「どうした?」

【白】「あ、あの……」

まだ顔を赤くしている。

【かなで】「花嫁の父にそうしろって言われたのだ!」

あ。

あれか。

気にしちゃってたんだな。

【孝平】「かなでさんだろ」

【孝平】「あまり気にしなくていいさ。場を盛り上げようとしてああ言っただけだよ」

【白】「そ、そうなんですか……」

ん?

【白】「あ、いえ、いいです」

【白】「それでは、おやすみなさい、支倉先輩」

【孝平】「ああ。おやすみ」

ばたん

……まったく、かなでさんにも困ったものだ。

【孝平】「困った、困った」

もやもやを吹き飛ばすように、ひとりごちた。

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